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December 07, 2008

青森駅は吹雪で、女子学生は「寒い」と叫ぶ

Towadamaru(雪の中の青函連絡線十和田丸)
▼目覚めると能代の町は霰混じりの天気だった。傘を差さないと濡れてしまうほどだった。この銚子では秋田も青森も雪がないのかと前日まで危惧していたが、そんな心配はなくなりそうだった。列車に乗り込むとまもなく車掌さんが「深浦と鰺ヶ沢の間はバスに振り替え輸送しています」と案内するアナウンスが流れた車社内を巡回してきた車掌さんにお聞きすると、「波が荒くて6メートルもあって線路に被るので走れない」という。雪かと思ったら日本海の荒波である。途中から気分が悪くなってきた。途中秋田県内の路線を走っているとき、一人の老人が乗り込んで来て話しかけて歓待してくれるが、一言「ハタハタ」という単語だけは分かったが、後の言葉全部意味不明だった。あとで青森県内で露店で老婆に話しかけられたが、同様だった。そして列車からバスで揺られているうちに嘔吐しそうになる。隣に座っているMINさんに、万が一の場合の備えてビニール袋を用意して貰った。昨夜の酒の飲み過ぎだろうか?そうだ、朝食は洋食を選んだがそのとき半熟の卵が2個も付いてきた。わたしが食べても良い分量は1週間に1個くらいだし、生とか半熟を食べるととたんに吐き気を催す事を思いだした。さすがに2個のうち一個はMINさんに回したが、彼も3個も食べることは出来ないというので残した。
▼青森駅に着くと雪はさらに激しくなってきた。町のなかには地元の女子高生が「寒い、寒い」を連発しながら、それでも太ももをあらわにして、原宿であるくような格好をしていた。こういうのは絶対身体に悪いと思うが、」見ている方も寒くてかなわない。荷物をホテルに預けてから、昼飯を食べる場所を探した。身体を温めたかったのでどんぶり物の見せに入って、煮込みうどんを食べた。わたしのそれには豚肉が一切れ入っていた。次にMINさんが靴が傷んだので取り替えたいというので、あちこち歩いて好みの靴を探す。途中「鯛焼き屋」さんがあった、チョコ、クリーム味などがあったが、王道の粒あん入りを100円で買った。市場もあったので行ってみたが、かなり寂れていて客もあまり入っていなかった。生鮮品が得意の市場の一角には「古着」も並べてあって市場の将来が見えてきた。次はどうしても青函連絡船の「十和田丸」を保存してある場所に行きたかった。雪が積もっていたので歩きにくかったが、青森駅からそれほど遠くない場所にそれは係留されていた。もう動かないが通路から船に渡る橋があって、これを渡るときに20数年前に最後の青函連絡船を乗りに来た場面を思い出して懐かしかった。
▼それにこの8月NHKで歌謡曲の特番があったとき、石川さゆりが持ち歌の「津軽海峡冬景色」をこの場所で唄ったのが印象に残っている。ストーブ列車は場所を勘違いし乗ることは出来なかった。夜飲み屋さんに行ったら80歳くらいの大女将が「竜飛岬に行くんだったら、夏じゃなくて絶対この雪の時期だ」というのも納得できた。

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