« 帰国してから疲労困憊です。 | Main | トルコの食料自給率は100% »

January 16, 2009

英語が通じなかった町

Sabateishoku「サバフライ定食」?である。
▼体調不良だが、原因はあのトルコ縦断3000キロの長距離バスのせいではないかと思っている。昨年のチュニジアより確実に長かったし、道路も整備されていたので飛ばしに飛ばしていた。わたしたちの乗っていたバスの運転手さんでさえ体調不良で2人も途中で降板して交替していたくらいだ。
▼さて今回の旅はウズベキスタンに始まって、ウズベキスタンに終わった。怪訝に思う方がいらっしゃる方がいるかも知れないが、夏頃旅行社に申しこんだツアーはウズベキスタンだった。わたしもMINさんも先進国にはまったく興味がない。それでウズベキスタンを選んだのだが、40日前に旅行社から連絡がはいって、「ウズベキスタンツアーは人数が集まらなくて成立しないので、別のものに変更して欲しい」という連絡が来た。そこでMINさんに相談して、トルコと相成った。申込みの出発点はそれで、おわりのトルコ空港の逸話でご紹介した話はウズベキスタンで終わった。
▼それで読めない文字の話から始まる。彼女が書いた文字をスキャナーで読みとって、知人に解読を依頼した。その方はロシア語学科を卒業され、旧ソ連から東欧に商社駐在員として滞在期間が長かった方だ。判読していただいた結果は、「最初の文字は一番上の文字はУЗБЕКИСТАН(ウズベキスタン)と読めるが、あとは個人のくせ字で読めない。従って彼女が書いた文字をコピーして貼り付けて送るのがベストであろう」というご返事をいただいた。わたしが手紙を送るときには「英語以外の文字は理解できない。来年できれば貴国を訪問したいと思っている」と書き添えるつもりでいる。
▼正月に七福神めぐりをしたとき星林さんに「なぜトルコに行くのか」と聞かれたので「観光である」と答えたところ、「まさか編集長の口からそういう言葉を聞こうとは思っていなかった」という返事が返ってきた。勿論それは冗談である。わたしの場合、物見遊山にはあまり興味がない。大体この数年間、世界遺産を見てきたが、アンコールワットはガレキの山、チュニジアもフェニキア人が作ったものなどありはしない。すべてが侵略していたローマ人が作った遺跡で、肝心なカルタゴはガレキと化していた。ギリシアに行った人の話では、パルテノン神殿は傷みが激しくてガレキになるのも時間の問題、と言っていた。つまり遺跡を保持と修復にはお金がかかるのである。カンボジアもギリシアも決して経済的に豊かな国ではない。それはトルコもインフレであえいでいるので同じ事だ。
▼わたしがトルコを訪問して知りたかったことは3つほどある。一つは映画「「そして、私たちは愛に帰る」の中に出てきたことで、なぜドイツにトルコ移民が多いのか。二つ目はそれに関連してなぜトルコはEUに加入しないのか?一般的にトルコ人が日本に友好を感じている真相は日本海海戦で日本がロシアに勝利したことだけなのか?疑問点は以上で後は「橋の上の娘(おんな)」と同じ橋の上の立つ事だ。それにトルコに猫ちゃんに日本のキャットフードを与えて反応をみて連帯の挨拶を送ることだった。携帯で書いていたブログと若干ダブル場面もあると思うがご容赦頂きたい。
▼では日時の順を追って滞在記をご紹介したい。ただしわたしは宗教とか神殿やモスクなどの遺跡についてはまったく詳しくないし、専門家でもないのであとから執筆される「MINさんにあたふたトルコ滞在記」をご覧頂きたい。
▼機内食を3回も食べると、それは朝食なのか、夕食なのか分からなくなる。日本時間で考えると午後2時過ぎに飛行機に乗って、午後4時に夕食、午後10時頃夜食、午前6時頃に朝飯となる筈だ。しかし現地トルコに着いたのは午後8時だから、その2時間前に食べたのはいったい何になるのだろう。ホテルに入ってシャワーを浴びようとするが水のでが極めて悪い。わたしの場合ひげ剃りにはカミソリを使う。しかし機内への持ち込みが許されるような小さなシェービング・フォームはないので石けんを持参するのだが、硬水のせいか泡立たない。今回は昨年のような酷いホテルではなく、ちゃんと二つのベッドが用意されていた。翌朝午前6時モーニングコールがあって、午前6時半から朝食だが、これが結構混雑していた。バスの出発が早いのはイスタンブールの主たる交通機関は自動車なのだ。通勤ラッシュに巻き込まれると、えらいことになるので早め早めの出発となる。
Shouyuレストランには日本の丸大豆醤油がおかれていた。
▼昼飯に着いたのはブログに書いたギリブルとう港町だ。サバの焼き魚定食というようなものだ。おそらく日本人観光客向けのメニューであろう。しかしサバを丸ごとオリーブオイルで炒めてあるので脂っこいことこの上もない。食事が終わってフェリーが出発するまで町を散策する。カメラ店があるんので覗いていると、「メアイ・ヘルプ・ユー」と来た。「ノーサンキュー、オンリー・ルック」というようなこという。何とカメラ店のショーウィンドウにはフィルム式の旧式カメラしか置いてなかった。隣の釣具店には日本のリョウビやシマノの釣り道具が置いてあった。さらに近くの酒屋で水を求めようとしたが、英語がまったく通じない。たまたま店にいていた若い青年がいたので、「ウォーター」と言って店先に積んであるペットボトルを指さすと、やってわかってくれ。ハウマッチ?というと親父は電卓で0・5クルシュだと示してくれた。ホテルだとコップ一杯が2~3リラ(1リラは約90円くらい)なので妥当な値段である。昨年も書いたが日本を一歩出るとレストランに入ってもコップの中味は空で、ビールやジュースを頼むように注文しないと水は出て来ない。
▼毎朝午前9時くらいまでにブログをアップすることを心がけている。しかし帰宅して昨日データを全部バックアップしている外付けハードディスクを見ると、認識していない。どうやってもリソースが不足しているという。これは大変なことだと思って今朝全フォーマットをしてバックアップをするだけで2時間もかかってしまった。決して体調が悪いのではないのでご心配なく。

|

« 帰国してから疲労困憊です。 | Main | トルコの食料自給率は100% »