« 土産物屋を連れ回される | Main | キャラバンサラからカッパドキアへ »

January 23, 2009

走っても走ってもXPの画面がつづく

Mokuba(トロイの木馬)
▼そうそう2日目にはフェリーに乗った後、トロイ遺跡に立ち寄った。ここもガレキの山である。ここは紀元前3000年前からの歴史があるところだ。ところが紀元前1200年にいわゆるトロイ戦争があってこのようになってしまった。そしてホメロスの叙事詩「イリアス」を信じたドイツのシュリーマンが発掘調査をしたところ9層にわたる遺跡を発見した。しかしギリシアにいた愛人のためそこで発掘した金銀財宝を海外に持ち出した。それは紆余曲折を経ていまはロシアのエミタージュ美術館に収納されている。トルコ政府は正式は権利を保有するのだから返還せよと申し入れているが、未だに返還されていない。
▼当地でシュリーマンに関する文献をみるとかなり手厳しく、批判されている。木馬自体は実際にあったかどうか不明である。もし木馬がプレゼントだと勘違いし、酒盛りをしたというのなら彼らはかなりお人好しである。ブラピの映画が公開されたとき、この何分の1かの模型が新宿歌舞伎町に展示されたことがあった。高さは10mくらいで中に入ることができる。人が少なかったので添乗員さんのお勧めで上に登ってみると、京都の南禅寺山門からの眺めに似ていた。
▼4日目はパムッカレを朝一番で見学し、足湯に浸かったあと、バスでコンヤに向かった。雪を被った高い峠を越えると、行けども行けども平原がつづく。言ってみればウィンドウズXPの初期画面のような景色がずーーーとつづくのだ。XPの初期画面の草原は緑の草が生い茂っているが、こちらは枯れている。昼食はリアルタイムでご紹介した所で、トルコ風ピザを食べる。とにかくパムッカレを見た後は、ひたすら410kmを走り続けるのだ。コンヤは地図で見るとトルコ中部にあるが、どうみても人びとの顔はロシア人のようで町の雰囲気そのものが異次元の空間に紛れ込んでしまったような感じがする。
Mepurana(メプラーナ博物館)
▼ホテルに入る前にメプラーナ博物館を見学する。添乗員さんは当地の子どもは親日家から話しかけられたら、会話をするようにと言われる。今博物館になっている施設は元もとイスラム神秘主義の一派、メプラーナ教団の創始者が作った霊廟である。ここのクビを傾げて踊る姿はトルコを多少とも興味のある方はご存知であろう。しかしこのトランス状態になって踊る儀式は今は禁止されており、伝統文化の踊りとして年に一回だけ公開されている。施設内を歩いていると、子どもたちが手を振ったり、中学生くらいの生徒が「ホワッチュ・ユー・ネーム」などと聞いてくるのでゆっくりと話をする。
▼途中人がごった返すテントを張ったバザールが目に入る。行ってみたかったが、ホテルに着くと5時過ぎなのに外は真っ暗だった。イスタンブールでも感じたが、緯度はここで青森と同じくらいだ。しかし暗くなるのは日本時間のそれに比べて2時間ほどの違いを感じる。バザールに行くには、信号がなく交通量の激しいシルクロードを突っ切っていかなければならない。出掛けた人も数人いたようだが危険なので止めた。
Hotel1(コンヤのホテル)
▼その代わりホテルのプールに行った。ホテルは20階建てくらいの高層で、アスレチッククラブがあると聞いた。ホテル自体今まで泊まったなかで一番豪華だったが、プールも巾が30mほどはあろうかというくらい、もの凄く広かった。来ている人たちはリラクゼーションで来ていて、わたしたち二人だけが夢中になって泳ぎ回っていた。
◇「戦場のレクイエム」1948年の中国、日本軍を追い出した中国では毛沢東率いる解放軍と蒋介石率いる国民党軍が、最後の力を振り絞って主導権を取るべく熾烈な闘いを繰り広げていた。人民解放軍の第9連隊長グー・ズーティは、ある作戦で国民党軍に政治指導員を射殺された激憤で降伏した敵を射殺して、処分を受け独房に入れられている。そんな時に師団長に呼ばれて受けた命令とは、ある廃坑を24時間死守するように命じられ、「撤退のラッパを聞くまで死守します」と復唱して117名の部下を率いて前線に向かう。通常連隊というのは1500名くらいで編成されるが、戦闘が激しく部隊は消耗してしまっている。見てると連隊の武器はスプリングフィールドやステンガン、それにスターリングと言ったイギリス系のものが多い。
▼武器は粗末な上に、兵士の人数も少ない。そんなとき敵の総攻撃が始まるが、一次は何とか押し返すが兵士は47名に減っていた。敵の二次攻撃は戦車3両を先頭に押し寄せて来るが部下は一人死に、一人減っていく。そんな時グーは残った部下たちに「ラッパは聞こえたか?」と尋ねるがみんな爆発音で耳をやられて聞こえない。死んだ部下の死体を敵に渡すまいとして爆薬を仕掛け、連隊長自ら突撃するが、その後味方の解放軍に「敵」として捕まってしまう。連隊はそれぞれ消耗して再編に再編を重ね、グーが第9連隊にいたことを証明するものは誰もいない。むしろ敵が味方を装って潜入しているのではないかと疑いの目を向ける。
▼長い苦難のすえ最後の闘いがあった炭坑まで駆けつけ一人掘り返すが遺骨など見つかる筈もなく、みんなから気違い扱いされる始末だ。だがあるとき一枚の書類が見つかり、第9連隊の存在が証明される。そして師団長のラッパ手が墓守をしている革命烈士の墓地を訪ねることになる。そこで聞いたのはラッパは吹かなかった。もし第9連隊を撤退させたら師団全体が殲滅されてしまっただろう、という驚くべき師団長の遺言だった。その言葉を聞き怒り狂うグー。かつて作戦中に地雷を踏んだ砲兵隊長をグーは身代わりになって助けたことがある。戦死した指導員の妻を彼に娶らせた関係で二人は今は義弟の関係となっている。しかし砲兵隊長と身代わりにグーは失明してしまっていた。今は解放軍の下級幹部となっている義弟が「過去は忘れろ」と諭す。そしてある日行方不明で逃亡扱いされていた47名の名誉回復が行われ、幹部からグー胸に金のバッジがつけられたのだった。
▼製作余話がネットにでている。それによればこの映画は韓国の「ブラザー・フッド」を作った映画監督と一緒に作ったとある。そして戦闘場面などはハリウッドに頼めば高くつくから自分たちで研究して作ろうということになった。そのお陰でもの凄い迫力ある画面になっている。「プライベート・ライアン」や「バンド・オブ・ブラザー」と比べてもまったく遜色がない。そして全員無名の俳優を使い、ハリウッドの10分の1の予算で説得力のあるレクイエムとなっている。

|

« 土産物屋を連れ回される | Main | キャラバンサラからカッパドキアへ »