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April 15, 2009

NHKETV特集「哲学者:鶴見俊輔を見る

Kishochoumae(気象庁前あたりで)
▼NHK12日(日)午後9時からの「ETV鶴見俊輔」をご覧になっただろうか?鶴見は現在86歳で、自分より先に逝ったさまざまな人に追悼文である「悼詞」を出版した。なぜ本書を出版するようになったかという話と自分の生い立ちから現在までを縦横に語っていた。生い立ちなど昔の事は省略する。わたしの興味のあったのは戦後鶴見が何を考えて行動して来たのかに興味があった。当然鶴見を語るには彼とずっと生活を共にして、彼を支え続けてきた鶴見和子の存在が大きくあった。
▼さて彼は戦後を語るスタンスというのは「国家」という立場ばかりで、「人民」の立場で何も考えられなかったのではないか、とするところから思考の第一歩が始まる。彼は京都大学で戦後すぐに「原爆写真展」を開いたところに原点がある。当時原爆による惨状は何も国民に伝えられなかったが様々なルートで被爆写真を集めて展示し、当時としては画期的な3万人の人を集める。それはその後60年安保批准反対の戦いで政党や労組などと一線を画す「声なき声の会」を作ってデモに参加することになる。
▼この中で樺美智子さんが6月15日デモ行動の最中に殺害されるが、鶴見はその後いまも一貫して6月15日に現場付近でささやかな追悼集会を続けてきた。当時わたしは高校生だったが、樺の死は今の原点になっていると言っても過言ではない。
▼時間がないので話は端折るがそれから「ベ平連」の活動へと続いていく。「サラリーマンNEO」も面白いが、ETV特集などは録画して見て考えて欲しい番組である。鶴見は「思想の科学」という雑誌を創刊した。その中では知識人の戦争責任を問う「転向」など、常に戦後日本社会に鋭く切り込んできた。「転向」で言えば「自分は牢獄にあっても転向しなかった。戦後一貫して戦争に反対してきた」という主張がある。しかし獄中にあって「非転向」を貫いた人は今の所知られている限り、たった一人だ。出獄してからも「自分は非転向で絶対だ」となると、もうこれは宗教の教組と同じになってしまう。他の苦悩しながら消極的に抵抗した人や、転向した人の存在や意識はまったく無駄なものなのか?
▼この「転向」については91年にちくま書房から本が出ているので、図書館などで借りてお読みいただきたい。彼は最後に英語で「精密さなんて作り事だ」と語る。この場合近代テクノロジーを指して言っているのだが、わたしにはそればかりではないように思えた。

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