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June 29, 2009

NHK「地中海派遣艦隊の悲劇」を見る

▼恵比寿ガーデンシネマで並ぶ順番は23番目だった。2人後ろに並んだわたしと同年代の女性(便宜的にRとする)が、わたしのすぐ後ろに並んだ若(W)い女性と会話しているのが耳に入ってきた。
R「わたしは映画が好きで長野から新幹線で今朝来ましたの」
W「それは大変ですね」
R「長野で見ようとすると半年後になってしまうの」
W「わたしはフランスで○○を見ました」
R「あら凄い。字幕なしで?」
W「字幕はありませんでした」
R「ところで路上のチェリストはご覧になりましたか?今まで見た映画で何が一番お好きですか?」(会話はここで切れた)「わたしはゴッドファザーですの」
▼チケットを買ってからわたしも長野県出身であることを明かにして、週に2本見ていると話しかけた。
R「新幹線でいらしているのですか?」
わたし「いえいえ、今は都内に住んで40年余になります。
R「K市も良いところですね。東京にお住まいですとそれが羨ましい限りです」またまた見知らぬ人とこの様な話をした。
▼ひと月ほど前に左手の親指と人差し指の間に血豆が出来た。それが中々消えないので、針で突いたら水腫になって、その大きさが大豆のようになった。医者は嫌いだし、面倒なので土曜日午後自分で外科手術をすることにした。他人の傷を切開して治療費を貰う訳ではないので、医師法違反にはならないだろう。引き出しの中にある一番鋭いハサミは眉毛を整える専用のものだ。いや別にわたしはこれを常用しているわけではない。眉が村山富市状態にならないように家族から貰ったものだ。ズバッと切って膿が出たのはいいが、血液が中々止まらなくなってしまった。止血剤もない、もし止まらなかったら救急車を呼ぼうと思ったが、あれこれやっているうちにティッシュペーパーを50枚ほど使ったらようやく止血できた。とりあえずマーキュロ液で消毒して、化粧を落とすカット綿を傷口に当てて、バンドエイドで抑えた。そのあと噴射式の傷口を乾燥させる消毒液を買って来て貰った。どうやら24時間たったら傷口も完全にふさがったようだこれならさっさと外科医に行った方が安かったかも知れない。
▼昨晩NHKスペシャルで午後9時から「軍事同盟・国家戦略・地中海派遣艦隊の悲劇」を見た。最初に驚いたのは横須賀にある戦艦三笠の中では今でも毎年、日本海海戦でロシアバルティック艦隊に勝利した日に記念式典をしている事だ。自衛隊関係者が挨拶の中で「遠い坂の上の雲を目指して」と挨拶したので、司馬遼太郎の小説の意味がここで初めて分かった。この言葉は、軍事力を西欧並みにしようとする果てしない野望の第一歩だったのだ。日露戦争で勝利した日本は満州に権益を確保する。しかしその期限は1923年までの短いものだった。外務省は軍部に押されてこの租借権を99年間に引き伸ばしを計ろうとする。
▼イギリスの秘密文書によれば香港を橋頭堡をつくるために莫大な資金を必要とした。文書によればこれ以上アジアでカネを使う余裕はないから、日本にその役目をやらせるとある。日本は満州の租借延長を密かにイギリスに打診するが、かなり曖昧にはぐらかされる。しかし日本は勝手にOKしたと理解する。そして中国に21箇条の要求を突きつける。しかしそのうちの5条に過大な要求があったことから、イギリスなのど反発を受けて引っ込める。
▼第一次大戦が始まると、イギリスは地中海に暗躍して商船を沈めるなどして攻撃するドイツのUボートから、自国の船を守ってもらうために日本海軍に出動を要請する。その経緯は逢坂剛の小説だったかに書かれていたように思う。日本から出動した特務艦隊は1000人。何も分からない日本海軍はUボートに攻撃され、多大の被害を受ける。生き残った軍人の日記を、その子どもが一部を紹介したが、70人死亡したが、死体から名前が分かったのは10余人であとは肉塊となって判別も付かなかったとある。しかし結果としてイギリスは日本を利用しただけで、兵士たちは日本からも捨て石にされただけだった。
▼その他にも第一次大戦から第二次大戦に突入するかについては、日本がいかに外交的に戦略をもっていなかったために孤立してしまうか分かる。そして日本はドイツなどに対して防協三国協定を締結したのだからと、視察したドイツに次々あれこれ見せてくれ、貸してくれと要求を出すがことごとく断られる。こういうのはギブアンドテイクという事を何も分かっていない。その点イギリスは肉を切らせて骨を切るというしたたかな戦略を持って、カネを今一番必要な所に投下していたことが分かる。
▼昨日は「それでもやっぱりバルセロナ」を見たが明後日書く予定だ。

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