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August 27, 2009

◇「ポー川のほとりで」を見る

▼テレビのCMを見ていると「自信があるから電話はしません!」という通販の化粧品会社の社長が怒鳴るものがある。とすると日曜日の投票日まで電話がかかってくる政党は、余程自信がないという事になってしまう。朝一番で外科医に包帯の交換に行く。切って縫い合わせた傷口を見せてくれたが、さすが専門家できれいにくっついていた。それが終わると区の健康診断だ。予約をしておいたのでいつもの隣の駅ビルの中にあるクリニックにいく。一駅歩く途中に事前投票所があるので、用意していた書類を出して投票を済ませる。わたしは大体土日に映画の原稿を書くために映画館に通うのだが、投票日は落ち着いて見ることが出来ない。それで昨日全部済ませてしまった。最高裁判事は当然全員「×」印をつけた。
◇「ポー川のほとりで」イタリアのボローニア大学、守衛が出勤して図書館を覗くと腰を抜かすような事件が起こっていた。それは学長(司教)が大切に集めた古書のコレクションが図書館の棚から引っ張り出され、大きなクギが古書の真ん中を貫いてばらまかれているではないか?すぐ警察に連絡が入り、パトカーが来て女性警部が聞き取りを始める。それはどうやら行方不明になった哲学教授が関与しているらしい。
▼教授は将来を嘱望されていたが、学校の空気に馴染めず、通勤に使っていた高級車を途中で乗り捨て、財布も少々の現金と1枚のカードだけ持って川に投げ込む。当然車のキーも投げ捨てる。リュックに1本の傘だけで歩いてやってきたのはポー川のほとりだ。そこに一軒の朽ち果てた小屋があり、雨宿りをする。しかし屋根のろくにないのでずぶ濡れになってしまう。翌日町へ出掛け、バザールで男がピザを食べているので「どこで売っているのか」と聞くと一軒の店を指さして教えてくれる。
▼その店でパンを買って食べるがとても良い味で気に入ってしまう。店の少女は「どのみちみんなに配達するのだから、あんたの家が分かれば配達してあげる」という。そしてもう一人町の青年は彼の小屋があまりにもオンボロなので、屋根をつけてやろうという。そうする内に村人もやってきて壁も取り付けられ、風雨はしのげる状態になる。そして学者は村人にお礼としてワインを振る舞うので、一層親しくなる。
▼そんなとき測量船がやってきて何か調べている。後で役場の職員がやってきて言うには「工事をするので港を作る事になった。ついてはこの村人の住んでいる場所は、不法占拠だから立ちのくように」と警察官まで乗り込んで来る。キリストに似た風貌の哲学者は、「みんなで意見書を出すべきだ」と代筆などしてやる。しかし延期の供託金を払うためにカードを使った事から「使用不能」となっていたため、警察に図書館の本にクギを打った容疑で逮捕されてしまう。
▼教授は何のためにクギを打ったのか?学長は「聖書には神の言葉が書いてあるから大切だ」という。しかし学者は神の言葉を聞いた人は、誰一人として生きてはいない。それは神の言葉ではなく、後の人が自分に都合の良いよう作った言葉で、欺瞞である。だからわたしは神の言葉を書いた本にクギを打ったのだと対決する。若き哲学者は本を読むより友人とコーヒーやワインを飲むほうがいいと考えるようになる。そして宗教や書物で得られる知識では、常に世界中で起きている紛争や、悲劇を次々と繰り返す世界を救うことはできないと村人と交流するなかで確信する。言ってみれば文字も書くことが出来ない、村人と交流するなかで感じ、そこで知った言葉にこそ価値があるのだと学長らに説いてゆく。岩波ホールで。

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