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August 12, 2009

NHK「海軍400時間の証言」1、2を見る

▼「NHKスペシャル、海軍400時間の証言/1~2回」。昨晩ようやくこのシリーズが終わった。毎回1時間で3回だったが、書くとなるとメモをしなければならない。しっかりと書くには1時間あたりのメモは10枚くらいとらなければならない。渡辺謙がレポートした「アメリカの被爆者」も見ているが、書くには時間がかかりそうだ。NHKBS1で「ノルマンディ上陸作戦秘話」の上・下10日と11日午前零時から放映していたが、短い割にはかなりの力作だった。
▼NHKのこのテーマは一回書いた通りの手順で水交会で長期間密かに行われていた録音テープを解析したものだ。ここには旧日本海軍の将校経験者などが集まり「反省会」という名目で討論会が行われていた。第一回目はなぜ海軍の中の軍令部という部署が権限を強めていくかだった。それは軍令部に伏見宮という皇族が入っていた。彼を永野修身軍令早朝らが利用したというのだ。つまり山本五十六が真珠湾攻撃を命じられたとき、「1年か1年半なら暴れて見せる」と言う。永野は「山本がそういうならやらせて見せよう」という。その真珠湾の「成功」を自分の権威として「絶対化」していくのだ。自分の意向を絶対化するための「伏見宮」をトップに据え付け、他の誰もが批判できない軍令部を作っていく。それが海軍を縦割りセクショナリティ機構へと発展させてしまう。
▼第二話は「特攻」がなぜ行われたか?特攻が行われたのは、日本海軍がミッドウェイで米軍に決定的な敗北を受けてしまったことに起因する。元もと戦艦を造る鉄や、動かす燃料をアメリカに依存していたのだから、勝つ見込みはなかった。しかし軍令部は先の見込みを立てずに「とにかくアメリカを叩け」という論法で、戦争を開始してしまう。「ミッドウェイ」はアメリカ製の映画が、先週だったかNHKBSで放映されたが、かなり客観的に作ってあった。空母などを大量に破壊されにもかかわらず、軍も報道機関も「勝った勝った」と虚偽の報道で国民を戦闘に駆り立てる。しかしトップは「空母がなくなった今、勝つための決定打はないか」と考える。それが昭和19年8月に行われた魚雷を改造した回天の特攻だった。それは最初gフィリッピンで使われた。いまのその地に「記念碑」が立てられているがそこには「kamikaze」という言葉とそれは「volunteer」(自由意思)によって行われたと書かれている。一部の軍人は「1%でも帰還できる可能性がなければ、特攻などすべきではない」と抵抗する。
▼しかしタテマエで正論を語るトップに誰も反対する人はいない。このプロセスは組織ぐるみの犯罪を行った会社とか、一部の政党にとても良く似ている。たしか特攻では5000人もの若者の命を奪った。しかし今の日本では毎年3万人の自殺者があり、1万人近い交通事故死者があとを断たない。これを断ち切る方法を考えないで「特攻で亡くなった人は可愛そう」と言っても始まらない。平塚元中佐は「人の命を無駄にするな」と会議で発言するが誰もそれに同調する人はいなかった。
▼特攻の裁可は源田実が「最早戦う手段がなくなった以上仕方ない」と行う。三代元大佐は「特攻は現場の熱意から始まったものであり、機運は高まっている」という。小池猪一元予備中尉は会議で「それは本当か?では特攻兵器は誰が作ったのだ」と質問する。しかし「特攻をした個人の性格や状勢がそうしたのだ」と誰からもまともな答えは返ってこない。これを彼は「やましき沈黙だ」と語る。中沢中将の息子は戦後「父は命令は出していない」、「特攻は作戦ではない」と語っていたと言う。それに源田も戦後「特攻は青年も自らの意思に基づいて行われた」と一貫してシラを切っていた。
▼組織では往々にして「正論を言う人には反対できない。異論が言いにくい」という事は現実に今の世の中でもかなり多く見受ける。特攻機に伴走して空から「成果を見届ける」任務を負っていたパイロットが言う。「あれが自らの意思だったとは信じられない」と今でも当時の事を忘れられないと語る。ならばどうしてあのような兵器を作ったのか?「やましき沈黙」が一人ひとりの命にかかわることであってはならない、と締めくくる。ちなみに回天の成功率(敵の戦艦に当たった)2%である。またわたしの知る限り特攻機のそれは4%だった。つまり4800人の人びとは死ななくても良かった事になる。
▼時間と紙数の関係で「3」は明日書きます。

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