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August 04, 2009

NHKハイビジョン「ヒロシマ少女たちの日記帳」を見る

▼まもなく広島と長崎への原爆投下の日がやって来る。毎年様々な番組が放映されるが、いずれもが原爆投下直後の悲惨な、極端に言えば焼けただれた人間や建物の映像がこれでもか、これでもかと流れてくる。わたしも数回広島と長崎に仕事絡みでいったことがある。あの千羽鶴も実は現地では雨などで濡れるとどうしようもない「ゴミ」になってしまっている。はっきり言って支援する気持ちがあれば、「千羽鶴」ではなくて現金が一番お役に立つと思う。鶴は「撤去」するにもお金がかかるのが実体だ。それでそれらの映像よりも素晴らしい放送がNHKハイビジョンで2日夜10時から放映された。それは「ヒロシマ少女たちの日記帳」(6日にはNHKの地上波で放映される)という番組なのでそれをぜひご覧いただきたい。
▼ 昭和20年4月6日、広島県立広島第一高等女学校に12歳から13歳の少女321人が入学した。番組ではこの日から、少女が実際に書き残した日記を紹介しながら演技が始まってゆく。その茶色に染まった日記には短い10数年の生涯を書き残した彼女たちのみずみずしい日々が綴られていたのだ。
▼番組では、これらの遺された日記帳とかろうじて生き残った数人の人達の証言を元に、4月6日の入学式から8月6日まで少女たちの姿を関係者の証言を中心にドラマで描いてる。疎開してしまった弟に再び会いたいという気持ちを綴ったもの。理科の教師に「日本は石油がないから」と数粒の何か麻のようなタネを貰って家庭で育てるように言われる。生徒たちは教師の言いつけをきちんと守り、人糞の肥料を鼻をつまみながら一生懸命育てる姿がある。
▼そして食料もないので芋と筍のご飯を弁当に持参する。裁縫を教えてくれる家庭科の先生と二人一緒に食べるのだが、恥ずかしいので弁当箱の蓋を半分開けたまま食べている。すると教師から「いつもそんなにして食べるの?」と注意される。しかし先生を見ると彼女もまたジャガイモ一つを新聞紙から出して食べている。少女の持って行った「筍を頂戴ね」と言って「ほんとうに美味しいわ」と食べる姿はジーンと来る。それに沖縄の少女たちが洞窟で米軍と戦っているという記事をみて、「まだ自分たちは真心の込め方が足りないのだ」とも記録している。何と純粋なのだろう。そして「ヒトラーの死とムッソリーニが処刑された」という新聞記事も出てくるので、「もっと自分たちが頑張らねば」と思う所などは心が痛たむj。
▼当然年頃の少女たちだら「生理」にもなる。家族はそれを赤飯のお粥で祝うのだが、小さい弟は「どうしてきょうはこれを食べるの」と不思議そうな顔をして何度も何度も姉に尋ねる。B29が近づくたびに空襲警報が鳴り響き、彼女たちは防空ずきんを被って狭苦しい、呼吸困難になりそうな地下壕に潜る。家庭科の実習では物資が不足してくるので、6月になっても夏服は許されない。そこで父母の着古しを使って夏服を作る実習が始まる。自分の着る夏服を作る姿は実に生き生きとしている。この姿も良い。そして手旗信号の実習訓練もある。登場する一人の少女石堂郁江さんはいつも道を行き来する丸坊主の少年を意識するようになる。いつもいつも何故か気恥ずかしい思いで、一言も交わさず通り過ぎるだけだ。しかしあるとき、川をはさんで自分の名前を相手に知らせる事を思いつく。そして「ワタシはイシドウイクエ」というと相手は「イクコ」と誤解してしまうのだ。だがそのイクエも原爆で命を落としてしまう。それから50年後イクエの家族の元に一通の手紙がある男性から寄せられる。赤族は彼が誰であるか一切詮索はしなかった。生き残った同僚も家族も余りにも若くして命を落としたイクエにもそういう胸が痛くなるような想い出があった事を知り、何となくホッとするのだった。このドラマに出演した若い女優たちにも拍手を送りたい。

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