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September 30, 2009

記憶力の良い薬剤師さん

▼月末で忙しいところ、昨日は別のクリニックへ通院しなければならなかった。コレステロールの検査と、薬が切れてしまったのだ。薬は飲まなくても死ぬことはない。,コレステロールは前の晩から絶食しなければならないのが辛い。思い切って朝8時にクリニックの前に並んだらビルの入り口が開く前に7,8人の人が並んで待っているので驚いた。8時ジャストにオートのドアが開いて3階までエレベーターで行く。透析の人などもいるのでわたしの受診の順番は5人目になった。果たして9時15分には血液採取の順番が来た。前回の宿題を医師と話す。「フランシスコ・ザビエルはどこの人だったか?」というのだ。彼はスペインである。ポルトガルはバスコ・ダガマである。
▼薬局には処方箋を出して、仕事を片付けて1時間後に来ると電車に乗って仕事を片付ける。明日の取材は成田のさらに先にある寺の住職さんだから身だしなみを整えなければいかんと思って散髪をついでにする。そして薬局に戻って申し出る。担当の薬剤師さんは前回書いた可愛い女性で、わたしが前回しゃべった事を覚えていて下さった。「アイスクリームまだ止めていますか。意思が強いですね」と。商売するにはこのくらいの事を言えなければならない。この人は結婚しても旦那をおだてて使う良い主婦になるだろうと思って帰ってきた。
▼本日は遠方まで取材のため早出をしなければならない。
▼NHK教育TV27日「蒙古襲来の衝撃」はかなり面白かった。朝鮮半島の高麗の政府から鎌倉幕府に蒙古に占領されそうだという、救援を求める手紙が奈良に保存されている。しかし当時の鎌倉幕府は内紛で手紙に答える余裕はなく、無視してしまう。その事が良かったかどうか?蒙古のクビライはその高麗の抵抗運動が激しかったので、日本に対する遠征計画を狂わせてしまう。それで日本は時間稼ぎをする事ができ、防塁を造ったり体制を立て直すことが出来た。これは1週間前に福岡市博物館で見た展示そのままで、何と言うベストなタイミングかと思った。さらにベトナムまで蒙古は攻めていく。しかし潮の満ち干を利用して、海面に蒙古の船を防ぐ大きな杭を何本も打つ。ベトナムは杭の上に蒙古の戦艦を誘い。干潮まで待つ。そして船が杭に乗せられて動けなくなったタイミングを利用して火を放ち炎上させるのだ。これは4年前にホーチミン市に行った時、その展示を見ている。
▼NHKの番組に出席していた韓国の学者はお互いに普段から交流を強め、お互いをよりよく知り合っていれば、不幸な事態を防ぐことが出来たかもしれない。と語っていたがまさにその通りだと思った。

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September 29, 2009

◇「空気人形」を見る。

▼仕事が一段落したところで、外科医に行く。待合室で看護師さんがバンドエイドを外してくれた。院長は傷を一瞥して「傷はふさがったからもうきょうで良いですよ」と言ってくれた。しかし実際には傷口が完全にふさがっていないので血が滲む。自宅で医師が使うイソジンを塗って、バンドエイドで留めた。最終回はいつもより20円高く、370円だった。
▼◇「空気人形」人形がもし「心」をもったらどうなるか?というのがテーマである。中央区の古びた町のボロアパートに住む、中年男秀雄。昼間はレストランのウェイターをやっている。しかしオーダーの間違えが多く、シェフからは「いつ辞めてもらっても構わない」といわれ続けている。そんな彼がホッとひと息をつくことが出来るのはボロアパートに帰ってきて、ダッチワイフの彼女に向かって話しかけ、さらに自分を解き放す一瞬である。しかし人形はこの一瞬自分は秀雄の性的要求を発散するだけの対象ではないかと気づく。そして秋葉原のメイド姿で町を探索することになる。
▼そして小さなレンタルビデオショップに紛れ込む。アルバイト店員の純一(ARAT)は「何かお探しですか?」と声を掛けるが彼女は何か良く分からない。そうしているうちに人形は秀雄が留守の昼間だけこの店で働くことになる。客はあれこで映画の断片だけを並べて見たい映画を探すので、レンタルビデオ店の店員さんはあらゆる映画に精通していなければならない。寺島進演じる交番の警察官が来て、「何か凄い悪い警官がでてくる映画はないか」と聞くと、純一は「フェイクやセルピコはどうです」と答える。店長が出ていて、人形と二人になったとき、またクイズをしている。「松田優作が最後に出演したハリウッド映画は?」と質問を出したとき、ふり返った瞬間ハシゴから落ちてしまう。右腕の付け根をL字型に切ってしまい。身体の空気はスウッーと抜けていく。
▼慌てた純一はカウンターにあったセロテープで傷を塞ぐ。そして人形が「見ないで、来ないで」というのを振り切り、「空気の注入口はどこ?」と聞く。するとおへそを指さすので純一は自分の息を吹き込んで、復活させる。人形はは「わたしは実は人形なの」と告白する。すると純一も「実は人形という人は多いんだって」と言うので彼女は純一も人形なのかと勘違いしてしまう。そやがて二人は恋人になり、オートバイであちこちをデートして歩きまわる。ある夜人形が帰宅すると、ベッドに自分より美人で近代的な人形が鎮座している。秀雄は自分に飽きてしまったのだとガッカリして、自分を作ってくれた秋葉原にある人形の会社を訪ねる。人形デザイナーのオダギリジョーは別れるとき「人形として生まれて来て良かった?」とさりげなく声を掛ける。人形はカタコトの日本語で「ヨカッタよ」と答えて去っていく。
▼ウオーターフロントが見える小さな公園には高橋昌也が演じる、酸素吸入をしていまにも死にそうが老人がいつもやってきて河面を眺めている。ため息をつきながらしかし生きてきたことは後悔していないとつぶやく。老人はあるとき人形に「触って欲しい」ところがある、という。彼女は勘違いしてズボンに手を入れようとすると、いや「おでこだ」というので、額に手を当てるととても幸せそうな表情をする。
▼純一の綺麗なアパートで二人で過ごす二人。彼女に「頼みたい事がある」と言うと「わたしはあなたの言う事なら何でも聞くよ」とけなげだ。純一のやりたかった事は、人形の身体から空気を抜いたり入れたりする事だった。純一の恍惚の表情を見て,人形は自分も彼に同じ事をしたら喜ぶだろうと思ってへその空気穴を探す。しかしどう探しても穴は見つからないので台所から刃物をもって来て穴を空けてしまう。彼も自分と同じ人形かと思っていた純一の身体からは血が流れ出るだけだった。この映画からは生きているすべての生物に対する生命のいとおしさが伝わって来る。人間の少女が親やレストランで誕生日を祝ってもらい、ハッピーバースディを歌ってもらう場面では何度も涙が出て止まらなかった。 人形も、もし人間として生まれていたら、あの少女のように誕生日をみんなに祝ってもらっていたに違いなかったのだ。

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September 28, 2009

◇「正義のゆくえ」を見る

▼今週は月末で何かと多忙なとろこに来て、水曜日と日曜日に取材が入っているので、目が回りそうである。その上朝からマスメディアの報道姿勢にカッカとなっている。わたしが通院している外科医には「週刊新潮」と「週刊文春」と二つの週刊誌がおいてある。待ち時間で退屈なとき手にとってみるが、その現政権批判は目に余るほど酷い。朝刊を見ると「現代」も「ポスト」も大同小異である。誰か仕掛け人がいるはずである。これはまったくの憶測だがあの小泉の時のI秘書官はマスメディアを自分の人脈でコントロールしていたのだから、この男の可能性だってなくはない。NHKを筆頭にマスメディア上げての新政権批判は最早謀略に等しいと感じる。
▼朝のTBS森本毅郎スタンバイではのっけから、「亀井の中小企業支援」批判だった。トップで取り上げられるべきはJR西日本の尼崎事故の隠蔽工作であると思うが、それはほとんど取り上げない。そして景気が上向いているときに、亀井のような発言をするから銀行株は下落一方で困っていると、まるで国民の方向は向いていない。コンビニもデパートも売り上げは下がり、失業率は増える一方なのに、どこを見てそういうセリフがでてくるの?とわたしは午前7時前にメールをスタジオに送った。家族はNHKの最近の報道姿勢に疑問を持っており。毎日抗議のハガキを書いている。メールよりもハガキの方が効き目があるに違いないというのが、本人の主張である。どうか読者のみなさんも「おかしい」と思ったらすぐ抗議するなり、行動に立ち上がって欲しい。各報道機関や週刊誌の連絡先は「村野瀬玲奈」さんのサイトに出ているので参考にされたい。
▼◇「正義のゆくえ」この映画では夢を実現できるアメリカの国籍を得ようとする6組くらいの人びとが登場する。昔は「アメリカン・ドリームの実現」と言われていたが、それはまやかしでしかないと思う。なぜならドリームを享受出来たのはほんの一握りの大金持ちだけだったからだ。最初メキシコ国境を越えてアメリカに出稼ぎに来ている女性だ。出入国管理の仕事をしているハリソン・フォード。彼はいつも同じパターンの映画に出ていて,家族をギャングに人質に取られ、奪回するために必死になるというクサイ演技ばかりだった。今回もそのパターンかと思っていったが、自分がアメリカの法律を守ってやっている仕事が、果たして「正義なのか」という事で疑問を感じるようになる。
▼メキシコの違法移民は昨年も一度映画になったが、今回のは縫製工場に大量動員されている。手入れが始まると、一人の女性は衣服の陰に隠れているがフォードが引っ張り出す。すると彼女は「息子を託児所に預けているから見逃して」とお金を見せる。彼はそれを拒否して彼女を逮捕引っ立てる。フォードは警備隊の仲間からは「移民に甘い」となじられている。しかしそれを気にしないで移民の女性が指定した託児所を探し出して、少年をメキシコの実家まで送り届ける。
▼もう一つはグリーカードの審査をする男(レイ・リオッタ)は駐車場でオーストラリアから来ていた女に車をぶつけられる。彼女がグリーカードを欲しがっている事を知ると、「カードの審査を甘くするから週に二回俺の言う事を聞け」と彼女の身体を要求する。彼女はイヤイヤそれに応じるのだが、正常に考えればイヤイヤの気持ちは男に伝わって来る。リオッタは数回後に「俺は妻と別れるからもう一度、最初出会った店でコーヒーを飲むところからやり直そう」と提案するが、彼女は「最初の契約と違う、わたしは我慢して相手をするから約束を守って」とそれを拒否する。だが彼はカードの審査を甘くしている事が発覚して、逮捕されてしまう。彼の妻である弁護士(アシュレイ・ジャッド、老けたな!)はそれをあっけに取られてみている。
▼これからが問題なのだ。秋のシルバーウィーク中にNHKハイビジョンである特別番組が再放送されたので録画して見た。ピースフルトモロウ/911戦争反対を訴えた遺族たち」という2時間のドキュメントだ。911で家族を失った人たちが、夫や弟の死は辛いけどだからと言ってアフガンやイラクに戦争をしかけるのは間違いだ。という地道な運動を紹介している。ピースフルトモロウは全米でたった200人くらいの組織で講演とウエブで自分たちの意見を広めている。その運動に関わっていることで、報復攻撃に反対する彼ら彼女たちは圧倒的多くのアメリカ市民から嫌がらせを受けるのだ。そして古里に住んでいることができなくなったり、夫を失って子供と二人で暮らしている主婦は、身の危険を感じて運動から脱落せざるを得なくなる。「戦争に反対する勇気」がどれだけ大変な事なのかこのドキュメントは教えてくれた。
▼さて映画に戻る。家族とアメリカに住んでいるサウジアラビア出身の13歳くらいのイスラムのスカーフを被って投稿している。少女は、学校で教師の求めに応じて911等に対する自分の意見を授業で述べる。「彼らの爆破は目的ではなく発言する場を求めているのだからそれを聞いて欲しい」と率直に語る。ところが教室は「テロリスト」「爆弾を持っていないか」などブーイングの嵐となる。教師は生徒を規制しようとするがみんな言う事を聞かない。そしてその夜少女の家はFBIに包囲され家宅捜索が行われる。つまり少女の発言は反米的で不穏当であるという校長の密告があったのだ。先の女性弁護士の保釈の申し入れに対して地方検事は一切言う事を聞かない。「少女を国外退去にするか、両親だけを帰国させるかのいずれかの道しかない」と判決を出す。恐ろしい自由の国アメリカなのだ。
▼話は沢山ありすぎて書ききれないが、移民の資格を取った韓国系住民の歓迎式典が行われている一方。最初に出てきたメキシコ不法移民の女性の殺害された変死体と家族の写真が見つかり、フォードはそれを届けにふたたびメキシコに向かう。

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September 27, 2009

仕切り直しはユナイテッドシネマ豊洲で

Toyosu(豊洲にて)
▼昨日渋谷シネマライズに入れなかったことは書いた通りだ。同じ映画をノコノコ渋谷まででかけて行くのはシャクに障る。金曜日の夕刊では「ユナイテッド・シネマ豊洲」でも上映している。家から両国まで二駅歩けば運動にもなるし、そちらに行こうと決意する。30分も歩けば着くかと高をくくっていたら、45分も掛かった。開映に間に合うか気が揉めたが、10分前に座席に座る事ができた。わたしは渋谷とか新宿という町は苦手である。というのは人とぶつからないと歩くことができないからだ。そういうのが疲れるので映画の前に食事をするか、もしくはその逆ですぐ電車の乗って途中どこにも寄らずに帰ってきてしまう。
▼映画が終わって周辺を見回してみる、ちょうど「空気人形」もこの佃のウォーターフロントが舞台になっているから、その雰囲気を味わうには渋谷よりもこっちにして正解だった。1週間前に福山から松山それに急遽博多に5泊6日で行っていたが、つくづくわたしは普段決まり切った道しか歩いていないことに気づいた。梅津寺にしても、博多にしてもまったく普段と違う雰囲気のする町である。博多から太宰府に行ったり、町に昔からあるような古本屋さんにも立ち寄って見た。意識的に歩く範囲を広げることが必要だなと思う。だからこれからは同じ映画ならなるべく普段とは違う映画観に行って見よう。そして時間がある限り道草と散歩をしてこよう。
▼帰りはららぽーとにはヘルシーな食べものは見つからなかったので、逆のコースで両国に出た。錦糸町の映画観で午後2時45分からのチケットがある。これはどうしても今月中に使い切ってしまわねばならない。食事の出来る店はほとんど閉まっている。それにきょうは隣の国技館が千秋楽なので店が閉まっているのかも知れない。なぜか通りにある店は中華料理屋さんばかりだった。その一つで中華丼を頼んだ。

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September 26, 2009

どこの映画館も、舞台挨拶ばかり。

▼数日前のある新聞に年末公開になるアンジェイワイダの「カティンの森」の試写会の案内が出ていた。抽選で15名にチケットをプレゼントをするという。早速家族一同と比較的人間らしい名前をつけた仔猫の名前もハガキ一枚ずつに書いて送った。それでも心配なので友人にも頼んだ。昨晩も会議に来た友人2名にお願いして名前をお借りしてその場でハガキを書いて投函した。昨夜は手のひらが少し痛かったが、会議が終わった後の飲み会には付き合ってきた。先月は男がたった三人で、風前の灯火状態だった。しかし今月は七人で大いに盛り上がった。
▼土曜日の朝はまず外科医に行ってから渋谷シネマライズに「空気人形」の初日を見に行ったが、舞台挨拶とかで、料金は倍額だった。俳優や監督の顔を見たくないので銀座スバル座の「のんちゃんのり弁」にきた。ところがこちらも小西真奈美の舞台挨拶だ。チケット売りの窓口の人は、「映画は始まりましたが、小西の挨拶は映画が終わってからですから、十分間に合います。」と教えてくれた。しかしコニタンは可愛いが、わたしの興味は映画だけなので、これも止めた。結局シネシャンテでハリソン・フォードの「正義のゆくえ」を見る羽目になった。帰宅して家族にその話をしたら小西真奈美だったら見たかったといわれた。この映画はわたしの住んでいるすぐ近くにあるキラキラ立花通りでロケをしている。予告も見たが面白そうだったので行こうと思っていた。 
▼首相官邸が新しく鳩山メルマガを10月から発行するというので登録して見た。
Duke(mobile)

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September 25, 2009

山ツ場ダムで偏向更報道をするNHK

▼息をつく暇もない一日だった。まず外科医に行く。連休明けだから混雑するだろうと思って、多少開院時間から少し遅らせていく。ベンツE320に乗った年輩の院長先生はいつも穏やかに接してくださる。手を見せると「おや今度も左手ですね」とおっしゃる。バンドエイドを取って消毒をして多少大きな傷口バンドエイドに交換してくださる。「手当が良かったのか傷口はきれいにふさがりつつあります」と、しばらくは毎日包帯交換にくるように言われる。その通院中に取材に関するトラブルの電話が掛かってきた。その調整をしているだけでかなり消耗してしまった。
▼次に近くの銀行窓口に行く。というのはわたしは先日現金が必要になって自分の口座から少額の現金を引き出した。ところが間違った操作をしてローンから借りるという形になって1週間くらいで戻したのに金利がついてしまったのだ。こっちは自分の口座から引き出したとばかり思っていたのに、サラ金よりもひどい話だ。昨今のサラ金ではノーローンというのがあって一ヶ月以内なら金利もつかない。ローン契約を解消したいと言うと、それは約款でローン会社との契約になっているので、個別にローン会社から契約解除の書類を取り寄せて契約をやり直してくれという。ひどい話だ。
▼早めの昼飯を食べてから、学校に今期の最終授業に行く。学校につく直前に受講生のおひとりに会う。すると「随分長く旅行していらっしゃったのですね」と言われる。この方はちゃんとブログを読んでくださっていたのだ。2週間前にきょう24日は写真とレポートの締め切り日ですと念を押しておいた。だが休みが長かったせいか何度行ってもレポートの提出日が守られない。受講生は話を上の空で聞いているのだろうか?、
▼きょうの一番言いたかった事。わたしはブログリーダーを使って色々な方が書いているブログを100くらい読んでいる。その昨日のブログで特徴的だったことはNHKの山ツ場ダムの偏向報道についてである。山ツ場ダムに前原国交相が「対話」出掛けていった。その時のNHKの報道姿勢だ。現地には現政権の「山ツ場ダム中止」に反対姿勢をみせている住民しかいないかの様に報じている。民放に比べてNHKはその傾向が顕著である。そして現地の集会では「方針変更に怒る住民」の姿だけが出てくる。いくつかのブログでは、その怒る住民は自民党を支持する議員などが中心に組織されていると書いている。そしてNHKにファクスで抗議しようとしている人もいる。ヘンリーオーツの独り言を参照。19日の「愛川欣也パックイン・ジャーナル」でも愛川は今回の選挙は「無血革命と同じだ」とまで言い切っている。だとするならば既得権はすべて見直して、カネの流を変えなければならないのだ。

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September 24, 2009

◇「カムイ外伝」を見る

▼昨日のブログに関して、「てんぐさ」さんから以下の事を教えて下さった。
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かつて(10年以上前)、今はなき北九州市民球場というところで、ロッテ・ダイエー戦を見たことがありますが、
ロッテの応援団は30人くらいでした。その頃はなごやかな雰囲気で、でもわいわいと楽しそうでした。
北九州でも、グリーンスタジアム神戸でも、いつも30人くらいで、あの頃は私もその脇に座って楽しんでました。
応援団の数がふくれて、統制が取れだしたのは、「あの17連敗」の翌年からです。
多くはジェフの応援団との掛け持ちなようで、サッカーの応援スタイルをいちはやく取り入れて、以前とはまったく異なるものになりました。
だいたいどこに行っても、アウェーなのに、ホームチームを圧倒してますね。
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▼そうだったのか。これで千葉ロッテマリンズの秘密がわかりました。
◇「カムイ外伝」カムイが少年の頃の暮らしや育ち方は静止画像でパラパラと省略され、いきなり大人になる。「カムイ伝」は全部読んでいるが「外伝」は読んでいないので、この映画のストーリーが原作と比べてどうなのか分からない。ただメルマガの9月1号でご紹介した四方田犬彦の白土三平論の批評から見ると、かなりかけ離れていると思う。
▼カムイ(松山ケンイチ)は掟にがんじがらめの忍者の世界に嫌気をさして、抜け忍となる。そこへそれを許さじと追いかける追忍の一味が加わる。つまり抜け忍のカムイと追忍とのバトルに終始する。九の一の小雪との死闘に敗れて荒れ海に浮かぶ漁師の小舟に助けられる。助けたのは半兵衛(小林薫)だ。ところが途中でカムイに妻(小雪)と同じ匂い(元忍者)を感じ、カムイに板切れ一枚の与えて荒海に放り出す。
▼瀕死の状態で半兵衛らが住む漁村に流れ着くカムイ。村人はそれでも彼を助け、半兵衛の娘は裸になって冷え切ったカムイを介抱する。半兵衛はその前に領主の馬の足を一本切り取って逃げていた。半兵衛は馬のひずめを使って疑似餌を作り、すずきやマグロを大漁にするという特殊な腕を持っていた。漁にはカムイも力を合わせて豊漁が続く。しかし半兵衛の妻小雪はあわよくば、カムイを亡き者にしようと、虎視眈々と狙っている。
▼だが半兵衛は、妻の恨みを忘れてどうかここから出ていってくれと懇願する。やがて村人が半兵衛の疑似餌の秘密を知り、領主に密告し半兵衛は磔にされる。領主が弓矢をつかって苦しめながら殺そうとするとき小雪とカムイは力を合わせて、命の恩人半兵衛を救い出す。
▼平和な村に返ったのも本のひとときだった。ある時沖から怪しげな海賊船が現れる。大判振る舞いをする船長(伊藤英明)に村人は皆喜ぶ。海賊船の目的は大きな疑似餌と猪を生け贄に使ってシャチを捕まえる事を生業にしていた。カムイは最初自分を捕まえに来た追い忍かと思っている。しかし「仲間だ」というコトバを信じているが、とんでもない事件に巻き込まれる。
▼つまり映画はCGを多用した活劇になってしまい、「カムイ」にあったような唯物史観的な世界と、階級差別と「非人」という立場から抜けだそうという闘争はまったく描かれていない。だから観客の入りもアクションだけのこの映画に魅力を感じないのだろうと思った。

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September 23, 2009

ソフトバンク対ロッテ戦をみる。

10manban(ひつじねえさんが10万番ゲット)
▼午後1時に羽田着の飛行機で帰ってきた。手荷物検査は松山から福岡に行くときよりも厳重だった。機内積み込み荷物にパソコンを入れたのだが、「出して見せろ」というし、今まで何も問題なかったシェービング・フォームも「何かスプレー入っていますね」と出して確認させられた。さらに「パソコンは自分で機内にもって乗ってくれ」といわれる。これは今更面倒だし、「今までトラブルはなかったから」と言って「誓約書」を書いて先方に任せた。羽田からモノレールで浜松町に着く直前、ひつじねえさんから「10万番をゲットした」というメールを頂いた。それが今朝の添付の写真である。
▼帰宅途中に通っていた外科医に立ち寄るが、いつもの院長のベンツがなかった。院長はどこかの住まいからここまでベンツで通ってきている。また手のひらを縫ってもらおうと思っていた。とても痛い麻酔に耐えなければならないが、治癒したとき流石外科医の腕は確かで縫合した跡も綺麗になっている。手術をするとしばらく飲めなくなるが、これでは週末の会議の後の飲み会もパスだが仕方ない。帰宅するとまず洗濯を済ませた。ホテルを立ち去るときクリーニングサービスの料金表を見たら、Tシャツは1枚400円くらいだった。更に下着類は300円とある。これなら一括して頼んでしまえば良かった。
Kyujou1
(ヤフードーム)
▼実は21日夜は頂いたチケットでヤフードームのソフトバンク対ロッテ戦を見に行った。この日は大隣憲司が最初ヒヤヒヤしたが7回まで投げきり、摂津に繋いで勝利した。しかしこの日千葉ロッテの応援団というのを初めて見たが驚いた。レフト側の一角を200人くらいの応援団で占めていたが最初から最終回まで一糸乱れぬ応援で、この部分に限って言えばソフトバンクを完全に圧倒している。通常勝利した日は8発だが、この日は特別に20発の勝利花火が上がっていた。雨が降り出したのでドームの天井は閉まったままだった。終わって外に出ると九州各地からバスが仕立てられて来ているのが分かる。
Bentou
(これはホークス応援弁当)
▼パリーグの試合を見ていると、本当に観客数が少ない。西武球場は場所が悪いせいなのか観客が1万を着ることが当たり前になっている。しかしソフトバンクは九州全体で応援するのだ、という意気込みが感じられる。そのために球場の仕掛けも工夫されていて、選手ごとに、松中弁当。小久保弁当と言ったものも用意されている。

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September 22, 2009

太宰府でも阿修羅展は5時間待ちだった。

Hakubutukan(福岡市博物館入り口)
▼博多に着いてから最初にしなければならない事はTシャツなどを買うことだ。わたしは海外旅行の場合も下着や着替えは3組しか持参しない。毎日選択して着回すのだ。天気が良い土地ならば洗ってもすぐに乾く。今までそれがうまくいったのはカンボジアだけだった。毎日移動で疲れてしまい、天気が悪いときは一度来た物を裏返しにして着る。今回の場合3泊4日だから4組持参した。しかしやむを得ぬ事情で博多に移動して更に2泊することになったのはご承知の通りだ。
▼まず近所にクリーニング屋さんを探した。しかしホテルの一階にはティファニーがあるような場所なので、そのような店はなかった。ようやく一軒見つけたら「工場は連休で休業中なので預かることはできない」という。いわゆるマツキヨのような店に行って、「小分けした旅行者用の洗剤はないか」と聞くと、大きな洗剤を出してきた。使用目的を言っているのに気が利かない店員さんである。しかたなくホテルに戻って石鹸を使って海外旅行の予行演習をする羽目になった。
▼今朝は時間まで何処に行こうかとガイドブックやパンフレットを見て検討した。わたしはテーマパークや遊園地、それに戦後できた建物には一切興味がない。だから未だに近くにあるディズニーランドすら行ったことはない。こうなるともう化石である。色々検討すると太宰府の天神様が良いと結論する。あわよくばとなりで開催している、阿修羅展に行こうと考えた。しかし現地に辿り着くと「5時間待ち」だという。これでは待っているだけで一日潰れてしまうし、炎天下で待つ体力もない。ちなみに博多周辺は猛暑であった。しかたなく天神様だけ見て返ってきた。
Tower2
(福岡タワー遠景)
▼西鉄天神まで戻って焼き肉定食を食べ、ホテルに戻る。フロントにいた女性にアイロンとを借りたいといったのに、持ってきたのはズボンプレッサーだった。半ズボンで行ったのにわたしのしゃべり方が悪かったのか、相手の聞き違えか?アイロンを使って村上春樹の「ねじ巻き鳥クロニエル」の最初の方に主人公がTシャツにアイロンをかける場面があるが、それと同じだ。午後1時を過ぎていたがホテルのベッドメイキングの人たちもわたしの部屋に来ていた。メイキングが終わって掃除機をかけたいと言うので廊下に出て待機する。その後Tシャツ一枚のプレスも終わったのでアイロン台と一緒にフロントに返却に行く。「そのまま部屋に置いて結構です」と言われたが、借りたものをいつまでも持っているのは気分が悪いタチで、終わったらすぐ返却する。
▼午後は松本清張の「ゼロの焦点」の舞台になった香椎に行こうと思っていた。ここは3年前にも行こうと思ったが、台風が来て電車が不通になってしまい急遽取りやめた経緯がある。しかしネットで調べると清張の小説に書かれていたイメージはまったくないというので取りやめて、福岡市博物館に足を向ける。ここにはあまりにも有名な国宝の金印「漢委奴国王」がおかれているところである。常設展はたった200円で見ることができる。歴史の流れを見ると九州地方が歴史を引っ張ってきた事が明らかにされている。昔は当時の中国との交流を学問や交易を通じて行っている。そして元寇などに攻撃された時でさえ商人のレベルでは、戦に関係なく貿易が行われていた。蒙古が襲ってきたとき、当時政治の中心であった鎌倉はそれに重要な認識は持っていなかったので、現地は必死になって抵抗して何度も戦う。最終的に勝利したときも、九州の活躍を鎌倉幕府は正当に評価しないので次第に離反していく。
▼この展示を見ていると菅原道真という人物は、どうも旧守派のように見える。江戸時代になっても医学など学術や文化はやはり九州から入ってきていると、展示は語っていた。明治以降についてはあまり興味と、時間がなかったのでじっくり見ることはなかった。今回各地で色々な博物館などの展示を見たが、この福岡市博物館の展示は千葉県佐倉市にある歴博に匹敵する内容だった。それに比べると「坂の上…」はあまりにもお粗末で、新聞の切りぬきなどを使ってスカスカだ。
▼ついでに隣にある福岡タワーに行った。博物館の敷地から裏に回ると早いと思ったが出口はなかった。低い土嚢の塀を跳び越えようとしたらつまずいた。転倒するのを予防しようとして左手をついたら、手術で縫って塞いだばかりの1cm右上がL字型に破れて、再びドバッと血が流れ出した。持っていてバンドエイドを使ったが、血液は中々止まらなくて参ってしまう。タワーに登るには800円が必要だ。前から一度登りたいと思っていたが、65歳以上は半額とある、免許証を見せたら「きょうは敬老の日で無料です」といわれ、得したような急に老け込んだような複雑な気分になった。
▼あと45人ほどでブログの10万番がでます。今晩にはメルマガが発行できそうなので、まだ投稿なさっていない方はいつもの時間までにメールをお送り下さい。では博多からさようなら。

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September 21, 2009

ボンバル機で福岡に渡る

Hikouki(このボンバル機CRJ200に乗り込む)
▼結論から言うと博多ではちゃんとしたホテルに泊まっている。いやー、19日の深夜までネットで博多周辺にあらゆる宿泊施設を当たった。ペンションから民宿、海員宿泊所、ユースホステルまで、その数は50ヶ所を超えた。マウスを操作する右手、右肩はまだ痺れている。いつも利用しているホテルのチェーンは小倉や久留米ならば空いていた。しかし博多まで1時間もかかって通わなければならないので、いったんネットで予約したが、思い直して1時間後に解約した。カプセルホテルも数件しらべた。しかし「風呂に入っている時に下着を盗まれた」とか、利用者の書き込みがあったので不安になってしまった。
▼20日の朝ホテルのリストをパソコンで見ながら、同行者が電話をかけ始めた。うまいことに2軒目のかなり大きなホテルで「ツインが一部屋あいている」とフロントの人が言う。一人で泊まるにはもったいないような気がしたが、部屋がないまま博多まで行くのは不安だったので、そのホテルに泊まる事を決めた。今回ほどノートパソコンを持参して助かった事はない。飛行機の航空券の予約や変更も全部ネットで出来てしまった。
Bansuiso(高松の萬翠莊、大正11年に旧松山藩主久松定謨(ひさまつ・さだこと)の別邸として建てられた)
▼飛行場に行くバスをMデパートの前で待っていると、わたしのカメラを見て見知らぬ同年配の男性が話しかけて来た。「そのカメラはライカですか?」と。わたしは「いいえP社のでレンズだけライカです」とこたえる。い5月のブログに書いたが「ライカ」のデジカメはわたしの持っている物にブランドのシールだけ貼り替えたものだ。その男性は立ち話によると若い頃はカメラの仕事をしたくて、かなり凝っていたという。ところが昔沖縄を旅行した時にカメラと高価なレンズ一式をバッグごと盗まれてしまったという。現金13万円が入ったサイフも一緒だった。お金はどうでもレンズだけは返して欲しかったと悔しがっていた。そしてカメラを使う仕事もしたかったが、それもかなわないまま終わってしまったともおっしゃる。
▼松山空港で、東京に戻る同行者とは別の小型飛行機に乗る。その前にネットで買った番号を提示して航空券に替えて貰わなければならない。わたしは午後5時10分のしか空いていなかったので、待ち時間5時間もあるがどうやって時間を潰そうか思案していた。いちど戻って松山城でも見るかなども検討した。ダメもとで「13時40分のキャンセルは1枚ありませんか?」と聞く。するとうまい具合に「1枚あります」と日航の係員は言ってくれたのですぐそれに切り替える。飛行機は50人乗りのボンバル機だった。そしてCAさんとは対面して座ることになる。松山から福岡までの対空時間は約35分だ。たったそれだけで2万200円。帰りの福岡から東京までは19800円だ。需要と供給の関係もあるし、小型機に50人乗せて運航しなければならないので仕方なかろう。
▼ホテルはいつも言っている博多の中心街にあるのでそれほど迷わない。電話の予約だけだったので、チェックインするとき、「お支払いは現金ですか?カードですか?」と聞かれる。わたしは1万円以上の大金は持って歩く習慣はないので「カードです」と答えると予想どおり「カードのチェック」をさせて下さいと言われる。昨夜は9時からNHKの長島と王の番組をひとりで見ていた。

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September 20, 2009

「坂の上の雲ミュージアム」にも行って見た。

Baisinjieki
(「東京ラブストーリー」のラストシーンと同じ位置から撮影)
▼読者のみなさんにまずお断りとお詫びです。現在松山に滞在しています。ところが急に九州へ行く必要が出てきました。昨夜飛行機のチケットの予約はできましたが、午前0時半までネットで検索しましたが、ホテルがまったく取れません。最悪カプセルホテルに2泊することになります。そのときはブログの更新も何もできません。最大の困った事は本日メルマガの締め切りですが、送信ができません。パソコンは持参していますがメルマガの読者のアドレスをセキュリティ上の理由から持ち歩かないようにしているのです。そういう事情でメルマガの送信は23日になりそうですが、あらかじめご了承下さるようお願いします。
Lovestory
(ドラマの一シーン)
▼19日はまず伊予鉄道高浜線の電車にのって梅津寺(ばいしんじ)駅まで出かけた。ここは20年近く前TVで放映された「東京ラブストーリー」のラストシーンに登場する海岸です。織田裕二を諦めるために愛する女性リカ(鈴木保奈美)が彼、織田のふる里を訪ねるシーンを覚えていらっしゃるだろうか?それがトップページの防波堤である。ひと月ほど前の朝日新聞beに紹介されたので、行って見たいという気持ちになった。海岸と防波堤には数人の釣り人がいるだけだ。そして駅の下り線プラットホームには昔TVドラマのラストシーンが撮影された説明プレートが取り付けられ、その付近にはハンカチが数枚結びつけられていた。
▼午後から内子座に行って見ようと思い、駅で切符を買って乗るべき路線を聞く。すると女性の駅員さんが「3番線から予讃線に乗って下さい」とおっしゃる。10分弱の待ち合わせで列車は出発したところが740円の切符の料金区間をオーバーしても目的の駅は出てこない。長い停車時間の駅で運転手さんにお聞きすると「途中で乗り換えるべき」だったと言うので、乗り換え駅まで戻る。しかし降りて時刻を確認すると、内子方面に行くには2時間またなければならない。それでは夕方になってしまうので、松山まで戻る事にする。始発駅の駅で事情を説明して「出して欲しい」と頼み込む。対応した女性の駅員さんは「それは当方の説明不足という可能性も考えられるから」と740円を全額返金して下さった。鉄道運送法はおそらく旅客を目的地まで届けて料金をもらう、という事になっているのだろう。返金は固辞したがありがたく受け取って、喫茶店にはいる。こういう風に親切にされると、もう一度松山まで来てみようという気持ちになる。
Musiam
(ミュージアム入り口)
▼夕方閉館1時間前になって、せっかくだから「坂の上の雲ミュージアム」へ行って見ようという気持ちになった。ホテルから徒歩5分のところにある場所に行くと、警備員さんが「6時半閉館ですがよろしいですか?」とおっしゃる。「それは了解しています」と言って400円しはらう。展示だが司馬遼太郎の同名の小説を読んでいれば、ざわざわ見に来る事はない。司馬が新聞に連載小説を載せた切りぬきが全号ならべて展示してあった。小説は秋山好古が主人公である正岡子規は第1巻の最初に少しでてくるだけだ。おそらく司馬は書いているうちに、もう一人秋山の兄と3人の主人公と言っていたのが気分が変わってしまったのだろうと思われる。あと秋山好古の写真や貰った勲章などが目新しいところか。何かNHKの同名の番組が秋から始まるが、その事前宣伝と言った雰囲気はいなめない。

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September 19, 2009

しまなみ海道経由、フェリーで今治に渡る。

Dogoonsen(道後温泉)
▼福山から高速バスに乗って途中の大島で下車した。福山雅治という歌手はこの土地で生まれたので、名前に「福山」という名前がついているらしい。駅には彼が坂本龍馬に扮したポスターがたくさん貼ってあった。「福山通運」も同様にここが発祥の地である。ホテルで貰った新聞は「サンケイ新聞」だった。祈誓の米永が「小泉新次郎だったら自民党は勝つことができたのに」と書いてあったのはさすがである。天皇の前で「日の丸、君が代の普及を一生懸命やっている」と誇らしげに語って、「そういう事は強制でなく、自由にして欲しい」とたしなめられた男らしい。
▼大島の交通の便はバスがかろうじて1時間に1本走っている程度だ。そこから観潮ツアーの船がでているとあったので、それに乗ろうと思ったが、見たいのは「渦」のほうなので止めて、今治までフェリーで渡ることにした。フェリーにのるのは1月にボスポラス海峡で乗って以来である。腹ごしらえのために、下田水(しただみ)港の食堂に入って海鮮丼を注文した。その店には「愛媛新聞」があって、辺見庸が連載でかなり長いエッセイを書いていた。おそらく共同通信の配信であろう。こういう記事は地方に来ないと読むことは出来ない。タイトルは「ビンラディンのコロン」だった。新聞記事は読んでから、帰宅してから自宅で読むことができるようにデジカメで接写してきた。
Colpn
「ビンラディンのコロン」(新聞コラムの写真)
▼話は辺見の飼い犬の様子がおかしいので、調べると香水の箱を引っ張りだそうとしていた。それは昔アフガンに取材に行ったとき、この「ビンラディン」という香水を買い求めた。箱のデザインを今見ると彼の顔と爆発の噴煙に包まれたビルが写っている。もしかしたら911を予告していたにかも知れない。自分はいまいくつかの病気を抱えていて旅行など出来ない身体になってしまった。しかしもしこの香水を持ったアメリカに行ったら。空港で身柄を拘束されてしまうだろう。と話は始まっていた。
▼フェリーは25分で対岸の今治港の着く。そこから駅までバスに乗るのだが、うっかり逆回りに乗ってしまい、着いたのは車庫だった。それでも気を取り直して別の「今治駅」行きのバスに乗って無事着く。そこで「特急いしづち」号料金をけちって鈍行の松山行きに乗ったら、長い時間がかかって気が遠くなるほどだった。これは失敗だった。松山駅前から路面電車に乗って目的のホテルまで15分くらいだった。たまたまホテルの場所はわたしが大嫌いな「坂の上の雲ミュージアム」のすぐそばにある。旅装を解いてから道後温泉の足湯につかってきた。温泉の前にはいわゆる特殊浴場があって客引きがいるのが、雰囲気を壊しているように思えた。

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September 18, 2009

広島県福山駅前に滞在中

Familiaこれが結婚式場
▼16日の夕方のTVは民主党を中心とする新政権の記者会見でどこの放送局も右にならえだった。ところが昨晩は麻薬の常習で逮捕され、保釈金500万円を払って湾岸署からでたタレントのSの記者会見で溢れていた。前の晩は250万円払って、残りの250万円を支払いができない、という意味の事を言っていた。しかし考えて見ると保釈金が支払えないのではなく、民主党政権の発足とニュースがダブってしまうので、一日余計留め置かれたのではないかと思う。記者会見では大粒の涙を流して見せるなど、タレントで女優だからお手の物であろう。しかし書くメディアは競ってカメラをクローズアップさせる。まさに現代の獄門さらし首、市中引き回しだ。Sが保釈される前の日は、「Sの夫のTが…」とはやし立てる。どうもこの報道姿勢は狂っているとしか思えない。
▼昨日朝、「いい日旅立ち」のメロディを聞きながら、新幹線に乗って福山まで来ている。この路線は窓の外に見るべきものは何もないので、持参した本を東京駅から読み始め、新大阪を過ぎたあたりで読み終わってしまった。駅前に福山城(トップ画面に画像あり)があったので行ってみる。天守閣はどこも同じだが、博物館になっているので200円を払って入ってみる。カメラを持っているので受け付けで「撮影は禁止になっています」と言われる。しかし撮影したいような展示物は何一つなかった。天守閣から見て唯一目立つのはあのスペインにあるようなアウディのサクラダ・ファミリアそっくりの建築物だった。案内のパンフレットにも何なのか一言も書かれていない。夕食のとき、レストランの店員さんにデジカメの画像を見せて、「これは何ですか?」とお聞きしたら何と「結婚式場ですよ」という返事が返ってきたので大いに驚いた。これでもうスペインに行って見る必要ないぞ。
▼あと街を一回り歩いて見たが、あまり印象に残るものはなかった。ついでにスーパーマーケットの売り場を見たが「もみじまんじゅう」だけが印象に残った。ただ産地が近いのか、いちじくだけは都内で買う価格の半分以下だった。

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September 17, 2009

38年目沖縄返還と核密約の真実

▼昨日の民主党鳩山内閣の顔ぶれを見て、東京大学出身者が多いことが印象に残った。もう一つ弁護士出身が多いことだ。わたしはその中で衆議院議長になった横路孝弘のことが一番強烈な印象に残っている。それは彼は昭和46年に起きた「外務省機密漏洩事件」が国会で問題になったとき彼、横路は当時社会党に所属していて、舌鋒鋭く政府を追及していた。政府側は「電報そのものを見せて貰わないと、本当なのかどうか分からない」と答える。横路はうっかり政府のその罠に引っかかって、電報のコピーを見せてしまう。
▼電報の決済印がどこまで押されているか確認するのが、外務省と政府の狙いだった。そこさえ見れば、この電報がどこで外部に流出したのか一目で分かってしまう。まんまと罠に引っかかってしまったのは横路だった。まさか外務省に勤務していた蓮見さんも、毎日新聞の西山記者もそんな風に利用されるとは思っていなかったに違いない。それを機に本来国を揺るがすような事件になったかも知れない、事件がねじ曲げられていく。沖縄返還が実際には日本政府の負担によって行われたことが、蓮見さんと西山記者の「下半身」問題にすり替えられてしまうのだ。
▼民主党政権のマニフェストでは、沖縄返還と核密約を徹底的に明かにするといっている。朝刊によれば岡田外相は17日未明藪中外務事務次官に対して、11月末をめどに調査結果を報告するように命令したという。事件から38年目にしてどこまで真相が明らかにできるか、新政権に期待したい。

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September 16, 2009

◇「法服の枷(かせ)」(日本TV13日深夜を見る

Yamanote
復刻山手線チョコレート色列車
▼仕事の最終チェックは朝9時から休憩時間なしで午後4時半に終わった。1年前に買ったマシンが作動しないまま放っておいたが、メーカーでチェックしてもらって今回から、無事作動した。前のマシンより身体に対するかなり軽減された。それから梱包して隣の区にある郵便局までゆーパックを持ちこんで、滑り込みセーフ。これに遅れると15分歩いた場所にある本局まで持って行かねばならない。帰り道に橋の上から西の方を見るとタワーが出来ていた。今までまったく気づかなかったが、新東京タワーだ。完成まで時々写真に撮っておこう。
▼◇「法服の枷(かせ)」(日本TV13日深夜の「ドキュメント09」)一度書いたように今回の最高裁判事の新任投票は検討して結果すべて「×」印をつけた。先日もある仕事で裁判官にお会いしたが、30歳くらいの女性でとても美しかった。成績優秀だから司法試験を受けた後に裁判官の道を選んだのだろうが、一般社会に出ないうちに人を裁くという行為ができるのだろうか?ちょっと不安になった。登場するのは1973年に北海道長沼ナイキ訴訟で「自衛隊は違憲」という画期的な判決を出した福島茂雄元裁判官だ。彼は今生まれ故郷の石川県に帰って弁護士を開業している。判決を出すときニセコのスキー場に行って一日考えた挙げ句、「違憲」という判決を書き上げる。ところが判決を出す前に、上司である札幌地裁の長官が「違憲という判決はでないものと考えられる」と新聞発表して圧力をかける。しかし福島はその圧力に屈せず、「自衛隊は違憲」の判決を出す。圧力に耐えかねて翌日「辞任する」と記者発表する。しかし翌日余りにも多くの国民から「辞めるな」という声が殺到したため、翻意する。だがその後東京地裁に配転され、日比谷公園の一角にある別棟で民事の仕事をさせられる。
▼これが裁判所の合法的な「報復」である。名古屋地裁で昨年航空自衛隊のPKO派遣は違法という判決を出した裁判官も、その後裁判所に辞表を出し、ある大学で教鞭を取っている。しかし取材の申込みは一切応じていない。おそらく彼が口を開くのは大学の仕事を辞めて数年たってからになるだろう。もう一人の元裁判官が登場する。彼はある町で選挙違反の裁判を担当する。警察によると選挙で酒の供応をしたという容疑者が30名以上逮捕された。しかし裁判が始まると、みんな一斉に「そんな事はやっていない」と口を揃えて否認する。裁判官はおかしいと感じ、関係者全員を法定に呼び出して一人ひとり調べて行く。すると最初に逮捕された男性が警察で1週間くらい朝から夜中、翌朝まで恫喝され、調書をつきつけられ、拇印を押すように迫られていた。その男性は「一週間取り調べで責められたら誰だって楽になりたいと思う」と語る。
▼裁判官はたまたま良心的な人だったので、自白は強制されたものだという事を明らかにできた。裁判所は事々左様に「株式会社と同じですよ」と語る福島氏だ。つまり月に一回全員が集められ、各地域ごとに「○○裁判官は実績を上げた」、と報告が上げられる。すると出世しようと思う人がほとんどだから余程でない限り、俺も実績を上げようという気持ちになるという。真実の追究よりもノルマの達成が求められるのが、日本の裁判所の実体なのだという事が明らかになる。この株式会社裁判所の実体を変えていかない限り、「違憲」を何とも思わない裁判官がまだまだ出てくるので空恐ろしい気持ちになった。
▼管理画面のアクセスカウンターでは10万30番になっています。昨日の検索用語の二位は「亀井静香」だった。

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September 15, 2009

◇「イメルダ」を見る

▼管理画面ではきょう10万ヒットになる。昨日のアクセス言語を解析するとなぜか「定額給付金締めきり」がトップに来ている。アクセスして下さるのはありがたいが、そういうのはこのブログを開いても答えは出て来ない。お住まいの自治体の窓口にいますぐ電話されると良い。ウロウロしていると「もう支払いは終わりました」と言われて終わりだ。
▼疲れているが仕事は大体予想のペースで進んでいる。きょうの夕方には何とかなると思う。夕べは一段落したところでプールにでも行っておけばよかった。頭の芯に仕事の残像が残っていて午前1時頃まで寝付けなかった。
◇「イメルダ」ご存知のように彼女はフィリッピンのマルコス大統領夫人だった人である。独裁者の片腕として絶大な権力を振るってきた。政権が崩壊するとき慌ててハワイに逃げ延びる。そのとき宮殿には3000足の靴があったとされる人だ。わたしなどたった5足しか靴を持っていないというのに…。関係ないか。そう言えば昨日の朝日にオバマが進めようとするアメリカの国民皆年金に反対するデモのプラカードの写真が写っていた。それによれば上はレーニン+スターリン=オバマ(独裁者)、下にはヒトラー+カストロ=オバマとあった。図の上は正しいが下のカストロとヒトラーを同列に置くのは正しくない。入れるならムッソリーニくらいにして欲しいものだ。専制主義独裁者とは民衆の声を聞かず、かつその声を武力を持って弾圧する人の事だ。カストロは少なくともバチスタ独裁政権から国民を救い、雇用機会などを平等にしてみんなが食えるキューバを作り上げた。
▼オバマに関して言えば、大きな保険会社から選挙資金を貰っているのだから、保険会社を国営化しない限り国民皆保険など出来はしない。ふり返って日本を見ると山ツ場ダムの見直しをした民主党に対して地元では「計画を実行せよ」という声が上がっているというが、政権が変わればすべて今までの利権は見直しされるのが当然である。カネの流れを変えるのが政権交代なのだ。しかもあのダムに関して言えば今までに4400億円かけているにも関わらず、仕事はまだ3割くらいしか終わっていない。全部終わらせるにはその倍はかかると言われている。水は余っているのにダムを造ることだけが目的化してしまっている。それで一番潤うのは誰か?土建業者だけだ。
▼話は逸れてしまった。イメルダは若い頃マニラの美人コンテストに出たが優勝できなかった。それで市長にねじ込んで「美の女王賞」とかを新設させ、自身はそれに入賞するという辣腕の持ち主だった。それからマルコス夫人の座を射止める。そのご州知事から数々の地位を手に入れる。そして映画では国家予算の18%くらいを彼女が自由にすることが出来たというから凄い。イメルダの肝いりでフィリッピンのフィルムセンターを建設する事になる。しかし工事途中でコンクリートを打っているとき倒壊事故が起きて、10人近い労働者が生コンクリートに生き埋めになってしまう。数人は救い出す事ができず生き埋めのまま、突貫工事は進められた。建設が終わった後も「コンクリートに生き埋めになった人の幽霊がでる」と誰も寄りつかないので建物は利用されることは一度もないまま放置されている。
▼事々左様にイメルダはハコモノと次々建設して行く。フィルムをよく見ていると当時の佐藤栄作首相の妻寛子が和服を着てにこやかに振る舞っている様子も出てくる。という事はその資金はODAのカネも使われていると想像すると考えるのが当然だ。イメルダは町を移動するときの車の中に自分のブロマイドを大量に用意してある。そして人びとがやってくると部下に「輪ゴムを取って渡しなさい」ときめ細かい配慮をして渡す様命令する。日本のタレントだってこれほどのサービスはしない。彼女の行動や私服を増やすやり方に反発する人が多いから、マルコス政権は倒れたのだろう。しかし一方で彼女の利権のおこぼれに預かる人びともいたのだろう。ハワイの税関が撮影した亡命時に持ち出した金銀財宝の数は天文学的だ。だから実質的な亡命後数年にしてフィリッピンに戻る事ができた。
▼そして今イメルダの息子と娘が議員に立候補し、復権を狙って大々的な選挙活動を繰り広げている。イメルダはどちらかと言えば、わたしの許容範囲を超える妖艶で外交官としてカネを各国から引き出した。写真や多くのフィルムにはカダフィ中佐やカストロも写っている。彼女の地盤を引き継ごうという息子や娘は、近代的な二枚目と美女である。一度甘い汁を吸った人達はまた、この息子や娘にすがって夢よももう一度と考えているのだろう。そしてイメルダは何も反省することなく、自らを悲劇の女王として演じ続けている。東中野ポルポレ。

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September 14, 2009

◇「プール」を見る

▼5日の「朝日ニュースター」「愛川欣也パックイン・ジャーナル」で、「もし自民党が揺り戻して復活したら」という話になった。すると愛川は猛然と怒りだして、「僕はそれほど国民がバカだとは思っていない。もしそうなったらこの番組はもう辞める」と何度も繰り返した。その結果12日の放送では、「辞めないで」という厖大なメールやファクスが届いたようだ。それで彼は番組の冒頭で「私見を思いつきでしゃべってしまったこと」を反省する弁を最初に語っていた。わたしは大体録画してみているが、ケーブルTVの中では地上波とは違った独自の視点で優れた番組だと思う。
▼12日の結婚披露宴で一番良かったのは、二人の生い立ちスライドやビデオがなかったことである。ああいうのは倦怠期になったとき、二人の愛を再確認するために、じっくりごらんになるのが一番で、他人が見せられても決して面白いものではない。
▼昨晩NHKHVで元SPEEDの上原多香子がイスタンブールに行き1週間でベリ・ダンスを習うという特集番組があったので1時間半ついつい最後まで見てしまった。上原はSPEED当時から関心をもっていた。しかし歌うでもなく、ただバックダンサーとクールファイブの後ろにいる人達のように「サビ」を歌っていただけの人だった。最初1月に行ったブルーモスクではあの薄暗いシャンデリアの下がったホールが映し出され、「ここで踊って見たい」と言っていた。ダンス練習の部分は省略するが、一生懸命に習おうとする姿勢は相手の大先生には伝わったようだった。ガラタ橋にも行き、バケツを覗くと夏のこの時期は30cmくらいのボラが入っていた。サバサンドは露店で大量に売られていた。ボスポラス海峡クルーズは小さな船でかなり揺れていたが、真冬の耐えられない寒さとは違いTシャツ一枚だった。まぁこちらは貧乏人だから渡航費用が一番安い冬ばかりいく事になることは覚悟している。結局練習風景ばかりで、仕上げはイスタンブールの小高い丘の上で赤、白、青のドレスを着てスチール写真でポーズを決めた姿だけしか紹介されなかった。そして今晩は誰か別の人がアルゼンチンに行って「タンゴ」を習い、明日は南米のどこかでサルサと続く。
▼仕事のヤマはきょうだ。明日は通して最終点検をして明後日には発送できる段取りだ。昼間は耳と目、それに指が疲れてしまうから、夜は本を読む気力も残っていない。今回はたった1冊終わっただけ。次のメルマガ送信日にはかろうじてもう一冊くらいは読めると思う。
◇「プール」小林聡美は今回タイのプールの側で生活している。もっとも可笑しかったのは娘と一緒に朝食を食べる場面があり、そこに彼女が出ているCMと同じカットした食盤が出てくるシーンだった。諸外国であのような形状をした食パンなど存在はしない。タイの空港に一人の若い女性(伽奈)が降り立つ。どこの空港も同じだが段ボール紙に名前を書いた人達が出迎えている。しかしいつまでも自分を待つ人は来ない。しばらくしていきなり、若い男(加瀬亮)から自分の名が呼ばれる。ランクルで母(聡美)の住むリゾートへと行く。母はそこで母と生き別れになっている現地の少年と暮らしている。「夕ご飯酢豚にしようか?何が良い?」と少年に聞くと彼はたどたどしい口調で「ちらし寿司」と答える。酢豚と言えば寺島しのぶが出演した映画「東京タワー」に出てきた酢豚はとっても美味しそうだった。
▼母はご馳走で出迎えるが伽奈は現地人の男の子が同居していたことが面白くなくてふて腐れし、「疲れているから」と先にふて寝してしまう。彼らといっしょにもたいまさこも一緒に暮らしているが、ガンで医師から「余命半年」と宣告されたが、もうすでに4年も存命している。翌朝目覚めると綺麗な糊のきいたシーツに母の心遣いを感じる伽奈。理由は分からないが聡美は昔から自分がやりたいことがあると、すぐ思い立って行きたいところに行ってしまう正確なのだという。そして伽奈は「おばあちゃんに預けられたけど、とても寂しかった。もしあたしがぐれたらどうするつもりだったの?」と母に問う。すると聡美は大笑いし「わたしの子は絶対ぐれる筈はない」と断言する。そう言われると嬉しくもあり、かなしくもある複雑な気持ちになるのは娘の伽奈だ。
▼この環境がよいリゾートの様な場所で何をやってみんな生計を立てているのか見当もつかない。まぁ映画の世界だからそれは良い事にしよう。しかし伽奈は,「日本にいるときは携帯でメールやら通話で気が休まらない。しかしこのタイは不思議な空間だ」ということに気づく。もたいはやって来る犬や猫を放っておけないたちで、今は合計10匹くらいの動物の面倒を見ている。もしかしたらガンが進行しないのは、その突きつけられる切迫感がないからなのかも知れない。そして帰国が迫ってくるある夜に加瀬は自慢の鍋料理を振る舞う。食べようとした瞬間役場から電話があり、少年の母親らしき人が来たから面接に来て欲しいと連絡がある。
▼台湾でもやっている紙風船に下から火を入れて飛ばせる儀式がここタイでも行われている。出発前の夜に加瀬と少年がつくった紙風船を飛ばせる。「伽奈ちゃん何か願い事を考えておいてね」といわれ、うなずく彼女。一個の大きな風船はどこまで飛んでいくのだろう。「その先はどうなるの?」と尋ねる。「高くまで飛んだら燃え尽きて土に還るんだよ」と答える加瀬たち。人間の一生というのも、それほどあくせくぜず自然体が一番よいと考えさせるタイの生活である。
▼ブログはおそらく今週中に10万番になると思います。今回は前後賞があります。

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September 13, 2009

知らなくて歌えなかった賛美歌420番

▼この歳になると圧倒的に葬儀に参列する事が多い。しかしわたしは幸いな事に、5月にあった友人の披露宴に引き続き、今年二度目の結婚式に参加させてもらう事になった。新幹線某駅前にホテルはあった。式はキリスト教方式だった。こちらもにわか信者になる。困ったのは讃美歌である。一つの312番はかろうじてメロディーだけは知っていたが、二つ目の「429番」は全く知らない曲だったので、口をパクパクさせてしまった。アルヒーフで出ていカール・リヒターのバッハのカンタータ選集全5巻(各3枚)は持っているが、これらの曲は入っていなかった。1週間前に往復のチケットを購入した。「大人の休日」か「ジパングクラブ」で買えば安くなる筈だ。駅のみどりの窓口の係員さんは「ちょうどこの時期3日間有効のパスの方が安い」と教えてくれたので、それにした。チケットは明日まで有効で、その気になれば函館まで行ってくる事ができる。しかし仕事も忙しいのでそれにトライしている時間はない。今週末も忙しいので、きょうは映画館を2軒ハシゴして、「プール」と「イメルダ」見てきた。感想は別途書くので待たれよ。
Duke(mobile)

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September 12, 2009

「千の風になって」を嫌いなわけ

▼昨日昼のNHKだったかCNNを見ていたら在沖縄米軍で911事件の犠牲者を追悼する集会を放映していた。司令官の挨拶のあとM16で弔砲を放っている所が、「追悼」というのはあくまでも軍の立場であるところがアメリからしい。ふとこの日自分は何をしていたか思いだした。夕方から江東区のM氏宅で『鍵盤乱麻』アクセス1万号記念集会をささやかに開いていた。集まってくださったのは5人ほども読者の方々だった。みなさん飲んでいるうちに終電の時間になってしまい、駅まで必死に走ったらしい。わたしは終バスで自宅まで戻ったような気がする。そして風呂から出たとき家族から「貿易センタービルが燃えている」と報告があり、続いて2つ目の爆発があった。
▼昨晩ケーブルTVの「ヒストリーチャンネル」で今まで未公開だったフィルムも含めて事件発生から2時間くらいでビルが崩壊するまでを、様々な人達が撮った映像を編集して放送していた。ここでわかる事は誰も「飛行機がビルに当たった瞬間」を見ている証言はしていないことだ。「誰かが言った」「言ったのを聞いた」と言っている。この事件に関しては、きくちゆみさんが繰り返して検証しているので、それをごらん頂きたい。わたしはアメリカ政府とは異なる立場を取る。
▼3000人がなくなって、今朝の報道ではニューヨークでは追悼集会が開かれた様子が流れている。事件直後5番街当たりでは、裕福そうな男達が口々に「ビンラディンを殺せ」、「アラブ人は皆敵だ」」、「すぐに戦争を起こせ」と口々にわめいている。誰が爆破したか分かっていないうちに、アメリカのマスメディアは巧妙に「報復戦争の開始」を煽っていたのだ。
▼ネットでイラク戦争で犠牲になった人の数を調べて見ると、ちょっと古いが65万人という数字が出てくる。3千人のアメリカ人を殺された代償に、罪もない65万人の一般人が殺されて良い理由は何もない。アフガニスタンでも同じように罪もない人びとがアメリカ軍を中心にした多国籍軍によって殺害されている。わたしはあの「千の風になって」という歌は3千人の人びとを悼む歌だと聞いて、3年前町であの歌が溢れかえっていたとき、ずっと耳を塞いで音源の前を足早に通り過ぎた。みなさんこのブログをお読みになっているとき、わたしは新幹線の車中にいる。

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September 11, 2009

なぜ、サプリメントの大々的なCMが…

▼日曜日は3時間で300枚くらい撮影した。昨日の午後は同じ時間で1100枚撮った。立ちっぱなしなので、最後になると両腕が痺れてくる。しかし考えて見るとわたしはこの日のために、腹筋、腕立て伏せとダンベルで毎日体力づくりをしているようなものだ。
▼先日豆腐屋さんがガンに効くという豆腐を作って薬事法違反で逮捕されたという事件があった。それで5000万円の利益を上げたというから凄い。薬事法では「○○に効く」と謳うのは違反である。しかし最近のTVを見ていると一般企業の出稿量が減って、この「健康食品」のCMで溢れかえっている。それも言葉では「効く」とは言わせないから、違法スレスレの手法だ。
▼医者でもない男が出てきて「T製薬の技術を駆使して、材料を吟味し」などというのは序の口。少年野球のコーチらしき男が「いつまでも現役でいたいから、携帯に便利な…」「歳を取ってくると、ヒアルロン酸が減って」と「これを飲んでいるから」と片足跳びをやってみせる老女。「限界型の糖尿病なので」、「毎日が闘いだから」と暗い顔をして見せた次の瞬間、にっこり笑って「Tエキスを飲んでいる」と言わせる。Y養蜂園のCM、青汁、にんにくRも言ってみれば同じようなものだ。野菜も粉末になっては本来の役割はなくなってしまう。これはわたしが独善的に行っているのではなく、ネットで調べていただきたい。食事は点滴や流動食、丸薬ではなく、噛んで食べるのが一番体力がつく。
▼知り合いの医者などはみな、「健康補助食品などは止めた方が良い」と口々に言っている。まぁ考え方によっては,「気は心」とも言うから自分が信じて服用すれば、多少は効き目があるかも知れない。
▼昨日のブログは出掛ける時間は迫ってくるし、書くテーマは決まっていなかったので、かなり焦っていた。それで午前7時までに書いた原稿はすべて廃棄して、約10分で書き上げたのが昨日のテーマだ。午後10時頃友人から字句の訂正メールが入ったので、一度消したパソコンを立ち上げ文字を直す。とにかく来週火曜日までは、動きが取れないほど仕事を集中してやらなければならない。メールを出さなければならない事も数件あるが、いずれも私的な内容なので不義理をしている。
▼昨日の補足、戦前のドイツでは軍人の脱走、ユダヤ人の逃亡支援、戦争批判発言などにも死刑の適用範囲を広げていた。第二次大戦中それらによって死刑判決を受けた人は、約3万人いり、そのうち2万人が処刑された。98年の名誉回復法はナチス軍事裁判での不当判決を無効にしたが、個別の裁判手続きを必要としていた。02年の法改正では適用範囲は脱走兵と兵役拒否者に限定され「国家反逆罪」は除外されていた。ところが今回の法律は「国家反逆者」として有罪判決を「一律に取り消す」事に、大きな意味があった訳だ。

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September 10, 2009

ドイツで包括的名誉回復法が成立

▼NHKHVの「ワルキューレ」でなぜ将校がヒトラーを殺害しようと考えるようになったかという分析があった。それによれば、当時のドイツ軍において将校になることができるのは「貴族出身者」だけだった。その中でも成り上がりもののヒトラーを嫌う人達と、すり寄ってさらに高い地位に就こうというゴマすりがいたと言う。その下には、「職業軍人グループ」があり、命令されれば誰の言う事でも聞く人達がいた。さらに一番下に一般兵士がいた。
▼ヒトラーはご存知のようにオーストリア人で、日本の歴史に当てはめて見ると、幕末の新撰組のような集まりで、地位もなかったし、軍人としての力もなかった。ところが第一次大戦の賠償問題や、ワーマール憲法下の共産党の国会放火事件をでっち上げて政権を奪取する。そして権力を奪ってからはユダヤ人の虐殺などやりたい放題をしていたので、貴族出身の将校の一部に、ヒトラーの行動を苦々しく思っている人達がすくなからずいたというのだ。その一人が「ワルキューレ作戦」の指導者シュタウフェンベルク大佐だったという。
▼朝刊によればドイツ下院で7日、ナチスに抵抗した軍人の有罪取り消しが行われたという。今までは個別のケースごとに審査していたのだが、今回は「包括的名誉回復法が成立」したという。その一つの力になったのが、トム・クルーズ主演の映画「ワルキューレ」が世論を喚起した、とある。本日多忙なので以上で終わり。

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September 09, 2009

NHKHV「ワルキューレ作戦」を見る

▼NHKHVで8日夜「プレミアム8・時空タイムス編集部/ワルキューレ作戦・ヒトラー暗殺計画」という番組があった。ヒトラー暗殺計画は約40あったといわれる。これはそのうちの一つで、最近トム・クルーズ主演で映画にもなった。元になっているのはドイツで作られたドキュメンタリーで、それにNHKで肉付けして、防衛大学の教授などをコメンテーターに加えたものだ。字幕の中で「ヒトラーを銃殺しようとした」という文字が数ヶ所あった。しかし「銃殺」とは処刑の手段であって、この表記方法は間違っている。あくまでも暗殺なのだから「射殺」もしくは「狙撃」が正しい。作戦を行うまでの経過は大体映画や本などで書かれているようにかなり正確である。首謀者である貴族出身のシュタウフェンベルク大佐の足取りを、関係者の証言を元に克明に追っているのは、かなり説得力がある。
▼会議が行われた場所で警備をしていた兵士や、友人などの生き証人を次々登場させていることだ。そしてシュタウフェンベルク大佐がヒトラーと至近距離で映っている写真もある。彼がクーデターを起こそうと思ったチュニジアで瀕死の重傷を負ってから、ヒトラーを倒そうという気持ちは強まる。しかし思うように仲間が集まらないので焦る。それは先に捕まった仲間の口が割られて、自分も逮捕されてしまうのではと懸念する。そこで爆殺計画の実行となる。
▼ヒトラーの側近が集まっている「狼の巣」に2個の尾プラスチック爆弾を持ちこむが、信管をセットしているとき、部屋がヒトラーの側近にノックされ2個、2キロの爆弾を持ちこんだが、1個しかセット出来なかったことで爆発力が弱まってしまう。爆発後の情報も把握できず、間違った情報でワルキューレ作戦を発動してしまったので、更に状勢は悪化してしまう。
▼最初にナチスがどのように政権を奪取したか。SAと国防軍の確執、それにSSの役割などを詳しく解説したので分かりやすかった。だがわたしが「シネマ紹介」で書いたように、例え反ヒトラーのクーデター計画が成功したとしても、ナチスが行ったユダヤ人の抹殺計画は決して消えるものではない。
▼北辰さんの投稿「なぜ目黒にプルトニウムがあるのか?」は「読者の広場」(会員専用)にあります。

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September 08, 2009

幸福実現党が作った危険なビデオ

▼土曜日の朝日be別刷りの「うた」は松田聖子の「風たちぬ」だった。やはり堀辰雄の同名の「風たちぬ」の小説からヒントを得ていたのだ。その舞台の一つ信濃追分にある「堀辰雄記念館」には数年前行ったことがある。彼が座って思索した部屋にはSP盤のベートーベン交響曲第六番などが展示してあった。もうひとつの舞台「万平ホテル」の建設には曾祖父が少し携わった事があると聞いているが、昔の話だからどれだけ正確なのか分からない。
▼またまたシネマの原稿締め切り日である。今ひとつ見たい作品に出会っていない。しかし締めきり日は守らねばならない。それに今やっている仕事は集中してやらねばならないので、15日頃まではデスクの前を離れることはできない。従って「ココ・シャネル」と「幸せはシャンソニア劇場から」で書かざるを得ない。
▼「AERA」9月7日号の後ろの方のコラムで「ザ・視聴率/リサチャー」という記事があった。最近はドラマを作るときも、旅番組を作るときも「リサーチャー」という人が活躍していて、現地へ先乗りして徹底的に詳しく調べるのだという。たしかに「ケンミンショー」で小樽の「パンロール」の話が出て、翌朝店に行って写真を掲載したら、「地元の人も知らない」というメールがわたしの所に来たくらいだ。つまり番組のAD(アシスタント・ディレクター)さんがネットで調べたくらいでは太刀打ちできない。リサーチャーさん曰く、どんなにネットで調べるよりも、その場に出掛けて取材して情報を得ないと、良いリサーチは出来ないと断言しているくらいだ。このリサーチャーさんは今までバラエティ番組だけ、ドラマで現実味を持たせるためにやはり現場に行って調査しているのだという。
▼しかしあの24時間TVというのは募金の集め方がどうもインチキくさい。先週の「行ってQ」を見ていたら、スリランカで宝石を採掘してそれが高く売れれば良い。というのでタレントを2名派遣していた。そこで数万円の宝石を採掘することができたようだ。だが良く考えて見て欲しい。スリランカまで航空機の費用はいくらかかるのだ。パックツアーでさえインドで約10万円だ。撮影はスタッフが5名ほどいるから合計7名。現地では既に試採掘してもらっているからその費用もかかる。少なめに見積もっても一人20万円はかかるので、取材費用だけで140万円。それならばカネをかけて現地には行かず、その140万円をそのまま寄付した方がずっと役に立つと思う。
▼土曜日の「ニュースにだまされるな!」で立教大学のアンドリュー・デイウィットが選挙前に幸福実現党が作った危険なビデオの事を指摘していた。わたしも昨日YouTubeで探して見たが、現実味を帯びていて確かに危ないビデオである。

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September 07, 2009

◇「幸せはシャンソニア劇場から」を見る

▼土日のブログはかなり短い時間で書いたため、帰宅後データや出典の不足を補ったので再度ごらん頂きたい。
▼日曜出勤をした翌日は疲れがドッと出る。それでも土曜日夜10時からの「朝日ニュースター」で録画した「ニュースにだまされるな!」だけは見た。今月は民主党の経済政策の分析が中心的なテーマだった。中でも北海道大学の宮本太郎氏の切り口は冴えていた。例えばいま保育園の待機児童は全国で4万人いる。さらに育児に専念している主婦に聞くと、働きたいという人は全国で84万人ほどになる。とすると住居の近くに保育所を沢山作れば、子どもを安心して働く環境ができる。それに100万人通っている職業訓練校をなくすといっているが、これは働く意欲を減退させてしまう。ここで上記の主婦たちの訓練をすれば、すぐに働く現場に復帰させることができる。
▼また別のコメンテーターは,官僚機構がすべて悪いので、戦略会議を作ると言っているが、権力の二重構造になりはしないか。それに公務員の賃金を2割カットするというが、これでは確実に家のローンを払えなくなるし、子弟を学校や塾に行かせることもできなくなる。これは官僚叩きというポピュリズム(辞書の意味とは若干違うが大衆迎合主義と訳した方が分かりやすい)で小泉の「郵政叩き」と何ら変わらない。などだった。詳しいデータは以下にあるのでごらん頂きたい。
◇「幸せはシャンソニア劇場から」先週水曜日の朝日の夕刊に主演女優が出ていて、それはそれは美しかったのでつい足を銀座シネスイッチに運んでしまった。1936年のフランスはパリ北部の街角に「シャンソニア劇場」という大衆的なミュージックホールがある。コントや唄で大賑わいだったが経済不況や、じわじわと戦争が迫ってくる。そしてユダヤ人に対する偏見も横行してくる。ホールは借りて運営しているのだが、新しい出し物も人気がよくない。それで労働者のカンパを募っ巻き返しを図る。しかしこれと言った目玉もないために、観客からはブーイングの嵐だ。しかしオーディションで採用した娘ドゥーズを舞台挨拶をさせると、やんやの拍手喝采。支配人は彼女に歌を唄わせることをとっさに思いつく。
▼下手かと思っていたところ観客からは大拍手で、彼女の歌が劇場の目玉となる。しかし彼女にはパトロンがいて、「カネを出してやっても良いが、見返りは何だ」と言って彼女の身体を要求する。しかしドゥーズがシクシク泣き出すと、「俺はお前が喜んで身体を許すまで待つ」といって去っていく。ドゥーズはその後フランスの別の町の歌手として逃げ出してしまう。どうじに一度盛り返した劇場も凋落してしまい、不動産屋の手に渡ってしまう。紆余曲折があったが、再びドゥーズは劇場に戻ってきて再び人気となって劇場を買い取る事ができるほど儲かる。そして革命記念日(パリ祭)の日に金庫番を残して劇場関係者一同飲み明かしていると、金庫番が襲われて稼いだ大金もすべて奪われてしまう。
▼政治的背景を描きながら、恋と歌にあけくれる劇場の話なのだ。しかし2002年に上映されたニコール・キッドマンの「ムーラン・ルージュ」とどう違うのだと言われると、何も変わらない、他愛ないお芝居としか言いようがない。沢山映画を見ているからパクリはすぐ分かってしまう。

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September 06, 2009

亀井静香がアメリカにクギを刺したこと。

▼まだメルマガの感想はなし。今朝は早くから仕事なので手短に書く。昨日の「朝日ニュースター」の「愛川欣也パックイン・ジャーナル」で朝日シニアライターの山田厚史からこんな話が出た。亀井静香が昨年訪米したときアメリカの関係者に次の様な話をしたという。「月刊日本」に掲載されている記事を亀井は自慢しているが、それは、「もし日本の政権が変わったとき、在日米軍を使って干渉しようなどと考えたら、とんでもない事だ。俺は絶対許さない。もしやるんだったら俺(亀井)を暗殺してからやれ」と。亀井は警察官僚が長かったし、公安関係にも強い人脈をもっているから、様々な可能性を考えてそう話してきたのだろう。日本の新聞ではどこもそのことを報道しなかったが、在米日本大使館の面々にそのことを話したら、みんなのけぞってしまったという。民主党政権を「非米」、「反米」などという一部の論調が出てくると、亀井の発言もにわかに現実味を帯びてくる。
▼金曜日の森本毅郎スタンバイで、最後に評論家の小沢遼子と対談するコーナーがある。ここで小沢は「社民党は7議席しなないのに、民主党にあんなにすり寄るのでしょうね。福島党首が大臣にでもなりたいのでしょうか?共産党なんて、社民党より2議席も多いのに、何も要求していないのにね。」という発言は皮肉が効いていた。
▼昨日銀座シネスイッチで初日初回にみた「幸せはシャンソニア劇場で」は明日書く予定。

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September 05, 2009

左手の治療は終了する。

▼外科医に行くと看護婦さんが手に貼ってあったバンドエイドを剥がしてくれた。そして院長と面接して「はいこれで結構ですよ」でほぼ10日間の通院は終わった。この治療行為だけでも350円。家から歩いて5分の場所だったし、待合室に置いてあった週刊誌から色々知識を仕入れることもできたし結構たのしかった。朝の待合室に行くと、温灸治療か何かなのだろう。大勢お年よりが来ている。そして口々に早く死にたいと語っている。そしてどんな方法で死ぬのが良いか冗談半分で話している。あれは見た目が汚い、水死は最悪だとか、さらには列車飛び込みは遺族が賠償金を支払うのが大変だというような事を繰り返している。だが本当に死にたかったら、医者には来ないで、絶食して3日も自宅に引きこもっていれば、一番簡単に即身仏になることが出来ると思う。しかし足繁く病院に通ってくるところを見ると、命だけは惜しいに違いない。
▼昨日発売になった「週刊金曜日」9月4日号の映画批評だが、わたしが今週発売になった某ローカル紙に紹介した、映画とまったく同じだった。一つは「ポー川のほとり」でもう一つは「未来の食卓」だ。わたしが「週刊金曜日」の編集企画など知る由もないので、たんに偶然の一致である。それだけ良い映画だったという事になろう。
▼昨晩のNHKニュースで山ツ場ダムの事を紹介していた。、つまり民主党はダム中止を公約にしている。それを察知した通商産業省の官僚は工事をストップさせたようだ。それに対して「困っている」と石原慎太郎に言わせているのだ。恥知らずにも「決めた事はやって貰わないといけない」などと大口を叩いている。政権が変われば方針が変わるのは当たり前の事だ。わたしは民主党に過度な期待をしていないし、今までに一度も投票した事はない。しかしあえてここで言いたいのは、マスメディア、特にNHKの方針はまだ自民党にシフトしている。もしクーデターだったら軍隊は放送局を抑えるのが常道である。しかしNHKは自民党の幹事長に小沢が決まった事を、現閣僚にコメントさせるなど言いたい放題だ。山ツ場ダムに関して言えば、民主党などは都内の水対策と言っているが、もう都内の水は飽和状態で余っている。この一言を紹介せずに、自民党や慎太郎の言いたい放題を言わせるのは、おかしいと言いたい。
▼それに選挙直後の「愛川欣也パックイン・ジャーナル」であるコメンテーターの川村晃司は衆議院で当選した議員は、国会内で格付けがある。それは小選挙区で当選したのは「松」、比例区だけで入ったのは「竹」、小選挙区で落ちて比例区で復活したのは「梅」だという。そうなると、民主党の政策にTVでコメントしているのは与謝野薫始め、ゾンビのように復活した「梅」定食の連中ばかりなのだ。

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September 04, 2009

◇「ココ・シャネル」を見る

▼自民党秘書の解雇問題を毎日取り上げているのは、昼のTBSテレビだ。厚労省の統計でも7月の完全失業者数は359万人と1年前に比べ103万人増加している。それなのに300百人の自民党の秘書の失業を問題にする感覚は異常である。もとはといえば、自民党の新自由主義経済に移行する計画を具体化したのは、秘書である彼ら自身であったはずだ。しかしそのときまさか自民党が負けて失業が自分の身の上にふりかかるとは思っていなかったのだろう。そこをじっくり反省して頭を冷やしてもらわないと、同情する気にもならない。
▼番組はバカらしくて見なかったがNHK夜7時半の「クローズアップ現代」はアメリカ側の日本の新政権にたいする「警告」だ。番組の予告で最初に出てきたのは、あのジョセフ・ナイだ。この場面は以前から繰り返し出てくるが、今度の民主党政権にたいする発言ではない。ナイはオバマになってから、自分では密かに駐日大使に指名されると思って、日本の政財界に揺さぶりをかける発言を意図的にして来たが、外されてしまった。わたしに言わせれば「なぜ親米である必要があるのか」と言いたい。対等平等の関係であれば良いのだ。日本の議員がアメリカにいって「日本はインド洋で給油活動をしている」と自慢すると褒められると期待するらしい。しかしアメリカのジャーナリストなどは「なぜそんな事をしているの?」と聞かれるという。「必要だ」というのはごく一部の上院議員だけだ。一部「親米議員」だけが見返りを期待してそういう「利米行為」をしてみせるだけだ。そして実際に給油して貰っている艦船はほとんどパキスタン海軍である、という事実を日本国民は余りにも知らされていない。
▼昨晩NHK3chで始まった「知る楽仕事学伝授/残業を無くす仕事術」という番組があり、初回はテイジン研究所の社長をしている佐々木常夫さんという人が登場していた。彼は奥さんが鬱で子どもさんが3人いる。それで朝6時に起きて家族の食事づくりから全部こなして、他人より1時間早く出社する。資料は電車の中で読み、電話や部下が来ない仕事が始まる前に考える仕事は終わらせる。佐々木さん曰く仕事の書類の8割は読まずに捨てるという。読む時間が無駄だというのだ。人間誰も同じ24時間しかない。仕事の成果というのはそれに使った時間に比例する。ならば余計な事に時間を割かないという考えで、これはわたしと同じスタンスで参考になった。
◇「ココ・シャネル」フランスの修道院に預けられている二人の姉妹。父親はどうしても食えなくなったので彼女たちを預けたまま「アメリカへ行って稼いだら呼び寄せるから」と言って、置き去りにしてしまう。姉のココはあまり従順ではない、という修道院の意向でその後お針子に出されてしまう。そして毎日地味な針仕事を黙々とこなすココ。ある日フランス陸軍の若い軍人がズボンのほつれをなおしてくれとやって来る。だかほつれをよくみると、意図的に切られていた。つまり軍人はココをデートに誘う口実を作っただけだった。やがてココは軍人の豪邸で同居することになる。ココが「どうして結婚してくれないの?」と問いただすと、「結婚という形式にはこだわらない」とうそぶく。しかしホンネは彼の母親が豪邸に来たときに分かる。つまり彼と孤児のココとは身分が違いすぎたため、母の意に沿わないのではと気にしていたのだ。決然として彼とは別れパリに出るココ。家賃も滞るアパートの一室で帽子を作っては注文を受けている。仕事を広げるには中心街に大きな店を開店する必要がある。
▼そのとき前の彼の親友ボーイが資金提供を申し出る。戦争で出征するボーイ・カベル、やがて長かった戦争が終わると、その瞬間保養地にいた人びとはブラボーブラボーと狂気のように騒ぎ出す。この場面で終戦で涙を流して懺悔したり、腹切りをする日本とどうしてこうも違うのだろうと思った。ボーイとは結婚できると思っていたが、クリスマスパーティに向かう車でハンドル操作を誤り彼は事故死してしまう。そして近代の共同経営者とファッションショーが失敗したから、もう事業は売却しようと言われる。そう言われてもココは経営はあなた、わたしはデザインで成功させてみせると、「譲渡」の提案を振り切る。そして12年後ショーは成功し、彼女はふたたび晴れやかなデザインの世界に復帰する。まぁわたしは女性のファッションの事はまったく分からないのだ。しかしファッションデザインの世界で生きていくというココの、執念に近い生き方は伝わってくる。しかし12年後なぜ、どのような工夫で成功したのか説明は何もなかった。
▼昨日手のひらの手術をして10日目で抜糸がすべて終わった。きょう4日で終わりだと言われる。しかし両手を使って洗面できるというのは久しぶりの体験だが、とても快適である。明日はメルマガの締め切り日土曜日なので、お出かけの方は早めに投稿をお願いしたい。わたしは日曜日仕事なので、明日あまり無理はしたくない。

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September 03, 2009

解雇された自民党秘書はハローワークへ行け

▼昨日は通院時間も入れて15分で済んだ。担当したのは倅の医師で,「かさぶたを取りましょう」と言って無理矢理一部分を抜糸したので、とても痛かった。現実にはもうバンドエイドを外しても何も問題ない。
▼9月は木曜日がずっと忙しいので手短かに書く。
▼自民党の敗北によって大量の秘書が失職するという報道があった。公設秘書は人数が決まっているが、私設秘書は議員の財政事情が許す限り雇用できるようだ。問題は公設秘書なのだが自民党の秘書をやっていて、政権交代があったからと言って民主党に鞍替えするわけにはいなかい。長年「自民」の色がついた活動をしていたからつぶしがきなかい。TVなどを見ていると、28年やっていたという男性秘書は「もう二人大学に行っているので、何としても仕事を探さなければならない。もうこうなったらハローワークへでも行くしかない」とふざけた事を言っていた。「ハローワークへでも」とは何事だ。国民はみなハローワークに行って仕事を探しているが、現実には年齢制限や、資格で制限されているし、実際に仕事がない。秘書のみなさんもハローワークに並べば、自分たちが国民にどういう事を強いてか、厳しさが分かるだろう。
▼昨日の夕方NHK報道で「民主党政権になると経済活動が停滞する、という声が経済界から上がっている」と言っていた。どのみち建設産業にかかわる「公共事業」の仕事が少なくなるというだけだろう。そこで利益を上げたお金が、自民党議員にキックバックされていたのだ。困るのはその金で自己の地盤を築いていた自民党議員だけだ。NHKはまだ自民党のバイアスが掛かっているのだろう。今のうちに早く方向転換をした方が良いと思う。それよりも戦後まもなく経営委員会に一般人を多く参加させていたが、当時と同じように一般人の比率を多くするようなシステムを作った方が良い。

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September 02, 2009

「普天間再交渉」は日本の民意と権利だ

▼包帯の交換だけだから普通は待ち時間も含めて10分くらいで終わる。外科医は月曜日の台風の影響が出ていて、患者が多く随分待たされてしまった。
▼14万人にのぼる自衛隊員の個人情報がすべて不動産業者に売却されたという。しかもたった100万円。その個人情報をもっとも欲しがっているのは、アメリカ、ロシアを含む外国の諜報機関だろうと思う。個人情報もまともに守れない自衛隊に、国民の命を預けるわけにはいかない。
▼それにしても昨日の昼のニュースと夕刊で、アメリカ国務省のケリー報道官は「普天間飛行場の移設計画やグアム移転問題で民主党と再交渉はしない」と発言したことは、驚くべき事だ。家主はどちらなのか?と言いたい。家主は日本政府だ。だとするならが部屋の貸し借りの一般原則から言えば、店子は補償金を支払って再契約をしてもらう立場にあるのだ。まるで食い逃げのように、「契約はしてしまったから、交渉の余地はない」、契約を理解している大人の考え方とは言えない。
◇「おくりびと」WOWOWで放映されたので、録画しておそまきながらようやく見ることが出来た。この映画がなぜアカデミー賞なのか考えて見た。まず世界的に見ればアカデミー賞とはロサンゼルスの一地域であるハリウッド・メジャーが作った賞で、それほど権威があるものではない。ハリウッドの映画の売れ行きを良くするために作った、映画メジャーのための賞である。だからイタリアに世界遺産が多いのとあまり変わらない。
▼映画をみると納棺の儀式が、欧米人から見て奇異に見えたのであろう。チベットの鳥葬が珍しがられているのと同じ。現にチベットでは鳥葬の現場に外国人は立ち入り禁止になって近づくことはできない。例えば鳥葬や日本の葬儀をエキゾチックに見えるのは、あくまでもアングロサクソンの規範だ。わたしもこの数年様々な葬儀を体験してきたが、死者との別離はきわめてパーソナルなもので、他者が記録したりあれこれいうべきものではない。
▼それはさておき、この映画には愛する人との別れと、妻が葬儀にかかわる仕事への誤解とそのわだかまりが解けて理解しあえるまでだろうと思う。愛する妻や子と死によって離別するとき、できるだけ生前に近い姿で旅立たせようとするのが、この納棺師の仕事である。それは遺体を単に棺に詰めれば良いというだけではない。遺族の前で遺体の清拭を行い、好きだった着物に着替えさせる。この一連の儀式は舞いを見ているようなスムーズに流れていく。
▼そして長い間お互いに理解できなかった父親の死を知り、駆けつけて自ら納棺をする主人公。父の部屋にあった石で「石文字」という言葉があった事を知る。
▼ラジオを聞いていたら映画に登場する「鶴の湯」の事がでていた。何やら映画の記憶を追認するための観光コースの一つになっているらしい。「鶴の湯」はかなりいたんでいるのでツアー参加者から再建の要望も出ていたらしいが、経営者は「そのつもりはない」ときっぱり断ったという。所詮映画ブームなど1年ももたない。2年前3年前のアカデミー賞は何だったかあなたは答えられる事ができるだろうか?ハリウッドのメジャーの都合で作られた最近の「最優秀賞」は1年以上評価されることはない。DVDショップに行くとそれらの賞を受けた映画が1000円以下で山積みになって売られている。映画が優れているかどうか評価するのは、観客なのである。

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September 01, 2009

NHKHV「従軍看護婦の見た戦場」の続き。

▼読者のみなさんお住まいの町や村では台風の影響はなかったでしょうか?ふだんあまりおつきあいのない方から、「台風にお気をつけて」というメールをいただきました。台風だと医者はとても空いているのです。TVの画像を見てもお分かりのようにお年よりが暴風で難儀している様子が映し出されていました。雨の日は通院患者さんが減るので、待ち時間が少なくてすみます。それを狙って病院をハシゴしました。定期通院している内科医はあと2日薬はありましたが、「これぞチャンス」と出掛けたところ、待ち時間も入れて1時間ですべてが終了しました。次は外科医で包帯はバンドエイドに縮小されました。おそらく今週中には抜糸ができると思われます。
▼「朝日ニュースター」の「愛川欣也パックイン・ジャーナル/選挙特番」で印象に残ったのは以下の2点だった。公明党については「どこまでも付いて来るのか下駄の雪」と皮肉った評論家がいたのには思わず苦笑してしまった。公明党と自民党はもともと防衛政策など水と油くらい違っていた。しかし公明党と表裏の関係にある宗教団体トップが「盗聴事件関与」で国会で参考人招致されないために、あえて「与党」に入ったのだが、「下駄の雪」のようにズルズルべったり妥協に妥協を続けたことが今回の結果になった。
▼選挙は一般論として「負けたら」政策を見直し、トップの顔を変えて出直すというのが鉄則である。しかし負けても負けても政策を見直さず、トップも交替しないのでは、有権者に「やる気がない」と思われる。イギリスのブレアも労働党が負けてから政策を転換し、トップも30代の人物に替えている。これに関しては筆者も同感だ。日露戦争で旅順の203攻撃を命じられた乃木希典は、大砲の力でロシアにはかなわないのに、歩兵を繰り返し繰り返し突撃させるという、前代希にみる稚拙な人海戦術で被害を拡大した。この作戦を解説するともっと別の側面もあるのだが、きょうはそれがテーマではないので分かりやすく、そのように書く。このスタンスは第二次大戦にも引き継がれ、イギリス軍もアメリカ軍も「何故だ」と頭を傾げていた。
▼NHKHV「従軍看護婦」の続き。静脈注射で患者の命を断つというのは、看護師や医療従事者に課せられた医療行為に反する行為だった。しかし日赤は軍の行動規範に従わざるを得なかった。負傷して動けなくなった兵士の命を静注で断つのは何とも云えなかった。道北(みちきた)澄子はソ連満州国境にいたが、ソ連が参戦すると「貞操が奪われる」と軍から言われた。ベルトで首を絞めて自殺を強要されたり、ソ連の戦車隊に包囲されたとき、従軍看護婦は全員草村に一列に横たわらされた。そして衛生兵が銃剣で一人ひとり突き刺して回った。刺殺される順番を待ち横たわっていると空がまっ青で、雲が流れているのが見えた。しかし怖くはなかったが、同僚が発した絶命するときの絶叫は、今でも耳に残っている。道北は左胸を銃剣で刺されたが、2度とも急所を外れていたので気を失っていたところを、ソ連軍の女性将校に助けられた。
▼ソ連の参戦で戦争は一度終わったが、中国内戦で八路軍から医療技術の協力が求められて、残った看護婦も数百人と多かった。しかし戦地に配属されると、親兄弟を日本軍に殺害されているので、あちこちで「リーベンクイズ」(日本の鬼)という言葉を投げつけられた。石田スミエは中国内戦から朝鮮戦争まで現地に残って看護婦として協力してきた。彼女が日本に戻ったのは昭和25年の広島だった。今果たして従軍看護婦とは何だったのか問われるし、自問もしている。戦争にいって命を投げ出してことは、命を救う自分の立場とどうしてこんなに矛盾した事をしたのか考えてしまう。奥村モト子は「日本に帰ってきた良かったね」という現地で亡くなった同僚の声が今でも聞こえてくる。3万人以上戦地で亡くなったの従軍看護婦の命の重さを背負い続ける、と語った。口先だけで人間の命を粗末にする政策は戦前、戦後とも一貫して変わっていないことを感じた。

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