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October 29, 2009

NHK教育TV「女殺油地獄」を見る。

▼電車の中の痴漢対策として警察庁は社内に監視カメラを設置する案を出したという。こういう警察庁の提案には必ず、巨大メーカーとの癒着が潜んでいる。あの幹線道路に切歯して車のナンバーを読みとる有名なN番システムにしてもそうだ。電車の中の痴漢対策をするカメラとなると、かなり低い位置に設置しなければならない。しかし混雑した電車のなかで見通すことができるかとなると、これはかなり難しい。とすると魚眼レンズにして車内の高い位置に設置するのか?だが顔は認識できるかもしれないが、痴漢は主として手を動かすようなので、これでは役にたたない。むしろ抑制効果をねらっているのではないか。もっともこれらは公安情報として、誰がどこで、どこにいどするか把握するのに役立つかもしれない。いやそれはもうSuicaの情報を把握しているから、その心配はないだろう。もし真剣に痴漢対策を考えるならば、偶数ナンバーの車両は女性専用、奇数は男性専用という風にすればカネは一切かからない。アタマ使えよな、生きているうちに。
▼先週NHK教育TVで歌舞伎「女殺油地獄」(おんなごろしあぶらのじごく)が放映されたので録画して見た。歌舞伎は今年1月に行っただけで,その後歌舞伎座には行っていないな。この演題は片岡仁左衛門(前の片岡孝夫)が一世一代の演目として選んだものだ。「一世一代」とは自分が演じる最後の作品という意味だ。歌舞伎役者で言えば彼とか、中村吉右衛門はわたしとまったく同じ年齢だ。ただし向こうは超有名でこちらは全くの無名という差がある。芝居が始まるまえに体力的な問題などを語っていた。それにも増してこの内容が今の社会を反映していることだ。つまり多くの金品を盗む犯罪や殺人事件の背景があまりにも似通っている。つまり容疑者が捕まると「遊ぶ金が欲しかった」と一様に言う。あるいは殺人を犯してもサラ金にカネを返す行為がとても矛盾していると思う。
▼話の概略は以下の通りだ。主人公は大阪の河内屋の次男与兵衛だ。彼は遊び人であるとき酔って喧嘩をして侍に泥を被せてしまう。手打ちにすると言われるが侍の一向に叔父がいて助けてもらう。汚れた着物を油屋の女房お吉に着替えさせてもらう。しかしその場面をお吉の夫に邪推される。与兵衛は親に勘当されてしまう。それでも父親は与兵衛が立ち寄るであろう油屋のお吉の家を訪れ、そっとカネを渡し「もし与兵衛がよほど困っている様だったら渡してくれ」とカネを預ける。与兵衛の父が帰ろうとすると、これまた与兵衛の母もカネを持ってやってくる。勘当したものの両親は与兵衛が可愛くてしかたなかったのだ。そして帰るときチマキを渡して、来たらこれを食べさせてやってくれという。それを盗み聞きしていた与兵衛は今晩中に茶屋に銀二百匁を帰さないと、男の顔が立たないとお吉にカネを貸してくれと頼む。しかしお吉はそれをしたら、与兵衛のためにならないと頑として断る。
▼与兵衛は「男がこんなに頼んでもダメか」と怒り、作戦を変え油を買いたいと言い出す。お吉は「それならば」と油を計って壺に入れる。その隙をみて与兵衛はお吉に斬りかかる。この油にまみれた殺陣というか、お吉は刃物は持っていないので逃げるだけだ。お吉の帯がほどけてそれを手繰って斬りかかる様子は、凄惨そのもの。この場面は体力を使いそうだ。お吉を殺害するときも赤子の泣き声が聞こえるので、彼女は「あの子のためにも助けてくれ」と頼むが与兵衛は聴く耳を持たない。お吉殺害したあと震える手で金庫の鍵を開けてカネをわしづかみにして表に逃げて行く。今回の歌舞伎座の中継はここで終わっていた。実際にはお吉の35日の法要の席で血にまみれた着物が見つかって与兵衛は、みんなに責められて自分の犯罪だと認めるところまである。しかしごらんのようにこの近松門左衛門の作品は近代の事件とおそるべき共通性を秘めている。

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