« 貧乏人の錬金術? | Main | 防衛省の「仕訳」でまずすべきこと »

November 24, 2009

◇「犬と猫と人間と」を見る

▼21日土曜日の「愛川欣也パックイン・ジャーナル」で面白かった話。自民党政権時代彼らはメガバンクから数十億円の選挙資金を借りていた。ある時「返済はどうするのか?」と聞いたら、「自民党本部の土地が担保にするから、大丈夫だ」という返事が返ってきた。記者が登記簿を取り寄せて調べて見たら、土地は参議院のもので国有財産、建物など古いからたいした金額にはならないだろう。きっと踏み倒してメガバンクはそのつけを国民に回そうと考えているのではないか、という事だった。
▼新型インフルエンザに関して「週刊金曜日」20日号は特集をしている。結論から言えば今回のは新型でも何でもない。ワクチンはほとんど効かない。マスクをしても効果は殆どない。家庭でできるのは無理をしないこと。睡眠をたっぷりとって、よく食べること。解熱剤の使用はインフルエンザそのものよりも危ない、という事だった。
◇「犬と猫と人間と」読者のお一人が22日の船橋の上映会に参加していただいたと感想とともにご連絡をいただいた。昨日夕方も岩にはさまれて動けなくなった4匹の猟犬の救出劇がテレビを使って放送されていた。映画でも1年前徳島で崖のコンクリートの上で孤立した犬の救出劇が映し出される。あの犬に全国から「貰いたい」という連絡が100件ほど殺到したが、本当に来たのはたった一人で、それを10社ほどのTV局が取り巻いて放送する。しかしそこの施設(安楽死)にはもらい手のない犬が150匹ほどいるのだが無視される。さらにその施設の前には小学生たちが野原で拾って、お小遣いで育てている犬を8匹持って来て、保健所に見つからない様にと、もらい主を必死に探していた。マスメディアというのは人間の世界でも、実際の悲惨な話には目を背け「お涙頂戴の話」が好きなのである。
▼人間の世界にあって、犬や猫たちは人間の手を借りなければ生きられない環境にある。所が勝手な人間は、ペットを飼う事が手に負えなくなると「捨てる」のだ。それは上記の施設に直接持ちこんだり、ペットショップの近くに放っていく。映画の中程でかつて山梨県で400匹の犬が飼い主が死んでしまったので放置された事件があった。そこに駆けつけたオーストラリア人のカメラマンはその、生き地獄の様子をカメラに収めた。そして彼は言う「まさにその光景は地獄だった。自分は日本の犬に生まれなくて良かった」と。
▼多摩川の河原に住んでいる猫を撮影する夫と、その猫に毎日エサを運んでいる妻がいる。その野良猫たちの面倒を主としてみているのは、河原に住んでいるホームレスの人たちである。上記夫婦は仕事が終わるとやってきて生まれたての猫はちゃんと、自分で怪我や傷の手当てをして自活できるように援助する。一方金持ちは?「もういらなくなった」と保健所に持ちこむ。保健所にあって犬たちの命は大体2日から5日が限度。仔猫は即注射を打たれて息絶えて行く。ほとんどが内部の取材を拒否するが、千葉動物愛護センター(とても良い名前ではないか)だけ途中まで許可になる。しかし自分の命を本能的に知った動物たちは、その目がとても悲しそうだ。四国のある保健所(名前を忘れた)の獣医は、人間がコントロールすることによって今の状態を改善する方向を模索する。そして動物の火葬場の建設は住民によって拒否されている。そのため密閉したケージに入れられた動物は大型トラックに乗せられ移動中に二酸化炭素で、処分される。運転席にはモノクロのモニターがあり動物たちの様子が映し出される。
▼あと横浜の動物のレスキューをしている施設が登場する。そこには一匹の白い大型犬を誰かに引き取ってもらうべく訓練が繰り返される。彼(犬は引く力が強く、かみ癖が強い)は最初は首輪を強く締めてる訓練士に当たるが、首輪を外すと元通りになってしまう。そして3人目の訓練士が、命令を聞くと即座に「褒める」躾を繰り返すことによってようやく、他人に飼ってもらえる犬へと変化していく様子が、とてもよく描かれている。
▼そもそもこの映画がどういう経緯で出来たか最初に出てくる。監督のところに80過ぎの老婦人が新聞記事を頼りに「まとまったお金が入るから映画を作って欲しい」と面会にやってくるのだ。「わたしは映画の事は良く分からないけど、人を見る目だけはあると思うから監督を信頼して頼みたい。そして生きている間に完成してくれれば良いから」と頼んで去っていく。監督はその熱意に押されてこの映画を作った。
▼昨日は結局一日仕事をしていた。半分自由業だから仕事があるときにやっておかないと、ね。

|

« 貧乏人の錬金術? | Main | 防衛省の「仕訳」でまずすべきこと »