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November 27, 2009

NHK「知る楽」第3回「松本清張」を見る

▼昨日はかなり限られた範囲をバスに乗って移動していたが、イチョウがかなり色づいて朝日や夕日に輝いて見えた。同時に桜の葉も黄色から赤く紅葉していた。もうちょっと時間があればカメラを片手に撮影して歩くところだが、月末のため中々時間が取れない。
▼夕べ「ヒミツのケンミンショー」を見ていたら、その県だけで通じる方言の特集があった。長野県は峰雷太が「ずく」という意味を説明していた。「ずく」は単独で使われる事はあまりない。使用例としては「ずくなし」というのが一番多いと思う。精神的な意味で根気、気力、挑戦する気概と考えれば良いと思う。
▼そのときあの東国原の「どげんかせんといかん」が俎上に登った。発言したのは宮崎出身の米良美一だ。しかし宮崎県では正しくは「か」は使わない。東国原の出身地の都城市は元はと言えば薩摩藩だったところだから、仕方がない。だからわたし(米良)は地方公演するたびにそれを訂正している、というのだ。廃藩置県があったのは1871年だからまもなく140年になろうとしているが、まだ日本人の深層心理のなかに「藩」は厳然として残っている。
▼先週のNHK教育TVで「知る楽」第3回で作家の松本清張を小森陽一が紹介していた。小森は清張を「孤高の国民作家」であるとして、「日本の黒い霧」を書いた時代背景を分析していた。ちょうどその頃の日本は60年安保で国会周辺は揺れていた。それから50年たってようやく清張の言葉が利き始めてきた。取り上げられたのは「下山事件」だ。昭和24年に起きたこの事件は、GHQと、当時国鉄総裁だった、下山との間に人員削減を巡って対立していた。GHQの担当者はシャノンだった。彼は米国での階級は低かったが、日本に来てから絶大な権限を与えられ、日本の国鉄を「マイ・レールウェイ」と豪語していた。同時に手に入れた地位を手放さないように腐心していた。
▼シャノンはいってみれば、「成り上がり」である。権力を持ったことのない人物にとって権力を持つ事は「怖い」と「嬉しい」が表裏の関係にあった。恐怖は「攻撃」する事と裏腹の関係にあった。一方下山は必ずしも他人の言いなりになる人物ではなかった。それは当然シャノンの言う事を聞かなかったのではないか、という推理が成り立つ。また怒りと恐怖もシャノンの心の中に潜んでいた。そして突発的に攻撃的な姿勢に代わることがあった。それが「闇の工作」となって現れたのではないか。
▼人間は危うくて壊れ安いものでもある。シャノンは人間が人間として崩壊するプロセスを清張は良く分かっていた。日本は一貫して戦争の被害者という面だけ強調されてきた。そして「加害体験」は封印されてきたままだ。それどころか、すでにして来た事を意識的に隠して来ている。この部分はわたしも日本人の被爆体験だけが強調されることに疑問がある。韓国や中国の当時のニュース映画を見ていると、日本に原爆が投下されたという報道を聞き、現地の人びとは歓声をあげてバンザイをしているではないか。アジア諸国において原爆投下は日本軍の敗北を象徴化している。
▼清張は人間回復をしなければならないと考えた。戦後日本は犯罪の根を掘り起こして追求しないと、壊れ人間の寄り集まりのままだ。最も優れた人間の能力を推理から考えて集めていく事を、この日本の黒い霧を書く事によって実現しようとした。それは教育か競争かではなく、結果から克服する能力を持つ。思考のプロセスから結果を推理する能力を身につけたかが重要になる。911事件以降、15秒のスローガンがもてはやされている。しかし清張の考え方をすれば社会的集合から離脱を考えるきっけを作ることになる。この考えかは一作家の評価だけにとどまらない、今後重要な視点になるだろう。ということだった。清張は25日も放映されたが、録画して見ていないので後日時間があったらご紹介する。

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