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November 20, 2009

NHK教育TV「もうひとつのシベリア抑留」を見る(下)

▼本日はメルマガの締め切り日です。いやー昨日は寒くて参りました。しかも昼前には予報が外れて雨が降ってきた。わたしは夏などとくに汗をかくので風呂上がりにいわゆるベビーパウダーを使う。先日いつものスーパーに行って、他の買い物と一緒にレジにだしたら、いつもの中国人女性が「是猫的幼児粉末?」と聞く。わたしは「冗談不要是人的適用大人粉末」と言って大笑いして帰ってきた。
▼昨日の続き。彼らは夜中に広場に下ろされた。しかし撃たれると危ないので匍匐前進で境界線まで進むと、いきなりMPにホールドアップをさせられた。そしてアメリカ軍は自分たちを「スパイではないか?」と疑いの目でG2を使って監視させた。そして仁川の収容所でさらに、北で軍事を受けて送りこまれたのではないかと疑われた。仁川の収容所で48人は2ヶ月間にわたって尋問を受けた。その後やっと開放されて古里に帰された。しかしそこでも北のスパイではないかと疑われた。そして朝鮮戦争が起こると、韓国に忠誠をみせるために、国連軍に率先して志願して愛国心を示した。そこで武勲を上げてようやく信用してもらう事ができた。
▼しかしシベリア帰りであることはずっと隠し続けていた。そして1989年にベルリンの壁が崩壊してソ連と韓国の国交が回復する。そこで「抑留証明書」が発行してもらえることになった。しかしシベリアで奴隷のような重労働をさせられた時期は、賃金を払って貰っていない。その時は日本軍の兵士として抑留されていだのだから、2001年に日本政府にそのときの賃金を支払うように請求訴訟を行うことになった。
▼汚名をきせられたままでは、死ぬ前に過去が清算できない。誰が自分の人生をこのよにしてしまったのか。そのことを考えるととても悲しい。ソウル図書館には抑留された人の名簿が当時のソ連から返され補完されている。テレビに登場した人も創氏改名当時の日本人の名前のカードが出てきて、国籍はロシア語で「korea」となっていた。そして2006年になってようやく名誉回復された。そのご韓国政府から年間80万ウォン(今朝のレートで0・0765)の補償金をもらって何とか生活をしている。
▼南北分断はいまも続いている。そして戦争で多くの命が失われたが、それは日本の戦争に巻き込まれたためである。捕虜になって60年になるが、わたしたちは自分の意思でなく戦争に巻き込まれ、そのときの未払い賃金の補償を日本政府に求めているのです。というのがNHKのドキュメンタリーの中味だった。

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