« November 2009 | Main | January 2010 »

December 31, 2009

NHK「明治の日本、国民への道のり」を見る

▼旅行社から最終連絡の電話があったので荷物のパッキングを始めた。そしてポストを覗くと仕事のメール便が届いていた。昨年は22日に来ていたので、今年はもう来ないのかと安心していたが30日とは…。それから仕事モードに頭を切り換えて深夜まで作業を続行し、今朝メールで送信して終わる。
▼昨日の一面トップでご紹介した新宿のワンストップの会にはどなたかお運びいただいただろうか?行けなくても気持ちのある方は1年前のブログをお読みいただきたい。そして自分に可能な事は何か考えていただきたい。ご自分のブログやミクシ―に転載していただいても結構だし、リンクを作っていただいても構わない。それも出来ない方はプリントアウトしてご自分の部屋に貼っていただきたい。
▼夕べ仕事をしていたのでじっくり見ることは出来なかったが、NHK午後10時からの「明治の日本、国民への道のり、農村の記録」は「坂の上…」一色のNHKにあって優れたドキュメンタリーだった。登場するのは長野県南部の中川村の井上丑太郎さんが残した114冊の日記を解読したものだ。この村には幻灯が残されており、明治政府がそれを使って衛生観念や家を清潔に保つことを普及させようとしていた事がわかる。当時山縣有朋は当時の欧米、フランスとオーストリアの戦争(だったかな?仕事をしながら横目でみていたので正確ではない)を分析してその勝った国は予備役をたくさん持っていたからだと、日本でも徴兵制を敷くべきだと強調するレポートを出している。いざ徴兵制を敷くと忌避したり逃げたりする国民が5万人もでる。そこで罰則の強化と村を挙げて兵士を送り出したり、留守宅の援助、帰国したり、遺骨が還ってきた家を丁寧に扱う。そして徴兵は忌むべきものだという風潮を定着させる。さらに国民全員に学校教育を受けさせるべく校舎を村単位で充実させる。しかし教科書に出て来た事は「キクギコヘイはシンデモラッパヲハナシマセンデシタ」と、国のために死ぬことを美化する教育だった。
▼日清戦争で出征した兵士の日記も紹介されるが、相手の国の人びとが死んで行く姿に涙を流す。しかし同時に日本が負けていれば、家族が同じめに会っていたに違いないと思考回路になっている。そして丑太郎の日記にも村を挙げて凱旋集会を開く様子が記されているが、家族が亡くなって悲しむ家庭は気の毒で見ていられないとも書いている。庶民の書いた日記を分析していた埼玉大学の準教授は、人々は近代化や戦争とどう向き合い、政府がどのように「国民」という意識を高めていったのか、指摘した内容はかなり的確だった。
◇「あなたは遠いところに」の続きだ。スニはみんなと捕虜にされてしまう。解放戦線の描き方はかなり正確で見ていて気持ちが良い。ベトナムの場面は全部タイで撮影されているから、隊長役もいかにもタイ人の顔をしている。トンネルや地下の部屋のかなりリアルに作られている。作業をしていると空爆があって表に逃げるが、解放戦線の人たちは米軍によって射殺されるが、彼ら韓国の慰問団は射殺されそうになったとき「ダニー・ボーイ」を必死に歌って敵意がないことを示す。
▼スニは米軍の中尉に夫の所に連れて行ってくれと頼むが、中尉は「我が国の問題ではない」とはねつける。スニは仲間に大尉と二人にして欲しいと部屋のドアを閉める。しばらくして「これは特別のケースだ」としてホイアンの基地までヘリコプターを飛ばしてくれることになる。激戦地で夫のサンギルは一緒にベトナムに送られた憎い上官とともに戦うが、上官は敵の弾に倒れる。駐屯地の指揮官の命令で必死にサンギルを探す連絡兵、サンギルは上官が死んでしまったので半狂乱状態になっている。救出されたサンギルの前にようやく辿り着いたスニ。夫の顔を張り倒す。「何でわたしに黙ってベトナムなんかに来てしまったのよ」、「わたしという者がありながらなぜ愛人など作ってしまったのよ」(言葉では一切言わないが…)数えていると5発顔を平手打ちをすると、ようやく夫は正気に戻る。爆発音と銃弾の音が聞こえる戦場でサンギルは「悪かったスニ…」、後は言葉もなくお互いに涙を流すだけだった。六本木シネマアートで。

|

December 30, 2009

◇「あなたは遠いところに」を見る(1)

Image772(ワンストップの会相談所風景30日昼)
▼『鍵盤乱麻』一面トップ下に「ワンストップの会が新宿職安まえで相談・支援活動をしているお知らせを掲載しました。政府や東京都が行っている支援も実態はかならずしも十分ではありません。ビラの配布など支援活動にみなさんのお力を貸して下さい。
▼イエメン人の爆破未遂事件だが、本当に彼が爆破事件を起こそうとしていたのか疑問が多い。ハワイに休暇で行っていたノーベル平和賞受賞者のオバマは「テロを根絶する」とタイミング良く演説する。これが「平和賞」を貰った人の言う言葉なのかと、耳を疑いたくなる。テロを根絶するには「差別と貧困格差」を是正するしかない。こんな簡単な事がわからない筈はない。そして日本のNHKは容疑者が逮捕された段階で、容疑者はアルカイダによってテロ訓練を受けていたと、これまた銃砲を使った怪しげな映像を流す。NHKは本当に最近こういう勝手な創作が多い。これぞまさに吉本隆明の言う「世界はすでに映像化されているという境地に入った」なのだ。ついでに言うとNHKでは若いタレントを使って自転車ツアーを昨年たくさん放映した。しかり理性的に考えて見れば、東京から福島の勿来の関まで一日で着ける筈はない。つまりトラックを伴走させて、キセル撮影をしてフィルムをつないでいる。プロの自転車選手が何年もかかって体力を作れば可能かも知れないが、それにしても一日で普通の道路を走ることができるのは60kmくらいだと思う。180キロなんてとてもとても。さらにチェコ600キロ、イタリア1200キロを一週間で自転車で走った、とする。語学も満足に出来ない二人で走ったかのようにビデオは作られているが、画像はヘリで撮ったりしている。おそらくその脇にはコーディネーター、通訳など10名を越すスタッフがバイクや車を使って伴走しているのである。
▼◇「あなたは遠いところに」さて今年最後にご紹介する映画だ。わたしはホント言えば「大作」よりも小予算で作ったB級やC級映画が大好きだ。しかし小さい映画を新聞でかくと、「どこでも見られる映画を紹介してくれ」という声があるので、普通の映画館で見られる物を探して書く。60年代後半の韓国。韓国はアメリカの経済援助と引き替えに、苦渋の選択で軍隊をベトナムへ派遣する事を決める。稲穂が首を傾げる小さな田んぼでは小作人たちが稲刈りの準備をしている。そこに嫁のスニは歌を唄いながらやってくると小作人たちは、その美しい声に思わず聞き惚れてしまう。ふと気がつくと義母が側で聞き耳を立てており、「夫の面会には行ってきたのかい」と聞く。スニは夫のサンギルに面会に行くがあまり嬉しそうな顔はしない。そして軍隊は日本の旧内務班のように新兵に対するリンチが横行している。あるときサンギルは上官を暴行して「営巣かベトナム行きか」と上司に問われ、「ベトナム」行きを志願する。ある日スニが面会に行くと「ベトナムへ行ってしまった」というので驚愕し、「わたしもベトナムへ」というが相手にされない。
▼困っていると慰問団ならばゆけることが分かる。怪しい4人組の慰問団の一員として船に乗り込み、船上でアメリカンポップスの特訓を受ける。サイゴンについて慰問団の団長は昔借金を踏み倒したクラブのママに捕まる。そして米人相手に歌を唄うがスニは緊張して失敗の連続だ。それでも団長はスニを使って何とか一旗上げようとする。スニは夫がどこにいるのか韓国軍の兵士に尋ねる。「竜虎師団はどこにいますか?」「何連隊だ?」「29連隊です」兵士は分厚いマニュアルを開いて「29連隊ならいまホイアンにいる」と答える。団長はアメリカがダメならば韓国軍の慰問をしようと考えつく。スニはそのあと「ホイアンに行く」という約束で公演に付いていく。当然スニは韓国の歌ならば得意である。ある駐屯地にいって隊長に取り入り歌を唄う。日本の「ダンチョネ節」の様な歌だが駐屯地は熱狂的になる。このシーンはジーンとなる。ところが解放軍の大砲による攻撃が始まり。駐屯地の兵士は応戦で手一杯になる。その修羅場の様な所でも団長は基地の榴弾砲を4個オンボロトラックに積み「サイゴンの闇市では高く売れる」と逃げ出す。
▼途中スニは駐屯地で公演が終わったらホイアンに行くと思っていたが「榴弾砲を高く売るためサイゴンに行く」というので怒って一人で歩き出す。ところが気がつくと解放軍に包囲されている。そして地下トンネルに連れ込まれ厳しい尋問の末、榴弾砲を解体して地雷が手榴弾を作らせられる。おおこのトンネルこそ4年前に南ベトナムのクチトンネルで体験したのとうり二つに作られていた。わたしは閉所恐怖症なので20mの体験トンネルだけで脱出してきた。(すでに50行で時間なので明日に続く)

|

December 29, 2009

◇「ずっとあなたを愛していた」を見る

Chopin_2(ポーランド製のウォッカ「ショパン」ボトルの奥にショパンの画像が浮き出す)
▼年賀状の宛名の印刷も終わってきょうはコメントを一言ずづ入れて投函する。1週間ほど前に見知らぬ方からお父さんが亡くなったという欠礼のハガキが届いた。しかしお父さんの名前も差出人夫妻の名前も全く心当たりがない。わたしの宛名は間違っていないが、どうしようもないので放っておく。
▼昨夜昨年に引きつづき、某社の納会のお招きを受けた。責任者の方から昔滞在していたポーランドで買い求めた「ショパン」という名のウォッカを一口ご馳走になってきた。薄着をして出掛けたが夜9時になったらバスを待っている間、かなり冷えてしまった。そこでわたしがお話しした映画のベスト3。洋画は「カティンの森」、「扉を叩くひと」、「パイレーツ・ロック」。邦画は「ディア・ドクター」、「空気人形」、「ノンちゃんのり弁」にした。
◇「ずっとあなたを愛していた」新聞記事になるのは1月下旬なのだが、書いておかないといざ記事を書くときに思い出せないので、いまのうちにメモを書いておく。空港のロビーで誰かを待っているくたびれた様子の一人の中年女ジュリエット(クリスティン・スコット・トーマス)。やがて「お待たせ」といって女性が近づいてくる。妹のレアと会うのは15年振りになるだろうか。妹は姉の荷物を持ってボルボに乗り込む。家には4歳くらいの娘と痴呆症でひたすら本を読んでいる義父と夫の4人暮らしだ。比較的広い家だが、寝室で夫は「姉さんはいつまでいるんだ」と心配顔だ。レアは「たった一人の姉なんだから」そっとしておいてと夫に背を向けて眠る。実はジュリエットは昔6歳の息子を殺めてしまい、その後自分の潔白を何も証明しないまま、15年の刑期を終えて出所したばかりで行き先はない。
▼まず出所すると地元の警察に1ヶ月に一度は出頭し、サインをして来なければならない。幸い担当の刑事は親切で「就職したければどこに相談に行けばよい」と相談に乗ってくれる。そしてジュリエットはソシアルワーカーの所に相談にいって、面接に出掛けるが、面談に応じた経営者は彼女の刑期が15年と長い事に疑問を持ち、その理由を尋ね「子殺し」だと分かると有能で資格もあるにもかかわらず「出ていけ」と追い出す。余りの切なさにジュリエットは喫茶店で出会った一人の男と行きずりのひとときを過ごして気を紛らせる。「よかったかい?」「へたくそよ」といって逃げるようにホテルを飛び出すジュリエット。所詮行きずりの恋で心の傷跡を塞ぐことはできない。
▼レアは大学で文学の教授をしているが、夫とともに姉を仲間とのパーティに連れ出して気を紛らわせようとする。しかし仲間はジュリエットが余りにも美しいので、彼女の過去をあれこれ聞き出そうとする。そのことが返ってジュリエットを自分の殻に閉じこもらせてしまうのだ。ケースワーカーの努力でようやく病院の秘書の仕事が見つかる。実はジュリエットは医師の資格を持っているがそれを隠して就職しようとする。そしてレアは大学のゼミで「罪と罰」の解題をしているとき、学生がラスコリーニコフの殺人を犯すときの心理分析が間違ってと指摘して興奮して授業を途中で終わらせてしまう。レアは自分だけは心を開かない姉を理解していると自信を持っているのだ。
▼ジュリエットがある日帰宅すると家の中は真っ暗だ。心配になって部屋をあちこち探すとみんなは隠れていて「就職おめでとう」と一斉に叫ぶのでおもわずびっくりし、かつ自分を愛してくれているのだと感激する。病院では院長から試用期間中に「他の職員と努力して馴染まない」と忠告されていたのだが、ジュリエットの努力でそれは解決した。だが親しくしていた刑事が自殺してしまった事を知る。そして妹の家を出てアパートを見つけ引っ越し作業をしようとするとき、ようやく心を開き、妹のになぜ息子を手に掛けなければならなかったのか告白する勇気を持つ。銀座テアトルシネマ。
▼クリスマスソングのCDを返却するために図書館に行く。返却は1月6日なのだが、わたしは親切だから次の人の事を考えて早く返却する。そして頼んでおいた辺見庸の「マリオ・ジャコメッリ」を引き取る。さらに昨日ブログに書いた「リュウメイ」の本を検索する。しかし本名の「タカアキ」で検索しないと出て来なかった。管理画面では携帯のアクセス数も入っているのですでに11万番を突破している。こちらは3日頃かと思われる。

|

December 28, 2009

表参道から浜松町まで歩く

Tower1227(芝公園の紅葉)
▼日曜日なのに昨日はアクセス数がかなり多かった。わたしの所に「週刊金曜日」は大体指定された金曜日に届く。しかし12月に入ってから数回土曜や月曜になった事があった。わたしは届いた翌日、土曜日の午前中には読み終える努力をしている。そうしないと読むもの、やることが沢山あるので読む時間がなくなってしまう。25日号で面白かったのは村上春樹を書いた池田雄一の後半「実存主義と文学」の部分で「第三世界」主義の批評家吉本隆明が言っている部分だった。「第三的な領域まで重視するという意味では、転向論から消費社会、オウム真理教の擁護まで彼の言っていることは一貫している、彼の言っていることがサルトルや大江健三郎と違って見えるのは彼らが想像力を重視していたのに対し、世界はすでに映像化されているという境地に入ったというのもあるでしょう」という部分だ。さらにその後「日本では近代に対しての批判が、消費社会の肯定と矛盾することなくされていた」と指摘しているのは重要だと思った。
▼同じ指摘はそのあとかなり長い論文「田中美津『1968』を嗤う」の後半30ページの上から3段目でも同じ指摘がされている事だ。その後書評委員が選んだ2009年度ベスト20冊は、残念な事にひとつも読んでいなかった。映画評では「牛の鈴音」はじめ5本の韓国映画が紹介されている。その中に「あなたは遠いところに」という映画が20行くらい簡単に紹介されていた。シネアート六本木で上映されているこの映画はすぐに見に行かなければならないと思った。
▼所用があって表参道まで行く。そこで昼飯を食べ、「六本木まで映画を見に行きたいがどうやって行くのが一番良いか」と居あわせた人に聞く。「神宮前を右折して青山墓地の脇を歩いても15分で行く」とおっしゃる。15分というのは怪しいが開映まで1時間はあるので歩こうと思う。結局歩いたら30分かかった。映画は午後1時40分から一回だけ上映されているが、かなり良い作品である。わたしは後半のある部分で涙が止まらなかった。映画はベトナム戦争とうじ韓国軍はアメリカの経済援助と引き替えに軍隊を派遣させられる。夫がベトナムに出征し、残された妻は夫の消息を訪ねてゆくという話だ。当然当時は民間人はベトナムに行けるはずはない。そこで彼女は慰問団に紛れ込んで歌手としていく事になる。そこから彼女の艱難辛苦が始まる。年内は確実に上映されているので、時間があったらごらんいただきたい。映画の詳細は来年になったら書く。
▼映画が終わって東京タワーの脇を通り、芝増上寺から浜松町まで歩く。この日の総歩数は1万1千歩だった。前日は1万3千歩だから少々少ない。時間が早かったのでまだ東京タワーは点灯していなかった。しかしその下にある芝公園の紅葉は12月末だというのに見事だった。

|

December 27, 2009

イージス艦で「敵」ミサイルは撃ち落とせない

▼昨日の「愛川欣也パックイン・ジャーナル」で湯浅誠がゲストとして出演していた。レギュラーの元「日刊ゲンダイ」の二木は多少意地悪な質問をして「内閣参与になったとき取り込まれる懸念はなかったのか?」などと聞いた。それに対して湯浅は「もちろんそれはあったがみんなと相談した。その結果自分がやっている事が少しでも多くの人に知ってもらえれば良いと思った」と語った。つまり湯浅らが派遣村をやっていても、本当に困っている人はどこにどうやっていけば良いか分からない。今年の暮れにはコンビニにもポスターを張り出すなど工夫をしている。それに参与になったからと言って自分の意見がすんなり通る訳ではない。そこには色々な意見があるから困難だけれど、その場にいないよりはマシではないかと考えている、という意見だった。
▼また同じ番組で元朝日の田岡がイージス艦の防御能力について発言していたのが面白かった。すでにご存知の方も多いかもしれないがイージス艦のレーダーの能力というのは敵のミサイルが飛来したとき14発までは識別できるが、15発以上になるともうお手上げだ。だから以下は筆者の推論だ。北には200発以上の○○ドンがあると言う報道がある。とするとレーダーなどがうまく作動して14発全部にこちら側の防御ミサイルが当たったとする、しかし現実には当たる率は5%以下だと言われている。仮に当たったとしても残りは86発あるわけだ。もし敵が核弾頭を積んでいたと仮定してその1発でも日本に到達して爆発したらお終いということになる。何度の言うがイージス艦1隻に1400億円もかけるなら、経済援助をした方が相手に喜ばれ態度も軟化することは明らかだと思う。
▼昨日迷ったあげく銀座テアトルシネマにクリスティン・スコット・トーマスの「ずっとあなたを愛してる」を見に行った。土日に何を見るかはまず映画評を書く事を大前提に選定する。次に余裕があったら自分の好みの物を見に行く。この映画はそのうち書くが25日の夕刊に小さな広告が出ていた。それでも他の映画と比較して一番まともに見えたのだ。映画の後半になるとあちこちですすり泣きが聞こえてきた。フランス映画なのでわたしはフランス語のセリフと字幕を確かめながら確認していた。すすり泣きを聞いて、「アレッもしかしてわたしは映画が理解できていないのか」と焦ってしまったのは事実である。それとも空気が読めず、感性が鈍くなってしまったのか?いずれにしても正月映画としてみる1本としては、かなり上位に来る事は間違いない。わたしは明日某社で、「今年見た洋画と邦画のベスト3」というお話しをしなければならない。昨日はこの映画館に初日初回にいったのでフランス「ランバン」の香水を頂いた。わたしは初日初回にいく事が多いので、こういうものは部屋に沢山ゴロゴロしている。

|

December 26, 2009

NHKHV特集「零戦 ~栄光と悲劇の航跡」を見る

▼クリスマス・イブに遠方にお住まいの読者がカードを送って下さった。それ以外は図書館で借りたCDを聴いていた。それでも仕事が一段落した夕方、気分転換で表参道と新丸ビルの近くのライトアップに出掛ける。『鍵盤乱麻』の1面にあるのは表参道で10年ぶりに再開されたライトアップだ。LEDのネオンは心なしか以前に比べると地味な印象を受ける。あとの写真は3日間隔くらいの日替わりでご紹介する予定だ。月末の仕事を済ませてしまおうと色々歩きまわったので一日の総歩数は1万3千歩になった。イルミネーションを見て帰宅してからもレポートづくりに追われた。
▼12月20日NHKハイビジョンの「零戦 ~栄光と悲劇の航跡」を録画して見た。アナウンサーがまず「零戦」を「セロセン」と読むところが呆れてしまう。当時敵性用語のゼロなどという言葉は禁じられており、「レイセン」と呼ぶのが正しい。 太平洋戦争を通じて海軍の主力戦闘機として戦った零式艦上戦闘機、がいかに苦労して開発されたかとその旋回性能や航続距離などの優れた性能がまず紹介される。しかしテスト飛行に乗ったパイロットは座席の防御鋼板が不十分だと指摘する。というのはアメリカのムスタングなどには座席に人型の鋼板を入れ、背後から機関銃などで撃たれても、銃弾が貫通しない方法が工夫されていた。ところが日本の零戦はパイロットが指摘したにもかかわらず、重量が増すと言う理由で最後まで取り付けられなかった。それどころか「そんな鋼板に期待するのは臆病の極みだ」と嫌みを言われる。この話はTVに出て来ないが、わたしは読んだ本で知っている。
▼つまり零戦は機体をそのように軽くして急上昇や急降下の作戦を得意とする。しかしまもなく無傷の零戦がアメリカ側に捕獲され、弱点を研究される。それは零戦から逃れる方法と2機によって零戦を翻弄する方法などだ。その後アメリカ側はF6Fを開発しエンジンの構造を工夫して航続距離を伸ばす。しかし日本は部品を外して軽くするしか方法はなかった。そして開戦当初の華々しい戦果とは別に暗号は解読されミッドウェイで決定的な敗北を喫するが国民にその真相は知らされなかった。NHKのこの番組は零戦へのはかない願望を込めた作品に仕上がっており、戦争そのものを否定する姿勢はまったく感じられなかった。

|

December 25, 2009

アメリカは日本を守ってはくれない

▼あと原稿を4本書けばどうやら今年の仕事はやり残しがなくなる。しかしシネマはアテにしていた「誰がために」がイマイチなので、これは別のものに差し換えなければならない。だが近くの映画館の招待券を一枚貰って持っているが、ここには見るべき映画は上映されていない。「2012」とか「○○カンタービレ」「○○じいさん」では見る気持ちも、足を運ぶ気力も起きてこない。2ヶ月ほど前にみた「アンナと過ごした4日間」は正月もやっていそうなのでそれにしようかと思っている。そんな夕べ、仕事ではないがレポートを作ってくれと頼まれた。文章を読んで要約するだけの簡単な内容だ。それほど集中力を必要とする内容ではなかったので、図書券2枚で引き受けた。
▼昨日前半の話。わたしは日曜日の午後、部屋を片付けて出てきて物をもって、高田馬場まで出掛けた。部屋は見るからにすっきりして猫たちの遊び場も広くなった。あとは持っていてまったく見ないDVDだ。本もそうなのだが見なくても持っているだけで安心してしまうのは困ったものだ。大学教授や学者などが洋書を背にして写真を撮る事が多い。あれもとても嫌みである。誰かが東大の上野千鶴子の研究室訪ねて驚き、「これ全部読んだんですか?」と聞いたら、「まさか」という返事が返ってきたというがうなずける。本を読むだけで生活できる人ならともかく、普通の人が1日に読むことができるのはせいぜい500ページだと思う。
▼マスメディアは相変わらず「アメリカが怒っている」、「クリントン長官に呼びつけられた」という報道がされている。何度も繰り返すが、日米は終戦直後の不平等な関係ではない。まずアメリカに守って貰えなくなるという錯覚。いったい沖縄や本土の米軍基地周辺では米兵によるレイプや殺人、射殺事件がどれだけ起きているか。このことを忘れないで欲しい。守ってもらった事など一度もない。朝鮮戦争が起きたときも、ベトナム戦争が起きたときも協力させられたのは日本側である。
▼その2アメリカは資金不足で新しいスペースシャトル作る金もなくなってしまった。それはカネを軍事費につぎ込んでいるためだ。アメリカを経済的に支えているのは中国と日本である。グアムの米軍基地移転にしても資金を出すのは日本側で、いわゆる思いやり予算も日本のカネである。感謝される事があっても怒られる筋合いは何もない。それに日本の米軍基地を全部撤去せよ、といっているわけではない。だから反米と言われるのはお門違いである。NHKやマスメディアはナイなど一部右派の高官がしゃべっている事を殊更に大きく取り上げ、「圧力」、「反米」とかき立てている。
▼勘違いしている方が多いが、今海兵隊の殴り込み部隊があるのはグアムである。アメリカが日本の基地で一番重視しているのは佐世保にある揚陸艦である。それはアジア(とくに中国、韓国)などで状勢が悪化して米人たちが緊急避難をしなければならない状況が起きたとき、佐世保の揚陸艦と沖縄にいる米軍が引き上げる米人たちの警備に必要になる。この米軍がその中国や韓国にいる日本人をついでに助けてくれるかと言えば「ノー」である。救出の順番が決まっており、1位米国人、2位グリーカードを持っている米国籍のある人、3位アングロサクソン、そして4位に余力があったらその他という事でドイツ人や日本人はこの中に含まれている。つまり救出される可能性はかなり低いのだ。だからゆめゆめいざとなったらアメリカが助けてくれるなど思ってはならない。
▼明日からこのブログは1週間ほど、年末年始の400字程度のショートバージョンになる可能性があります。書くテーマを絞るのが大変なのです。昨日の様に苦労して長い文章を書いた時に限ってアクセス数は増えないのが実情です。

|

December 24, 2009

◇「牛の鈴音」を見る

▼午前中は年賀状を作っていた。というのはレイアウトとそれに使う写真で家族の合意を得られなかったので、写真を撮りなおしたりようやく全員の合意にこぎ着けた。ただしお送りするのは独自のレイアウトだ。しかし昨年お送りしたが返事をいただけなかった方には、今年はわたしからはお送りすることはない。昼になって図書館からメールがあって、念願のクリスマスソングが届いた。ちゃんと返却期限を守ってくれたようだ。ジョン・レノン&オノ・ヨーコの「ハッピー・クリスマス(戦争は終わった)」やマライヤ・キャリーの「恋人たちのクリスマス」など2枚組のCDで、いわゆるジングル・ベルなどは入っていない。
▼昨晩から自分の部屋を片付けるにはどうしたら良いか考えていた。本はほとんど買わなかったから大丈夫だ。寝ていて思いついたのはあるコレクションである。買うまい、買うまいと思ってもメーカーの魔法にかけられてつい増えていってしまう。昨日読んだあるブログによると物を買う3つの理由というのが出ていた。1)人は痛みから逃れるために物を買う。2)人は快楽を得たいために物を買う。3)人は時間を短縮したいために物を買う。わたしの場合2)と3)である。これから説明すると例えば物を書くためには100円のボールペンがあれば十分である。もちろん取材の時は文字の形は気にしないから、あとで自分が読めれば良い。相手の顔を見ながらペンを走らせるから後で自分の書いた文字が読めなくなることもある。一番大事なのはペンが紙をスムースに滑りやすい事だけだ。わたしは筆圧が低いので最近は5ミリくらいの水性ペンを使う。
▼さてでは清書するときどうするか?先日飲んだ時、本の紹介はどうやって書いているのかという質問があった。わたしの場合全部図書館の本なので書き込みやサイドラインを引くことは許されない。身の回りに小さな付箋紙を用意してあり、「コレ」と思ったページに全部付箋紙を貼っていく。本の紹介を書こうと思ったとき、その付箋紙の部分をもう一度再読して頭の中で要約していく。1冊に要する時間はおよそ15分から20分だ。
▼では清書するときに高価なパソコンだと仕事が早く、安いと仕事が遅いのかと考える。グラフィックをやるわけではないので、20万円も10万円も変わらない。わたしはずーと10万円以内のパソコンを買う用に心がけて来て、いまもそれは変わらない。ペンの場合5万円のモンブランも、1000円の国産万年筆も書き味は変わらないかというと、それは試した事があるが確かに変わる。ただそれで文章の中味が変わるかと言えば多分に気分だけのように思う。現実に作家の五木寛之はいまもって市販の原稿用紙に鉛筆で書いているという。これならばどこの小さな町でも手に入るし、電池の心配もいらない。
▼わたしの場合パソコンはキーボードの固さが自分の神経と一致しないと、リズムが取れない。それでキーボードだけは別売の2万円の物にしているが、これは一日打っていても疲れが来ない。
◇「牛の鈴音」韓国の農村の話。79歳の老農夫と2歳ほど下の老農婦が小さな田んぼを牛を使って耕作している。しかしその30年余も働いているという老牛も見ていて気の毒なほど疲れ切っている。余り動きが悪くなったとき、獣医を呼んで調べて貰うと「余り先は長くないから心の準備をしておくよう」に言われる。それでも動きの遅くなった牛に牛車(といっても雅やかなものではなく、農作業用のそれ)を引かせて田んぼに出掛ける。妻は夫に農薬を使うように、機械を使って田植えや稲刈りをするように夫に助言するが一切聞き入れない。そうしては「わたしはこんな家に嫁に来て一生苦労のし続けで失敗した」というのが口癖である。それどころか牛が食べる草を運べなくなると、彼女が背負って運ぶのだからグチもいっそう募ってくる。
▼老農夫はもうこの老牛ではダメかなと思って町で時々開かれる、牛市場で一頭の雌牛を買ってくる。しかしその雌牛は孕んでいて生んだのは雌の仔牛だったので、老農婦はがっかりすることおびただしい。結局その仔牛はなつかないので200ウォンで売りに出してしまう。そうこうしているうちに老農夫の脚の具合が悪くなる。また人間が歩いた方が早いくらいの速度で牛車を駆って町の医者まで出掛ける。妻は相変わらす貯金もないし、子どもの世話になるのは気兼ねだし、嫌だ嫌だと医者の門を叩く。結果は幼い時の怪我でもう治療は不可能だという診断をする。その分また老妻の仕事は増えるのでグチも増える。医者に行く途中「FTAに反対する」デモ隊に行き会う。彼らは「牛肉の自由化にも反対する」と叫んでいる。これは演出ではなく現実のデモである。
▼帰宅してもう老牛を売り払おうと妻にいわれ、仕方なく牛市場に出掛ける。仲買人は「こんな牛は固くで食肉にもならないから50ウォンだ」と言う。しかし老農夫は「500ウォンでなければ売らない」と引き下がらないので、バカにされ売らずに帰る。おりから家は盆で4人の息子達が帰宅して楽しい食事をしている。口々に「この牛のお陰で学校にいく事も出来た」のだと感謝を述べる。しかし「もう年だから売ってしまえよ。お爺ちゃんの面倒は俺たちが見るからお金の心配ならいらない」と付け加える。しかし老父は「勝手な事をいいやがって決して売らないぞ」と呟く。稲刈りの取り入れが始まると近隣の田んぼはコンバインが手軽に作業を進めていく。しかし老農夫は「鎌を使った手刈りが米は一粒も無駄にならない」と頑固である。しかし夫婦とももう身体も動かない。
▼そのときとなりのコンバインが「お困りかね」とやって来る。「次男の息子さんに刈り入れを頼まれたよ」とコンバインを使って瞬く間に刈り取りが進んでゆく。こういう場面を見ていると自分が体験した両親の農作業にこだわって居た事を昨日の様に思い出してしまう。
▼そして肝心の老牛は獣医に「もう数日だね」と宣告される。その数日後牛は涙を流して横たわっる。いやその前に「もうダメかな」と老農夫が言うたびに涙を流していた。老農夫と老牛は実は一心同体で心が通じ合うのだ。そしてヨコになったまま立ち上がろうとしなかった。そのときグチを言い続けた老農婦もさすがにグチは云わなかった。そして牛の目の輝きが次第に失われていく。トラクターと重機を使って老牛は野原の空き地に埋葬される。近代化に対応できなかった老農夫たちの頑なな生き方は、まさに老牛と一緒に生き抜いた30年でもあったのだ。韓国で大ヒットした映画で銀座シネパトスと、渋谷シネマライズで上映中。

|

December 23, 2009

◇「誰がために」を見る

▼図書館のクリスマスソングはついに間に合いそうもない。一人一週間という期限を守ってくれれば確実にわたしの手元に届いた筈だ。ネットで順番を見れば、後何人待っているか分かりそうな筈だ。しかし要するに気が利かないのである。大体CDなんてカセットに録音するか、CDのコピーをするか、それともパソコンに取り込んでしまえばそれですみそうなものだ。連日自宅の再生装置で聴いているのだろうか?
▼先日ある新聞にF社が主催する海外旅行の広告が掲載されていた。キューバ8日間で32万円、南京大虐殺の史跡を訪ねるツアー15万円。航空運賃だけで計算すればキューバはその半分以下で行けそうだ。しかし外国人旅行社の落としていく外貨はキューバにとって貴重だから、高い。南京はお金を頂いても行って見ようとは思わない。
◇「誰がために」07年にオランダのナチス抵抗運動を扱った「ブラック・ブック」という映画があったが、これは同じようなテーマのデンマーク版である。前者はナチスに抵抗する運動側も一枚岩ではなく、策略をして仲間を陥れても自分は生き残ろうとする人がいた。そしてナチスも悪者の集まりではなく。ごく僅かだが人道的な人もいたというのがテーマの一つになっていた。この映画は簡単に言えばナチスの高官を狙う二人のテロリストのお話である。デンマークの歴史は詳しく分からないが、抵抗運動の一つはイギリスの指令によって動く人たち。あと言葉でしか出て来ないが、何が何でも抵抗以外ないとする共産党の武闘組織がある。
▼映画は前者である。「イギリスの指令だから」と命令され、二人の男は指令に従って顔写真を受け取り冷静に対象者に近づく。そして本人に「○○○だな」と直接名前を確認した後、冷静に相手を射殺する。赤毛の男は余りにも有名になって首に高額の賞金を掛けられる。もう一人は妻子持ちで、妻にこのままデンマークにいては危険だから国外に逃げてくれと頼む。しかし彼女は「いつまでこんな生活が続くの?」と疑問を持ちながら「あなたと一緒にいたい」と逃げようとしない。そしてお金にも不自由しているので子どもと3人で車の中で小さなクリスマスケーキのロウソクを吹き消す。
▼最大の課題はナチスの高官を殺害することだ。しかし司令部は「相手は話し方がたくみだから話しを聴いていると洗脳される、だから会ったらすぐ殺せ」と命じられる。しかしそのたびに「一緒に手を組もう」、「お前の味方だ」など言葉巧みに誘われ、撃つ機会を逃してしまう。そこに登場するのはある美女で彼女は、ナチス高官の愛人でもある。彼女は高官の移動経路や車のナンバーも教えるので信じてしまう。しかし襲った車にはまったく別人と子どもが乗っていた。一方妻子持ちのテロリストの妻には愛人ができてしまう。一度は怒り狂うが、自分が長い間不在にしていたことも責任があるだろうと感じ、相手を許し自分は身を引く。彼はある襲撃が失敗し、空き家で治療している時ナチスに包囲されしまう。
▼そして赤毛のテロリストは実家のホテルに戻っている時、包囲されカプセルを飲んで自決する。抵抗運動の後半になるとナチスと取引をしてなるべく勢力を温存して戦後の政権を優位に持っていこうという考えが出てくる。しかし共産党は徹底抗戦だ。人間は誰しも命は一つしかないから、どう立ち回れば生き残ることが出来るかという打算が生まれて来て当然だ。二人のテロリストは「イギリスの指令だ」という言葉に惑わされて殺人を行って来たが、それは上層部の思惑に利用された部分もあったのではないかと思われる。そして二人の遺体は闇に葬られる。だが戦後アメリカ軍によってその抵抗運動が顕彰され、立派な墓地に改葬される。とても良いテーマなのだが、話が家族の事まで広がりすぎてしまい、まとまりがなくなってしまった。渋谷シネマライズで。

|

December 22, 2009

サンケイ、読売とともに歩むTBSラジオ

▼昨日はあれから5人ほどの方からアンケートをいただいた。年に一度くらいのメールのやり取りがあれば、メルマガやブログを書いていて迷いはないのだが、果たしてこの路線で続けていてよいのだろうかと不安になる。昨日ご連絡を下さった方々はとても丁寧に近況やどのような読書に興味があるか知らせて下さって参考になった。一人ひとりにご返事したが、この場をお借りしてお礼を申し上げる。
▼わたしは長いこと、おそらく20年くらい毎朝TBSラジオの「森本毅郎スタンバイ」という番組を朝6時半から8時半まで聴き続けてきた。しかし今年の9月頃から民主党政権にたいする揚げ足取りが度を超え始めた。わたしは何も民主党がすべてだとは思っていない。しかし変革はよりましなところから進んで行くと思う。8月の政権交代は無血革命に値する転換期にはなっているし、将来は歴史の教科書に記述されると思う。それが朝6時から揚げ足取りに終始し、支持率が数パーセント下がったと言っては溜飲を下げる。そして相方のアナウンサーは大きな声でうなずく。この人は最近とみに固有名詞の誤読が多くなってきた。元もと森本氏は競馬とゴルフが好きで政治の話題がないときはそればかりだ。わたしはそれでも毎日変だと思った事は一々メールで抗議してきたし、家族もハガキやファクスを送り続けてきた。しかしこの3ヶ月やってみたが、効果は全くなく反省の色も見えない。
▼そして番組に登場するコメンテーターは日経関係の人が多く、そのほかに元毎日の嶌信彦。彼は某大学で全共闘をしていたが見事に変身する。そればかりか数年前まで外務省の某部署で研究会を開いていたとき中心人物だった。このことは写真週刊誌に撮られている。金曜日コメンテーターは住信総合研究所の伊藤洋一で、この人も例えばインドに一週間くらい出張しただけで、「これがインドのIT技術だ」と本を一冊書いてしまうほどの強心臓の持ち主だ。ばかりで、引用するのはサンケイや読売新聞ばかりだ。そして話題は株価が上がった下がったで大騒ぎする。20年間ふり返ってみると、まともな発言をしていたコメンテーターは全部首を切られてしまって、残っているのはイエスマンばかり。
▼さらに記者として登場するのは国会担当の山田と、何でも屋でオウム裁判からゴミ処理さらにトンネルの落盤事故など何でも扱う崎山記者のたった二人。TBSに記者はもういないのかな、と思ってしまう。あとメインは「新聞読み比べ」と称して自分に都合の良い新聞社の紙面だけを読み上げるだけ。こういう報道とは関係のない赤阪の一等地を活用するだけの、不動産放送会社に成り下がってしまったTBSラジオとは、今朝からおさらばすることにした。

|

December 21, 2009

絶食で検査通院する

▼3ヶ月に一度は採血されて血中のコレステロールの分析される。今朝は空腹で出掛けなければならないので、多少いらついていた。前日の午後9時以降は水以外飲んではならない。当然朝は絶食だ。明日火曜日に行っても良いのだが、今晩は某所の忘年会がある。飲んだ翌日は良い数値が出ないので、飲まないから、前の日に検査を済ませてしまわなければならない。水曜日は祭日だし、クリニックは今週で終わりだ。なるべく早く行った方が空いているかと思って朝7時半にクリニックのビルの前に並んだら4番目だった。それで診察と採血が終わって薬を調合してもらったのは午前10時。寒いから空腹は余計こたえる。
▼我が家では猫以外全員風邪をひいてしまった「週刊金曜日」12月18日号にインフルエンザ予防グッズなどの分析がでている。声を大にして言いたいのは、マスメディアは恐怖心を煽っていることだ。それに製薬会社が便乗している。
1)マスクは戦前の毒ガス用の物でなければ意味はない。立体型やアコーデオン方式のマスクが氾濫しているが、いずれもすき間は生じている。自分の咳や唾を他人のところまで飛ばさない、という効果は多少あるかも知れないが、感染予防にはまったく役に立たない。
2)手洗いは水で十分無水アルコールや薬用石けんは意味がない。
3)うがいは水で十分、イソジンなど必要はない。
結論としてうがい手洗いだけ励行すればインフルエンザは十分予防できる。
▼昨晩NHK教育TVで「戦争とラジオ2」が放映された。番組俵には「再放送」という文字は見あたらなかった、我が家にある2台のHDD録画機はNHKハイビジョンの「零戦」などを録画していたので使えなかった。仕方なくリアルタイムで1時間ほど見ていたら過去に放送されたものだと分かってガッカリ。日本は米英人の捕虜の語学に優れた人を使って、第一ホテルに宿泊させ、格別の待遇で利用した。アメリカはシロタ・ゴードンは別にして、日本人二世、三世の忠誠心を確かめるために、放送に使った。放送そのものはお互いにプロパガンダの手段として最大限利用したというものだった。
▼メルマガお読みになりましたか?残念な事にどなたからもアンケートは来ませんでした。つまり誰も読んでいないということなのです。

|

December 20, 2009

WOWOWの「チェ・ゲバラ人びとのために」は良かった。

▼本日はメルマガ年内最終号の発行日です。読者のみなさん真剣に投稿の準備をなさっているであろうか?午後6時頃までは待つので期待しよう。さて今朝NHKのスイッチを入れたら「ようこそ先輩」で勝間女史が登場した。朝からあのイケイケの顔は見たくないのでスイッチを違う局に回した。勝間本は数冊読んだが、言っていることとやっていることは段々乖離してしまっている。むかしNHKに出ていた文房具オタクの山根一眞がアナログの文房具オタクだと自認していたころは可愛かったが、デジタル時代になって次々メーカーの言いなりになって買い替えるために、「メタルカラー」など太鼓持ちの記事を書くようになってしまった。勝間も最初は自転車で都内の得意先を回る。その間はイヤフォンで英語を学習すると豪語していた。しかしTVを見ていたら,稼ぐのが忙しいらしくタクシーで回っていた。カネにこだわる人は結局そうやってみんな組織の犬になってしまうのである。
▼さらに朝刊を見るとイギリスの空港は大雪のため2つが、一時的に封鎖されたという。3週間後はヒースロー空港経由でゆくので大丈夫かな?
▼金曜日夜WOWOWではゲバラ物が4本放映された。最初はハリウッドが作ったゲバラ物で、オーマー・シャリフがゲバラ、カストロはジャック・パランスだった。いかにもハリウッドらしくカストロたちは悪者になっていた。次は今年公開された2本の連続物で一度見ているから見なかった。深夜に放映されたのは「チェ・ゲバラ人びとのために」というアルゼンチンが作ったドキュメンタリーの作品は始めて見たがとても良かった。ゲバラの護衛や妻、子どもたちがゲバラは私利私欲や権力欲のまったくない人だったと証言していて、とても好感が持てた。
▼昨日はまず渋谷で「誰がために」というデンマークのナチスに対する抵抗運動を描いた映画を見た。これは数日中に書く。隣に座っていた年配の婦人は夫と来ていたが、画面から銃声や爆発音がするたびにビクッと震えているのが伝わって来た。きょうは韓国映画「牛の鈴」を銀座シネパトスで見てきた。「稲の旋律」とは対照的な素晴らしい作品だった。

|

December 19, 2009

WOWOWで◇「休暇」を見る

▼テレビの天気予報を見ていると金沢、福井は大雪だ。一週間前でなくて本当によかった。
▼家の前にある動物病院は12月始めからビルまるごとクリスマス・イルミネーションが光っている。いままでこんなに飾ったことは一度もなかったので、かなり儲かっているのかな、と思ってしまう。ところで隣にある東証一部上場企業なのだが、毎日テレビドラマのスポンサーになって名前の出ない日はない。しかしこの数年町内の住民を招いて夏祭りを実施していたが、景気の悪化なのかそれも中止になってしまった。TVのCM料金の1分間くらいのお金を支払えば、その程度の行事は簡単にできると思う。その一部上場企業なのだが、内庭には社員などの宴会場があって、時々大勢の人が浴衣姿でくつろいでいる姿を垣間見ることができる。いや本当に垣根越しに見えるのだ。その中庭に何とことしからクリスマス・イルミネーションが点灯しはじめたのだ。表玄関に飾り付ければ通行人もみんな楽しめるのに、裏庭では僅かな通行人が目を凝らして見えるだけだ。見た感じ何10万円もかかっているようには見えない。前の動物病院の方がカネはかかっているように見える。隣近所の人がどうすれば喜んでくれるのかとか、企業の地域貢献などまったく考えていないように見える。
◇「休暇」WOWOWで吉村昭原作の映画、昨年スバル座で公開された。小説はメルマガですでにご紹介してあるので記憶に残っている方がもしかしたらいらっしゃるかも知れない。再婚した刑務官は新婚旅行に行きたいが、忙しくて休暇をとる事ができない。そこに法務省から死刑囚の刑が執行されるという通知が来る。死刑を執行するには色々な役割分担がある。そして執行の日時が決まっても、受刑者には察知されないよう、普通に振る舞わなければならない。この辺の受刑者の心理分析は加賀乙彦の「告知」に詳しい。
▼原作の主人公である刑務官は50歳くらいで、相手の女性はバツイチで子連れ、中年のかなりくたびれた感じがする。ところが映画のバツイチ女性は大塚寧々だから張り切ってしまう、と思う。役割分担とは、呼び出しに行く係、刑場まで連れて行く係、首に縄をかける係、ボタンを押す係が3名(誰のボタンが死刑をしたか分からないようにするため)、首を絞められ落下したら、受刑者が苦しみもがくのでそれを支える係、などだ。最後の係はみんな誰もやりたがらない。しかし部長はこの任務を遂行した者には5日間の特別休暇を与えるという。主人公の小林薫は妻と新婚旅行をするために、敢えてこの係に志願する。受刑者(西島秀俊)は刑務官の言葉一つ足音一つに怯えて暮らしている。そして最後の日まで雑誌に載っている写真を写生して鉛筆画を描いている。
▼刑務官にかすかに香水の香りがするので、今度結婚するのか?と聞いたりする。そしてある日別の刑務官に「何か他に欲しいモノはないか」と聞かれ、そろそろ執行日が近づいて来たのかと推測し、「音楽が聴きたい」と申し出る。刑務官はCDラジカセにイヤフォンをつけて渡すが、その直後狂った様に暴れ出す。音楽の中味は分からないが、なぜ世の中にこんな美しい歌があるのに、自分は死ななければならないのだろうと思ったに違いない。そしてお迎えの日、刑務官の足音はいつもの二人と違って3人なので、顔は青ざめ、足腰も立たない。以下刑の執行場面は見ているだけで喉がカラカラになるので省略する。
▼要するに他人の死と自分の幸せが交換であって良いのかという自問自答になっている。先日亀井静香大臣が「死刑は国家による殺人である」と記者会見で発言したが、この死刑までの手順をみているとまさにその通りだと思う。そしてそれに対する反論がニフティブログの管理画面に出ていたが、そう叫ぶ人たちは本というのをまったく読んで理解せず、感情だけで盛り上がっているとしか思えない。

|

December 18, 2009

N市の黒酢米農家を取材する。

Kurozumai(パックされ店頭に並ぶ黒酢米)
▼クリスマスまであと一週間。仕事でもそれまでに納品しなければならないものがある。「週刊金曜日」12月11日号に落合恵子が「クリスマスソング」を聴きながら、新年号用に原稿を書きためているとあった。図書館にリクエストをした「クリスマスソング」のCDも、ネットで調べると順番はあと1人になった。うまいことクリスマスまでに間に合うかは微妙なところである。
▼『鍵盤乱麻』トップページの一番下に東尋坊の動画を掲載した。荒波の様子が手に取るようにわかるのでごらん頂きたい。
▼昨日は取材で一日中車に乗っていた。まず最初に行ったのはN市の稲の消毒に黒酢を使って栽培している農家である。対応してくれたのはわたしより2、3歳年上の方だが、日光の下で作業をしているので、顔に浮き出た皺が作業の厳しさを示している。市販品などで「無農薬」などという米があるが、無農薬などで野菜や米は絶対作る事はできない。このN市の場合ヘリコプターによる農薬散布を市長が「止める」と行ったことから、困った農家が研究したことに始まる。高い空の上からの散布は、農薬が拡散するから、人にも多大な影響を与える。まず農薬を必要最小限の七種類に絞った。そしてその他の農薬の代わりに黒酢を、リモコンを使ったヘリで高さ3mの所から散布するのである。
▼農家を引っ張っていくからには、組合長の責任は市からお金を引き出し、収穫量をあげなければ組合員は付いてこない。アハハ、アハハ笑って田植えや除草をしている映画の農民とは現実は違う。毎日が妥協を許さない真剣勝負の連続だ。リモコンヘリは一台1200万円くらい。個人で所有している人もいるが、自家用に使っているだけでは元は取れないから賃貸しでも仕事をする。しかもリモコンヘリは散布する場所、場所によって運転操作を習熟するまでかなり訓練が必要だとも言う。
▼こうして出来上がった低農薬の黒酢米は新聞などで紹介されたため、市販の普通の米より30%ほど高いが注文が殺到しているという。取材したお宅で持参した弁当を食べさせてもらった。みそ汁や漬け物を出して下さった奥さまが、わたしの玄米と古代米の弁当を見て「あら綺麗だこと」とおっしゃって下さった。その農家には黒酢米の実物が残っていなかったので、そこから4kmほど離れた農産物の直売所まで行って写真を撮らせてもらう。ついてにブロッコリーが安かったので4個とおまんじゅうが美味しそうだったので二個パックの物を買い求めて来た。

|

December 17, 2009

長い間、高い携帯料金を払ってきた事に気づく

▼一週間ほど前に家族の携帯をムーバからフォーマに替えた。最近になって頻繁に「ムーバを使えるのはあと2年を切りました」という電話がドコモから掛かってきたり、PRのチラシが送られて来ていた。最初に契約するとき身分証明書の提示を求められるので便宜的にわたしの名義になっている。しかし使っているのは家族。だが契約をフォーマに代えるにはわたしが同行して免許証などを見せなければならない。ちょうど良い機会だったのでF社の防水対応で歩数計もついているものにした。それはともかく問題は料金体系である。過去の実績を係員が調べてくれて一番安いプランにして3千円台だ。
▼ふと自分の携帯の料金を思い出すと毎月8千円近く引き落とされている。わたしが携帯を使うのは主に受信である。今でも自分はなるべく固定電話から掛けるように心がけている。そのため一日の通話はせいぜい3分から5分程度。メールは10本前後を送受信する。それも文章がそれほど長くはない。
▼そこで昨日仕事の原稿の受け渡しが終わった時、目の前にドコモショップがあったので、「契約プランを変えたい」と用件を伝えた。店のオープンと同時に入ったので待つこと3分若い女性の係員が対応してくれた。わたしの用件を聞いて通話時間などを調べてくれた。「とにかくポイントばかりたまって、使わないうちに消えてしまうのです」と訴える。「なるほどおっしゃる通りですね。今の使い方だと下から二番目のプランで十分でしょう」と言ってくれた。つまり4千円台のプランに変更することになった。そうするとわたしが2002年くらいにフォーマに変更して7年間払い続けて来た毎月8千円近くのうち4千円は無駄だったことになる。おお計算してみると大ざっぱに33万円にもなるではないか。これだけあれば南米のマチュピチュやナスカなどのツアーにいく事が可能だ。もっと早く気づくべきだった。みなさんも契約していればネットで自分の料金プランが分かるので、見直しをした方が良いと思う。
▼昼から学校の文化祭なので、また大陸間横断鉄道に乗って終点の駅に向かった。講師控え室には外国語の担当の先生方もいらっしゃったので、昨日書いた「クールジャパン」の「ヒーロー」の話になった。アメリカ国籍の先生はやはり「自分にとってヒーローは考えにくい。たとえばリンカーンであってもそれはヒーローにはなり得ない」という話だった。それからリンカーンの虚像と実像について話は進んでいった。
▼NHKクローズアップ現代16日夜は「派遣村」から1年何が再起を阻むのか」だった。一年前に仕事と住まいを失った人々が数多く身を寄せた「年越し派遣村」からまもなく1年になる。その派遣村にいた人たちは未だに定職がきまっていない人がほとんどである。ほとんどの人が生活保護を受けて住宅だけはアパートなどを借りて住んでいる。しかし面殺に行っても50ヶ所かよっても全部落とされる人もいる。派遣村の元村民たちのゆくえは200人近くが分かっており、月に一度集まれる人は集まって情報交換をしている。追跡調査で分かったことは、就職率が2割台にとどまっていることだ。そして現実には「年来制限」があり、「正社員でなければ」仕事は何とかある。しかし人びとは一様に「非正規の仕事やもうやりたくない」と口々に言う。さらに国のおこなっている職業訓練はパソコンで言えば一般的な、ワードとエクセルで、就職活動には何の役にも立たない。厳しい就職活動を面接の直前まで追うと、上記のような形骸化した職業訓練の機能不全や、年齢制限など法令違反の求人の現実、正社員と非正規労働者の間の「見えざる壁」など、再起制限があるなどの現実が明らかとなって来る。今年も年末まであと二週間余。果たして今年は派遣村は出来なくても安心して暮らせる日はやってくるのだろうか。

|

December 16, 2009

信じられない人がヒーローだという

▼例年15日を過ぎるともっと仕事は楽になるはずだ。過去には14日の赤穂浪士の討ち入りの日に、「忠臣蔵ツアー」を開いたこともあった。1日前のネットのニュースを見ていたら、両国にある吉良邸では赤穂と吉良家の合同慰霊祭が開かれたとあった。事件から300年もしてようやく「和解」に至るというのが歴史の歩みでもあると思う。忙しい一つの原因は諸般の事情でピンチライターやピンチフォトグラファーを引き受けているからだ。写真撮影は明日で終わり、後は原稿を21日までに仕上げればOKだ。しかしシネマの新しい原稿を2本書かなければならない。そして今あまり面白い映画がないというのが困ったことだ。たしかシネマライズで19日公開という、ナチスに対するベルギーだったかどこかの抵抗運動の映画が1本あるはずだ。
▼昨晩NHKハイビジョンで午後10時から「クールジャパン」を放映していた。この日のテーマはジャパンヒーローだった。トップに来たのはいわゆるアニメ系のヒーローが多かった。次が歴史上の人物、両親などだ。スタジオに座ってコメントするのは8人くらいの外国人である。そして日本人の意見にスタジオの彼ら彼女らは,「現実にいない人を好きになるなど考えられない」と一様に言う。中国人もスタジオの鴻上に「三国志の人物など、どお?」と水を向けると「あり得ない」。アメリカ人女性も「ワシントンを尊敬はしても好きになることはない」と答える。
▼さらに日本では今歴女ブームなのだという事で,歴史居酒屋に取材に向かう。そこでは喧々囂々の論議がされており、夫にするなら明智光秀が一番人気だった。そこに参加していた女性はわざわざ東北地方から、東京の例会にわざわざやってきていたので、取材はその東北の町までいく。彼女は直江兼続なのだそうだ。そして自宅には直江が出てくるTVゲームがあり、その登場人物がもの凄い二枚目なのだ。彼女はその二枚目ぶりに夢中になってゲームをしている。そしてそれがきっかけで直江の本やグッズが部屋中に広がっていた。幸せといえば幸せ、幼いと言えばそれまで…。外国人たちは「アニメヒーロー」の事は分かったが、歴史上の人物となると理解の範囲を超えていたようだった。今朝急ぐので以上とりとめのない話で終わり。

|

December 15, 2009

列車の中で朝日が「反民主党キャンペーン」を展開

▼夕方までかかったパソコン設定の仕事が終わって総武線各駅停車上り列車に乗り込んだ。すると電車の壁面の広告は全部朝日新聞のそれで、民主党政権を批判するコピーがずらっと並んでいたのには驚いた。「朝日よお前もか」という感じになった。TBSラジオの森本毅郎スタンバイでは毎朝6時半の合図とともに、口汚い言葉を使って鳩山政権批判をする。そのとき頻繁に引用するのは「読売」と「産経」の2紙だ。さらにわたしはご存知のようにニフティブログを使っているが、その管理画面に「ブログネタ」が提供されている。つまりブログを書くネタがない人向けのアドバイスコーナーのようなものだ。そこに登場するネタがまた、民主党政権を批判するものが意図的に書かれている。たとえば「労働者派遣法をやめるといっているけど、それってどうなのとホリエモンがブログに書いた」とか「鳩山首相のボーナスに怒り心頭」というたぐいである。前者で言えば彼がやった事についてまだ民事裁判でまた決着はついていない。大体彼は小泉・竹中路線の申し子として登場したわけで、自分のうまみが減ることへの懸念で、そいう事を書くのだろうか。さすがにこれはすぐ「ネタ」から削除された。首相のボーナスだって法律に則って至急されている訳で、不正をして得た所得ではないから、第三者があれこれ言う筋ではない。もし過去の政権担当者が問題とされるならば、小泉、安倍から麻生までボーナスはカットされなればならない。
▼やりかけの仕事やあれこれあったが、旅をしながら色々考えた。旅は人生を凝縮しているな、とつくづく思う。上越新幹線を越後湯沢でおり、ほくほく鉄道を経由して北陸鉄道に入って列車は走る。下りの停車駅は直江津で止まると次は魚津になる。斜め前に座っていた女性が魚津の直前にキャリーバッグを引っ張って降りていった。しかし列車の出口で「あ、メガネを忘れた」と言って引き返す。しかしメガネを手にした瞬間、列車は動き出してしまう。その中年女性は「ああどうしよう。どうしよう」と呟くだけで、次の富山まで席に座っていた。大体降りるなら30分くらい前には荷物をまとめ10分前にはもう一度身の回りを点検すべきなのだ。それが止まるまで何か読み物をしているからこういう事になる。
▼日曜日ホテルのビュッフェで朝食をしていると、目の前をLVのキャリーバッグとLVのトートーバッグを持った女性が歩いて行った。わたしは「イヤーキンキラキンで凄いナー」と呟く。斜め前に座っていた二人連れ(男がいやに老けている)の女性の方が立ち上がって二度もLVのバッグに眼をやる。キャリーバッグだけで30万円くらいかな。合計で50万円。「いいなー、欲しいナー」を繰り返す女性。これだけあったらヨーロッパをファーストクラスで旅行できるな。しかし飛行機に積むキャリーバッグは乱暴に扱われるから,日本のエース社で作っているサムソナイトの1万円以下の物が旅行には適している。ブランドバッグ類は所詮、自分は見栄っ張りであるという証でしかない。50万円分の本を読んだり、映画を見た方がよほど自分のためになる。モノはやがて壊れる運命にあるのだから。

|

December 14, 2009

「東尋坊」で見たもの(2)

Nami(東尋坊の海岸で見た波)
▼苫小牧で釣りに行った自衛隊員の乗ったプレジャーボートが転覆して6人が犠牲になったというニュースを見て、わたしは5年ほど前にも北海道で同様の事故が起きていることを思いだした。はたして彼らは本当に釣りに行っていたのか?前回わたしは何かの訓練をしていて船が転覆したのではないかと書いた。現場まで行って継承する取材資金もないので推測で書いているのだが、これは何か波の荒いときを狙って渡河訓練か上陸訓練をしていたが、装備が重くて転覆してしまったのではないかと考えている。
▼「東尋坊」と言って最近思い出すのは「沈まぬ太陽」である。国民航空の書記長をしていた香川照之が、職場に戻って閑職の支店業務をさせられる。そこに出世コースを上り始めた元副委員長の三浦友和のため裏金づくりに協力する。しかし警察の捜査が入った事をしって東尋坊で自殺をする。映画では「自殺した」という週刊誌の見出しだけ写る。映画では香川がブルーの鉄柵を乗り越える場面だけアップされる。東尋坊にそんな所はあるのかと思って探したが、岩にそんな鉄柵を取り付けられる場所はなかった。したがってあれは創作である。もう一つ船越英一郎が出るTOTOのウオッシュレットのCMがある。トイレットの水を流すのにそれほど大量の水が必要か?というのだ。あのロケをしているのが東尋坊だ。
▼そんなに凄い所かというと、それほどでもない。並んでいる店は江ノ島とさほど変わらない。ただ岩はもの凄くて、落ちたら助からないだろうと思う。昼間は結構観光客がいるし、電車やバスも途中まで動いている。店はバスは午後4時50分(1時間に1本だけ運行されている)が出るとほとんど閉めてしまう。だから自殺しようとする人は朝早くかよる遅くを狙って来ると推測される。崖の高いところはおよそ50mくらいはありそうで、しかも下は石か波の荒い海面なので落ちたら助からない。しかし地元の人は岩から岩を伝って突端に行き、釣り糸を垂れているので凄いと思う。わたしなど足がすくんでとてもそんな真似はできそうにない。
▼泊まったのは金沢駅前のホテルでインターネットを使えるパソコンは3台あった。しかしアクセスしてブログの「管理画面」(つまり書き込み)まで行こうと夜に30分、早朝の5時半に同じ時間トライしたが、結局書き込みができなかった。部屋にはLANケーブルが来ていたが、たった1泊でノートパソコンを持ち歩くのは苦痛だし、校正チェックも月曜朝で間に合うということだった。それでキングジムのポメラだけにした。これは通信機能がなくネットには繋ぐことはできない。フルキーボードでATOKが入っている。書いた文章はSDカードに保存してパソコンに読み込ませる方式だ。12月11日に発売になった新しいポメラは書いた文章を保存すると「QRコード」を使って携帯で読み込むことができる。これなら携帯とポメラを持参すれば、世界中どこに行ってもブログの長い文章を書くのも思いのままだ。しかし新聞の特派員や通信社の記者ではないので、旅に行ったら純粋に車窓の風景や旅を楽しめば良いと思う。
▼ブログは月末か新年にアクセスカウンターが11万番になります。今回は前後賞があります。ふるってアクセスしてください。

|

December 13, 2009

福井県の東尋坊にて

Denwabox(福井県三国町東尋坊の崖淵にある電話ボックス内部)自殺を止めるように連絡先と10円玉がおいてある。
▲今年のカレンダーも一枚になった。わたしのデスクに前には区の図書館で配布していた卓上型をクリップで留めてある。しかし毎月25日は区民の日とやらで、まるで休日か祭日のようなマークがついているのは使いにくい。まあ無料でいただいたものだから贅沢は言うまい。もう一つ昨年末に某社の納会でいただいたNHKの世界遺産カレンダーである。12月の写真はイスタンブールのボスポラス海峡とブルーモスクが夕日に映えている図柄である。わたしは今年1月12日頃に同じ場所でボスポラスクルーズ船に乗っていたので、一年はイスタンブールに始まり、イスタンブールで終わることになる。
▲それで1月の朝日新聞で福井県の東尋坊で自殺を図ろうとしたが、朝日が海からあがる風景に感動して自殺をるるのを止めたという記事が掲載されたことが印象に残っている。どういう場所なのかどうしても一度行ってみたいと思っていた。実は3年前の7月に脳出血を起こして倒れたことは病院のベッドからブログを書いていたから、覚えていらっしゃる方もいらっしゃると思う。そのときの8月東尋坊へ行こうとしてホテルを予約してあった。しかし病気の回復途上にあったため、やむを得ずキャンセルした経緯がある。
▲ブログに詳細は書かなかったが9月に成田にある長寿院の住職をある篠原鋭一さんを新聞の依頼で取材した。住職はボランティアで自殺防止のネットワークを組織し、24時間身体を張ってその対応をしていらっしゃるのだ。その取材のおりに、東尋坊の話をしたところ、「ああ元警察官の茂幸雄さんですね」とすでにご存じであった。わたしは何故自殺願望者が東尋坊や青木が原を目指すのか疑問をぶつけてみた。すると「願望者の間でそこは必ず死ねる場所として知れ渡っているのです」という返事が返ってきた。
▲それならば余計にこの目で確かめて見なければならなくなるのがわたしの性分である。東京駅を麻9時32分の新幹線「とき」に乗って越後湯沢で8分の乗り換え時間で「はくたか」に乗り換える。金沢ではさらに20分の乗り換えで芦原温泉駅へと向かう。そこからバスで東尋坊までは約30分だが、バスは1時案に1本しか運行していない。東尋坊の岬に立つまで約6時間だ。先の朝日新聞にでていた人は千葉で働いていてリストラにあう。そして将来をはかなんで自殺しようと決意する。ところがお金がなくなってしまい。最後は福井駅あたりから(記事の切り抜きがないのではっきりとしない)歩いて東尋坊に向かう。しかし途中で日の出を見ることになる。その美しさに心を奪われ自殺を躊躇する。
▲NPO法人がある茶店も訪ねてみたが、時間が遅くてすでに閉店していた。断崖のすぐ近くにある公衆電話ボックスには10円玉がたくさん備えてあった。今回は一泊なのでパソコンは持参しないでキングジムのポメラを持参してブログを書いている。(『鍵盤乱麻』トップページに東尋坊の大きな写真があります)

|

インターネットが使えない遠く

の町に来ている。ブログの原稿は書いたがアップできるのは、夜8時頃になる予定です。それまで皆さんお待ち下さい。
Duke(mobile)

|

December 12, 2009

有楽町まで映画の試写会にゆく

▼冷たい雨が降り続くなか、有楽町の試写会に出掛けた。前日も同じ試写会はあったのだが、仕事の都合がつかず、MINさんに交代していただいたばかりだ。映画のタイトルは敢えてかかない。引きこもりと農業の自給率問題がテーマになっている。原作を読んだ限りでは引きこもりの話かと思っていた。しかし映画を制作する側としては資金は無限にあるわけではないので、タイアップすることを考えなければならない。それでこの映画の場合エンディングロールを見ていたら、JAとかその地方組織とかが名前を連ねていた。
▼上映に先立って出演者が全員揃って舞台挨拶があった。筧利夫の演技はかなりくさかった。監督の話などを聞いていると筧と監督の意見が合わなかったと言っていた。という事は筧はもっと自然に演技をしたかったのだろうと推測される。舞台には主演者と松方弘樹なども来ていた。松方は演技では自然栽培の農家ですが、実際には最近漁師などと言われています、と挨拶して会場を沸かせていた。俳優たちが一様に「素晴らしい映画です」と言ったので監督が最後に慌てて「それほど大した映画でもありませんから」と二度も念を押したが、それは正しかった。原作者も舞台の上に登って挨拶した。映画が終わってサインコーナーにいたので声を掛けたらびっくりした様子で立ち上がって挨拶を交わしてくれた。原作者とは昔彼女が若い頃、一定の交流があって親しかった。
▼映画は引きこもりだけに絞ればそれなりに良かったのかもしれない。しかし食料自給率を入れたことで無理が出ている。農民が作業をするとき「日本の自給率がどうのこうの」という話は絶対しない。どうやって苗を育て、経営効率をあげるかに心を砕く。それに専業農家の時給は250円以下である。この映画制作者はそのことを知っているのだろうか?それに演出する側が農業のことを理解していない。つまり手で行う田植えは苗を植えたら後ろに下がっていくのだ。そうしないとせっかく植えた苗を踏みつけてしまう。さらに雑草取りの方法も違う。決定的に違うのは稲刈り鎌を使った、稲刈りの方法だ。主演女優は一株刈っては立ち上がって息をついていたが、3,4株一気に刈って握るそして脇に置かないと仕事は夕方になっても終わらない。
▼それに田んぼの真ん中で千華が最後に軽トラックに乗って現れるところは、荷台が小さいのだからみんなに見つからない筈はないのである。それをみんなが「どうした、どうした」と騒ぐのはもっと可笑しい。蒲団に潜るとか稲の束に隠れてくるのであれば別だ。結論として二つのテーマを無理して入れ込んでしまった失敗。それと所詮都会の人が作った陳腐な農村映画である。撮影場所を提供した地元町長さんも挨拶に立って、「前回の試写を見た時ハンカチが必要になった。きょうは二回上映されるので、ハンカチを2枚もってきた」と話した。しかし最後まで涙が滲むような場面には出くわさなかった。

|

December 11, 2009

「日米開戦を語る 海軍はなぜ過ったのか~400時間の証言より~」を見る

Sh600j(これがSH60J、観艦式で)
▼海上自衛隊のヘリコプターSH60J(シーホーク)が墜落して16メートルくらいの海底に沈んだ。この報道で可笑しいことは「不時着水」とメディアが一斉に書いていることだ。ご存知かもしれないがPS1という海上艇はある。構造からして車輪に該当する部分にフロートがついている。しかしSH60に浮きはなく、通常護衛艦に係留されている。したがって海に不時着水したというのは防衛省発表をそのまま書いた記者の責任である。わたしが一番言いたいのは昨日もそうだが、戦争中において新聞が国民を戦争協力に教唆扇動するために大きな役割を果たしたということだ。これは真珠湾のアリゾナしかり、ミッドウェイ海戦しかりだ。同様にいまだに自分で検証しないて防衛省発表を鵜呑みにして記事を書いている人たちの頭の構造を疑いたくなる。
▼NHKが12月7日(月)午後10時から放送した「日米開戦を語る 海軍はなぜ過ったのか~400時間の証言より~」を見た。前の晩は教育テレビで「障がい者と戦争」という番組も放映され、こちらはようやく昨日見終わったばかり。1日2時間以上録画したものを見る時間はない。上記の番組が放映された直後、出席者の名前を検索したアクセスが急に増えたが、わたしはブログを書いて生計をたてている訳ではないので、放映があってもヒマができないと見る事も、書く事もできない。昨晩はNHKBSでアンジェイ・
ワイダの「大理石の男」の放映が終了すると同時に20件くらいのアクセスがあった。
▼上記番組では半藤一利、澤地久枝、戸高一成の3人が発言し、その他に夏に「海軍400時間」という三夜連続の番組を作ったNHK取材デスクの小貫武も出ていた。夏に番組を見た人の感想がメールその他で2000通くらいNHKに寄せられたという。そこで戦争に皇族の力を借りて、明確な方針もないまままっしぐらに突入していった海軍も、自分の会社もいかに似通っているかという主旨が多かったというのだ。見ていない人にあらすじを書いてサービスするつもりはないので、どこかで探していただきたい。
▼出席者が一様に口にしているのは、実戦経験がない指揮官が太平洋戦争を指揮した。日露戦争までは、手持ちの兵器で最後まで何とかなるというのが戦争のやり方だった。軍令部のトップに皇族の伏見宮がおり、彼だけが日露戦争の経験があった。軍令部の野元が皇族を使って組織を拡大してきた。彼はこの殿下が一言いうと「ハイ」と無条件に従った。(これらはわたし個人が適当に書いているのではなく、NHKの放送のメモである)海軍の要求を通したいときはバックに宮様がいると全然違うと末国正雄元大佐が言っている。▼やがて伏見宮は海軍の人事にも介入するようになった。海軍は軍備を拡大し軍令部の作戦課の第一委員会は軍備拡大のシナリオをなぞるように、対米衝突の装備を拡大していく。しかし現実に米英と直接対決することが明らかになると、戦争が負けたとき皇族に責任を取らせる訳にいかないのでトップの伏見宮を代えて替え玉を出す。
▼やげて勇ましい事を言う人について行くようになると、個々の思考能力は失ってしまう。昭和19年の日本の軍事予算は国家予算の何と85%もあった。それからバスに乗り遅れるなという事で三国同盟にそれぞれの国の思惑があって入る事になる。そのとき米内、山本五十六、井上成美らアメリカを良く知るものは、このまま行くと日米戦争になると警告していたが、シンガポール陥落をマスコミが煽って国民は催眠術に掛けられてしまう。その後ミッドウェイで3000人が死んでも「勝った」とか報道しなかった。冷静に判断できる人がいたら「ダメ」だといえたかもしれないが、誰も戦争の責任を取ろうとしない。そして戦争を始めるとき負けたときどうするかを考えていない。軍人など個人としても勝利は称えるが、何百万人死んでも失敗は思い出したくもないで終わってしまっている事が問題である。
▼反省会の録音テープに出た元軍人たちはかなりホンネをしゃべっているが、残された人の人間的な悲しみが伝わっていないし、感じていないことが気になる。最後に戸高一成は歴史をきちんと後世に伝えたい。澤地は戦争は足音が聞こえるようにやってくるのではなく、忍び足でやってくるのでもっと時代の動きに敏感になってほしい、と締めくくった。半藤はこれからの日本を作るのは若い人たちである。近代日本は選択を誤ってしまった。若者は世界中の事を知って自分の国家像を描きながら生きて欲しいと結んだ。

|

December 10, 2009

NHKSP「真珠湾の謎/~悲劇の特殊潜航艇」を見る。

116000
▼良い事もあれば,悪いこともある一日。最後はとても変な電話で締めくくりになった。「変な人」としか言いようがない。1日中かなり歩きまわって2万歩くらいだった。もう午後10時になると目を開けていることもできず眠ってしまった。帰宅してパソコンを開いたら偶然自分で11万6千番を踏んでしまった。みなさん申しわけない。
▼前日古里にある書店からダイレクトメールが届いた。内容は古里を紹介する写真集のような本が出来たというものだった。おそらく高校時代の卒業生名簿を見て送ってきたのだろう。書店名ははっきり覚えている。というのはこの書店でわたしは僅かな小遣いの中から『Z』という硬派の月刊紙を買って3年間読んでいた。雑誌は家に持ち返る訳にもいかなかったのでずっとロッカーに入れっぱなしだった。
▼日曜日NHKスペシャル「真珠湾の謎/~悲劇の特殊潜航艇」をみた。12月8日の連合艦隊による真珠湾攻撃はよく知られている。しかしもう一つ海から真珠湾の艦船を攻撃しようとする潜水艦部隊が密かに派遣されていた。それは真珠湾沖まで密かに近づき、そこから2人乗りの特殊潜行艇を5隻密かに発進させた。当然アメリカも色々防御法を色々考えており、湾には潜水艦の潜入を防ぐために防潜網を張ってある。特殊潜行艇はその防潜網を切るための2枚のワイヤーカッターを船首に着けてある。
▼手短に言えば4隻はアメリカ軍の攻撃で沈められてしまった。1隻だけ横山正治が操縦する艇だけが潜入に成功した。海軍は横山艇が戦艦アリゾナを沈めたと喧伝した。しかしアリゾナの前には工作船が停止しており、直接攻撃できない。それに潜行艇の魚雷では小さすぎる。海軍は真珠湾攻撃の航空部隊の責任者淵田美津夫に、「海軍の手柄にさせてくれ」と言ってくる。淵田は「潜行艇でアリゾナは沈められない」と突き放す。実際今回潜ってアリゾナの船体を調べているが,魚雷による傷はない。そして海軍は特殊潜行艇による手柄話をでっち上げ、国民は「アリゾナを潜行艇が沈めた」という報道に熱狂する。
▼そしてアメリカ側も無傷で引き上げた特殊潜行艇を、アメリカ中引き回して戦時国債の募集に役立てる。つまり戦争を合理的に遂行するため、アメリカも日本も特殊潜行艇を利用したという事なのだ。このドキュメンタリーを見た人が「写真から一人消されていた」と仰っていたが、問題の本質はそこにはない。特殊潜行艇を日米両者ともプロパガンダとして最大限に利用したという事実を知っていただきたい。

|

December 09, 2009

◇「キャピタリズム~マネーは踊る」を見る

◇「キャピタリズム~マネーは踊る」マイケル・ムーアの生まれ故郷でもあるミシガン州フリントでGM「合理化」で工場閉鎖が町の人々の暮らしを破壊し、町を荒廃させていく。銀行の甘い言葉に家を買ったが、サブプライムローンが破綻してローンが支払えなくなった人たちに対して容赦なく銀行は襲いかかる。次第に高くなっていく支払いが出来なければ家を片付けて清掃し、すぐ出ていけというのだ。住んでいる労働者は涙をにじませながら家具を燃やして行く。車に積めるだけの家財道具しか持って行くことはできない。まさにこの場面は現代の「怒りの葡萄」のようだ。行くところがなくなった人びとはテントを張って公園などで暮らすが、仕事もないし食べる物もない。
▼立ち退きを要求するのは銀行の手先となった不動産会社の職員と命令書を持った警察官だ。彼らはひたすら職務に忠実だと言うだけ。しかし立ち退いた不動産を買うのは値下がりした物件を自分が住むのでもなく、単に投資目的で買う。そもそもなぜこんな事になったのか。それはハリウッド俳優だったレーガンから後に登場する歴代の大統領が「買う豊かさ」というアメリカン・ドリームで演出したから、国民は皆モノを買う事で自分の夢が実現したかのような錯覚を受けていた。しかし(これ以降はマイケルの説だ)戦争に敗北していたドイツや日本が車の生産で力をつけてきた。だからガソリンを大量に消費するアメ車は設備投資もせず古いままで売れなくなってしまった。
▼そしてサブプライム・ローンが破綻する事を知った支配者は議会で7千億ドルの資金をリーマンにつぎ込む法案を一気呵成に通過させてしまう。現実に常にブッシュの右後ろにいて演説にアドバイスしているのはリーマンの会長だった。こんなのはサギではないかとマイケルは怒ってGMの会長ロジャー・スミス氏への突撃インタビューを試みる。しかし自分の名前を名乗って電話を回してもらう途中回線は切られてしまう。とにかくその当時一躍有名になった「デリバティブ」とはいったい何だろうと、学者や経済人を訪ねるが、誰もまともには答えられない。だいたいあの二次方程式らしきモノが大いに怪しいのだ。
▼監督は果敢にもリーマンショックの責任者を訪ねようとするが、入り口で警備にシャットアウトされてしまう。それどころか皮肉っぽい経営陣からは「マイケルもう映画を撮るのは止めろよ」と言われて苦笑いする一幕もある。仕方なく監督はあの警察が使う黄色に黒文字で「立ち入り禁止」と書かれたような大きなテープで銀行や証券会社のビルをグルグル巻きにして、ハンドマイクで大声をあげる。「国民の大金を奪っていった犯人はこの建物の中にいます。どうかすぐ逮捕して下さい」と。
▼ある家具を作っている工場では200人くらいの労働者が経営破綻で首を切られそうになった。しかし労働者は地域住民に「私たちはここでモノを作って売ることが出来れば良い。それ以外は望んでいないのです。」立ち退き要求をする警察も不動産会社も労働者の懸命な説得活動には手を出せない。そしてしばらくして工場は再開される。ムーア監督はルールベルト大統領が死亡する1年前に何とか憲章(有名な大西洋憲章とは違う)案を発表した。国民皆保険や働くものの権利、住むところを補償される。戦争は二度と行わないなど。これがもし実現していれば、アメリカはこんな滅茶苦茶な国にはならなかただろう。しかし戦後その憲章作成に加わったスタッフが占領政策を作るためにドイツや日本に派遣されたので、日本は国民皆保険で(この部分もマイケルは勘違いしている。日本は戦争中の1937年くらいに皆保険を作った筈だ)すべての労働者に労働組合がある。(これも勘違い)と結ぶ。日本がそれほど豊かな国なのか?みなさんがご存知の通りである。家を買ったら壊れてもローンは支払い続けなければならない。アメリカのフロリダ州でハリケーンのカトリーナが襲った風景に「不公平で不公正、非民主的な」経済制度に苦しむ姿がオーバーラップしてくる。
▼『鍵盤乱麻』トップページはきょうあたり11万6千番になると思います。キリ番に降るってご応募ください。写真の更新を頻繁にしているため、このところ急にアクセス数が伸びました。

|

December 08, 2009

◇「カティンの森」を見る(2)

Susuki(富山のススキ)
▼昨日は取材で富山(とみさん)登山をした。通常ならば内房線岩井駅まで行って、そこから登山道まで行く。しかしいつものようにMINさんの車で登山道入り口まで行く。わたしは水仙の花だけ撮ってしまえば良いのだが、立場上富山の頂上まで行かねばならない。449メートルの山は登り始める前に「市原よりかなりきつい」と警告された。しかし登り始めるとそれは本当だと分かった。前日NHKの「真珠湾攻撃と特殊潜行艇」を見ていて寝不足だったこともあり、かなり辛かった。途中で何度もギブアップしそうになった。しかし「ひつじねえさんも登った事がある」と叱咤激励される。そのたびに「ひつじねえさんに出来て自分に出来ない事はない」、と言い聞かせる。麓の駐車場から約1時間の道だったがどうやら登頂にこぎ着ける。東京湾を眺めていたらたまたま通りかかった、女性グループの1人があめ玉を下さって、それはとても美味しかった。
Husehime
(八犬伝の伏姫が潜んでいたとされる祠)
▼◇「カティンの森」上映に先立ち岩波ホールの岩波という一族らしい女性が挨拶をした。しかし紙に書いた文章を読み上げるだけで、カティンの森事件が1980年におきたと言うのには恐れ入ってしまった。40年も間違えても本人はおろか取り巻きは誰も気づかないのだ。好きで映画に携わる仕事をしているのではなく、「職業としての映画」というスタンスである。この映画は2年前に完成したが日本での公開に手間取ったのは、ポーランド側が、いつもよりかなり高い配給料金をふっかけて来たためだと言われている。
▼「カティンの森」事件自体は昨日書いた様な背景で起きた。映画はそれが戦後も影を落としていたという事を描く。映画に日記を書き続ける中尉という人物が登場するが、これがアンジェイワイダ監督の父親だ。その他大将、大学教授、弟を失った姉などが主な登場人物である。収容所に入れられても大将は、みんなに冷静沈着な行動をとるように呼びかける。最初にシーンで大尉の妻は6歳くらいの娘の手を引いて大勢の難民とともにナチスの追撃を避けるべく橋を渡っている。ところが逃げていく橋の途中で「向こうからはソ連が略奪にやってくるから戻れ」とみんなが逃げてくるので右往左往してしまう。それでも大尉の妻は夫と面会しようと必死に探す、すると列車で連行されようとする直前の夫に一目だけ会う事ができる。
▼将校たちはソ連によって自分の存在が抹殺されてしまうのでは、との恐怖心から自分の生きていた証を残そうとする。それは日記であったり、ネックレスであったりする。ワルシャワ大学でも侵攻したナチスに対する抵抗進む。それは教授たちにナチスの教義を認めさせる事だった。そして学生たちは構内に沢山のスピーカーを設置して抵抗を呼びかける歌(名前が分からないのが残念)を流す。一つのスピーカーがたたき壊されても次、また次と音楽は流れる。そして大学の学長や教授たちも全員引っ立てられていく。
▼戦後その将校たちの身分を照合しようとするが、ソ連が支配する新しい人民警察という弾圧組織によって研究者にも圧力はかかる。そして街頭に張り出された大きなソ連を擁護するポスターを引き裂いた青年は、徹底的に探され射殺される。さらに弟をカティンの森で失った姉は苦労して墓石を作る。とある教会の墓地に許可を得てそれを建てようとする。すると警察がその墓碑銘に「カティンの森で射殺」と書いてある事で圧力をかける。そして牧師も警察の圧力に屈して「墓碑の建立は許可できない」と言わざるをえなくなる。牧師と交渉している最中に何か物音がするので、墓場に取って返す姉。墓碑は無残に何者かの手によってたたき壊されていた。アンジェイワイダは「カティンの森」は戦後ソ連が崩壊するまでポーランドに暗い影を引きずっていた事を言いたかったのだと思う。
▼ネットで探すとロシア語版のDVD「カティンの森」は存在して、ロシアで5000円程度で売られている。しかし映画はいまだにロシアで劇場では公開されていない。

|

December 07, 2009

◇「カティンの森」を見る(1)

▼日比谷で映画が終わった後イチョウ見物は混雑していると思ったのでまっすぐ帰る。途中いつものスーパーに立ち寄る。いつもの中国人店員さんがレジ担当だった。いや日本人と結婚しているから名札は「F」となっている。Fさんはわたしに「いつもおしゃれね」と声を掛けてくれた。土日に人と会うつもりはないので、それほどおしゃれという訳でもなかった。「いやこれは寝間着ですよ」と受け答えをしたが、冗談が通じたかどうかは分からない。
▼夕方猫ちゃんたちにエサをやる。一番若いNちゃんは食べてもすぐ駆け回る。昨日はわたしの本棚を登り始め、いきなりシンガポールのマーライオンのようの3段目の棚からわたしめがけて今食べた物を吐きだした。いや食事直後のみなさんには申しわけないが、まるで竜が火を噴くような勢いだった。幸い本はやられなかったが床と引き出しの一部が汚れた。わたしは「Nちゃん人間の世界には,親が死んでも食休み」という言葉があるのだから、食べたら10分くらい休めよ」と言ったが、そんな言葉は通じはしない。
◇「カティンの森」この映画を撮ったアンジェイワイダは、ワルシャワ蜂起が生涯のテーマとなっているように思う。最初に公開された「地下水道」がそうであり、今回のカティンの森もテーマはそこに行き着く。ワルシャワ蜂起を詳しく書く時間がないので下記を参照して頂きたい。今まで公開された映画では、おすぎが「わたしが生涯見た一番素晴らしい映画と宣伝した割にはつまらなかった、「戦場のピアニスト」がそれについて一部触れている。
▼手短に言えばソ連から敗退したナチスドイツはポーランドまで後退した。ポーランド軍はソ連も押して来ているので、これが反撃するチャンスだと1944年8月1日蜂起しようとした。しかしソ連軍はそれを知りながら蜂起に合わせて攻撃することはなかった。おそらくナチスとの裏取引があって、スターリンの領土拡大政策でポーランドを分割支配しようとしていたのだろう。つまりソ連はポーランドを見殺しにした。そして1945年にソ連はポーランドに侵攻して抵抗軍は壊滅する。この部分を描いたのが「地下水道」である。カチンの森事件はそれに先立ち1939年から40年頃、ソ連は将来のポーランド支配を視野に入れ同国の将校を大量に拉致してどこかに移送して行った。
▼これは軍隊というのは将校によって命令しないと組織的に機能しないで、単なるゲリラになってしまう。ソ連はそれを狙って国境近くにあるカチンの森に彼らを分散して移送する。そこには軍用トラックが控えていて、列車から降りた将校をすぐさま乗せる。そして収容所に着くと身分証明書で本人であることを確認の上、一人ひとり後頭部に拳銃(映画ではルガーP08とワルサーP38だった)を突きつけて射殺していく。その数は1万2千人にのぼる。事件が発覚したのはナチスドイツが大量の死体を発掘して国際赤十字に報告したからだ。しかしソ連はそれはナチスの仕業だとシラを切る。それを認めたのは遥か後のゴルバチョフの時代になってからだ。
▼映画は死体発掘の当時の記録映画から始まる。そして戦後ポーランドに侵攻したソ連軍は残っていた同国の警察や軍隊を自分の手先として、反ソ連スパイの摘発に使う。(今日は取材のため、この前振りだけで終わり。明日に続く)
▼夕方図書館に借りていた本とCDを返却にゆく。1冊ずつ汚れていないかどうかチェックされ、予約の入っている本はコンピュータで「ピッ」とヒットする。先日メルマガでご紹介したコンラッドの「闇の奥」がヒットした。これはかなり古い本で図書館の書庫にあったものである。ああこれは同じ書評を読んでいる人がいるに違いないと思って、思わずほくそ笑んでしまった。
▼図書館でクリスマスソングのCDをリクエストしてある。バロックの「メサイヤ」や「クリスマスオラトリオ」は持っているので12月になると毎年聴いている。わたしが今聴きたいのはいわゆる大衆的な「ジングルベル」とか「赤鼻のトナカイ」とかが入っているものだ。いちおう有名歌手が歌っているものをリクエストに出した。11月末で5人待ちだった。CDは1週間しか借りられないから、クリスマスには十分間に合うと思った。しかし昨日順番をチェックしtらまだ一人しか減っていない。この分では正月にならないとクリスマスソングは聴くことができない。しかし正月にクリスマスソングなどというそんな間抜けの話もない。

|

December 06, 2009

銀杏並木は見る事はできなかった。

岩波ホールの映画が終わって神宮前の銀杏並木を見て、夕方は原宿のイルミネーションを撮影しようと考えて。しかしメルマガの原稿も一行も書いていなかったので、居酒屋チェーンで昼食を食べて自宅に戻る。先にアマゾンで注文しておいた中古のジャズCDは青森県五所川原市の出品者から届いていた。帰宅してから雨脚は強くなったので、帰って来て正解だった。
今朝隣の工場でけたたましい電気ドリルを使った工場が始まる。お客様苦情担当者にメールを送り、次に携帯の番号を知っているので連絡する。しばらくしてコールパックがあり、事情を話す。五分程してそうは止まり、後日事前協議する事になった。めでたし、めでたし。日比谷シャンテシネの座席にて。
Duke(mobile)

|

December 05, 2009

岩波ホール、「カティンの森」初日初回

一時間前に着いた。30人程並んでいたが、参列目の中央の席に座る事が出来た。感想は来週火曜日辺りに書くつもりだ。(以下は見終わってから書いている。)アンジェイワイダは映画で何を云いたかったか?カティンの森の事件は戦後もポーランドにおいては影を引きずって国民生活に暗い影を残していたという事であろう。神保町にて。
Duke(mobile)

|

「…ワルツ」を是とする驚くべき映画批評

▼8日火曜日は「シネマ」原稿の締め切り日で、これが年内最後の原稿になる。手持ちの映画で書けないことはない。しかし新聞読者のみなさんにはできるだけ新しい映画をごらんになっていただきたい。きょうはアンジェイワイダの新作、初日初回を岩波ホールを見に行く。明日はマイケル・ムーアと続く(予定だ)。きょうはさらにメルマガの発行日でもある。映画が終わったら直帰して原稿を書き続けなければならない。それでブログは手短で終わらせる。
▼昨日進歩的と思われる、日曜日だけ発行される新聞の映画紹介を見てとても驚いた。そこに「戦場でワルツを」が良い映画として紹介されていたからだ。アニメの画像が優れていること、レバノンに侵略したイスラエル兵士のトラウマを扱っている、これは認める。しかしこの戦争自体イスラエルの侵略戦争と位置付けるべきである。判りやすく言えば満州東北部を侵略した日本軍が、国民党軍と八路軍の戦いを目の前にする。しかし映画はそこに侵略者として登場した自分の立場を正当化しているとしか、わたしには見えない。評者が勉強不足なのか?新聞発行者の立場が変質してしまったのか?どうも判らない。それにこの映画はミリタリーマニア達のブログで、そのリアルさがかなり高く評価されてもいる。
▼昨日とどいた「週刊金曜日」12月4日号(17ページ2段目の霍見芳浩ニューヨーク市立大学教授の論文)でも、かねてわたしが主張していることと同じ事を書いている人がいた。日本が被爆したことを声を大きく叫んでいることだ。つまり中国、朝鮮をはじめアジアやそこで日本軍と戦っていた米英の兵士にとって、原爆によって日本が敗北したのは決定的な出来事だった。そこでいきなり日本が被害者としてすり替わってしまうことへの疑問だ。「原爆ゆるすまじ」という歌があるが、その歌詞で「三度ゆるすまじ」といっている。しかし前の2回と3回目は中味が本質的に違うのである。先日第5福竜丸の資料館で説明を聞いたが、わたしはどうもその説明に違和感をもった。

|

December 04, 2009

事業仕分けの漢方薬とスパコンの嘘

Amura(「新しき村」遠景)
▼昨日は東武越生線の武州長瀬まで所用ででかけていた。我が家からジャスト2時間。Googleの乗り換え案内で調べたらお茶の水で丸ノ内線に乗り換えるよう指示がでる。徒歩と地下鉄で17分、山手線に乗り換えれば20分と大して代わらない。雨が降っていたし面倒なので、そのままずっとJRで行ってしまった。ところが何行きに乗っていけば早く行けるのか判らない。ホームに入っていた鈍行に飛び乗ったら、その後越生に着くまでに2回乗り換えることになり、15分家を早めに出たのだが結局Googleで指示のあった時間に武州長瀬に到着した。わたしの用事は1時間で終わり、お目にかかった方から「せっかく来たのだから、『新しき村』をご案内しましょう」と言って下さる。防水の靴を履いて行ったからよかったが、村の施設の他、所有地である谷や茶畑、丘それに竹林ありの道を約2時間案内をして下さった。途中武者小路実篤記念の「新しき村美術館」にも連れて行って下さった。そこには実篤先生のコレクションやあの有名な「仲よき事は美しき哉」という作品が沢山あった。後で「仲よきことは難しきかな」という人もいるんですよ、と解説して下さった。現在の村内住人は最初の7分の1くらいに減っているという。ここでの生産物は米、鶏卵、竹林の竹炭、椎茸、それに茶葉で地元農協を通じて出荷されているという。
▼さて行政刷新会議の事業仕分けの事だ。とにかく今まで赤阪の料亭の密室で行われていたことが白日の下に引き出されたことは画期的であると思う。その中でわたしが感じた二つの仕分けについて書く。一つは漢方薬がネットで買えなくなると誤解され、わたしのところにも医療関係者から「反対署名」がファクスで送られてきて、それに応じた。しかしその問題を調べて見るとかなり誤解されている事がわかった。それはきっこのブログ「漢方薬騒動顛末記」をじっくりごらんになっていただければ、それを「意図的にねじ曲げて」殊更騒ぎ立てているのはフジ・サンケイグループであることが判る。
▼もう一つあるノーベル賞受賞者らが記者会見で「ああいうことを言う人は歴史の法廷に立てるのか」と非難したことに関してだ。この人とは理化学研究所理事長の野依良治氏である。この記者会見を見て、わたしはソ連が崩壊する寸前のゴルバチョフの発言を思いだした。「ソ連は○○○億ドルの支援を受ける権利がある」と彼は言い放った。自助努力も自分がやってきた事を一般国民が判るように、身銭を切ってPRする努力を払わず、仕立ての良いスーツを着ては逆切れした様子を演出して脅す。昨日の朝日新聞15面でスタンフォード大学の中村維男氏が「日本の科学者集団は村社会的ななれあいが強い。おかしいと気づいても、思い切った事が言えない」と今の体質を批判している。わたしも例え、万々一ハートで世界に勝てても、ソフトではまったく勝てる見込みはないと思う。
▼同じ紙面で小柴昌俊氏が「教官に配られる研究費を学長、学部長ピンハネし、(研究者のところには)10分の1くらいしかこない。」と批判していることもキチンを考えて整理しなければならない。
▼さらに同じ紙面で「仕分けのやり方をみていると、この政権は全共闘政権だなとつくづく思う」と外務省幹部が語ったとされている。全共闘、連合赤軍のつながりがあって政権に入ったのは自民党安倍政権時代官房長官になったSだ。みんな何も知らないと思ってアメリカ同様「あいつはテロリストだ」と言えばみんなショックを受ける時代ではなくなっている。昨晩NHKクロ現で5日に公開される「キャピタリズム」の宣伝に来ていた、マイケル・ムーアも同じような事を言っていた。さらにアメリカは1%の富裕層が国民のほとんどの冨を握っていると告発していた。

|

December 03, 2009

◇「戦場でワルツを」を見る

11kehsxfbhl_sl110_(「Dark Beauty」のジャケット)
▼昨日午後取材である市にお住まいの版画家を訪問した。取材が一段落したところで、仕事場の棚にCDが沢山あったので「何を聞きながらお仕事をなさっているのですか?」とお聞きすると、「以前はバロックだったが、今は60年代から70年代のジャズだ」とおっしゃる。ではMJQとかオスカー・ピーターソンですねとわたしが言う。版画家は「ああピアノがお好きななのですね」とわたしの好みをすぐ察してくださった。そして聞かせて下さったのが、kenny Drew trio の「Dark Beauty」だった。とても気に入ったのでジャケットを撮らせていただいて、帰宅してアマゾンで注文した。ちなみにわたしはこの他にジャズピアニストはキース・ジャレット、セロニアス・モンク、ジャック・ルーシェが好きである。
▼◇「戦場のワルツを」野犬が一斉に街の中を駈けぬける。街にすむ人たちはその野犬の群れに恐れおののいて身を隠す。野犬は走るたびに群れの数が増えて29頭に増えていく。人間をも脅かす野犬の正体は何か?実は1982年にイスラエルはレバノンのベイルートに侵攻する(つまり侵略だ)その作戦に加わった一人の兵士はレバノンに侵略したときイスラエル軍が密かに作戦を遂行しようとしている。ところが家で飼っている犬が警戒して吠えるので、上官の命令で犬をいっぴきずつ銃で殺害していく。彼は犬がどんな様子で死んで行った克明に覚えていると友人に訴える。それがトラウマとなって夢の中で彼を追いかけるのだ。そして彼は侵攻作戦に加わった事は覚えているが、あとの記憶は抜け落ちてしまっている。
▼俺はいったい何をしたのだろう。そこで作戦に加わったが今はオランダやドイツに住む戦友たちを訪ねていったいなにが起こったのか訪ね歩く話をアニメーションで再現したのがこの映画である。そして戦友に聞くと作戦で自分が何をしたのか次第に判ってくる。彼らはメルカバ戦車(かなり細密に描かれている)支援の下、ベイルートに侵略する。その作戦の一つで海岸沿いのビルと高速道路で、イスラエル軍は攻撃を受けて膠着状態におちいる。仲間が死ぬだけで、どうにもならない。そのとき一人の戦友が、撃っているマシンガン(イスラエル製のネゲフ・ライト・マシンガン口径556×45)をもって道路に立ちはだかり銃を乱射する。薬莢は道路に散乱するのだが、その様子を監督は「乱射で踊っている様子がワルツを踊っているのとそっくりだ」この映画のタイトル「戦場でワルツを」になった。しかし当然のことながら人びとの抵抗は強行であり、メルカバはロケット砲の攻撃をうける。イスラエル兵は気楽に戦車の上に大勢乗っていたので吹き飛ばされて死んでしまう。主人公はただ一人海岸の岩場に隠れ、夜になってようやく海に逃れ脱出する。
▼疲れ切った状態で海を浮遊し、おそらく仲間だろうという当たりをつけたイスラエル軍のキャンプまで流、力を振り絞って岸に泳ぎ着く。そして作戦を再び行うのだが、難民キャンプで起きた、キリスト教徒軍(映画では右派と表現されている)によるパレスチナ難民の大虐殺を目撃する。言葉は通じないが右派民兵の言うには「ひざまずけ」と言っても言う事を聞かないから射殺したのだいうばかりだ。映画はおそらく元のビデオがあり、それが余りにも残虐過ぎるのでアニメ化して描いたもドキュメンタリー・アニメーション。アリ・フォルマン監督が実体験に基づいて悲劇の真相を伝える。しかしイスラエル軍がなぜレバノンに侵略しているのか、それについての解説は一切ない。「虐殺を阻止する」とでも言いたいのか?だがそんな様子はまったくない。そしてラストシーンに殺害された人びとの実写場面が数分だけ写る。しかしどう考えてもイスラエルのやっていることは正当化できないと思うのだが…。

|

December 02, 2009

事業仕分けで見えて来た事(その1)

Enosima(江ノ島の頂上から海を見る)
▼江ノ島を歩いて頂上まで行ったら、そこに一軒の写真店があり店先には猫グッズ(猫の様々な置物)があった。思わず2枚ほどデジカメで撮ったら店のオヤジが「撮られては困る。画像をすぐ消してくれ」と言ってきた。しかし猫グッズが並べてあるのは店先で、撮影禁止とも一切書いていない。諸外国を旅しても軍事施設や兵隊は撮影禁止だが、国内でそんな事を云われたのは初めてである。そうそうもう一つサイゴンに行ったとき、巨大なホーチミンの石膏で出来た胸像があり、カメラを向けたら「ノー」と言われた。たかが石膏の胸像ではないか、まだ偶像崇拝が残っているのかと思った。くだんの江ノ島の天辺にある猫グッズを並べている店は本業の写真が、デジカメの普及で仕事がなくなり、猫グッズも並べているのだろう。店先のオヤジの態度が悪いのでたいそう気分を害してしまった。こういう付加価値を見いだせない店は、それほど遅くない内に潰れてしまうのだろう。
▼NHK30日夜の「クローズアップ現代」(通称:クロ現)は税金のムダ使い見直すとして政府の行政刷新会議が取り組んできた「事業仕分け」の舞台裏に迫っていた。テレビで放映される以前に官僚たちと事前の,聞き取りもしていた。作戦会議で官僚がいう言葉はタテマエの美辞麗句が多いから、その言葉の具体的な裏付けを追求していけば牙城を崩す事が出来るかも知れないと話しあう。これらの作戦はかつての自民党なら赤阪の料亭だが、民主党のそれは常に居酒屋である。そして直接対決で、議員などに対してある場面の女性官僚は文科省だった。彼女は先輩たちが天下った公益法人の有用性を必死になって弁護する。しかしT大の経済か法学部を優秀な成績で卒業したであろう彼女は、何とブルーのアイシャドウを塗っていたのには驚いた。T大では学校の勉強だけだったのだろう。
▼わたしの知人でT大医学部を出た方がいる。この方は卒業して30年くらいたっているが、とにかく勉強が好きで今も様々な語学に挑戦されている。卒業したばかりのとき、ふと「化粧方法」は勉強していなかった事に気づいて、その学校に通ったとおっしゃっていた。あの官僚もそういう学校に通って、昼間の仕事ではアイシャドウを塗らないという事を知った方がいい。
▼さて仕分けでいくつか話題になっている事がある。中継では地方の振興資金を3分の1くらい減らすことになった。テレビに出たのはわたしの生まれた隣町の佐久市岩村田である。昔の宿場町の一つで映画監督の崔洋一もここで生まれて1、2歳まで住んでいた筈だ。新幹線が田んぼの中にできてから佐久平駅の方が繁栄してしまい、昔の街は閑古鳥がないている。街の振興策で800万円国の補助を受けて街を発展させるため、「寺子屋」を開いたり、日本酒の試飲などをさせていたようだ。この日はネットの仕分け中継を町内会の役員たちが揃ってみていた。仕分する側は官僚に、「カネをつかってどういう効果があったのか数字で示して欲しい」と言う。官僚や中継を見ている側は「そんなの無理だ。難しい」と言っている。投資ではなく国からタダの補助金を受け取って事業を行っているのだから、「対投資効果」はどうだったのか報告書を提出するのは当たり前のことである。
▼いままで報告をやらなくて通ってしまったのが、自民党の料亭政治の悪癖なのだから、20%減になってしまったいま、適切な方法を考えないと来年はもっときびしくなってしまうだろう。(事業仕分けについては漢方薬と次世代コンピュータの問題であすも続く)
▼昨晩土曜日放映の「愛川欣也パックイン・ジャーナル」をようやく見る事ができた。今回はそれほど突っ込んだ話はなかったが、とくに面白かったのは2つ。一つは自民党という言葉はイメージが悪いから名前を変えようという意見がでている。その一つが「和魂党」というのだという。ここでわたしは考えた、「和公党」、「和共党」ついでに「和民党なんてどうだろう、しかしこれじゃモンテローザのワタミの党になってしまうなー。
▼もうひとつ米軍はグアムに移転することなどどうでも良いと思っている。米軍人は減っているのに、日本人従業員は増えて米人一人に日本人1・7人とマンツーマンでたいおうしているというバカげた事をしている。アメリカは本当は佐世保基地に揚陸艦をおくことだけで十分であると考えている。それは韓国や中国などで有事があったばあいグアムから来ていてのでは,間に合わない。有事の際には揚陸艦で米人を救出するのが目的である。その救出の優先順位というのがあり、まず1位が米国人、2位がグリーカードを持っている米人、3位がイギリスなどアングロサクソン人、4番目に有色人種の同盟国人(つまり日本はこれに含まれる)。同盟国とアメリカのオバマがいうのだからこの救出順位を上げてもらったほうがいい、などだった。
▼「戦場でワルツを」も早く書いてくれと言われているし、でも明日は遠くまで行かねばならないし…。

|

December 01, 2009

横浜中華街の猫と戯れる

Chuukalunch(中華街のランチ、右上はブタ耳を揚げたコラーゲン)
▼昨日は仕事があったため。わたしはみんなと横浜の中華街で別れた。携帯GPSで石川町を目指して歩いて行く。中華街のある店先に猫がいた。通行人が撫でようとしているが、言う事を聞かない。わたしが座って頭に触るとスリスリしてくる。そう、わたしの身体んは猫の匂いが染み込んでいるのだ。カメラを向けるとストラップにじゃれて来たのでシャッターを押すことは出来なかった。昼を食べて別れる時に、Kさんが「アクシュ、アクシュ」と言ってたがその内容がすぐには理解できなかった。目の前を通り過ぎてからようやく「握手」だと分かったので,先に回って一人ひとりと握手して別れた。スキンシップというのは手が大きいとか、力強いとか色々な情報が伝わって来るものだ。
▼実は前夜部屋に戻ってからの内容は2時間くらいしか記憶にない。あとの記憶は全く飛んでしまた。朝気がついたらパジャマに着替えず一人部屋で寝ていた。周りには誰もいなかった。いびきをかくから一人にしてくれとは頼んでおいたが、みんな自分のいびきは酷いと言っていた。朝食を食べても嘔吐してしまったし、その後バスが停まるたびに振動が背中に伝わって吐きそうになった。レストランに着いてそのことを話すとHさんが、「そういう事は早く言ってくれ、何でも効く特効薬がある」と何でも一瓶5千円以上もする薬を2粒だしてくれた。昼食などとても食べる気分ではなかったが、薬と冷水2杯飲んだら食欲は出てきた。何とも不思議な薬のおかげでとても助かった。
▼仕事が終わって7時過ぎに帰宅すると猫が大騒ぎでやってきて、遊んでくれというので1匹ずつ遊んでやる。そしてブログリーダーを1晩開かなかったのだが、200通余のブログが飛び込んでくる。しかし寝る前掛かっても半分しか読むことはできなかった。
▼日曜日は書いたように鎌倉長谷観音に行ったが、その境内の紅葉の美しさには目を奪われた。撮影技術を駆使した渾身の一枚がトップページにアップしたのでごらん頂きたい。昨日のブログ解析をしていたら、神宮前にある大学の方が多数アクセス下さったので、かなりアクセス数がアップした。それでホッとしている。
▼今朝本当は夕べNHKで午後7時半から放映された「クローズアップ現代」の「仕分けの裏側のドキュメント」を書こうと思っていた。しかし今朝は朝早くから打合せが2件抱えているので、午後になったら書く事ができるかも知れない。民主党政権が行った「公開仕訳」は画期的なことだと思う。(以下午後に続くかも知れない)
▼夕べは@ニフティのサーバーが止まってホームページの更新が出来なくて大いに慌てた。質問のメールをニフティに送ったが返事はなく、2時間くらいしたら正常に戻った。

|

« November 2009 | Main | January 2010 »