« ◇「あなたは遠いところに」を見る(1) | Main | 新年のご挨拶 »

December 31, 2009

NHK「明治の日本、国民への道のり」を見る

▼旅行社から最終連絡の電話があったので荷物のパッキングを始めた。そしてポストを覗くと仕事のメール便が届いていた。昨年は22日に来ていたので、今年はもう来ないのかと安心していたが30日とは…。それから仕事モードに頭を切り換えて深夜まで作業を続行し、今朝メールで送信して終わる。
▼昨日の一面トップでご紹介した新宿のワンストップの会にはどなたかお運びいただいただろうか?行けなくても気持ちのある方は1年前のブログをお読みいただきたい。そして自分に可能な事は何か考えていただきたい。ご自分のブログやミクシ―に転載していただいても結構だし、リンクを作っていただいても構わない。それも出来ない方はプリントアウトしてご自分の部屋に貼っていただきたい。
▼夕べ仕事をしていたのでじっくり見ることは出来なかったが、NHK午後10時からの「明治の日本、国民への道のり、農村の記録」は「坂の上…」一色のNHKにあって優れたドキュメンタリーだった。登場するのは長野県南部の中川村の井上丑太郎さんが残した114冊の日記を解読したものだ。この村には幻灯が残されており、明治政府がそれを使って衛生観念や家を清潔に保つことを普及させようとしていた事がわかる。当時山縣有朋は当時の欧米、フランスとオーストリアの戦争(だったかな?仕事をしながら横目でみていたので正確ではない)を分析してその勝った国は予備役をたくさん持っていたからだと、日本でも徴兵制を敷くべきだと強調するレポートを出している。いざ徴兵制を敷くと忌避したり逃げたりする国民が5万人もでる。そこで罰則の強化と村を挙げて兵士を送り出したり、留守宅の援助、帰国したり、遺骨が還ってきた家を丁寧に扱う。そして徴兵は忌むべきものだという風潮を定着させる。さらに国民全員に学校教育を受けさせるべく校舎を村単位で充実させる。しかし教科書に出て来た事は「キクギコヘイはシンデモラッパヲハナシマセンデシタ」と、国のために死ぬことを美化する教育だった。
▼日清戦争で出征した兵士の日記も紹介されるが、相手の国の人びとが死んで行く姿に涙を流す。しかし同時に日本が負けていれば、家族が同じめに会っていたに違いないと思考回路になっている。そして丑太郎の日記にも村を挙げて凱旋集会を開く様子が記されているが、家族が亡くなって悲しむ家庭は気の毒で見ていられないとも書いている。庶民の書いた日記を分析していた埼玉大学の準教授は、人々は近代化や戦争とどう向き合い、政府がどのように「国民」という意識を高めていったのか、指摘した内容はかなり的確だった。
◇「あなたは遠いところに」の続きだ。スニはみんなと捕虜にされてしまう。解放戦線の描き方はかなり正確で見ていて気持ちが良い。ベトナムの場面は全部タイで撮影されているから、隊長役もいかにもタイ人の顔をしている。トンネルや地下の部屋のかなりリアルに作られている。作業をしていると空爆があって表に逃げるが、解放戦線の人たちは米軍によって射殺されるが、彼ら韓国の慰問団は射殺されそうになったとき「ダニー・ボーイ」を必死に歌って敵意がないことを示す。
▼スニは米軍の中尉に夫の所に連れて行ってくれと頼むが、中尉は「我が国の問題ではない」とはねつける。スニは仲間に大尉と二人にして欲しいと部屋のドアを閉める。しばらくして「これは特別のケースだ」としてホイアンの基地までヘリコプターを飛ばしてくれることになる。激戦地で夫のサンギルは一緒にベトナムに送られた憎い上官とともに戦うが、上官は敵の弾に倒れる。駐屯地の指揮官の命令で必死にサンギルを探す連絡兵、サンギルは上官が死んでしまったので半狂乱状態になっている。救出されたサンギルの前にようやく辿り着いたスニ。夫の顔を張り倒す。「何でわたしに黙ってベトナムなんかに来てしまったのよ」、「わたしという者がありながらなぜ愛人など作ってしまったのよ」(言葉では一切言わないが…)数えていると5発顔を平手打ちをすると、ようやく夫は正気に戻る。爆発音と銃弾の音が聞こえる戦場でサンギルは「悪かったスニ…」、後は言葉もなくお互いに涙を流すだけだった。六本木シネマアートで。

|

« ◇「あなたは遠いところに」を見る(1) | Main | 新年のご挨拶 »