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January 20, 2010

西の地の果てポルトガル紀行(6)

Stjoanb(ドン・ルイス橋)
▼まったくニティは毎回、いきなりブログのメンテナンスを始めるから参ってしまう。第一アクセスして下さる読者の皆様に申しわけないではないか?
Kyoukai1
(ポルトの町の見事なタイル装飾の教会)
▼風邪のため声がでなくなってしまった。幸い取材は月曜日に終わっているので仕事で不自由することはない。海外旅行をして帰国してからもしばらくの間変なクセが抜けなくなる。というのは道を歩くときの事だ。最初にベトナムに行ったとき、現地の案内人が「バッグは切られることもあるので前に回して歩くように」と注意されて、それ以後海外を歩くときはそれを守っている。それで帰国して都内の街を歩くときも後ろから足音がするとバッグをすぐに前に回す。さらにわたしは早足のせいか、ペースメーカー代わりにされることが多い。その足音が気になって、足音がすると車道を横切って隣の歩道まで素早く移動する。またはクルッと歩いて来た方向に反転し、後ろを歩いてきた人の顔をじっと見て歩き出す。気にしすぎかも知れないが、こんなクセがしばらく抜けない。
Enrike
(エンリケ航海王子の生家…とか、後の税関)
▼本日メルマガの原稿締め切り日です。出来れば一日前に投稿をお願いします。当日投稿される方で午後5時以降になるかたは、あらかじめメールを下さる時間をお知らせ下さると助かります。
▼10日の朝は8時半にBさんとフロントで待ち合わせて歩き始めた。まずアズレージョで壁面が覆われた教会に入ってみたら、日曜日のため町の人びとが集まって日曜礼拝をしていた。牧師さんは何やら一生懸命に説教をしている間、別の若い男性が皿をもって信者の寄進を求めていた。うっかりしていたが小銭をもって行かなかったのでそれをすることができず失敗してしまった。目的の一つは何とか動いている路面電車の写真を撮る事だった。途中で写真修行中のDさんとバッタリ出会ったが、彼女も30分ほど待ったが被写体を見つける事ができなかった。後で分かった事だが、日曜日はダイアがかなり違うらしい。Dさんには動く被写体を撮影するためのフォーカス・ロックについてお話しした。
Mac
(ポルトにあったマック)
▼途中エンリケ航海王子(モロッコを攻撃した)生家の前でバスは停車した。しかしその家が本当にそうなのか誰も証明できない。その後その建物は税関として使われていたという。その隣にマクドナルドの店があった。日本にあるケバケバしいその色とはことなり、ナチスの鷲のような紋章がある重厚な作りだ。実はマックのあの黄色と赤色は日本はそのまま受け入れているが、国によって規制されている。ポルトガルの様な作りならば、あのコーヒーも美味しく感じる事ができるかも知れない。見学は教会はまずサン・フランシスコ教会から始まる。ここのステンドグラスは美しかった。次に行ったのは大聖堂で、入り口には警備員がいて、男性は脱帽しなければならない。さらに内部は撮影禁止である。しかし中の装飾といったらゴテゴテのこてっちゃんだ。もの凄くカネをかけた装飾で、キリストの活躍した様々な場面がこれでもかこれでもかと宗教画で再現されている。その他一度速報で書いたが布教で海外に行って殉教した弟子達の姿がかなりリアルに再現されているので、非キリスト教徒は正直言って辟易とさせられる。つまり言葉が分からない人びとが圧倒的に多い当時にあって、自分こそキリストの正統な後継者であるという事を知らせるのが、教会という場所であったのだ。
Stfransisco(聖フランシス教会外部)
▼従って宗教画に要求されたのは、厳かでまだ行ったこともない天国や、見た事もないイエスがよりリアルに再現された方が利用価値が高かったのだ。二つの教会を見学してそう感じた。次はドウロ川沿いにある、サンデマンのワイン工場の見学だ。これも速報で書いた通りで、広告にあるサンデマンの服装をした女性が案内してくれる。この姿はコインブラ大学の卒業式で着る礼服そのもので、古くはアラン・ドロン、新しくはアントニオ・バンデラスが演じた映画「怪傑ゾロ」の服装そのものなのだ。ワインは白と赤の試飲があった。わたしは飲めないとおっしゃるCさんの分までご馳走になった。
Winec
(サンデマンのワイナリー)
▼昼食のレストランはそのワイナリーの対岸にあった。そこで名物のタコ雑炊が出た。昨日ご紹介したサラダの写真はその昼食の前菜で出たものである。この港町には朝からカモメが空を遊弋していた。さらにこの昼食をとった、川縁では羽根を休めていたが、その巨大なことと言ったらない。この大きさでは猫などエサ争いをしたらひとたまりもないと思った。みなさんワインを試飲してお腹も一杯になって気持ちが良くなった頃、バスはいよいよ昔の漁師町、現在の保養地であるナザレへと走って行く。
Polunch(タコ雑炊)

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