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January 25, 2010

西の地の果てポルトガル紀行(11)

Stjoiro1(サン・ジョルジュ城遠景)
▼路面電車で元の位置にもどったわたしたちは、下車して夕日が美しいと言われる、サン・ジョルジュ城行きのバスを待つ。20人乗りのバスは細い路地を塗って坂を登って行く。約20分で城に着いて入場券を買うが5ユーロと結構な値段だった。というのは後述するが、この晩また部屋で最後の晩餐会を開いた。そのときワイン1本、缶ビール6本(実は間違えて梅酒の様なものだった)パンなどを買って6ユーロなのだ。まぁ旅先でケチケチしたことを言っても仕方ない。あいにく城は小雨で煙っていてテージョ川が見えただけだった。1日前のオビドス城とは違ってちゃんと手すりも完備していて安全だった。
Hiroba(ロシオ広場)
▼ふと見ると目の前に孔雀が放し飼いにされていた。ウェストポーチに猫のエサを小分けにして持っていたので、試しに与えると孔雀な競って食べてくれた。しかしそこからしばらく歩くと城で飼っているという猫が数匹現れた。飼っているというのは後にCさんが同じ場所にタクシーで向かったところ、警備員の女性がそのように語ったという。しかしエサはもう持っていなかったので写真だけ撮ってお別れした。バス停ではBさんがタバコをくわえて火を探していると、待っていた男性がすかさずライターを差し出してくれた。どこから来たのか聞くと、この男性はドイツだった。バスの運転手さんもそのドイツ人もBさん好みの男性でえらく機嫌がよかった。
Stsiro2(サン・ジョルジュ城の美しい石畳)
▼元の広場に戻ってホテルまでゆく地下鉄を探すのだが、日本とは違うマークでオレンジだったが、M氏が「これではないか」とめざとく見つけてくれた。ホテルの下車駅でセバスチャンで降りて、通りすがりの婦人に聞いた通りに歩くが、10分歩いても見慣れた道が出て来ない。M氏が「戻ろう」というので元の地点に戻って別の人に聞く。もうあたりは真っ暗だが、Bさんはこちらの制止を振り切って一人で歩いて言ってしまう。わたしはホテルの名前の入ったパンフレットを差し出して何度も聞きながら、修正して元の位置に戻る。最終的に閉店間際のカーディーラーに入ったら「ネックス・ストリート」と教えてくれたのでホテルに戻る事ができた。夕べ添乗員が「ホテルの地図を渡す」と言った時に貰っておけばこんな事にはならなかった。
Cat1(城跡にいた猫)
▼最後の晩餐にはAさんと、昨晩体調を崩して参加できなかったCさんが参加して下さった。みなさんご親切に日本から持参したお茶、ふりかけ、珍味、カップ麺、白米などをそれぞれ持ち寄ってご馳走して下さった。わたしとM氏はCさんから聞いた大きなデパートの地下売り場に行って買い出しをする。しかし広すぎて何がどこにあるのが探すのが一苦労だった。結局サンドイッチという物は売っていなかった。パンという言葉も通じない。ブレッドで、現地の言葉ではパダリーアだ。ハッチーさんにいただいたポルトガル語の絵を見て会話する「旅の指さし会話帳」も持参したが、イザというとき恥ずかしくて開いていられない。結局英語の単語を並べてクリアしてきた。今回も「出発24時間前に聴けば間に合う旅の英会話」というCDを聞いて準備した。しかし正直言って3日前、いや出来れば7日前くらいからやっておいた方が良いというのが反省である。しゃべる事ができても飛行機の中でイギリス人CAが、話しかけても一体何を言っているのか理解できない。この時は「朝食はジャパニーズかイングリッシュか」という事だったのだが、耳が慣れていないので何度も聞き返してしまった。
Stsiro3(サン・ジョルジュ城の眺め)
▼最後の晩餐は日本食で胃袋を満たしてやった。次回からは我々もカップ麺や珍味、ふりかけを3食分くらいは持参しようと固く心に決めた。しかし得体の知れない「サーラリとした梅酒」風飲料には参ってしまった。捨てるのはモッタイナイので全部飲んで来た。明日の朝のモーニングコールは何せ午前4時で、5時出発である。
Depaert(買い物をしたデパート)
▼翌朝リスボン空港で知ったのだが、今はパスポートを空港の発券機に入れるとトランジットも含め座席表を選べるのだ。もうJRのみどりの窓口と同じだ。ブリティッシュ機はゆっくりとヒースロー空港に向かったが、雪が解けていないせいか何度も旋回した。一度はドーバー海峡手前、もう一回はイギリスに入ってからだ。着陸してみてこれほど雪が残っていたのでは仕方ないと思う。第5搭乗口まではバスでかなり走る。もう40分遅れているので添乗員は必死だが、わたしたちは費用は旅行会社持ちでイギリスでもう一泊しよう等と考えていた。第5に着くと「離陸まであと30分しかないから走って下さい」と言う。老いも若きも足の悪い人も必死に走る。ところがゲートの手前で手荷物と身体検査があった。先日の「テロ」事件でイギリスは神経質になってピリピリしていた。先頭にはM氏がいて係員が英語でなにやらしゃべる。M氏は堂々と大きな日本語で「分からない」と叫ぶ。分からない時は「分からない」と自分の言葉で堂々と主張した方が良い。そうすれば向こうは何とかしてくれる。こっちは客なのだから…。慌てたのは英国の係員で、添乗員を手招きで呼び戻す。要するにベルトなど身体につけているものは全部外して裸足になれ、という事だった。
Lisbakuko(リスボン空港)
▼わたしもみんなに習って通過したのだが、手荷物の中に入れた筈の携帯電話が入っていないことに気づいた。添乗員を呼び戻して交渉してもらう。「ロスト、ハンディフォン」係は「落ち着いて」というが手荷物には入っていない。首につけている物も全部外せというから外して籠に入れた筈なのだが…。一応携帯はICカードのロックはしておいた。しかし添乗員は「そんなの犯罪組織は解除してしまう」という。Cさんは気を利かして「携帯の番号教えて下さい。掛けてみますから」というのでお願いするが、チェックに入るとき電源は切ってしまった。約5分くらい交渉していると「入り口の籠に携帯が入っている」のが見つかったという。わたしがそれを受け取りにゲートを逆行しようとしたら、係員に「ノー」と厳しく制止された。早く気づいて良かったが、こうして携帯は無事わたしの手元に戻った。これが今回唯一のトラブルだった。そして無事機上の人となるのだが、速報に書いた様に主翼が凍ってしまったので、順番待ちでそれを溶かすのに3時間も待たされることになる。
Londonkuuko(雪のヒースロー空港)
▼明日の「旅の歌と映画で考えたこと」でひとまず終わります。あとはMINさんが『鍵盤乱麻』トップページにある「guest house」に「ポルトガル紀行」を書いて下さいます。ここで記録が更新されるたびにこのブログで、更新日時をご紹介させていただきます。

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