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January 31, 2010

NHKHV「ポートモレスビー作戦」を見る

▼土日返上で取り組んでいる仕事はきょう夕方までには終わる見込みが出て来た。とにかく家族にも手伝ってもらって朝8時から休憩は1時間に5分だけとる。続けてやっていると誤打率も増えてくるので夕方は5時半に終えて、近くの公園を一歩きしてきた。
▼昨日「フリッツ・ラング」の事を書いたので意外に思った方もいらしたかも知れない。彼は戦前ドイツで活躍した映画監督だった。ヒトラーはその腕を見込んで協力させようとしたが、間一髪の差で海外に逃亡することに成功する。そしてアメリカに逃れてこれらの映画を撮った。1944年と言えば日本は東京空襲が始まっており、娯楽映画を作る国力などはなかった。戦後「左翼」であることを明かにした日本の「自覚的」映画監督たちは、外国に逃亡することなく、満州に行き、甘粕ひきいる満映でせっせと国策映画作りに協力していた。
▼昨日のアクセス言語を分析すると、一位はNHKで放映された「零戦の悲劇と航跡」だった。わたしはNHKHVで見て一足先に見たので、それを見ようと思った方が、検索してご覧になったのだろう。しかし他人の批評など気にしないで見れば良いと思う。NHKHVでは昨日朝8時から「証言記録/兵士たちの戦争「ポートモレスビー作戦/絶対ニ成功ノ希望ナシ/陸軍 南海支隊」が1時間に渡って放映された。これは日本軍将兵の9割が命を落とした「生きれ帰れぬ」戦場とされたニューギニアが舞台となった。その闘いの口火を切ったのが昭和17年のポートモレスビー作戦である。それはゴチという地点から島を横断して連合軍がいる地点まで行って、敵地を攻撃する命令が出される。しかし作戦を命じられた南海支隊長・掘井富太郎は「攻略は不可能」と返事をする。しかし大本営参謀の辻政信の独断により約9千名の将兵が未踏のジャングルに投入される。それは辻は独断専行することで嫌われてはいたが、時として「成功」する事もあったので、大本営は目をつむった。その距離は250kmで銀輪部隊も組織された。だが実際の距離は350kmもあって4000m級の高い山が3つもあってとても自転車で超えられるような所ではなかった。しかも持たせられた食料は20日分しかない。しかも調査不十分なので正確な地図を持たせられなかった。
▼山を越えるのは困難を極める。同時に激化したガダルカナルの戦いで戦局は一変して悪化して食料などの補充もなくなってしまう。そして大勢の犠牲を出して、一部部隊はようやく目的地にを目前にする。しかし物資は運ぶ海軍は力を割くことができないので、部隊に作戦中止が命じられる。怒った一部の青年将校は突撃して占拠しよう、という事件も出来るが、軍隊にそんな命令違反は許されない。証言した人びとは「戦争体験を自慢して話す人は自分に都合悪いことは隠している。しかし実際の戦争で犠牲になった人は食べるものがなく、傷口にはウジがわく。動けなくなった人が苦しむのを見て、もう「早くくたばってくれ」と言う言葉しかかけられない。あるとき上官が「部下のお前たちに死なれたら困るから」と肉をくれて喜んで食べたらそれは後で人肉だと分かったという証言などもでる。一番ジーンと来たのはすぐ近くに来たオーストラリア兵に狙いを定めて銃を撃ったら倒れて死んだ。持ち物に食料があるかと思った背嚢を探ったら、敵も糧秣は一粒もなかった。それどころか妻と思われる家族の写真が一枚でてきた。それを見て、自分の身と重ね合わせてみると、招集でこんな山の中につれて来られたのだろうし、写真で家族への愛情を感じとる事ができた。それは自分たちと全く同じ身の上なので、写真を見てしばらくは声も出なかった、という。
▼米公刊戦記に「世界で最も頑強な戦い」と記された67年前の激戦を14人の元将兵と1人の妻が語る。それらを見るにつけバンクーバーオリンピックに行く選手たちを見ていると、相も変わらず「日の丸の寄せ書き」を持たされている。こういうのを見ると、戦争に送り出された当時の兵士を思い出して、とても嫌な気分になるのは、果たしてわたしだけだろうか?
▼この番組の再放送は2月5日NHKHV(金)午後4時からなのでご覧頂きたい。

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