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January 26, 2010

西の地の果てポルトガル紀行(12)

Obidoscat(オビドスの猫ちゃん)
▼ポルトガルがテーマになった映画は過去に数本見ている。一番古いのは「リスボン物語」という作品で路面電車と映画の録音技師でテープレコーダーはナグラだったのを覚えているがストーリーは全く覚えていない。次は「アブラハム渓谷」だったがあまり面白い作品ではなかった。その次は同じ監督の「永遠(とわ)の語らい」という映画でリスボンで大学教授をしている女性が娘を連れて地中海のナポリ、イスタンブール、ギリシアからエジプトを経由してパイロットの夫が暮らしているインドのボンベイまで訪ねるという話だった。出発点がリスボンというだけで、話の中心にはなっていなかった。もっとも新しいのは「レッド・サイレン」だが後半はポルトガルの田舎町が舞台の活劇だが、中々面白かった。あともう一つ王女がテーマでよそから来た王子とイヤイヤ結婚する。入り婿の放蕩王子はあっさり死んでしまい、自分が王の代わりになるという、実際の城を使った映画を見たがタイトルは忘れてしまった。これは後に「女王ファナ」(原題は「狂女ファナ」)だと分かった。映画の舞台はスペインでファナの祖母がポルトガル人だった。
Jorjucat(ジョルジュ城の猫ちゃん)
▼08年の12月6日の朝日別刷り「be」の特集「うたの旅人」はボスポラス海峡のフェリーに乗っている恋人と思われる人物が写っており、テーマ曲は庄野真代の「飛んでイスタンブール」だった。わたしはその1ヶ月後トルコに行っても別に良い曲だとは思っていなかった。ところが現地ガイドは気を利かせてベリダンスツアーのバスの中でもその曲をガンガンかける。帰りのイスタンブール空港でも色々な想い出が出来た。帰国してしばらくすると、トルコを思い出すのはこの曲になってしまった。
Miyage(土産物屋の猫ちゃん)
▼旅にどんな曲を持って行くか色々思案してウォークマンに入れていく。かつては演歌であったり、昨年はジャズだった。しかしいずれもピッタリしない。今回帰国して「定年バックパッカー」という本を読んでいた。著者の大嶋まさひろ氏もいろいろ試したらしい。氏はあるとき気の迷いで「中島みゆき」のカセットを持って来て旅先で聴いた。♪「途(みち)にたおれて誰かの名を、呼び続けたことがありますか、ひとごとに言うほどたそがれは、やさしい人好しじゃありません。別れの気分に味をしめて、あなたは私の戸をたたいた…」中島みゆきの「わかれうた」の一節である。彼女の歌声が、車窓がまるでギュウギュウ詰めの列車のBGMの様に流れる。車窓を見知らぬ街の灯りが流れすぎていく。この孤独感。よるべない寂しさ、なんとしたことか、滂沱の涙が流れたという。帰国してわたしもさっそく聞き直した。これが今のわたしにピッタリの曲だ。それから遅まきながら図書館と近くのレンタルショップから中島みゆきのCDを10枚くらい借り来てミージックプレイヤーに取り込んで毎日聴いている。
Teniyoho(スペインのお天気キャスター)
▼1昨年までは海外携帯をドコモで借りて持って行った。しかし昨年から自分の携帯を3Gに変更してローミング契約をしたので、海外からブログを更新することができた。昨年の実験で画像サイズは一番小さなもので十分な事がわかった。撮影さえ失敗しなければクリアな画像を使う事が出来る。それはみなさんごらんの通りだ。
▼出掛ける前にミニノートかキングキムの最新のポメラを買おうかと思ったが割り引いても2万5千円で、これではミニノートの方がかなりやすい。現地の見物をせずにキーボードを叩いて文章を作っている姿も惨めである。海外旅行の荷物は軽い方が良いと思って携帯一本にした。
▼ガイドの話をすべてメモするか?昨年のトルコのガイドは政治演説を滔滔とやるので参った。しかも移民が始まった年度を確認して、帰国して調べたら嘘だった。さらにその1年前のチュニジアのガイドはもっとひどかった。ジェトジェル湖という有名な塩湖がある。そこに架かる橋があるのだが、現地ガイドは第二次大戦のときナチスと戦うとき、イギリスとアメリカによって作られたと話した。わたしは地理的に変だと思って帰国してから随分しらべた。当時イギリスはエジプトから攻め、アメリカはトーチ作戦でモロッコから攻めているので、ここに橋を架ける必要はまったくない。北アフリカ戦線に関する文書は英文のものも含めてかなり読み込んだが、この橋は1970年代になって作られたものだった。現地ガイドが話をするからと言って頭ごなしに信じない方が良い。だから今回もあまりメモはしなかった。
Caster(スペインのニュースキャスター、うーんセクシー。ポルトガルは日本のNHKのように地味だった。)
▼今回の添乗員はとても一生懸命やってくれた。さすが某旅行社とは違うと思った。しかし彼も休憩時間に一生懸命「日本語」のあんちょこを読んでいたし、城や家の作り方など歴史的な部分になると慣れていないようだに思った。
▼持参したが結局一度も使わなかった物一覧。ジーパン、ドレスシャツ、水着一式、サングラス、文庫本2冊。
▼帰国するとブログリーダーで1000件も未読の物が溜まっていたが読む気が起きず、すべて「既読」にしてしまった。そしていつもなら新聞を一生懸命7日分読むのだが、未だに検察と自民党のバイアスが掛かった、御用新聞を読む気にならず、これも縛って保管場所に出してしまった。しかし実際にヨーロッパにいて日本の事などCNNや現地のニュースを見ていても一行も報道されていないのだ。以上旅行記をお読みくださったみなさんに感謝いたします。ご質問などありましたらお寄せください。

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