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May 27, 2010

◇「ドライビング・ミス・デイジー」をケーブルTVで見る。

▼原稿が深みを増すにはテーマに関連する資料をどれだけ読み込んでいるかにかかってくると思う。千葉空襲の原稿は一応書いて編集長あて送信した。5回ほど書き直して、なんとなく不満足だが、ここで引っかかっていたのでは、次の仕事が手に付かない。取材はすべて手弁当でボランティアだが、生きていくための糧を稼がねばならない。後者の合間に取材をするのだが、最近は時間の配分が逆転してしまっている。
▼次の取材はご覧のように済ませてあるが、資料を読まねばならない。会場でお勧めの一冊があった。それは中村哲氏と澤地久枝氏との対談で、最近岩波書店から出版されたものだ。取材経費が出ればその場で買い求めてくるが、交通費だけなので本は図書館で借りることにした。ネット経由でリクエストして、順番を調べると8人待ちである。となると本を読む速度は過去の経験で一人平均3週間と、とても鈍いので5ヶ月以上かかってしまう。原稿の締め切りはおよそ2週間後だからとても間に合わない。
▼午前中仕事の打合せでかなり長距離を移動してから、ふとそれが気になって、図書館で中村哲医師の本を検索して、めぼしい本を4冊ほどリクエストした。一番新しい「週刊金曜日」に井上ひさしが東京裁判の関連作品を書くに当たって、貴重な資料が見つかった話がでていた。それによると段ボール箱10個という厖大なメモや日記類など希少価値のある資料だったという。それで東京大学の某部所と入札になって、井上は百万単位のカネを払うからと、その資料を落札した話が出ている。井上はそれを時間をかけて読みこみ、構想を練るから遅筆堂と呼ばれたのだと思う。あの司馬遼太郎も「坂の上の雲」を書くとき神保町など古書店から日露戦争関係の資料を買いあさったという。当時でその金額が2千万円とか言って、古書街から日露戦争関連資料が一冊もなくなったという位だ。さらに資料を保管するために一軒借りたとか言っていた。
▼◇「ドライビング・ミス・デイジー」1989年のアメリカ映画でアカデミー賞を受賞している。先週ケーブルTVで放映されたので録画してみた。昔見た時は気位の高い婆さん(ジェシカ・タンディ)が、威張り腐って召し使いのドライバー(モーガン・フリーマン)に色々命じる映画としか思い、あまり良い印象は持っていなかった。しかしそれから20年近くたって見ると別の側面が見えて来た。ストーリーはご存知だと思うので簡単にする。妻と暮らす息子と離れてくらす元教師の老婆デイジー。ある日車を駆って町に買い物に出ようとしたところギアを入れ間違えて自損事故を起こしてしまう。それで息子は老婆専用の運転手ホークを雇って送り混む。最初は黒人嫌いで、彼を鮭缶を盗ったと信じていなかった。しかしホークが一生懸命、デイジーに尽くす姿やその誠実さに次第に心を開いてゆく。そして夫の墓参りに行ったとき、献花してある知人のハワード氏の墓に持って行くように指示する。しかし運転手はアルファベットしか読めないという。デイジーは頭が「H」終わりが「R」の文字を探すように言い、運転手は納得する。
▼帰宅してからデイジーは運転手のホークに学校で使っていたアルファベットを憶えるために使っていた古い教科書を与える。召使いの女性が豆の皮をむいていた最中脳出血で倒れ、使用人は運転手ただ一人になる。そしてデイジーも老いて、ある日ベッドから髪を振り乱して飛び出してくる。「学校に行かなくちゃ、準備ができていない、遅れてしまう」と半狂乱になる。ホークは息子に電話すると「いつもの事だろう」というが、ホークは「いつもと様子が違います」といい、それからデイジーは施設に入ることを納得する。誰にも老いというのは確実にやってくる。そしてボケも。そんな時相手になにをしてやることができるだろう?意識が耄碌しないであろう、あと15年くらいの間にできることはやって置かなければと思った。それに昨日午前中、仕事の打合せであった友人の母堂は今99歳で施設にほとんど入りっぱなしだという。しかし彼は毎日夕方になると母の所に通って食事をさせると言う。「相手が誰なのか見分けられるのは95歳くらいまでだから、やるならそれまでだよ」、と彼は静かに語った。

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