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May 03, 2010

NHKHVで「組曲虐殺」を見る

▼ipadなる電子リーダーがアメリカで発売されて大人気だ、とネットで話題になっている。日本の発売が遅れているのは無線LANの仕様が違うため、変更してから郵政省の許可が必要になるためらしい。今朝の朝日にもその各種リーダーの特集をしていた。しかし日本語に対応してから、それで何を読むのか、いや読めるかが問題となる。週刊アスキーの最新号によれば同誌独自のアンケートで読みたいのは「マンガ」と「ピンク系」の本という希望者が過半数で圧倒的に多かった。
▼かつてビデオの普及が「ピンク系」や「裏ビデオ」によって、ハードウエアが広まった事を考えると、その推測はそれほど間違っていないと思う。ソフト(本のデータ)を売る側にしても、小ロットでは儲からないから、売れる素材を選ぶに違いない。まして非合法出版や、少数だけに知らせれば良いものはやはり今まで通り手書きやパソコンで作ったものが今まで通り普及するだろう。
◇「組曲虐殺」この舞台録画は1日の深夜にNHKハイビジョンで放映され、わたしは昨日のブログにタイトルだけ入れておいたら、結構の数のアクセスがあった。他人の評価など気になさらず、どうかご自分の感想を書いていただきたい。私とて全部見終えたのは2日の夕方である。さらにそれを書くとなるとかなり集中しなければならない。米原万里さんの本を読んでいると、血圧は160に上がる。通訳というのは見た目以上に集中力を必要とするから、血圧が上がると書いている。それはブログの執筆も同じことだ。せめて休日にはそういう神経は休ませておきたい。
▼「鉄筆」この言葉を理解できる人は少数派になりつつある。主人公の小林多喜二(井上芳雄)は銀行の中に党組織を広げようとして、蝋原紙に鉄筆を使って文字を刻む。それを印刷して大勢の職員に自分たちはいかに資本家によって収奪されていようとしているか、明らかにしようとしている。当時、より大勢の人に自分の意見を知らせようとしたら、手軽にできるのはこのわら半紙に印刷して撒くことしかなかった。それでも慣れた人となると、一枚の蝋原紙で4000枚は印刷できると豪語していた。しかしそうなるともう職人業である。
▼約1年間に多喜二の生まれ故郷である小樽を旅した。そこには日銀の小樽支店など多くの銀行や倉庫会社が建ち並んでいる。つまり小樽は蟹工船を中心とする北洋漁業の基地であった。その過酷な漁がどのような物であったかは、多喜二の小説を読んでいただくとする。その後函館に行って関係者の話を聞いたら、ここで採れた鮭を使った鮭缶は第二次大戦中のヨーロッパに輸出されて、大儲けしたという。要するに北洋漁業は資本家の私腹を肥やすための格好の場だった。それを類推させる歌詞が北島三郎の「なみだ船」にもあって「ゴムの合羽にしみ通る、どうせおいらはヤンシュウカモメ」というセリフに現れている。
▼多喜二はその資本家による収奪が許せなかったために、数々の小説でその実態を明らかにしようとした。だがしかし絶対主義天皇制の下、その収奪の仕組みや天皇に対する異議を書く事は許されなかった。その結果、検閲により「伏せ字」という方法のみで発表することができなかった。芝居の中で多喜二は大阪にいるとき現地の特高警察が二人(山本龍二と山崎一)彼の家に訪ねて来るので「○○××」と自分の「伏せ字」だらけの小説を読んで聞かせる。
▼おりからその家には多喜二の姉(高畑淳子)と恋人(石原さとみ)が訪ねてくる。期待を胸に家を訪ねるとハウスキーパー(神野三鈴)がおり、すでに多喜二の身のまわりの世話をしている。つまりこの舞台は多喜二をめぐる3人の女を巡って進む。姉の性格分析は多喜二の小説に登場するのでハウスキーパーが的確に表現して会場を沸かせる。恋人役の石原は演技が未熟で必ずしも適役とは言い難い。さらに多喜二を監視するためまつわりつく2人の特高刑事が脇を固める。刑事は最初監視のために立ち寄るが、多喜二の文章力を感じ取って自分たちの書いた文章の添削を求める、という井上らしい描き方になる。そして刑事は警察官向けの「月刊警察の友」に原稿料をはずむから多喜二に連載をしてはくれまいかと頼み込む。ネタは「捕物帖」というだけで題材はこちらで提供するから、自由に書いて欲しいという。姉はノンポリだから「こんな良い話はない」と飛びつこうとするが、みんな納得するはずもない。多喜二は資金不足で苦しんでいるので金持ちと結婚した姉は、夫が株で儲けたカネをカンパとしてつぎ込む。しかし多喜二はそれを「資本家の汚れたカネ」などと言わずに素直に受け取る。
▼わたしは多喜二の事はまったく不勉強なのだが、大阪から東京のアジトへと潜行して活動している。彼はベートーベン62「コラリオン序曲」が好きだったらしい。2幕目はその名曲喫茶で始まる。実はその喫茶店で会う手引きをしたのがスパイだった。多喜二は逮捕を前に書いている。そして「絶望するには良い人が多すぎる」、「希望を持つには悪い奴が多すぎる」と悩んでいる様子が出てくる。そして「絶望と希望を橋渡ししてくれる人はいないものか?」と苦悩する。多喜二は自分たち虐げられた人々の事を「虐げられた靴底」というパントマイムで表現する。喫茶店で特高の取り囲まれた瞬間、ウェイトレスに身をやつした恋人が懐から一丁の拳銃を取り出す。多喜二は慌てて「利益をくすねている連中を力ではなく、言葉の力で暴くのが私たちの役割だ」と絶叫する。しかし拳銃は手品の小道具で銃口からポンと出て来たのは花だった。
▼そして多喜二の葬儀が終わって故郷に帰ろうとしている姉と恋人の元に、元特高刑事が駆けつける。そして多喜二を逮捕するのに手を貸した事を詫びる。交番の警察官に格下げさせられた元刑事は「挙手」の敬礼をすると、姉は「弟の死体の写真を見せられたから、あなた方に弟が何をされたか分かっています」と答え、列車に乗るため別れて行く。

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