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July 30, 2010

1000年たっても残るのは和紙と墨書

▼昨日はほぼ一日外を回っていたが、幸い雨降りで気温が上がらなかったので、とても助かった。7月、8月に営業にでるときはなるべく朝一番に約束をして先方にお伺いするおことにしている。例え自宅を6時45分にでて、朝7時に電車に乗ってもこの方が後が楽である。
▼昨晩某読者から「胃ろう」のことでメールを頂いた。ご家族のお一人が寝たきりになって痴呆が進んでいるので、訪問して来る医師から「胃ろう」を勧められているという内容だった。実はわたしの親戚にもこの手術を受けて、約5年ほど病院に入っている。こういう事例を見聞きするにつけ、人間の幸せとは何かと考えざるを得なくなる。少なくとも自分の意思だけは、先日ご紹介したようにちゃんと書いて回りの人に伝えて欲しい。
▼昨日のアクセス解析でまたまた「KSCM4」が全体のアクセス数の3分の1ほどになった。理由は日本で発売されている「銃器関連雑誌」は3種類あるが、発売日が毎月27日だからだと推測される。その雑誌を読んだ人がアクセスして下さったというわけだ。動画もあるがわたしは動画にモザイクをかける技術はないので、ご紹介することはできない。
▼3・5インチのFDもそろそろ消えつつある。新しいPCにはドライブそのものがない。わたしは得意先の一社が、通常納品はメールで送っている。しかし毎年交わす契約書に納品はMO、CDかFDと指定されているので、一番安いFDを選択している。ただ請求書に添付する形だけの納品のためにFDを使っている。PCの教科書を見ると相変わらず、最初にFDのフォーマットの仕方なるものがでてくるが、現在はUSBメモリーの時代だ。
▼先日NHKHVの「クールJAPAN」という番組を見ていたら、いつも登場する外国人たちは「奈良に修学旅行」という内容だった。春日公園か何かで係の人がオーボエを吹くと鹿が沢山駆け寄って来る姿には驚愕していた。アメリカ人は「鹿は猟の対象以外に考えられない」と語っていた。その後墨を作る工房を見学して、最後は薬師寺で写経に挑戦していた。これは一度やってみたいな。わたしの持っている扇子には「般若心経」が書かれているので、これを見ればできるが、やはり下敷きに書かれていた方がいい。
▼ここの坊さんと墨の工房の話だ。紙に墨で文字を書くと墨の中に含まれている樟脳の成文が虫除けになる。だから1200年たった紙は虫に食われても、文字だけは残るという話はとても驚いた。わたしとてNECの文豪でワープロを始めて数え切れないくらいの記憶媒体につきあって来た。5インチの2D、2DD。何か方式が今と違う40メガの外付けHDDが10万円もした。3・5FD、120メガのZipは頑丈で好きだったので結構長く使った。そして近年CDにDVD。しかし記憶媒体だけ残っても読み出す装置がなくなってしまう。いまは5インチのドライブなんて秋葉原をかなり探さなければ見つからない。だからみなさんも大切な文書は和紙に墨書するのが一番確実で、それを銀行の貸金庫に入れて置けば万全である。
▼わたし?そんな面倒な事は何もしていない。大体10年待ちで特養ホームに入れたとしても、持って行けるのはみかん箱一つだけだ。アルバムだって剥がしてバラにしないとそれだけで一杯になってしまう。さらに最後の棺に入れられるのは、今は週刊誌の様なものでもダメで紙きれが数枚入れられるだけ。それを考えたら何を残そうという気持ちも起きない。
▼残された家族にとって一番面倒なのは「本」だ。教師などをしていた人は本が多い。部屋一つとか地下室一杯とか、本当に読んでいるかどうか疑わしいが量だけはもの凄い。いかに価値があっても、古本屋さんは引き取らない。それどこどかお金を払ってゴミとして引き取って貰えるだけだ。だから生きているうちに本だけは自分で処分してしまう。その方が残された家族は手間がかからず助かる。わたしはご存知の様に昨年全部処分してしまった。

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