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July 13, 2010

今年の「戦争遺跡」取材をする

P1000208
(12日自宅近くの橋の上から見たスカイツリー、雲がとても美しかった。
▼昨日は取材が朝からあった。わたしは取材する場合、インタビューの時間は1時間と決めている。それ以上長引かせてもお互い精神を集中する事はできないからだ。それで始まる前に質問したい項目を明らかにして、それについて話を伺う。昨日の場合I市の戦争遺跡の話を聞きに行った。ネットで偶然その遺跡の保存運動を見つけ、ツテ探し続けていた。そのごその保存グループと関係している議員がいることが分かって、友人を通じてその人に会うべく連絡を取ってもらったら、グループの責任者を紹介して貰えた。
▼某駅で下車するが蒸し暑く雨が降っていたが、風が強くて傘を開くことができなかった。指定された場所に5分前に着いたら、運動をしている人が4人集まっていただけるという。取材は真剣勝負である。ちゃんと勉強していかないと相手にされない。最初に話をして下さったのはかつて東北地方にある某大学で教授をなさっていた方で、「日本軍事史学会」に所属していて、藤原彰氏を師匠と仰いでいるTさんだった。このI市には昔砲兵隊があった場所で、100ミリ砲が最初に使われた。といっても射撃する場所はないので兵舎から6頭の馬を使って引っ張り出し組立、発射寸前の訓練を何分でできるかという訓練をしていたという。この100ミリ砲は靖国神社の遊就館の入り口左手に「山砲」として展示されているのを知っていた。そのことを話すとTさんは「こいつは分かる奴だな」という顔をして安心して話を初めてくれた。
95sanhou
(96式15糎榴弾砲、靖国神社、遊就館に展示)
▼実は大砲については5年前から本を読んで勉強しているので、大丈夫だ。「戦争遺跡」の取材を始めたのは6年前の鉄道連隊からだった。いわばわたしのライフワークとも言えるもので今回ほど詳しい話を聞く事ができたのは大房岬要塞以来である。この台地にかつて現在の文科省にあたる国の省庁が東大級の大学を建設しようとしたことがある。しかし台地は水が確保できないので取りやめになった経緯があるという。とにかく井戸を掘るよりも下の川から担ぎ上げた方が安上がりという事だったという。しかし野砲連隊が来ることになったら軍はたちまち2本の井戸を掘ってしまった。当時は軍の使命となると何でもできてしまった。
▼「週刊金曜日」最新号で昨日の佐藤優は「飛耳長目」の最後にこう書いている。「思想史の系譜で見た場合、菅氏の発想が戦前、陸軍(当時、影響力が最も強かった官僚集団)と提携した左翼政党、社会大衆党と親和的だと筆者は見ている。」と。わたしが佐藤の論文をわざわざ引用したのは社会大衆党の事ではない。よく「絶対主義天皇制」という言葉が使われるが、わたしの理解によれば、天皇の絶対的な権威を利用した最も優秀な官僚集団である陸軍が、暴力装置を使った支配体制なのではないかと思う。だから戦争を遂行するという国家目的のためには、不可能な井戸掘りもカネは糸目を付けないのだ。

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