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August 31, 2010

NHK「最後の言葉/作家重松清が見つめた戦場」を見る

▼昨日「桜葉と魔笛」をご紹介したのには意味がある。28日の夜NHKBS2で「最後の言葉/作家重松清が見つめた戦場」という番組を見てドラマと同じ気持ちになったからだ。重松氏はご存知のように91年に『ビフォア・ラン』(幻冬舎文庫)で作家としてデビューした。彼は1昨年サイパンを取材して「緑の島が戦場になった」という番組を作る。その後、戦場で死んだ兵士が書いた日記が存在している事を知る。それはアメリカの公立文書館とオーストラリアに保管されている。これは当時従軍していたドナルド・キーンらが収集した日本軍兵士の日記を分析して、彼らの士気などを分析していた。公文書館には翻訳した文書があり、原文は殆ど破棄されていた。
▼スタッフらは翻訳した英文から、逆に日本語に翻訳して、日記を書いた肉親が存在しているか探しだそうとした。1920年生まれで、当時22歳の千葉三夫の日記には「節子さん」という固有名詞が登場して「会いたい」と繰り返して訴える。ガダルカナルで死亡した兵士は空腹に飢えている。日記からは「死んだらどうか墓に菓子を供えて欲しい」と一行書かれていた。重松はこれらの手紙を涙を流しながら読む。沖縄出身の比嘉正次さんは遺族を見つけることができて、日記のコピーを持参する。10人近い遺族が集まってくれ、彼の残した日記を読む。ただ日常生活である、「ただ今」と云って帰宅し「お帰り」と云って迎える普通の家族が会話が途切れてしまった切なさを訴える。
▼長田和美海軍中尉の家族も英文の日記しか残されていなかったので、遺族を探すまでに苦労する。日記には3人の子どもと妻の名前が書かれていた。長男の名前が「kon」と書かれているので、「日本人にはない名前だ」を疑問に思うスタッフ。多くの日記が行書体で書かれているので、翻訳した人が「ken」と間違えたのだろうと見当をつける。果たして元海軍関係者を当たると、妻の「俊子さん」と長男の「健さん」が生きていることが分かる。日記の最後に「これまで過ごした年月に感謝する。どんなに礼を云えば良いか分からない」と書かれている。そして最後に届いた手紙には長男に母親を助けて暮らすように、と書かれていた。長男はその遺言とも云える手紙の言いつけを守って母親と生活をしていた。
▼妻の節子さんは出征する夫を駅までいくと混雑してあえないだろうと、家の近くの線路の脇で見送る。すると和美氏は列車から乗り出す様に、こぼれるような笑顔で帽子を振りながら別れて行った。その姿を今でも昨日の様に思い出す、というので重松もおなじ線路の上にたって当時の風景を思いだそうとする。
▼詳しい姓名が分からない「サイトウ」の言葉。妻からの手紙が届かないので、どうなってしまったのだろうと、疑心暗鬼に襲われる気持ちが綴られている。戦場にあって夫婦や恋人達の気持ちをつなげるのは唯一「手紙」だけなのだ。それだけに日米とも、軍事郵便を重視して確実に手紙を届けて兵士たちの気持ちを高揚させようとしたのだ。重松はこの手紙を早稲田大学の(重松の出身校)若い学生たちに読み聞かせる。また夜間高校でも手紙を読ませて一月後に感想を書かせている。「戦争は嫌」というのは簡単だ。しかし日常生活が断ちきられて、愛する人と別れ二度と会えなくなる。この視点にたって戦場で残された日記を分析して若い世代に読み聞かせ、感想を聞くという作業はとても地味だが、大切だと思った。この番組はNHKオンデマンド(有料)でも配信されています。

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August 30, 2010

NHKで「妖しき文豪怪談シリーズ」を2本見た。

Tawaor8
(ツリーの下をカッターが進む)
▼これから10日間ばかり、集中力を必要とするハードな仕事が続くので映画には出掛けなかった。多少日ざしが弱くなった夕方に、月曜からテキストが新しくなるNHK「基礎英語」のテキストを買うため駅ビルまで外出した。1月末から毎朝と夜にラジオを聴いているが、大した変化は認められない。先週NHKハイビジョンでBSで既に放映された「南米縦断165日の旅」を録画して昨日見終わった。わたしのは買い物英語で、自分の意思を伝えるにはほど遠い。もし今、南米ツアーをご希望の方は以下を参照して頂きたい。ただしイギリスの会社が主催して全行程で4ヶ月ほどかかる。昨日は久しぶりにアクセスして下さったN県の某読者が、過去の分まで繰り返しご覧になって下さってアクセス数も増えた。
▼日曜日は新聞の校正が控えているので、必然的にノンアルコールデーになる。特に毎月月末の最終日曜日はページ数がいつもの倍ある。字句の訂正の他、表記が適切か?クイズの設問は正しいかなどもチェックする。最近わたしが新聞に書いている文章に対して、本質と関係ない部分に関して、悪意を持って攻撃する人物がいる。例えばB29の爆撃機の事を書いたとき、「千メートルで飛行機雲が見える筈はない。科学的を自認する新聞ならばきちんと説明せよ」というのがあった。わたしは戦後、故郷の空を見上げたときに「飛行機雲が見えた」と書いたので東京空襲の時に都内や千葉にはいなかったので見える筈はない。そういえば千葉の歴博を取材したときBS29の巨大な模型が戦後のコーナーに展示してあるので、見学者から「B29は戦前ではないか」とクレームが付いたという。解説して下さった方は「戦前の空襲の時は逃げるのが精一杯で、空を見上げている余裕などありませんでしたよ。だから戦後の部分に展示してあるのです」と説明したという。
▼一番新しいクレームは「大賀博士が古代蓮の種を発見した」という部分である。「発見したのは発掘作業に加わっていた中学生である」というのがあったという。こうなるともうこじつけである。例えば「法隆寺を作ったのは聖徳太子ではなく、大工である」というクイズなみの話になってしまう。さらにアメリカ大陸を発見したのはコロンブス、という説。これだって船の舳先で監視していたのは乗組員であるはずで、コロンブスがマストの高いところに常時登っているはずはないのだ。検見川の東大試験農場にある蓮が移動されてしまう、という事が問題なのだが、この人は執拗にアラを探して攻撃してくる。こういう偏執的なマニアは放って無視するに限る。
▼先週NHKHVで「シリーズ妖しき文豪怪談」が5夜連続で放映された。そのうち2本を録画した見た(他の3本は録画が失敗した)が太宰治「桜葉と魔笛」、夏目漱石の「鼻」はとくに良かった。前者は好きな出征兵士の青年に自分のハンカチを持たせようとする長女、それをさせまいとする父親。次女は病の床に伏せっているのだが、ある晩突然口笛が聞こえてくる。長女は「きっとあの人が死んだという虫の知らせに違いない」と確信する。いや虫の知らせなどあるはずはない、父親が驚かそうとふざけて口笛を吹いたに違いない。という話だった。後者は最後に和尚が村人に捕らえられて鼻を切られようとする瞬間、「そうかお前たちは鼻が憎かったのではないな、見にくい姿の和尚が憎かったのだな」と呟く。この言葉は全ての人間の心の中にある醜さを映し出して見せてくれた。

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August 29, 2010

「クロパトキン」の歌を唄う人に驚く

Eikunk
(親友A君の研究室)
▼おかしな遺産相続には巻き込まれたくないで、CDは全部耳を揃えて「返還」した。CDなどをブックホフなどの会社に売ると、アニメとかいま流行している歌手は売価の半額ほどになる。しかし落語とかクラシック音楽は専門店に持ちこまないと1枚50円程度にしかならない。おそらく300枚売っても1万円には届かない筈だ。
▼昨日Yさんから「継続は力なり」という11周年の記念メッセージを頂いた。何か自治体の「大使」に選ばれて外国に行って来られたという写真付きメールで、羨ましい限りである。
▼金曜日の夜は気のおけない友人たちと飲んだので、酒量は少なかったが結構酔ってしまった。帰宅して深夜12時頃まで2時間半ほど、パソコンにむかってある作業に追われていた。そして土曜朝も5時に起きて猫のエサやりのあと、その作業に2時間10分ほど取られた。朝は作業継続の間は分厚い本を読んでいた。疲れが取れなかったが、週に一本は映画を見ておかなければならない。考えた挙げ句岩波ホールの「セラフィーヌの庭で」にした。感想は後日書くが前半かなり居眠りで船を漕いでしまった。猛暑だったせいか観客は少なかった。あまりメリハリがなくそれほど分かりやすい話ではない。猛暑でも一日2時間ほどは外出して汗をかきながら路上を歩くようにしている。そうすれば夜のアルコールも味が美味しくなる。
▼その足で友人A君の家に立ち寄る。彼の研究室は上記の写真に掲載した通りで足の踏み場もないし、冷房は扇風機だけだ。彼は遠い昔、某オーディオメーカーに勤務していた。今も家電やオーディオの修理を生業として生計を立てている。もしメーカーに部品がない場合は自分で作ってしまう。何かお困りの方がいればご紹介するので連絡頂きたい。
▼今週の「週刊金曜日」は「韓国『強制併合』から100年」という特集でかなり読みでがあった。長崎に原爆が投下された記念日に長崎大名誉教授の高實康稔(たかなり・やすのり)がおこなった挨拶はとても説得力があった。「…なぜならば、朝鮮人原爆犠牲者は核兵器の犠牲者であるばかりでなく、日本の朝鮮侵略とアジア侵略戦争の犠牲者でもあるからです。日本国民はこの加害責任を深く心に刻み、反省と謝罪を賠償を怠ってはなりません」という一文が、他の出席者にはない日本の戦争責任を明確にしているからだ。
▼さらに特集では「虚構の『福澤諭吉』論と『明るい明治論』/歴史を歪めた丸山眞男と司馬遼太郎の『罪』」を語っている安川寿之輔名古屋大学名誉教授の話がある。そこで丸山眞男の福澤論、司馬遼太郎の日清・日露戦争の「祖国防衛戦争」という誤りを指摘している。しかし先日飲んだとき「すずめ、めじろ、ロシヤ、野蛮国、クロパトキン、金の玉、負けて逃げるはちゃんちゃんぼ、棒で叩くは犬殺し、シベリア鉄道ないけれど、土瓶の口から吐き出せば、バルチック艦隊全滅。」という昔の歌を唄える人がいた事も驚異すべき出来事だった。博識家いやいやこの歌は明治時代に流行ったのだ。もしかして唄った人は実年齢が120歳くらいなのを60余歳と偽っているに違いない。
▼エッセイで落合恵子が老眼鏡を壊したり忘れてしまうので自宅には複数おいてあるが、それでも中々見つからないとこぼしていた。実はわたしも映画に出掛けるのに、本を読んでいたので、そのまま老眼鏡で行って閉まった。途中で気か付いたが面倒なのでそのまま出掛けた。それで岩波ホールでは最前列に座って見た。映画のスクリーンくらい大きければ、まだ裸眼で十分である。

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August 28, 2010

頂いた筈のCDを返してと云われる

▼ホームページ開設11周年のメッセージはうさこさんからいたたいた。あと口頭でお二人からそれに類するメッセージを頂いたような気がする。昨日はある意味でかなり苦痛な日だった。昼間の仕事は「君が代斉唱」から始まった。わたしは仕事で必要とあれば斉唱くらいつきあう。しかしこの日は裏方だったので、それにつきあわずに済んだ。わたしにとって苦痛なのは、一日中長ズボンと衿の付いたシャツを着ていることが一番辛い。だが午後になると広い会場も冷房が効いてきたので、その格好は丁度よかった。
▼夕方から会議が入っていた。その最中家族から携帯メールが入った。一週間前にCDを下さった奥さまが見えて、「息子に叱られた、買ったCDのローンが残っているので返してくれ」というのだそうだ。わたしは強引に火事場泥棒のようにCDを持ち去った訳ではない。あの時の情景を再び書くと、もうすぐゴミ引き取り業者がやってくる、お金を払ってゴミも持って行かれるのはもったいない。好きな物はもっていってくれ。と云われてプラスティックのケース持って来て、先方の奥さまが詰め始めたのだ。そうしたらCDのみならずDVDも拾い上げて、「これもあれも」と詰め込んだ。最終的にケース3箱、約300枚くらいになった。
▼わたしはいただいた物を検品し、封を切ってあるものは一枚、一枚CDを丁寧に拭いて、ケースに収めた。もうわたしの部屋は荷物で一杯なのでベッドに下に入れた。しかしこの落語などのCDを聞くには小さなCDプレイヤーを買って、寝ながら聴くのが一番良い。そう考えてYカメラでポータブルCDプレイヤーをわざわざ買って来た矢先である。ご覧のようにあげる、貰うという契約は成立している。しかし同じマンションに住んでいるのにCD300枚で気まずい思いをしたくない。それにわたし私蔵することが目的ではなく、全部聴き終わったら図書館にもで寄付しようと思っていた。現実に自分で買って読み終わって、他の大勢の人に読んでいただきたいと思われる本は、全部図書館に寄贈している。▼1週間前に貰ったものを、返してくれ等とても子どもじみているが全部整理して今朝お返ししてきた。先方の奥さまは「ご免なさい、すみません」と繰り返していた。これは想像だが遺品を整理してみたら、価値のあるものが少なすぎた。あるいは現金も少なすぎた。息子さんは「たったこれだけか?そういえばあの落語のCDが沢山あったのはどうした?」という話にでもなったのだろう。まぁそういう訳でわたしの部屋は再び片付いたのである。CDプレイヤー?ああこれは語学練習で買おうと思っていたので、それに使える。しかし聞き比べて見ると、ネットワークウォークマン等で圧縮された音が、いかに貧弱か分かる。あとこれ以上はブログにちょっとまずいので書けない。お聞きになりかたい方はメールを下さい。
▼残暑見舞いのメールがその他に3通頂いた。みなさん暑くてばてているとおっしゃっている。先日関西の西瓜生産農家をTVで写していた。すると藁でできた俵のような状態の蓑笠風のものを背負って仕事をなさっていた。熱暑に耐えるにはこれが一番具合良さそうだった。ただしこういう格好が都会で受け入れられるかどうかは分からない。

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August 27, 2010

HP開設11周年の日にあたって。

▼本日はHPを開設して11年目になります。1999年のきょう、作り方もまったく分からないまま、HPの第一号を作りました。その後5年くらいはHPを結果としてまだなかったブログ形式で作っていました。さらにそれを発展させて今日のブログになりました。ブログもおかげさまでこの1ヶ月で平均アクセス数が、二コマ進みました。これもアクセスして下さっている皆様のおかげと感謝しています。ブログで人間関係が広がるかと云えば、そんなことはまずありません。このところアクセス用語で「ズンゲン支隊」、「ポートモスビレー作戦」が急増していますが、なぜなのか、その理由がずっと分かりませんでした。
▼アクセスを逆にたどっていくと、どうやらNHKの朝ドラ「「ゲゲゲの女房」にあることが分かりました。わたしはNHKの朝ドラと大河ドラマは興味がないので一切みません。とくに後者で日本中が龍馬ブームになるというのは頭を傾げたくなります。龍馬はそんなに偉大な人間だったのでしょうか?ノーです。それは別テーマですからそのうちヒマがあたら書きます。
▼上記の朝ドラは水木しげる氏の戦争体験がでて、その中に「ズンゲン」があるようです。ある日はその検索用語だけで何と200人以上もいらっしゃって下さいました。しかしわたしがズンゲン支隊が戦闘と玉砕をさせられた、ポートモスビレー作戦の記述がある、防衛研修所編集、朝雲出版社発行の本が1万1千円で大阪の古書店で売られている事を書いても誰も購入しようとしません。情報収集にはお金と時間がかかるのです。タダのネットのブログは読んでも、買ってまで読もうとしないのが、最近の特徴なのかも知れません。
▼本とは『戦史叢書 南太平洋陸軍作戦5 アイタペ・プリアカ・ラバウル』(防衛庁防衛研修所戦史室 昭和50年)です。本日は朝から夜まで仕事なので、これで終わり。

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August 26, 2010

◇「15歳の志願兵」NHKを見る

▼暑い日が続くので外食産業の売上げが伸びている、というニュースを今朝報道していた。暑くて自分で作るのはイヤになってつい外食をとなる。その中でも麺類が10%以上の伸びだと言う。わたしの場合暑くて食欲がなくなる、ということはない。普通だともうサンマを食べることができる時期だが、ご存知のように海流が変わって漁獲量が例年の半分にも満たない。今週生協の宅配でもサンマは欠配だった。考えてみれば生協専用の海というのは存在しないので、やむを得ない。
▼昨日実はある専門の図書館に行こうと思っていた。暑いし緊急を要する課題ではないので、金曜日締めきりの原稿執筆を優先させた。書いた原稿は4本だ。1本書くたびに休憩を30分ほどして頭を切り換える。それが終わったのは午後3時近くになってしまった。すると別のやるべき作業が入って、一日がかりになってしまう。仕事で使う宛名のタックシールを作り直す必要に迫られた。無料ソフトをネットでダウンロードして入力を終え、いざ印刷しようとすると1ページ目で終わってしまう。そして「セキュリティの解除をせよ」というメッセージがでてくる。いざ解除しようとするとさらに「警告」メッセージがでてくる。日常生活で「警告」と言われるとかなり緊張する。せめで「ご注意」くらいにして欲しいものだ。これも1時間ほどトライして無事テスト印刷を終了する事ができた。
◇「15歳の志願兵」NHKで15日放映されたドラマ。昭和18年の愛知一中で実際にあった話。カッター部に所属する青年藤山正美は勉強が好きで中学生活を楽しんでいた。ところが戦局は悪化する一方である。学校には配属将校の中尉が来ていて、ことあるごとに檄を飛ばす。あるとき軍部から海軍の少年飛行兵徴用の要請が来る。折から校庭では38式歩兵銃を持って刺突訓練をさせられている。「突き刺したらすぐ銃剣を引き抜かないと、肉で圧力が加わって抜けなくなる」と指導している。学校長(竜雷太)はどうしたら数をこなせるか(つまり軍隊用語で云えば「員数合わせ」)苦悩する。武道場に生徒を集めて将校に話をさせれば良いのではと教頭(平田満)は頭を働かせる。
▼想像通り一中出身の将校は「今は勉強するときではなく、お国の役に立つべきだ」とハッパをかける。藤山の父は一中の英語教師の藤山順一(高橋克典)で校長の強引なやり方に疑問を持っている。もう一人疑問をもつ教師がいるが、一言いうと配属将校に正論で一喝されるので、声はどうしても小さくなる。校長は何かというと「自分は3人の息子を兵士としてお国のにために役立たせている」というので、誰も反論はできない。
▼配属将校に檄を飛ばされた生徒たちはクラスにかえって、どうしたら役に立てるか論議した結果「全員で応募しよう」という結論に達する。つまりこの否応なく応募するというのは「特攻隊員は自由意思で応募した」という同じ論理だ。みんなが起立したら自分だけ着席して無視する訳にはいかない。廊下には「海軍飛行兵徴募」といういかめしいポスターが貼られていて嫌がおうにも生徒達をその気にさせる。
▼自分の息子が応募したことに驚いた母親は深夜順一の家に押しかけ「取り消し」を要求する。しかし順一は「わたしの息子も応募した」と力を落として語ると、母親は反論する気力も失せる。結局クラス全員の47人が応募する。そのことが当時の新聞には「愛知一中の快挙」という見出しが躍っている。正美は飛行兵は目が悪いとダメという理由で兵隊検査ではねられる。しかし父親が職業軍人だった親友は合格し、日の丸の小旗に送られて霞ヶ浦へ旅立ち、再び会うことはなかった。
▼演出で一番面白かったのは、校長や配属士官が演説で「陛下」というと父母や生徒が背筋を瞬く間にピシッとする場面だった。その場面は2度ほど出て来たがみんな揃っていた。

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August 25, 2010

◇「キャタピラー」(若松孝二監督)を見る

▼土日にかけてみたNHKの戦争関連番組はハイビジョンの「市民達の戦争」で1)熊本県に墜落したB29と、その飛行士を殺害した話。2)「漁民は戦争に消えた」焼津のマグロ漁船が大量に雇われ軍部の情報収集をしていたという話。これを見てわたしはビキニで被爆したマグロはえ縄漁船第5福竜丸についてアメリカは当初から、スパイ船の疑いを持っていたという疑惑があった事が分かってきた。3)「ヤマの戦争筑豊炭田の強いられた増産」これは石油に変わって鉄を溶かす燃料は石炭が必要になったため、女性は炭鉱に入れなかったにもかかわらず法律を変えて採炭に従事させた話だ。4)大逆事件、これは当時の桂(勤王の志士、桂小五郎と遠戚にあたる)内閣が天皇の地位を絶対化し、逆らうものは徹底的に弾圧する姿勢を国民に知らせるために行った冤罪だと思う。和歌山の新宮にはその犠牲者が6人いる。いま現在再審は国によって拒否されているが、今は市をあげて復権のための活動や顕彰をしている。しかし被疑者の家族は三代くらいまで地元の人に白い目で見られて、軍隊でも差別され上進できず、付近の街に住むことすらできなかった。
◇「キャタピラー」わたしが上京した当時国電の中や上野駅周辺には白衣と松葉杖をつき、軍歌をアコーデオンで弾き語りする人たちが大勢いた。今にして考えると戦後20年もしてそういう人がいることすらおかしいし、詐欺ではなかったかと思う。先日のNHKで双葉百合子の歌う「岸壁の母」を見るにつけ、戦争責任を蔑ろにした、国民層懺悔的な歌を唄うのだろうと思う。しかしお年よりはそういう傷痍軍人をみるとたちまち「寄付」に応じていた。
▼「週刊金曜日」20日号で本多勝一が「残酷なのは戦争か?」というテーマで書いている。「戦争に反対する」、「戦争が悪の根源である」、「二度と戦争にならないように」という言葉がこの時期になると氾濫する。しかし戦争には人格があるわけではない。いろいろ屁理屈をつけて資源確保、領土確保をスローガンにして戦争を始める。つまり侵略が先にあるからそれを防ごうとして侵略に反対する戦争が起こる。抵抗しなければスンナリ「植民地」に去れてしまう。日中戦争もベトナム戦争もそうだった。6月23日朝日夕刊に投稿した語り部が沖縄で日本軍に殴られて失明し、祖母は殺されたらしい。だが彼は「日本軍の残酷さを訴えたいのではなく、戦争が残酷なのだ」と語らせ、「ケンカ両成敗的な侵略者の発想」ではないかと指摘している。わたしも同感である。32年ほど前に近くの川で灯ろう流しがあったので行ってみたが、演説するのは自民党の国会議員で時代錯誤の演説をするし、灯ろうには「戦争反対」と訳の分からないスローガンが書かれているので二度と行かない。
▼さて映画の本論だ。福島県の山村では出征兵士が「国防婦人会」のタスキをかけた婦人と村人に万歳三唱で戦地へ送られていく。同時に一台の高級乗用車がすれ違う。その家に着いたが降りたのは手足をもがれてダルマ状態で帰国した久蔵(大西信満)だ。わたしはその姿を見て「ジョニーは戦場に行った」を思いだした。妻のシゲ子(寺島しのぶ)は夫の変わり果てた姿を見て、「あんなのは夫ではない」と泣き叫び驚愕の表情でみつめる。一度は首を絞めて殺そうと考えるが、思いとどまる。
▼一転して中国の村の戦闘シーンに切り替わる。彼(夫)はそこで中国の女性を暴行し殺害していたのだ。絞め殺すことができなかった夫は村人はこの生ける死者を「生ける軍神」と崇めたてる。野良仕事をするとき寺島は手足のない夫を幼子を入れる竹で編んだ大きなつづら(カゴ)に入れてリヤカーで連れ出す。すれ違う村人たちは軍服と勲章を付けた彼を見ると「軍神様」、「軍神様」と最敬礼をして崇めてやまない。そしてある時は「軍神様にあげて下さい」と白米や当時は貴重であった産みたての卵を寺島に託す。そして夫が外出を嫌がるときは胸の夫が授与された3つの勲章を胸に付けて出征兵士を見送る。
▼そして帰宅すると壁には天皇皇后の肖像写真とともに軍神の活躍をたたえる新聞と3つ勲章が飾られている。夫は煎餅蒲団に寝かされたまま、そこに自分の「国のために尽くしてきた」という存在価値を確かめるかのうようにじっと勲章と武勲を讃える新聞記事を確かめるかのようにじっと魅入っている。だが妻の手を借りなければ食事をすることも排泄も何もできない。このダルマ同然の状態でしか存在する価値のない夫は「飯を喰い、排泄し、ただ唯一性行為だけが生きがいになっている事が肉の塊となっている。妻にとっては何かにつけて性行為だけを要求するこの夫のどこが 「軍神」 なのかという気持ちになる。
▼空襲の実写場面と呼応して、村の鎮守の森では主婦達が集まり、バケツリレーの消火訓練や竹やりを使った刺突訓練に励む。この村人の期待に応え、彼らや出征兵士の士気を高めるために寺島は、自分がなすべきことは、この名誉ある 『生き神さま』 をお世話することにほかならない」と考えて割り切るようにつとめる。しかしそれも「妻としてではなく、日本国民の義務として」。夫はあるとき中国戦線で中国の婦人を暴行殺害したことがフラッシュバックして妻に対して性欲を失う。妻は出征前夫に「子どもが産めない」と繰り返し折檻された事を思い出して抵抗できない夫を殴りつける。だがそうしているうちに「終戦の詔勅(監督は分かりやすい言葉で字幕化している)が流れてくると「軍神様」として夫の存在する必要はなくなってくる。
▼金曜日の仕事心配だったので「短パンTシャツで良いか?」とメールで尋ねたら、「ノー、長ズボンに襟付きのシャツで来るように」と言う返事があった。一日こういう格好は疲れる。持参して駅で着替えよう。それとも若い女性のようにレギンスかトレンカをつけて短パンをはき、さらにTシャツには紙で衿を付ける方法が考えられる。

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August 24, 2010

◇「瞳の奥の秘密」を見る

▼今朝NHKのラジオ体操が終わって6時40分のトップニュースが、ゴルフのタイガー・ウッズが離婚して9億ドルの慰謝料を払うというのには呆れてしまった。NHKはいつの間にか芸能ニュースがトップになってしまったのだろう?ついでに言うとNHKの鼻につく慣用句。
1)「警察への取材によれば」あれっ、記者というのは事件現場に行って取材して記事にするのが役目じゃなかったっけ。という事はNHKの記者は常に警察の発表をそのまま疑わずに記事にしていることなのか。すなわちNHKだけでなく多くは官公庁の発表をそのまま流すだけの「メッセンジャー記者」なのだ。
2)昨日のニュース未成年の少女を年齢を偽って猥褻な行為をさせて逮捕された。20代の男は5年間で2千万円の荒稼ぎをしていたという事件。これは明らかに犯罪だ。しかし荒稼ぎかどうか?計算するまでもなく、1年間で400万円の儲けだ。しかしネットカフェを転々として、ネットで顧客を募っていたという。そこから経費を差し引いたら利益はおそらく半分くらいではないかと思われる。1日5500円、時給にしたら690円弱で、東京の最低賃金にもならない。だから「荒稼ぎ」ではない。
◇「瞳の奥の秘密」時代はアルゼンチンでエビータが大統領になる直前の1974年頃の話だ。新婚まもない妻が暴行の末殺害され死体が発見される。裁判所の書記官ベンハミンは相棒と一緒に容疑者を追いつめる。どうやら彼女の大学時代の同級生が犯人ではないかと目星をつける。サッカーも好きではないので、5日間も混雑のサッカー場などに張り込んで捕まえようとする。さらに実家の母の家に不法侵入して手紙を盗み出し、分析して潜伏場所を探し出そうとする。
▼だがそのことが裁判所の上司に知られ、「やるなと言っただろう。これは決着済みだ」と怒鳴られる。しかし妻を殺された男は仕事が終わった後、必死になって独自に地方の駅に張り込んだりして犯人を捜そうとしている。ベンハミンは一度は上司の言う事を聞いたが、その夫の姿を見て、上司に内緒で捜査を開始する。
▼実は直属の上司というのはイエール大学を卒業し、法学博士の学位を持った女性イレーネである。イレーネはベンハミンに理解を示すが、正面切って「OK」は出せない。そして遂に容疑者を逮捕するが、裁判もせずにひと月くらいで釈放されてしまう。裁判所のトップに抗議すると、お前は何も知らない。彼(容疑者)は政府に協力してゲリラを捕まえたり、家に忍び込んで特殊は工作をして当局に協力する人間なのだ、と教えられ驚愕する。イレーヌとベンハミンが一緒のエレベーターに乗り込んだとき、彼も閉まりかけたドアをこじ開けで無理矢理乗り込んで来る。そしてポケットから拳銃を取り出し、これ見よがしにスライドを引き装弾して無言の脅迫をする。つまり彼は国家警察のスパイとして生き延びていたのだ。
▼しかし元夫に会って話を聞くと、「捕まえても死刑にして欲しくはない。無期にしてしゃべらせない事だ」と切々と自分の気持ちを訴える。さらにイレーヌとベンハミンはお互いに妻子がいながら惹かれあう間柄だった。しかし学歴の差が彼に一歩踏み出すのを躊躇させ、遠い街へと旅立たせる。そして定年退職したベンハミンは事件の事を小説に書き始めており、原稿を時々イレーヌに見せている。最後に現実として考えられない事件の結末を取材の末に突き止めていた。その最後の章をイレーヌに見せるため、元の勤務先である裁判所のオフィスを訪ねる。

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August 23, 2010

「サイコ」の手を使えば不正給付も夢ではない。

▼一週間ほど前にあまり親しくない地方にお住まいの二人に、頼まれていた用件でメールを送ったが返事がない。お一人はその後もHPはご覧になっていることは把握できている。よほど危険人物かと思って警戒されてしまったのだろうか?メールは通常1日でご返事をいただきたいものである。気に入らないからと言って無視するのも大人気ないと思う。わたしも決してヒマではないので、もう関わりを持つのは止めようと思う。
▼先週あるDVDを見たくなってあちこち探した。通販で購入すると約7千円もする。わたしは資料的にとても価値があるもの以外は買わないことにしている。ネットで検索するとTSUTAYAの渋谷店にあることが分かったので借りて必要箇所はチェックし終えた。渋谷まで自宅から片道290円だから買うよりは遥かに安い。それにTSUTAYAでも全国でこのDVDを常備しているのは2軒だけだった。
▼友人A君に午後連絡をしたら不在だったのでお母さんに伝言を依頼した。コールバックがあったのは午後10時近くだった。近くの公園で日野皓正のジャズコンサートがあったので聴きに行って遅くなったのだという。依頼したいことを伝えると「これから行って良いか?」と言われる。来ると言っても彼は自転車で30分ほどかけて来てくれる。わたしは翌日にしてくれと言ったのだが、職人気質の彼は機嫌を損ねてはまずい。これから風呂に入る家族もいたが、「来る」というのを断ることはできなかった。
▼A君はわたしより3つ位年下で、お母さんと二人で自営業をしている。自営と言っても友人から頼まれた家電の修理をしているだけで、もちろんそれだけでは食べていけない。あるとき区役所の市民税課から呼び出され「どうやって食べているか」と聞かれた。A君は悪びれずに「ご飯はお茶碗と箸で食べている」と答えたと言っていた。つまりお母さんの年金だけが彼の命をつないでいる。「今後どうするの?」と聞くと「あの手しかない」という。あの手とは、いま話題になっているアレである。
▼この未確認のお年よりが急に問題になった経緯は次の様な事があるかもしれない。行方不明者が多い県は関西の特に兵庫県である。この県で一番力のある(暴)はY組であることはご承知の通りだ。警察庁はこの間Y組を徹底的に叩こうと計画していたらしい。その一端で出て来たのが、大相撲の野球賭博問題だった。これはたまたま偶然出て来た。それで調べて行くうちに年金の不正受給がY組の資金源の一部になっていることが分かってくる。それを止めさせるためには社会的な世論を盛り上げていく必要があるから、この不正受給が突破口になったという。
▼A君には今後この手を使うにはかなり厳しそうだから、ヒチコックの「サイコ」の様な手を使うことをアドバイスしておいた。つまり今のうちからA君がお母さんに化けて生活して近所の人に彼が母親だと認識させてしまうのだ。こうすれば万全のハズである。

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August 22, 2010

遺品のCD類を大量にいただく。

▼出掛ける前に1階の某お宅の奥さまに声を掛けた。「ご不幸でもあったのですか?」と。すると「主人が亡くなって片付けをしているのだが、量が多くて困っている。きょうは息子にも来てもらっているが、中々終わらない」、とおっしゃる。「線香を上げさせてほしい」とお願いすると、ご覧のように家が片付かないのでみなさんお断りしているので、後にして、と言われる。続けて「○○○さん必要な物があったら、もうすぐ片付けの業者が来るから持って行って」と言われる。庭にある小型倉庫にあったのは未開封の大量の落語やジャズのCDだった。中には「三遊亭圓生落語全集~圓生百席 完全盤」というのもあった。これは買うと20万円もする高価なものだ。こちらの奥さまとは管理組合の理事としてご一緒したことがあり、親しかったので声を掛けて下さった。そんな事もあり、プラスチックの大きな保管ケース3つ分のCDやDVDを頂いたしまった。
▼お話しをお聞きすると、膵臓癌で発見されてから2年弱治療をしていた。しかし今年になってわたしが入院していたB病院に入った。最後は緩和ケアをするかどうか聞かれたが、ご主人が「家に帰りたい」というので自宅につれて帰って看取った、という事だった。ご主人は見たところ、職人風で70歳半ばではないかと思われる人だった。
▼昨日お聞きしたもう一人も膵臓癌だった。近年中国の某地方に籍も移して、一人で生活していた。具合が悪いので医者に診て貰ったが診断するだけで良くならない。ご家族が日本に連れて帰って医者に見せたところ上記の癌で、診察から3ヶ月でお亡くなりになったという。具合が悪いと思ったら、なるべく信頼できる病院を探して的確な治療をしないと、命を縮めることになる。
▼3ケースのCDを自宅に持ち帰って、急いで新宿まで出掛けた。アルゼンチン映画の「瞳の奥の秘密」を見るためだ。シャンテシネでも上映しているが、朝一番の上映時間が9時35分ととてつもなく早い。新宿武蔵野館は10時40分だからそちらにした。しかし上記の様に立ち話をして頂き物を引き取っていたら、自宅の時計は10時になってしまった。間に合わないかな、と思ったが予告があるからぎりぎり間に合うかと思って、お茶の水で快速に乗り換えて窓口まで走る。本編の上映開始1分前に最前列に座ることができた。映画の感想は別途書くが、FOXクライム・ミステリー「コールド・ケース」の様な話とラブストリーをミックスしてあって、今年のベスト3に入ると思う。
▼映画が終わって千駄ヶ谷で下車する。駅前には「嵐」とか「AKB48」のコンサートに来た。あるいは「チケット求む」と紙きれを持った少女達が群れていて圧倒される。革新政党も、最早老い先短いオールド・ボリシェビキに依存するのではなく、こういう青年達にアピールする政策を打ち出せないとアガサ・クリスティの名作「そして誰もいなくなった」の様になってしまう。ここで降りたのは新宿御苑に行くためだ。しかし御苑にはサルスベリの花しか咲いていなかった。だがそこまで「嵐」のコンサートの声が響いてきた。
▼夜NHKの夏恒例の「懐かしのメロディ」を聞いた。いわゆる昔の歌手で登場したのは三浦洸一と、二葉百合子だけになってしまった。あとはみんなわたしと同世代の歌手だった。ということは老いと、死期にますます近づいたという事になる。「ズンゲン支隊」の検索用語は一日平均100件くらいと言葉が増える一方なので近々目黒の防衛研修所に行って来ようと思う。このレポートはネットでは一切発表しません。ご希望の方にA4で10枚程度のレポートを一式500円(送料別)で郵送します。

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August 21, 2010

死者のゴミを見て、無駄な物とは何か考える。

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(本日午後横浜駅で配られた号外、見出しが全国版と違う。)
▼昨日も今朝も「ズンゲン」の検索用語が集中している。わたしがご紹介した大阪の古書店には、防衛研修所発行の1万1千円の本はまだ売れていない。買って読んで勉強しよう、という方はいらしゃらないようだ。
▼昨日の高校野球、成田高校は前半頑張ったが残念だった。ついでに昨日の朝日「投稿欄」には木更津の年配の読者が「甲子園」という言葉を濫用しすぎている、というおかしな投稿が掲載されていた。実態に比較して「甲子園が神聖化」されているだけで、どうでもいいじゃないか、と思う。かつて「週刊金曜日」の北村編集長が現役の毎日の記者だったとき甲子園担当になって取材したが、「球児」たちの態度の悪さに呆れてしまった、と書いていた。
▼この1週間マンションのゴミ集積所の多量の古書が出されていた。そして昨日1階の住人を見ていたら、多量のゴミを庭に出していた。たしかご主人が2年ほど前に肝臓癌とか聞いたことがあった。庭に積み出されたゴミは尋常な量ではない。これはご主人がお亡くなりになったのだろう。見るたびに痩せ細っていったから、間違いない。
▼持ち主が死んでしまえが、宝物もゴミでしかない。うずたかく積まれている衣類、家具、趣味の品々が大陽の光で白く見える。このゴミを見てふと考えた。自分が後で見ようと思って録画したDVDがほとんど見ていない事に気がついた。家具や本、それに衣類は一枚買ったら捨てる事にしているから問題ない。TVを録画したものは、これは残しておいてもゴミでしかない。結局「後で見よう」というのは過去の様々な例で見ても「死蔵」されてしまうのだ。ただ持って安心しているだけ。もう録画は止めよう。そして過去に録画したものは、毎日一作ずつ見たら、切って廃棄処分にしてしまおうと思った。

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August 20, 2010

WOWOWで◇「蟹工船」(09版)を見る

▼昨日は朝からなぜか「ズンゲン支隊」をキーワードとする検索が集中した。午後10時半ころにはそれだけで200アクセスくらいになった。1月にNHKの番組を見て書いたブログをアクセスして下さっているのだが、その内容はNHKで報道されている以外の事は分からない。
▼アクセスして下さる方に応えるべく、その日のうちにもう一項目たてたという訳である。ネットで紹介されているものは、わたしの書いた物も含めてそれほど学術的な価値があるわけではない。とにかく今日本で入手できるのは「防衛研修所」で発行されている公式記録がひとつあるだけで、後はオーストラリアで刊行された英文の本と、参戦した日本人兵士の自費出版だから入手することは不可能でろう。重要な情報は決してネットには出ない。わたしがもし知っていてもタダでは書かない。足と時間それにカネをつかってご自身で調べていただきたい。
▼今朝の話題、富士通総研のコラムで根津 利三郎氏は賃金が下落がデフレの原因になる。そして欧米では同一労働、同一賃金が原則であると指摘する。TVを見ていると、「物価がさがるのはありがたい」という発言する消費者の発言を積極的に取り上げている。しかしそれは実は自分の首を締めている事に気づかないだけの話なのだ。
▼いま出版界では、「池上彰バブルがいつ弾けるか?」が焦眉の的になっているという。かつては茂木健一郎で書店に行くと茂木の本が平積みになっていた。しかしやがて本の文字が大きくなって、薄くなって中味はなくなって茂木バブルは弾けてしまった。次に弾けたのは勝間バブルだった。やることがなくなったのか先週は12chで旅番組に出演していた。しかし着ているもの、持ち物は??という物が多かった。NHKラジオでも時々出演しているが、わたしは彼女の甲高い声を聞く度に耳を押さえたくなる。そしてNHKにいた池上が12chで15日だったか3時間もかけて特番をやっていた。わたしは池上の本を読むつもりはない。この場組のボスニア・ヘルツェゴビナの部分だけちょっと見た。長谷川京子を連れて行っていたが、ああこの程度の今年かしゃべれないのかと思ってスイッチは切った。あちこちで「わかりやすい解説」と評判の様だが、これは別に彼の学説ではなく、ちゃっかりあちこちの論文を探して来ては、いかにも自分が発見したようにしゃべっているだけである。
◇「蟹工船」WOWOWで見た。会社側の一番悪者が西島秀俊ではいささか迫力に欠ける。中尾彬当たりが演じればピッタリだったと思う。そして海に落ちた漁師がロシアの船に拾われて戻って来る。原作ではそのとき階級社会について教育を受ける。それがきっけで蟹工船の労働は資本家の搾取の上に成り立っているのだと気づく。しかし映画ではその部分がまったく欠落していた。そして弾圧するために日本海軍の水兵が乗り込んで来るのだが、この服装がでれっとしていて、動きがきびきびしていない。さらに労働者側の動きが…。もし、労働運動家の星林さんがご覧になっていれば、「すこし、バシッとしろ」と言いたくなるに違いない。
▼今朝もまた「ズンゲン」の言葉のアクセスが増えている。

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August 19, 2010

「ズンゲン支隊」、「ニューブリテン島」の追加と補足

▼本日19日「ニューブリテン島」「ズンゲン支隊」の検索用語のアクセスが、このブログに集中しています。わたしはNHKの番組をご紹介しただけで学術的にこの戦闘に詳しい訳ではありません。参考文献は以下にあります。詳しく勉強したい方はこの中に●『戦史叢書 南太平洋陸軍作戦5 アイタペ・プリアカ・ラバウル』(防衛庁防衛研修所戦史室 昭和50年)があります。これが唯一の日本側の公式記録です。一般の図書館にはないと思われます。どうぞ目黒区にある防衛研修所に足を運んでご覧下さい。
▼また上記の本は大阪の古書店で1冊1万1千円で出ていますので、購入されることをお勧めします。

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◇NHK15日夜ETV「敗戦とラジオ」を見る。

▼昨日午後だが総武線某駅のプラットホームに立っていた。すると熱風が押し寄せて来てわたしの身体に襲いかかった。一瞬息ができなくなってしまう。ああおそらく東京大空襲の時のこの何倍もする熱風が人間に襲いかかって来たのだろう。近代的なビルに改修される40年ほど前、この駅舎まだ木造だった。そのあちこちにコールタール状のシミが付いていて、東京大空襲で焼け死んだ人の脂だと聞いた事があった。
◇NHK15日夜ETV「敗戦とラジオ」マッカーサーは日本を占領したときラジオを使ってその占領政策を有利に進めようとした。プレスコードで原稿を事前にチェックするなどして実質的な事前検閲をする。戦前は大本営による言論統制で、ニセの連戦連勝というニセの報道をして来たNHKだったが、戦後はGHQによる統制を受ける事になる。
▼その中でもめざましい報道をしたのは三木鶏郎らが行っていた「日曜娯楽版」というコントを使って世情を風刺した番組だった。、三木と一緒に担当していたのは丸山鉄雄(丸山眞男の兄)だった。彼らはストレートな表現ではなかったが、軍国主義復活に警鐘を鳴らし続けた。またGHQにいた検閲官フランク何とかと言っていたが、彼も退任して帰国するとき、この番組を高く評価していた。
▼報道部門でもラジオを使って民主化を促そうとしていたが、経営層は編集権とレッドバージという手段を使って彼らをNHKから追放する。それは朝鮮戦争が始まって、NHKの中国地方の放送局の設備を使って、韓国や北朝鮮に謀略放送を流そうとしていた時期と一致する。その送出所は今と違ってアンテナも30mほど高く、出力も高くされた。その内容もアメリカに残っていた原稿から再現されたが、「北」の意気を引き下げる内容だった。
▼そして「日曜娯楽版」も国会で保守党の議員から、偏向報道だとする攻撃に矢面に立てさせられる。結局「日曜娯楽版」は中止になるのだが、放送を使って支配しようとして支配者と、抵抗したNHKに働く労働者、それを支持した国民の声は日本の民主化一定の役割を果たした。しかしアメリカの占領政策が、冷戦が進行する中で、「反共政策」にシフトする中で、ラジオは再び政治のパワーバランスに巻き込まれてゆく。
▼明日はメルマガの締めきり日です。すでにお二人から投稿が寄せられています。どなた様もお早めに投稿をお願いいたします。

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August 18, 2010

◇「氷雪の門/樺太1945」を見る(3)

Sensha1
(映画でソ連戦車を模したアメリカ製M24チャッフィー軽戦車、映画のスチール写真)
T3584
(こちらは「戦争と人間」で第三部に登場したT35/84の本物。当時のソ連で撮影)
M4a3e8
(こちらは「人間の条件」第5部「ノモンハンシーン」で使われたソ連戦車。実は自衛隊のM4A3E8だ。
▼このところ朝日には中国が航空母艦を建設しているというニュースが頻繁に掲載される。しかも朝刊に載った週刊新潮の広告には、この「航空母艦建造に対して菅総理が弱腰だ」という記事が掲載されている。先週の「愛川欣也パックイン・ジャーナル」出席したAERAシニアライターの田岡氏が「今どき、上空を警戒する早期警戒機とリンクしていなければ航空母艦単独では何もできない。それに航空母艦の時代でもない。それにアメリカの国債を一番持っているのは中国だし、敵にはなりえない。これだけ世界経済がグローバル化しているのに、武力で他の国を攻撃したら一番損をするのは中国でもあるはずだ。解放軍の中には、「航空母艦を持ちたい」という気持ちを持っている者がいるから訓練をするのかも知れないが、いまや余り意味のないことだ。それに航空母艦の要となるカタパルト(飛行機を母艦から発射する装置)はアメリカの特許でもあるし、アメリカの協力がなければできない。朝日には緊張を過度に高める意図をもって「中国の航空母艦」を持ちこむ人物がいる、というのが田岡の意見だった。
◇「氷雪の門」(その3)真岡は大混乱になる。参謀(丹波)はソ連に「終戦になっているのに攻撃するのは国際法違反である」とソ連軍に申し入れに行くが「敗戦国に国際法はない」と追い返される。さらに別の指揮官(黒澤年男)は白旗を掲げて同じような交渉に行くが、ソ連軍に殺害されてしまう。参謀は最早これまでと「軍旗奉焼」(映画のセリフで、敵に陛下から預かった軍旗を奪われない様にと焼いてしまう)を行う。
▼交換手は一度は局長に「自分たちは最後まで居残りたい」から上部に聞いて欲しいと頼むが、それはダメという返事で、中学生を速成で交換手として養成して任務に当たらせるから内地に引き上げるように言う。しかし主任(二木てるみ)は「わたしたちは一人前になるには2年もかかった。速成した中学生に交換業務などできる筈はない。と拒否して9名は立てこもる決意をする。
▼国境線を突破してくるソ連軍戦車はT34/76型でなければならないが、反ソ映画にソ連が協力してくれる筈はない。ちなみに山本薩夫の「戦争と人間」第三部の戦車戦は当時のソ連に行って撮影されている。しかも映画を撮影したのは37年前の冷戦構造の最中でもある。それに協力したのは自衛隊である。自衛隊はアメリカ軍から供与されていた、M24チャッフィー軽戦車を18両貸し出してくれた。さすが自衛隊だ、自分の目的に合致するとなると太っ腹である。ちなみに最初の「戦国自衛隊」の時は許可が下りず、映画会社は仕方なく自前で撮影用のM61戦車を、某自動車メーカーに依頼してこしらえた。
▼真岡でも市街戦が始まり、郵便局の建物にも砲弾が飛んで来る。ソ連兵に捕まって辱めを受けるよりも死を選ぶ彼女たちは、最早これまでと釧路の局に最後のメッセージを送る。「みなさんこれが最後です。さようなら、さようなら」と言ってブレストを置き、主任が隠し持っていた青酸カリを茶碗に分けて一気に飲み込む。
▼不採用になった松山善三のシナリオを読んだが、もちろんこの話も出てくる。しかしテーマは自分の乳飲み子を「泣いていると敵に見つかるから」と絞め殺した日本兵を戦後数十年たってさがす。旅館の仲居となっていた女(幼児の母親)がようやく復讐して殺すところから始まっている。そして民間人を守らなかった日本軍の指揮官達の責任を追及する話になっている。さらにサハリンに残された多くの朝鮮人たちの事にも触れている。
▼だから真岡交換局の女性たちの最後はネットで探すと諸説出てくる。言ってみればまだ若い女性たちが命を断ったというのは、沖縄の「ひめゆり学徒隊」の悲劇と一部だけだが似て戦争の悲惨さを訴える部分があるので、意識的に利用されたと考えられなくもない。とても良くできている映画だが、これは冷戦期にあって、「緊張を高める」一定の役割を果たしていると言える。

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August 17, 2010

◇「氷雪の門/樺太1945」を見る(2)

Ppsh
(これがPPShサブ・マシンガン、2006年カンボジアの民間軍事博物館にて)
▼朝刊に掲載された「週刊朝日」のCMを見たら、緩和医療医として1千人以上の死を見届けてきた大津秀一医師が見つけた「人が死ぬ前に本当に後悔すること」というものが出ていた。以下見出しだけだが、「会いたい人に会わなかった」、「行きたい場所に行かなかった」、「他人にやさしくしなかった」、「おいしいものを食べておかなかった」、「愛する人に『ありがとう』を伝えなかった。etc,先日ご紹介したNHKの再現ドラマも癌で亡くなった男性は65歳だったから、年齢が近い人はやり残さないように心がけておいた方が良い。
◇「氷雪の門」(その2)樺太の国境とはあの岡田嘉子が杉本良吉と橇で越境したところだ。そこをソ連軍の戦車が雪崩を打つように超えてくる。樺太に住む住民たちはパニック状態になって南へ南へと群をなして徒歩で来る。しかしその群とは老人から赤ちゃんまでいる。しかも健康な成人男性は軍からとどまって抵抗するように要求されている。幼子を抱えて妻(南田洋子)も子ども2人に赤ん坊を抱えて歩き出すが、男の子2人はソ連の戦闘機の機関銃に撃たれて亡くなってしまう。
▼また歩けなくなった老人は札束を見せて、「誰か連れて行ってくれ」と叫ぶが、みんな自分の身を動かす事が精一杯で見向きもしない。樺太を守るのは第88師団の約2万人である。それを指揮するのは北海道にあった第5方面軍であり、昨日書いたように88師団に「ソ連に対して自重命令」を出した事から、映画では参謀(丹波哲郎)は「方面軍とソ連の間に北海道は手放さないが、樺太はやるという密約があるのではないか」と疑う場面がある。これは歴史的に明らかになっていないので、あくまでも映画の設定である。
▼一家の男達は国民義勇戦闘隊に加えられていたので、家族とは一緒にはにげられない。ほんとうはこの組織はゲリラとなってたたかうような構想があったが、そんな訓練も受けていないし、武器は38式歩兵銃だけなの、ソ連のマンドリン(PPShサブマシンガン)バタバタ殺されてしまう。あまりにも悲惨な光景を目にして発狂して死んでしまう母親も出てくる。そして真岡からは北海道に向けて脱出する船が2隻出港するが、いずれもソ連の潜水艦の攻撃を受けて沈没してしまう。この犠牲者は約700人だった。そして電話局をまもる女性たちに対して郵便局長(千秋実)は「君たちをここにおいては何が起こるかわからない。すぐ帰宅してご両親と一緒に逃げるよう」と説得する。しかし彼女たちは「自分が電話交換を放棄したら、さらに樺太に残っている人たちは混乱を来すからそんな事はできない。」と離脱を拒否する。
▼しかしそうしているうちに真岡にもソ連軍の艦砲射撃が始まり、ソ連兵が上陸して来る。少年たちも仇を討つとしているが、ソ連のサブ・マシンガンの前にはひとたまりもなかった。(つづく)

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August 16, 2010

◇「氷雪の門/樺太1945」を見る(1)

▼この映画を見てわたしは靖国神社に行こうと思った。しかし昨日の暑さときたら尋常ではなく、スルメになりそうだったので行くのは止めた。22日までに行けば良いのだ。いやこう書いたからと言ってわたしは国粋主義者ではない。考えはどちらかと言えば無政府主義者に近いだろう。映画とは「氷雪の門/樺太1945年」である。たまたま札幌に住んでいる友人が現地で見て「とても良かった」と教えてくれたので、行く気になった。かつてこういう映画は「反ソ」とか「反共」映画という烙印を押されていた。しかし今は日本の共産党をして「かつてのソ連は社会主義国と縁もゆかりもなかった」と言っている。
◇「氷雪の門/樺太1945年」映画に先立って松山善三が書いた同名の小説も読んだ。ネットを見ると映画化に先立って2人の脚本家に執筆を依頼したが、これらの脚本は監督のイメージとはかけ離れていたので採用にはならなかったという。当時カラフト(ロシア面サハリン)は南半部が日本の領土だった。この経緯を書くと、これだけで何日分かのブログを必要とするので省略する。興味のある方は別途ネットで検索していただきたい。つまり当時のソ連と日本は国境を隣接していたのである。さらにこの映画は37年前に巨額の費用を使って作られたが、ソ連と映画会社の意思の疎通が不十分でなかったため誤解が生じ、「ソ連の圧力で上映中止」にされていた映画でもある。
▼映画は8月8日のカラフトの南部に位置する真岡郵便局が舞台だ。当時は電話交換業務は郵便局が請け負っていた。そこで働く少女たちが話の中心になる。主演しているのはまだとっても若い二木てるみや、藤田弓子、木内みどり、岡田可愛などがいる。少女たちは交換業務の間に灰田勝彦の「新雪」を聞いている。♪「紫けむる新雪の 峰ふり仰ぐ」もしこの曲を知っている人がいたらかなりの年配であろう。30名くらいの女性が3交代で交換業務に当たっている。ある日突然ソ連の偵察機と思われる飛行機が現れるので、町民たちは驚愕する。彼女たちは物資が不足している中にあって、餅や小豆、砂糖を持ち寄ってお汁粉を作って食べるのを楽しみとしている。
▼しかし翌日突然ソ連が日ソ中立条約を破棄して国境を越えたという知らせが彼女たちの耳に入る。そしてある人の叔母は川﨑が空襲でわざわざカラフトまで疎開して来た人もいる。そして軍のカラフト司令部には参謀本部から「越境せず、積極的な反撃をしてはならない」という奇妙な命令が届く。そして国境の町安別はソ連の戦車隊に突破され、日本軍は抵抗するすべがない。そして戦車は恵須取に迫ってくる。真岡も安心ではないとして、人々は混乱に陥る。当時のカラフトには王子製紙の工場や漁業基地もあり40万人もの人々が住んでいたのだ。(続く)

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August 15, 2010

NHK爆笑問題の「戦争研究」で感じたこと。

▼土日も朝早くからアクセスして下さる常連の読者がいらっしゃる。とても嬉しいことだが、ホンネで言うと土日、祭日はあまり書きたくない。書くには一定の時間、集中力を高めなければならない。それが時々苦痛になるときがあるからだ。従って土日、祭日のアップする時間はおよそ午前中と考えていただいた方が良いと思う。ご希望の方には「更新終了メール」をお送りするので、携帯などのアドレスをお教えいただきたい。
▼さて昨日は「二重被爆」、「被爆した女たちは生きた」それに「カラーで見る戦争」を途中まで見た。さらに土曜日は「愛川欣也パックイン・ジャーナル」があるので時間をとられる。そして金子勝の「ニュースにだまされるな!」の残り半分も見終えた。
▼さて爆笑問題の「戦争研究」で感じた事を一つ。それはゲストで登場した関西のお笑い芸人が「家族を守るためなら僕だって戦争に行く」としゃべったことに、東大教授の加藤陽子が「国家は問題を常にそういう方向にねじ曲げる」と語ったことだ。戦争の多くが領土問題だったり、利権や覇権をもっと長期にわたって安定的に確保しようとするのが目的である。そこを支配者は民族問題や、宗教問題にすり替える。そして「君の家族が敵に暴行されても構わないのか?」と問題をすり替えてくる。これは国家(支配層)の問題が具体的に個人の問題にすり替えられる詭弁である。
▼そしてだから軍隊が必要だ。軍備が必要、徴兵制が必要だと発展してしまう。それかもしくは「アジアを開放する正義の戦争」というめちゃくちゃな論理に発展してしまう。かの芸人は「学校でも誰も教えてくれなかった」と語った。するとゲストの1人俳優の神山繁(海軍で主計の勉強をしていたと言っていた)怒って「そんなのは誰も教えてくれない。自分で勉強するんだよ」と反論していたが、まさにその通りだ。
▼昨日の「愛川欣也パックイン・ジャーナル」で立教で財政学を教えている山口義行は「生徒に先の戦争でアメリカと日本のどちらが勝ったか聞いても分からない。つまり学校では明治以後を教えていない、と語った。同様にレギュラーの横尾和博は、「かつてオウムを取材していたき、あそこの顧問弁護士に取材したことがあるが、麻原が言っている最終戦争を東大を出た弁護士が信じているにの驚いた」と語っていた。一般学生だけではく、東大を優秀な成績で卒業して司法試験を受かった人間が、この程度だとすると、日本の教育では歴史をどう教えているのか、検証して見なければならない。
▼先日取材した歴博の学芸員も「歴史はむしろ現代から昔に遡及して教えたら良いのではないか」と語っていたが、本当にそうなのかも知れないと思った。

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August 14, 2010

NHK「もしも明日、個人葬」を見る

▼昨日見たのはNHKで「爆笑問題・戦争研究」、「シンドラーの生涯」、「玉砕」などだ。「戦争研究」を書くには時間が必要なので、後日書く事にする。午後10時から表題の「個人葬」を何気なく見た。10万円で済むと聞いていたので頼んだら150万円も葬儀社に請求されたとか色々な話がでた。ならば個人葬にすれば、と65歳にして癌で逝った夫がずっと病院暮らしだったの、公団の5階まで遺体を毛布にくるんで担ぎ上げる。高い階に住んでいると、こういう事からして大変なのだよ。話はゲストとして登場した一般人の体験をドラマに仕立てていた。葬儀社は「北枕」を指示するが、妻は「夫の生前の姿にして」と頼む。
▼夫の兄だか弟が駆けつけると、「個人葬などとんでもない。葬儀でどれだけ花輪や弔電が来たかで、その人の生前の価値が決まる」と言い張る。こういう人はわたしの身のまわりにも現実にいる。死んでしまえば花輪など関係ない。わたしは死んでからも見栄は張りたくない。
▼それで火葬場に行くまでの3日間の奮闘をドラマは紹介していた。また別の人は夫の枕元で生前に送った自分の手紙を一通、一通読んで泣いて夜を明かしたという。こういうのは良いなと思った。それでわたしが常々話している「エンディング・ノート」だ。60歳を過ぎた人は、どういう葬儀にして貰いたいか。所持品の処分、葬儀に呼ぶべき人の名簿など、「ノート」は市販のものもあるし、ネットでもフォーマットは探せると思うので準備をしておいた方が良い。
▼ただし出席していた生保のシンクタンクのアナリストによれば、個人葬は香典のやりとりがないので決して安上がりにはならず、かえって割高になることがあるというので、「安さ」を求める人にはむいていないかも知れない。

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August 13, 2010

NHKHV「澤地久枝、昭和に向き合う」を見る

Ipad
(我が家に一泊でやってきたipad)早速「きょうの目」にアクセス
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▼本当ならば13日には帰省して祖先の墓参をしなければならない日だ。ところが今年は20日納品の仕事を抱え込んでいる。あと2日で終わる予定だが、そんなことでご先祖には申しわけないが、ずっと東京にいる。一応きょう13日から17日まではお盆バージョンという事で短めに書くつもりなのでご了承いただきたい。昨日午後6時頃だったが、某市にお住まいのH氏から電話があって、「パソコンがフリースしてしまったが強制終了してしまって良いか?」という問い合わせがあった。「今まで作ったものが保存してあれば心配いらない」と指示する。もし再起動しなかったら某市まででかけなければならない。
▼画像でご覧のように一晩だけだが我が家にipadがやってきた。無線LANなので早速自分のブログにアクセスしてみた。動きは遅いが何とか繋がる。しかしこんな重いものを持ってあるく人の気持ちが知れない。
▼昨日見た戦争関連番組は、お笑い芸人が前線の兵士を慰問に行った「わらわし隊」。偽装病院船「橘丸」。それにNHKHVで放映された「プレミアム8人物、澤地久枝」だ。澤地の話はリアルタイムで見た。いま実はメルマガ最新号でご紹介した、中村哲氏と澤地の対話で紹介されていた、「滄海(うみ)よ眠れ」①を読み終わった所だ。この本は全6巻あり、何とかお盆休みには読み終えたいと思っている。澤地は学生時代は、下山、松川事件などが起きたが怖くて政治活動には関わらなかった。その後中央公論にはいって家族を食べさせなければならなかったので必死に働く。しかしその課程で心臓病が発覚して3度の手術を受け、出版社は退職する。五味川純平が「戦争と人間」を書くなかで、体調は最悪だったが資料助手として採用される。「滄海よ眠れ」を取材を始めたが遺族は「澤地は死者を悪く書いている」という評判が広まって一切協力してくれなかった。今は「九条の会」に協力しているが、「異形の死」が一貫したテーマである。1時間半の番組だったが、簡単に書くとこうなる。
▼今朝の朝日6面右上にある「経済気象台」の「長い停滞の日々」はとても深刻で、凄い話だった。今朝は朝8時の時点で、通常のアクセス数を突破している。

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August 12, 2010

「露営の歌」→変わり身が早く「長崎の鐘」つくる作詞家

▼午後から会議があって、始まる時間までの間に髪をカットにいった。わたしは通常21日ごとに髪を切っている。カットしてくれたのは、いちばん会話が進む女性である。彼女はかつて何かの理由でケニアに3年間行っていたという。ご本人は「遊びに行っていた」とだけ言うのでそれ以上は聞かない。昨日の会話は海外のツアーで事故が頻発しているという話になった。「ケニアも結構危ないとか言われていますが?」とわたし。そういう事を言ったら日本だって秋葉原では無差別大量殺人事件が起きているわけで、向こうでは強盗はあるかもしれないが、無差別に殺されることはない。それに日本でも新宿の歌舞伎町は夜になったら近づかない方が良い場所とされている。という様な会話をした。
▼たとえばイスタンブールに行ったとき、現地ガイドは「○○は歌舞伎町と同じくらい危険なので近づかない。道路を歩くときは○側を歩くように」という指示があった。たしか危険度の程度差はあるかも知れない。しかし日本でも交通事故は即死だけで年間7千人、自殺3万人もある。日本の事を詳しくしならい人が、この数字だけ見たら驚くのとそれほど変わりはないと思う。ついでに航空機事故の事。これも確率から言えば交通事故の発生件数よりもかなり低い。さらに走行距離で比べてみればさらに少なくなるはずだ。ある程度の年齢になると、航空機事故で遺族に補償金が支払われれば、ぼけて長生きするよりも、その方が家族に有り難がられるに違いない。
▼昨日帰宅するとポストに、マンションの管理会社から「東京消防庁からのお知らせ」という文書が入っていた。火災予防条例により住宅火災警報機の設置が義務化された」という。そして指定された日時までに「警報機を設置」したという文書を出すようにとある。もし出さない場合は消防署の立ち入り調査もありうると脅し文句である。条例を作るなら補助金とかそういう制度を作って欲しいとかねがね思っていたが、今度は警告文である。秋葉原でダミー警報機が安く売っていないかなー。わたしの家は4個も買わなければならないから1万2千円の余計な出費である。
▼NHKの戦争シリーズで見た番組は「引き揚げの嵐の中で/~京城帝国大学 医学生の戦争~」、「ガダルカナル」ETV特集「安保とその時代2・改定への道のり」だ。NHKFMで月曜日につのだ☆ひろミュージック・プラザという番組を放送している。今週のテーマは敗戦前後に流行していた歌謡曲だった。その中には灰田勝彦の「野球小僧」なんていうのもあったが、永井隆の妻の事がテーマになった「長崎の鐘」があった。「♪こよなく晴れた青空を 悲しと思う~」というあれである。作詞したのは古関裕而である。しかし彼は「週刊金曜日」の最新号によれば、歌手の美輪明宏が佐高信と対談している。そこで三輪は古関裕而は「露営の歌」、「♪勝ってくるぞと勇ましく」を作った戦争協力者であった。なんでこんな歌をつくるのだろう、という話を佐高がしたら、「長崎ではその話はしないほうがいいですよ」と言われたという。戦後65年たっても、こういう話は現実にゴロゴロしているのである。

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August 11, 2010

◇「サルト」を見たが…。

▼昨晩もNHKHVで「ヒロシマ少女たちの日記帳」が再放送されたので、夜になってアクセス数が急増して、いつもの倍以上になった。そしてまたまた主人公の名前や「生い立ち」とか言って検索する人がいる。ドラマの主人公が可愛かったのでそれで調べているのだろう。ご苦労な事だ。
▼NHKで放送されている戦争関連番組は可能な限り録画して見ている。今まで見た番組は、「優勝旗がなかった最後の甲子園」、「ベニア製の特攻ボート震洋」、「学童疎開と東京大空襲」、「アメリカの被爆者」、「シベリヤ抑留」、「茨城県勝田の艦砲射撃」などだ。見たが書く時間がない。というのはわたしはどちらかと言えば読書する方が好きだ。1本執筆するのに必要とする時間は30分から1時間だ。それだけの時間があれば本ならば50ページから100ページ読むことができる。さらにそれだけ時間をかけて書いても、解析すると、読んでいただける時間はおよそ平均で30秒くらいとなっている。そのうち時間があったら、話を部分的に引用するなどしたい。
◇「サルト」主人公サルトは石油会社に勤務しているが、実はCIAのエージェントである。北朝鮮に逮捕されて2年間抑留されているが、スパイ交換で釈放される。本国に戻って再びCIAで勤務をする。彼女がなぜ北に入る事ができたか?それは夫なる男が蜘蛛の国際的な研究者で、彼の立場を使えばどこにでも行けると考えて偽装結婚をしていたのだ。
▼ある日アメリカに亡命を求めるロシアのスパイ責任者がいた。帰宅間際なので25分間だけ取り調べを担当するサルト。スパイは「自分はサルトという人物をCIAに送りこんだ」と告白する。モニターしていた同僚は一斉にサルトに疑いの目を向けて、彼女を拘束してしまう。それからは追いつ追われつの目の回る様な追走劇が始まる。番組宣伝をTVで見ていたら、主人公サルトを演じるアンジェリーナ・ジョリーはスタントをつかっていない。とは言っても安全ベルトとロープ身体に巻いて演技をし、編集段階でロープは消す。この前半のめまぐるしさはちょっと着いていくのが苦しいほどだ。
▼実はロシアスパイの親玉はサルトをスリーパーとして使っていた。その目的とはアメリカの副大統領の葬儀に出席したロシアの大統領を狙撃しようとしたのだ。サルトは狙撃に成功し、ロシアは報復措置としてミサイルをアメリカに向けてセットする。サルトはアメリカ側に潜入している他のスリーパーと共に、ホワイトハウスに忍び込む。彼らは大統領が持っているミサイル発射の暗号セットを奪って、ロシアに向けてミサイルを撃ち込んで世界を混乱させようとしている事が分かる。
▼いやはや最後の方になると二重スパイや三重スパイ、四重スパイらしきものまで登場して話は混沌としてくる。最後のクレジットで「これは創作で現実の話ではない」と出てくるが、こんな滑稽な話を信じる人は世の中にはいないと思う。

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August 10, 2010

◇「華麗なるアリバイ」を見る。

Jisho
SHARPのブラックベリー風の電子辞書「Brain」
▼2週間ほど前にAゾンでシャープの新しい携帯型電子辞書を注文した。しかし家電量販店に並んでいるのに一向に届かない。それでAゾンは契約を解除して、近くのYカメラで写真の辞書「BRAIN」を買って来た。ポイントを貯めておいたので直接払った費用は半分くらいだった。支払ったら「別のカード会員になるとポイントが増える」と言われたの一旦同意して書類を書く場所につれて行かれた。そこでは要するに「クレジット機能が付いたポイント・カードを作れ」という事だった。わたしはローンは嫌いなので、2月に携帯を買い替えたときにもドコモの買い物カードを作らされたが、3ヶ月たったところで解約した。Yカメラでは、「きょうの買い物も分割のクレジットにすればポイントが付く」などと本末転倒な事を言っていた。これも契約書類を読んだところで拒否して帰って来た。
▼わたしは仕事のかなりの部分は辞書と格闘している。そのうちの一つは全国の団体からクロスワードパズルの注文を受けている。これはあらかじめ「答え」を受注する団体からお聞きする。そして普通の場合とは逆に問題を作っていく。わたしのパソコンの中にはいくつかの辞書が入っている。大昔は5連装ドライブなんていうものがあって、辞書を5つくらいガチャガチャ入れ替えて使っていた。これは結構読みこみに時間がかかり、かつ音がうるさい。今は仮想ドライブのソフトを使っているので、音はまったく気にならない。▼従って机の周りに30種類くらいの辞書を用意して、わからない事があったら辞書を引くようにしている。わたしの読書は電車に乗っているときが一番効率が上がる。そのとき片手で引くことができる辞書が必要だったのだ。付箋を付けたり、記憶して「後で辞書を引こう」などと思っていると、疑問の言葉自体が何だったのか忘れてしまうことが多かった。これで問題は解決できる、と思う。
◇「華麗なるアリバイ」これはアガサ・クリスティの『ホロー荘の殺人』を脚本にしたものだ。日本でもかつて野村芳太郎が「危険な女たち」というタイトルで映画化している。そのときは南紀・白浜の別荘でおきた殺人事件をもとに、女の愛憎のドラマを描いたものになっていた。出演は大竹しのぶで他に池上季実子が出ていたっけ。さてこの映画はフランスのとある地方にあるヴェトゥイユの上院議員の豪邸だ。そこには、9人の男女が集まって楽しく華やかなパーティが開かれる。
▼パーティが始まる前に議員のガンルームには20丁くらいの拳銃と10丁ほどの猟銃が保管されている。さらに裏庭には射撃場まで備えている。集まって来たのは議員の家族に、医師夫婦、彫刻家、酒好きの作家、イタリア人の女優だ。ところが一発の銃声が鳴り響きプールサイドで医師のピエールが殺されているのが発見される。ピエールは半身が水に浸かっており、側には妻がS&Wの38口径のリボルバーが握られていた。
▼しかし警察が来て調べると体内から取り出されたのは9ミリオートのショート弾だったから話はややこしくなる。いや何も拳銃に詳しくなくてもストーリーは楽しめるから安心していただきたい。そして医師のピエールは仕事の腕もたったが、女に対しても目がなかった。つまり様々な女と密かに浮き名を流していた。彫刻家の女性は目を憚らず、再会を喜んで付きまとっていた。さらにイタリア人の女優とも深い関係にあった。殺害に使われた拳銃が発見できないので、妻は容疑者から外される。みんな怪しくも見えるが、アリバイもちゃんとある。そうこうしているうちに、もう一発拳銃が発射され、瀕死の作家がまたプール脇で発見される。
▼全員が、ピエール殺害の「動機」があり、彼に一時的とは言え好意を抱き、いまは憎しみを抱いていた。だがまた全員に「アリバイ」もある。一体真犯人は誰なのか?渋谷Bunkamuraで。
▼今晩NHKHVで夜@「ヒロシマ少女たちの日記帳」が1年ぶりに再放送される。1年前は一晩でアクセス数が750カウントほどになったことが懐かしく思い出される。

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August 09, 2010

在日米軍の萌え系プロパガンダで考える

▼近くの映画館に朝一番で「ソルト」を見に行ったが、夏休みなのでお子様が「アンパンマン」を見るために大勢来ていた。それは早々に初回は満席になっていた、「ソルト」は明後日あたり書く予定である。夜遅くに遠方に住んでいる友人が「氷雪の門-樺太1945年夏」を見たと教えて下さった。東京では渋谷のシアターNで上映されているので今週末に見てご報告するつもりだ。
▼7日ご紹介した在日米軍の萌え系のアニメを使ったプロパガンダの話。これを見て色々考えさせられた。わたしは一応進歩的な考え方を持つ政党を支持して来たつもりである。しかし先の参議院選挙では共産党も社民党も得票や議席を大幅に減らしているが、トップは交替しないし、辞任するという声明すら出していない。何度も言うがこれでは日露戦争の203高地を守るロシア軍の機関銃や大砲に、繰り返し繰り返し何度も白兵戦で攻撃した乃木と同じである。失敗したらそれを反省して次の一手を考えれば良いものを相変わらず同じポスターで同じ顔が出て来て、「唯我独尊」的立場を繰り返す。トップが交替しなくても違う戦術を立てれば良いがそれができない。
▼おまけに支持層が固定してしまって新たな層にまったく切り込めていない。さらに得票の基準は「機関紙の拡大」がバロメーターだと言う方針も変わらない。それも例えば一般紙と比べてまともで取材が優れていて、唸らせるような記事が載っていれば良いが、部数の減少とともに記者を減らして、手抜き記事ばかりで面白くないと来ている。
▼つまりそれらの革新政党にあって戦術はあって戦略はないのである。戦術にしても旧陸軍の「作戦要務例」を繰り返すだけ。選挙終盤の機関紙の見出しを見ると「幹部渾身の訴え」とある。おお、どこかで見たような見出しだと思ったら、先の戦争終盤の大政翼賛新聞と同一ではないか?こういう形容詞を多用した文章や見出しは説得力がない。先日歴博で見た開戦2日前のシアトルの日本語新聞でも同様の見出しが躍っていた。
▼将来の戦略を考えたら、在日米軍のプロパガンダの様に10代から20代にスポットを当てた宣伝を考えなければ意味がない。50代、60代の死に絶えてゆく運命はもう射程距離の範囲内にあるのだから…。このまま行ったら次の衆議院選挙では両党とも議席はゼロになる可能性が、残念ながら極めて大きい。

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August 08, 2010

NHKシリーズ「安保とその時代①」を見る

▼友人がこの季節毎年札幌のウィークリーマンションを10日ほど借りて避暑に出掛けている。ところが昨日の滞在地でお書きになったブログを拝見したら「猛暑でだまされた」と書いていらした。内陸部は旭川なども暑いだろうなと思う。
▼「愛川欣也パックイン・ジャーナル」でも彼は自分の映画を撮影していて、エアコンを回すと最近のマイクは高性能だから、電源を切った状態で撮影するので、暑くて仕方ないとこぼしていた。それで毎日2リットルの水(普通のペットボトル4本)を毎日飲んでいると言っていた。暑いせいかどうか、先日わたしのノートパソコンの動きが急に悪くなってしまった。メインのPCは別の作業で稼働しているので、わたしの仕事はノートPCで行う。
▼我が家の場合家庭内LANで4台のPCが使えるようにセットしてある。わたしのは5年ほど前のレッツノートでHDD80Gでメモリーは700メガ。今はノートでも1メガか2メガは搭載している。このせいかなと思ったが、翌日になったら固まる状態は納まったので、使っている。わたしはノートに情報を入れて持ち運ぶ事はしない。主として全国を旅した時にブログを書くためと連絡用のネールをチェックするために使っている。
▼昨晩の朝日ニュースターの「ニュースにだまされるな!」は電子化が進むなかで書籍はどうなるかというテーマだったが、マスメディアが騒いでいるipodやキンドルがどういう影響をもたらすのかという問題や図書館のあり方などがテーマでとても面白かった。
▼NHKは8月になると「終戦特集」が目白押しである。しかしチェックすると見る時間や録画する時間がなくなってしまう。1年間バラして平均的に放送できないものだろうか?もしかして制作者の立場で考えると、「8月の終戦記念日向けに作る」と言えば予算がとりやすかったり、放送枠がとれるのかも知れない。先日の吉永小百合の語り部は5分ほどみただけで電源を切ってしまった。あの頃の日活の俳優は高橋英樹も同じようにセリフが下手で、常に時代劇向けの発声しかできていない。もうこの歳になると直しようがないのだろう。
▼先週のNHK「シリーズ安保とその時代」①「日米安保を生んだ冷戦」は考えさせられた。その第一回の最初の部分でミズーリー号で調印した国の主たる国はアメリカ、イギリス、中国、ソ連であった。しかし中国は政権が交代した。イギリスは海外の植民地の対応に追われていた。そしてソ連は最近明らかになった文書を法政の下斗米伸夫教授が入手して秘密文書を分析した結果を話していた。それによるとブルガリアでウラン鉱が発見され、原発開発を急ぐソ連は東欧対策とそのウランで、日本などどうでも良くなってしまったというのだ。これは今まで全く知られていなかった事だ。それらが結果としてアメリカが日本を単独占領する結果となった。後はアメリカの国務省でも単独占領に反対するジョージ・ケナンなどの意見もあったが、そのとき彼は少数派になっていた。そして冷戦が始まるとダレスは、マイケル・シャラの「封じ込め」の意見などを取り入れ、日本全土をアメリカの自由に使える潜在的基地に替える方向に持って行った。
▼国内では丸山眞男などが主催する戦争に反対する学者の動きがあり、いま国際基督教大学名誉教授の武田清子氏らがどのように、戦争を再び起こさないためにはどうしたら良いか研究会を開いていた。今晩はその②がNHK第二教育TVで午後10時から放映される。

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August 07, 2010

◇「フェアウェル/さらば、哀しみのスパイ」を見る

▼歴博に行った時受付で広報担当者に「取材撮影」という腕章を渡された。通常左手の腕に撒く。腕章と言えばフランスのTVドラマ「女刑事ジュリー・レスコー」を見ているとフランスの警察は赤い腕章を左手に巻くので、まるで警察労組のように見える。余談はともかく、安全ピンを外してシャツに通して再び留めるという行為が難儀だった。最後は左手の親指に針を突き刺してしまった。さらに流れ出た血が中々止まらなかった。
◇「フェアウェル/さらば、哀しみのスパイ」先週公開されたアンジェリナ・ジョリーの「サルト」の様な派手なスパイ映画があるかと思えば、これは頭脳戦の実際にあったスパイの話だ。1981年にソ連は崩壊した。実はこのスパイが流した情報がきっかけになってソ連が崩壊したと言われている。ブレジネフ政権時代KGB(国家保安委員会)のグリコエフ大佐は、自らが所属しているKGBに関する極秘情報をフランスに渡していた。このグリコエフのコードネームが「フェアウェル」とされていた。彼は妻と男の子と3人家族でつましい生活をしている。だが息子は反抗的でブレジネフを批判する言動があったとして学校から注意をされている。父親が息子の勉強部屋に来て、注意をしようとするとヘッドフォンを耳に付けて会話をしようともしない。
▼グリコエフはしかし、このソ連という体制を何とかしなければという思いに駆られている。そんなときフランス人外交官と知り合いになる。そして信頼できる相手だと感じたとき、ソ連の極秘情報を渡そうと決意する。最初は文書だったが、外交官から小型カメラ見ノックスを手渡され、それで密かに撮影したフィルムを手渡すようになる。グリコエフは息子の要求をフランス人に頼むシーンは微笑ましい。「ほらジョニーのウォーカーとかという音楽を聴くやつが欲しい」「それならソニーのウォークマンだろう。」「それにキングという歌手が歌っているカセット」「分かった」という会話がある。そしてグリコエフはKGBにいる女性と愛人関係でのっぴきならぬ関係になっており、「奥さんと別れてくれる」と家まで押しかけられる。
▼彼がなぜソ連が世界に張り巡らせたスパイ網が集めた情報を西側に流そうとしたのか?はたまたソ連の軍事情報を漏らしたのか?スパイが発覚してKGBに逮捕され拷問される。そして自白剤を注射されても吐かない。だが妻と息子が面会に来たとき、しっかり手を握って離さそうとしない。おそらくこのソ連という国にいては息子の将来はない、と考えたのではないだろうか。そして協力者だったフランス外交官がフィンランド経由でソ連から脱出したと取り調べの最中上司のKGB部長から聞かされて、ようやく自白しようとする。▼だがグリコエフは自分の命と、その息子の将来とソ連の崩壊とを引き替えにしなければならなかった。最後の瞬間、西側がとった驚くべき二重スパイの行動が明らかとなる。
▼以下在日米軍が日米同盟を永続させようとする、市民向けプロパガンダのアニメ。紙のものは大人気で既に20万部発行して、残部僅少だという。
▼祝!第92回全国高校野球選手権大会で成田高校が一回戦で智辨和歌山を下す。

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August 06, 2010

「歴博」に取材に行き歓待される。

▼もうかれこれ30年ほど前のことだ。保育園の運動をしていてある時飲み会があった。当時はまだカラオケなどもそれほど普及していなかった。車座で座った一同は順番で歌を唄うことになった。自分は何を唄ったのか全く憶えていないが、ある女性(つまり母親の一人)が自分の順番が来たとき「原爆ゆるすまじ」を唄ったのには仰天した。きょうは広島に原爆が投下された日で、あの歌は相応しいかも知れない。しかしその曲を聞いた途端座は白けてシーンとなってしまった。
▼昨日は暑かった。外を歩き回っていたので、頭がクラクラして気が遠くなるほどだった。そして夕方から、猫が騒いだりするので物理的に頭が痛くなった。本当にもっと痛くなったなら救急車で脳外科に搬送してもらわなければならない。いきつけのクリニックも日曜日から盆休みに入るので、一昨日薬を処方してもらいにいった。血圧の薬はぎりぎりの14日まであるが、2日ほど飲まない日がでてしまう。別に一日、二日飲まなくても死ぬわけではないが、一応早めにいって貰ってきた。医師はいつも「頭が痛くなったりふらつくことはありませんか?」とだけ聞く。
▼4年前の夏に某病院の担当医に「ふらつく」と言ったら「それは立ちくらみじゃないですか?」と否定された。退院後「この医者にかかっていたら殺される」と思ってそれ以後直ちに病院を代えた。
▼わたしの取材日は蓮の花といい、今回の歴博(国立歴史民族博物館)(と言いなぜかいつも猛暑の日になる。佐倉にある通称歴博では「現代史、戦争の平和」が新しい常設展示に加わったのでそれを取材した。カメラで撮影したかったので事前に文書で取材願いを出しておいた。汗を流しながらあの坂道を登り切り、開館時間の9時半に受付にいくと、広報担当の学芸員の方がやってきて1時間40分つきっきりで説明と案内をして下さった。わたしが一番興味があったのは戦前の部分だ。広報の方はわたしはその方面に詳しい事が分かって意気投合した。そして「○○(つまりわたし)さんが個人的に所持したいという事でしたら撮影は自由です」とまで行ってくれたので、取材はとても楽しかった。
▼展示には戦前の千葉県の基地というコーナーもあったが、なぜか市川には「憲兵隊」しかなかったので「砲兵大隊」の事を指摘して来た。担当者は「鎌倉時代の展示とちがって現代のものになると、色々意見が寄せられるので、内部で検討して直すべき記述は直している」との事だった。その中で一つ凄い新聞を発見した。それは昨晩お送りしたメルマガでご紹介した本にも関連することだ。それは開戦の2日前にシアトルで発行された日本人向けの「北米時事」という新聞だ。1面トップの記事は「日米交渉行き詰まり、今や総決算の時?華府暴露戦術で之を自賛、前後10回の会議で遂に水泡」と書かれている。まさに「碇のない船」上巻の最後の部分と彷彿とさせる。
▼それに昨日は暑くて頭が冷えていなかったのでいくつかミスをしてしまった。まずメルマガの送信方法。これは本当に申しわけありませんでした。さらにその中にあった「シネマ確定原稿」をタイトルだけ入れて本文を入れ忘れてしまったことです。これは次回2号分一緒にお送りします。本日は別の最新映画の紹介も書いたのですが、スペースが倍になってしまいました。これは分割して明日ご紹介します。

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August 05, 2010

◇「グッドモーニング・プレジデント」を見る

Taiyaki2
(昨日も食べた、ハモニカ横町の鯛焼き)
▼午前中学校の講師団会議があって出席する。終わってから一番気の合う先生と一緒に近くのレストランで昼食をとる。普段は弁当を持参するのだが、きょうは持参しなかった。「新しき村」にお住まいのとても律儀な先生だ。明日から2泊3日で竹の研究合宿にお出かけとの事だった。先生は夏場は毎年胃腸の具合が悪くなって体重が落ちるという。そこでここ数年整腸剤の「W」を飲んでいらっしゃってそれから具合が良いとのことだ。ところがその説明書を見ると、成人男性は一日2錠朝食か夕食後に一錠ずつ飲むように書かれていた。先生はその製薬会社のサービスセンターに電話をして2点を質問された。つまり一回に2錠飲んではまずいのか?昼に飲んではまずいのか?答は両方可という返事だったという。つまり昼が入っていないのは、通常の人は昼は職場にあって飲むのを忘れてしまう可能性が大きいので朝か夕食後白湯か水で飲むようにと書いたというのだ。もちろん2錠同時に飲んでもまったく問題がないという答えだった。先生のこだわりようがとても面白かったのでご紹介した次第である。
◇「グッドモーニング・プレジデント」タイトルはアメリカっぽいがれっきとした韓国映画である。韓国でも一人の大統領が政権を離脱するたびに、不正蓄財や身内に甘い体制が次々暴露されている。映画では3代の韓国大統領が登場するが、話はややこしくなるので真ん中に登場したチャン・ドンゴン大統領だけに絞る。前の大統領の遠縁に当たる彼は様々な難題を突きつけられる。彼の嫌いなものは3つあると秘書官に宣言する。1)子どもの質問。2)ロウソクデモ(韓国の人ならすぐわかるが日本人にはちょっと説明が必要である。そして3)は注射であるという。シングルファザーである彼は男の子を一人で育てている。大統領に就任すると前大統領の長女(美人!)を大学の研究者だったものを広報担当の秘書官に採用する
▼難題の一つが襲ってくる。それはじん臓病の父親を持つ子ども(20歳くらい)がどうしても腎臓の移植手術をする必要がある。自分はもう既に摘出してしまった。適合の可能性を調べたら、大統領だけだと分かったので腎臓を提供してくれ、という直訴に出会うのだ。秘書官たちは「重要な職務があるので、いちおう検査だけして断れ」という。検査をしただけ支持率は上がる筈だという。ところがどうしても摘出せざるを得なくなる。注射が嫌いなのに「麻酔は注射か?」と聞く位だだら。
▼もう一つは北が日本の領海を侵したとかで、日本軍(映画なのでそういう名称になっている)は韓国の領海を横断して北に海軍を使って報復するというのだ。さらにそこにアメリカの第七艦隊が加わろうとする。これでも大統領は困惑する。アメリカとTV電話を使って直接交渉をするが、ダメ。日本大使も呼び寄せて交渉するが決裂する。やむなく大統領は密かに「北のエージェント」を呼び出して直接交渉をする。そして一定の条件を出して、日本の海軍を引き替えさせる。現実にこのように精力的に行動する大統領がいればどんなに、世界の政治は良い方向に動いていくのだろうと思わせる一幕である。
▼他の大統領は汚職だったり、不正蓄財がそれとなく示されるが、それを超越した大統領がでてくるのは、現実の韓国政界に対するアンチテーゼとして見ると面白い。
▼今朝は午前7時には電車に乗り込まなければならない。しかも暑い。本日メルマガの締め切り日です。すでにお二人から寄せられています。お早めに投稿メールをお願いします。

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August 04, 2010

NHK「戦場からのラブレター」を見る

Enokoro
(エノコログサの葉を食べるナナちゃん)
▼例の猫の話の続き。昨日わたしが仕事をやりかけて机の上にPCとマウスを出しっぱなしにして小一時間ほど出掛けた。帰宅して画面を見ると最後の1行目が同じ文章が2行に渡ってでていた。その側には例の猫がマウスにじゃれていた。鼠に猫がじゃれるのは当たり前の事だが、PCのマウスにじゃれるという話はあまり聞かない。この猫は「コピー&ペースト」をやっていたのだ。もっと役にたつ事をしてくれればありがたいのだが…。この猫はわたしが外出から帰ると必ずバッグに首を突っ込む。この時期彼らは「猫じゃらし」が大好きなのだ。正式には「エノコログサ」というのだろうか?猫はこの若い葉と穂を食べる。猫によって葉を食べるのと、穂を好む。そして猫じゃらしが生育しすぎたものは食べようとしないので、帰宅途中には毎日道路脇のエノコログサを採取している。知らない人の目には「草むしりをしている変な人」としか写らないかも知れない。
▼昨日午後7時半のNHKで「クローズアップ現代」で「戦場からのラブレター」という番組を放送してから、この検索用語が急増して22件にもなった。わたしは1年ほど前に民放で放送した同名の番組を紹介してブログに書いた事があったので、その言葉を頼って来たのだろう。わたしは昼間の仕事で疲れ切っているので、夜はなるべくPCに向かいたくない。しかし現実には中々そういう訳にもいかず、前日は午前1時頃まで作業をしていた。だから残念ながら番組を観た直後にブログを書く元気はない。
▼WOWOWの「パシフィック」をちょっと見ただけでも同じ事が言える。つまり戦場にあって彼ら兵士を励ますのは肉親からの手紙であるのだ。当然「軍事郵便」を使うから検閲もあるはずだ。昨日の番組を見ると、検閲官も何十万通もある大量の全部検閲できないから、こういう生々しい愛の告白を書いた手紙に墨を塗ることまで手が回らなかったに違いない。番組では四国で戦地の夫と交わした100通近い手紙を出版したという話も紹介されていた。本当は自分の棺に入れてもらうつもりだった。しかし戦死した夫の気持ちを考えると公開して出版した方が役にたつと考えたと言っていた。
▼もう一つ中国の戦地に赴き、妻には「必ず生きて還る」と誓う手紙が残された人だった。途中では「何も分からない現地の奴ら」という敵愾心を燃やしている様子がうかがえる。そして外出するときにもどこから襲われるか分からないので、武器を手放せないという。しかしあるとき捕虜にした中国人の母子を殺害する様に上官から命令される。しかし子どもを抱いた母子を見て、日本に残して来た自分の母子の姿を重ね合わせてみる。そして銃を向ける兵士の前にして、上官に「この二人の命だけは助けてやって欲しい」と銃殺をやめるように訴えそれは認められる。敵愾心はあるが、やはり一人の人間として母子を愛する気持ちが優先されたのだ。それ以後彼は行進中に小さな子どもたちが「シーサン」と駆け寄ってくるのを見ると、必ず「ドンベイ」という銅貨を数枚与えるのを常として。
▼しかし妻に必ず生きて還ると、中国の子どもたちを可愛がった彼も銃弾に倒れて再び日本の土を踏むことはなかった。やはりメールではなく、肉筆の手紙は心を揺さぶるものがある。そして残された一通、一通の手紙には夫婦愛と肉親をいとおしむ彼らの肉声が切々と伝わって来た。本当は「グッドモーニング・プレジデント」を書く予定だたが、書いているうちにテーマが変わってしまった。市川砲兵大隊の感想はお一人の方から送られてきました。

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August 03, 2010

◇「借りぐらしのアリエッティ」を見る

▼猛暑であるが皆様お元気であろうか?毎日きちんとこのブログを読んで下さる方、朝晩何度も読んで下さる方。はたまた何日かまとめて読んで下さる方など様々な読者がいらっしゃる。そういえば日曜日付の新聞に掲載されている、「市川砲兵大隊」の記事は、こちらにどなたからも感想が送られて来ない。かなり力を入れて短期間で書いたのだが…。
▼朝から10時までの2時間に6kmほど歩きまわったが、もう倒れるかと思ったくらいだった。友人のブログを読んでいたら、わたしよりも10歳くらい年上の方がお亡くなりになってその葬儀に参列したという事が書いてあった。奥さまは先立ち、子どもさんとは別に住んでいらしたらしい。そしてその亡くなった原因というのが、どうやら熱中症らしいという。最近の新聞は特別の有名人でもない限り、個人情報保護の観点からか病名が書かれていない。今朝の朝刊でもKという映画評論家が亡くなったという記事がでていた。雑誌社の担当者が訪ねて行って死亡しているのを発見したとある。わたしと同じ歳で、いささか早すぎる死だと思うが、死因については触れられていない。こういう記事を読む度に自分もいつ死んでもおかしくないと考えるようになった。
▼昨日のきくちゆみさんのブログ「生きること、死ぬこと」ではお母様がもう娘を認識ができなくなって施設に入所し、それを見舞いに行った話がでていた。とても考えさせられたのでご紹介する。
◇「借りぐらしのアリエッティ」映画評を書く場合原作本がある場合必ずよむように心がけている。原作はイギリスの「床下の小人たち」(この「小人」という文字も今や差別用語なので変換しない)という少年少女向けの小説である。わたしは岩波世界児童文学集を借りて来て昨晩、寝る前に読み終えた。ところがそれから仕事が入ってしまって寝たのは午前1時頃になってしまった。農村にある一軒の洋館。そこに一人の少年と老婆がベンツでやって来る。少年は一週間後に心臓手術を控えている。親はともかく空気の綺麗なところで静養させようと考えたに違いない。
▼その洋館の床下には小人の家族がひっそりと住んでいた。彼らはかつて人間たちから迫害されたらしく密かに息を潜めてくらしている。その生活とは人間の家から「借りる」として床下に持ちこんでつましい生活をしている。小人の一家は父のポッドと母のホミリーと3人暮らしである。ある晩父はアリエッティを連れて「借り」の探検に出掛けることになる。父はすでにこの家に少年が来ている事を知っており、警戒している。少女も実は少年が家に入るとき姿を見られている。二人がさがしているものは、今回角砂糖と、ティッシュペーパーである。これを妻から探して来て欲しいと頼まれている。
▼しかしその晩は失敗して手ぶらで帰ることになる。その失敗の原因を母親に話すと心配性の彼女は余計心配するから決して話さない様にとクギを刺す。そして小人がもっとも警戒する猫にもアリエッティは出会う。少年は洋館にあったドールハウスを小人の隠れ家に据え付ける。しかしそれは小人にとってはありがた迷惑で、洋館の家政婦にとっては怪しい存在となる。小人達の隠れ家を家政婦に発見され、母親は捕まえられコップに入れられてしまう。そして小人をあぶり出すために、害虫駆除会社を呼ぶ。小人を捕まえれば一儲けできる。
▼少年の機転とアリエッティの奮闘で母親を助け出すことに成功する。しかし父親はたとえ善人の少年に慈悲をかけられ、豪華なドールハウスの環境を与えられてもここは最早自分たちの住む場所ではないと決意する。そして身のまわりの生活用品だけを背負って夜道を歩き出すのだった。

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August 02, 2010

NHKHVドラマ「日本のいちばん長い日」を見る

Oekaki
(近くの橋でスカイツリーを写生する皆さん。1日朝)
▼昨日の朝日都内版にも「新宿エイサー」の写真が掲載されていたが、わたしが撮ったものもそれほど遜色ないと思った。渋谷シネマライズまで出掛けたが、ネットの上映開始時間が違っていて、2時間も時間調整をする羽目になった。仕方ないのでハンズに行き、持参した本を読んでいた。
▼NHKHV31日夜「日本のいちばん長い夏」が座談会形式で再現された。同名のタイトルは半藤一利の小説(本の著者は大宅壮一になっているが、後に書いたのは半藤であると名乗り出た)がある。終戦当時に軍や首相補佐官、外交官、記者など様々な立場にあった人が、現地にあってどのように考えていたか、半藤が取材した事に基づいて役者(この場合一般著名人)に扮した人が、当時の本人になりきってしゃべる劇だ。予告も2週間前に見たが、主として天皇の立場と軍の立場を中心に描かれたいる。
▼外地にあった人はポツダム宣言を日本は拒否したと受け取ったと報道から受け取る。しかし記事を書いた記者は迫水から「あまり大きい記事にするな」と言われただけだった。だが連合国は「ノー」と感じた。ヤルタ協定でソ連が対日戦に参加するという事は千島列島、カラフトの占領と引き替えに密約が交わされていた。知らないのは日本だけ。問題となるのは「聖断」の部分である。天皇は「これ以上国民に犠牲を強いるわけにはいかない」と言ったというのが通説である。作者である半藤もそういっている。しかし硫黄島でも沖縄でも多くの人の命を犠牲にして抵抗したのは、占領された後の自分の命と「国体護持」であった筈だ。「護持」はともかく「命は保障」されたので、「聖断」となった筈だが、このドラマはそのことについては一切ふれていない。そればかりか「終戦の詔」で「忍びがたきを忍び」と言ったはの「軍部に対するメッセージ」だという珍説まででてくるのは驚くばかりだ。
▼同名のタイトルの黒澤年男が出演していた東映映画の方が迫力があった。一人二役が多いし、共産党の幹部だった志賀義雄を田原総一郎が演じるなどミスキャストが多々見受けられた。ただ出演者が幕間に、自分や家族(主として父の出征)について実話を話している部分はかなり説得力があった。

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August 01, 2010

NHK「兵士達の戦争/ルソン島悲劇のゲリラ掃討作戦」

Hanabi1
(ツリーを入れるとこの程度にしか写らない。隅田川は遠かった)
▼今週シネマ紹介を書かなければならないが、「コレ」という一本がまだない。まず近くの映画館に10時半に行く。しかし見ようと思っていた作品は午後からだった。事前にネットで上映時間を調べたのに、「変更したこと」がネットでは「変更」されていなかった。この映画館の31日までのチケットを1枚もっていたが、まさか興味がまったくない「踊る大捜査線」を見るわけにもいかない。しかたなく予告が始まっていたお子様向けの「借りぐらしのアリエッティ」を見た。感想は後日書くが、回りの子どもたちが結構うるさかった。
▼それが終わって見るべき映画が上映されているシネマライズよりも、紹介したい映画を選択して新宿シネマアートに韓国映画「グッドモーニング・プレジデント」に行く。これもストーリーが3本あってごちゃごちゃしすぎている。真ん中のチャン・ドンゴンのでている1本だけで良かった。詳しくは後日紹介する。終わって新宿三丁目を歩くと「新宿エイサー」をやっていた。その写真が1面トップにあるものだ。
▼夜は隅田川花火大会。スカイツリーに近い近所の橋の上は人だかりができていたが、いかんせんここからは遠すぎて見えなかった。
◇31日朝NHKハイビジョン「兵士たちの記録/ルソン島悲劇のゲリラ掃討作戦/秋田県歩兵第17連隊」」日本の軍隊は、基本的に江戸時代の城を基礎に組織されていた。言わばその郷土愛を利用して兵士の結束を強めようとしていた。この歩兵第17連隊はフィリッピンのルソン島に派遣され、米軍と対決しようとしていた。ところがアメリカ軍は現地の住民を教育して、武器を持たせゲリラを育成して日本軍と対決させた。とにかく歩いているといきなり普通の農民がいきなり撃ってくる。現地の指揮官はベトナム戦争のソンミ村のように、一つの村を決めたら全員殺すように命令した。80歳を過ぎた元兵士たちは、そのときどんな残虐な殺し方をしたか口を開こうとしない。それは大人から子ども、男女を問わず刃物であったり、縄で首を絞めるなどして全員を殺害した。
▼だが米軍の上陸してくるとジャングルをひたすら逃げるしかなかった。食べものはなくなりやがて人肉を食べ始める。あるとき誘われて行くと飯ごうの中に肉があってそれは泡だっていた。人肉特有の煮えた状態だ。とても怖くて口にすることはできなかった。そして敗戦になると兵士たちは現地住民の前に立たされて首実検が始まった。親や肉親を殺された人たちはいきり立っており、「この男だ」と指さされると否応なく、米軍に引き渡された。本当に殺害した人もいただろうし、仇をとってやろうと指さされた人もいただろう。そして20人が実刑が言い渡され、そのうち5人が絞首刑になった。即席の13階段が作られ知っている人に付き添ってその階段を一緒に登った人は証言する。その男が階段を上りながら、「秋田おばこ」を歌っていたのが今でも耳に残っている。
▼しかし普通の人間だった人が、戦争というのはどんな残虐な事でも平気でやれるようになってしまう。人間が人間でなくなってしまう、これが一番恐ろしいことだ。
▼昨日もあの方面のアクセス数は約70。一日のトータルとして最高になった。

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