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August 21, 2010

死者のゴミを見て、無駄な物とは何か考える。

Gogao01
(本日午後横浜駅で配られた号外、見出しが全国版と違う。)
▼昨日も今朝も「ズンゲン」の検索用語が集中している。わたしがご紹介した大阪の古書店には、防衛研修所発行の1万1千円の本はまだ売れていない。買って読んで勉強しよう、という方はいらしゃらないようだ。
▼昨日の高校野球、成田高校は前半頑張ったが残念だった。ついでに昨日の朝日「投稿欄」には木更津の年配の読者が「甲子園」という言葉を濫用しすぎている、というおかしな投稿が掲載されていた。実態に比較して「甲子園が神聖化」されているだけで、どうでもいいじゃないか、と思う。かつて「週刊金曜日」の北村編集長が現役の毎日の記者だったとき甲子園担当になって取材したが、「球児」たちの態度の悪さに呆れてしまった、と書いていた。
▼この1週間マンションのゴミ集積所の多量の古書が出されていた。そして昨日1階の住人を見ていたら、多量のゴミを庭に出していた。たしかご主人が2年ほど前に肝臓癌とか聞いたことがあった。庭に積み出されたゴミは尋常な量ではない。これはご主人がお亡くなりになったのだろう。見るたびに痩せ細っていったから、間違いない。
▼持ち主が死んでしまえが、宝物もゴミでしかない。うずたかく積まれている衣類、家具、趣味の品々が大陽の光で白く見える。このゴミを見てふと考えた。自分が後で見ようと思って録画したDVDがほとんど見ていない事に気がついた。家具や本、それに衣類は一枚買ったら捨てる事にしているから問題ない。TVを録画したものは、これは残しておいてもゴミでしかない。結局「後で見よう」というのは過去の様々な例で見ても「死蔵」されてしまうのだ。ただ持って安心しているだけ。もう録画は止めよう。そして過去に録画したものは、毎日一作ずつ見たら、切って廃棄処分にしてしまおうと思った。

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