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October 31, 2010

「路傍の人」戸井十月写真展に行く。

Setumei
(戸井十月写真展「①孫悟空」の説明文)
▼昨晩のロッテもまた燃えて中日に先勝した。西村監督は継投の判断と決断力が、かなり的確である。夕方「もしツアー」を見ていたら前回のブログでご紹介した「世界は危険で面白い」の著者戦場カメラマンの渡辺陽一氏がなぜかゲスト出演して昇仙峡まで出掛けたいた。ご覧になると分かるがあの風貌で現地の人々の間に溶け込んでしまい、ソマリアからアフガンまで怪しまれずに行ってしまうのである。
▼雨の中レインスーツとレインシューズに身を固めて新宿武蔵野館まで「クロッシング」を見に出掛けた。内容は後日ご紹介する、NYの95分署に務める3人の警察官が、それぞれ独自に動いているが最後の場でクロッシングするという話しである。ある映画評論家はブログでかなり評価していたが、わたしはそれほど良いと思わなかった。とにかくハリウッド映画を見るときは耳栓を持って行くことにしているが、正解だった。いきなり最初から銃による殺人があり、最後も殺人で終わるというかなり後味の悪い作品だった。
▼同じ映画はシャンテシネでもやっているが途中の市ヶ谷で戸井十月の写真展を見るためである。昼食を頼んだら「下記ドリンクをご注文になれます」というので「ホットコーヒー」と言ったら「それはプラス120円頂きます」という。「それならいりません」というと、なおも「下記メニューから選べ」というので再度「いらない」という。席に着いたらその代金として80円を返金して来た。このやり取りでかなり気分を害した。
▼昨日のトップの画像で追加したがセルバンテス東京というのは市ヶ谷から徒歩で5分くらいの場所にある。入場は無料で台風のせいか受付の人も観覧者も誰もいなかったのでじっくり見る事ができた。誰もいない会場で、先日NHKHVで放映された「ユーラシア大陸横断の旅」がDVDで流れていた。写真が特別うまいという訳ではない。だがその場所にオートバイに乗って、自力でいけなければ撮れない写真ばかりである。それに戸井は文章で勝負をする小説家なのだ。あの開高健は出版社のカネでアマゾンに連れて行ってもらって、彼自身は棹を振っただけの話だ。その点戸井の写真はどれも現地の人々とコミュニケーションがとれており、いずれも表情が生き生きと活力に溢れていて素晴らしいと思った。「撮影禁止」の表示はなかったので一枚だけこっそり撮ってきた。(上掲の写真程度なら著作権侵害にならない、と思う)
▼最終土曜日の朝はNHKHVで「兵士達の戦争」が放映される。昨日は「人間爆弾桜花。第721海軍航空隊」だった。これは過去のブログの書評としてご紹介したのでそれをご覧頂きたい。基本的にそれと同じである。この特攻兵器は一式陸上攻撃機の下にぶら下げられた桜花が、切り離されて敵の船に体当たりするという物で、恐るべきことに桜花には推進力の燃料、速度計、標準器しかついていない。まっすぐ進むだけで言わば空飛ぶ魚雷に人を乗せたというシロモノである。乗った事のある人の表現によれば「尻から吸い込まれるような感触」だったという。それで犠牲になった若者は430人で、破壊できた戦艦はアメリカの記録によってもたった一隻だった。
▼「愛川欣也パックイン・ジャーナル」では中国との交渉がキャンセルされた問題を40分に亘って話合っていたが、時間がないのでそのうちご紹介する。

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October 30, 2010

新「脳梗塞」自己点検の方法

Poster_2
(戸井十月の路傍の人写真展は市ヶ谷セルバンテス文化センター東京で開催中)
▼昨日朝のNHKTV「朝イチ」と朝日新聞は偶然「脳梗塞」の特集だった。両方とも脳梗塞になった時の自己点検方法として「ラ行」の言葉が言えなくなるという主張をしていた。NHKでは「太郎は花子にリンゴをあげた」という早口言葉を何回か繰り返して欲しい。点検方法はその他にもいくつかある。わたしは昨日仕事で出掛けたとき、相手を待っている時間が結構長く30分ほどあったので、自分でこの変化形を考えて見た。
▼「美空ひばりは柔を唄った。やわらと言われたのは谷亮子だ」。台風が接近しているから出掛けなくても良いようなものだ。しかしこういう日は映画館は空いているに違いない。昔大雪の降った日に「この森で、天使はバスを降りた」を見に行った事を思い出した。それを見たのは1997年の冬、当時の日比谷シャンテだった。原題は日本語のそれと遥かかけ離れた「The Spitfire Grill」で主演はアリソン・エリオットだった。彼女は翌年日本で公開されたヘンリー・ジェームス原作「鳩の翼」にも出演していた。
▼映画の後は、とある写真展に行くつもりだ。その内容は明日のブログにご期待いただきたい。

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October 29, 2010

◇「隠された日記~母たち、娘たち~」を見る

▼朝刊によれば昨日の事業仕分けでスーパー堤防が中止になったらしい。友人が北小岩のスーパー堤防の反対運動を長い間つづけてきたので、ほんとうに良かったと思う。とにかく幅の広い堤防を下流に作ってもまったく意味がないのだから、何のための堤防なのかまったく意味がない。それが国の政策だからと言って、区役所は住民運動の切り崩しから様々な手段を使って、堤防を作らせようとしていた。しかし堤防を作るために先祖の代からずっと住んできた家を取り壊して、他に移転させられる方はたまらない。
▼COP10は最終日になってもまとまりそうにない。昨日のTVを見ていてアフリカのナミビアの人が出ていた。この人物は白人であり、本当にナミビアの先住民族の代表として、例えば「大航海時代まで遡って」と主張しているのだろうか?わたしは不勉強でわからないが、数年前に雑誌で読んだ記事によれば、「国際会議でアフリカ代表として出席している人のかなり多くが、国を代表しておらず単なる利益代表である」、という。
▼時代劇が次々公開されている。しかしまずリメイクはまずつまらない作品が多い。次は原作の小説がある場合小説を超える映画に出会った事はない。つぎに映画評論家の批評はタダ券をもらって書いているからアテにならない。むしろ試写会を見た個人のブログの方が遥かに当てになる。「桜田門外ノ変」も「雷桜」も個人のブログの評価はイマイチなので見に行く気持ちは起きない。
◇「隠された日記~母たち、娘たち~」フランスの郊外で町医者をしているカトリーヌ・ドヌーブ。彼女は今回主人公ではない。その娘のオドレイが主人公であり、キャリア・ウーマンとして仕事をしているカナダから一時帰国している。彼女の仕事とは何やら水のエネルギーの省力化のプラントを作る事らしい。それで帰国して集中して仕事をしようとしている。しかし映画では殆ど仕事などしている様子はない。
▼実家の母とはあまりしっくり行っていないので、海辺の今はなき祖母の実家に籠もって仕事をしようと考え、1ヶ月も滞在しないのに調理台や食洗機まで入れ替えようとしている。ボーイフレンドはカナダに残して来ているが、どうやら妊娠したと気づく。しかし彼と生涯を共にしようなどとは考えていない。だがオドレイは、母親になることに不安を持っている。同時にこのまま産むべきかどうか迷っている。母の実家の改装をしているとそんなある日、台所の引き出しの奥から一冊のレシピを書いた日記が見つかる。50年前に家族を残して家出した祖母のものだった。
▼オドレイはさっそくそのレシピを再現して母や親戚一同を招いてパーティを開く。しかし夕食もそこそこに母(ドヌーブ)は腹を立てて歓談もせずに帰ってしまい、気まずい空気が流れる。どうやらそれは祖母と母との間に何かがあったのではないかと感づくオドレイ。映像は過去と現在を行き来しながら母の記憶を取り戻す。それは祖母はとても美しい人だった。だが夫のために家に籠もって尽くすという生き方は望まなかった。夫に外に出て働きたい。銀行口座を開きたいと頼み込むが次々とノンと言われてしまう。あるとき写真館の経営者と知り合いになり、個人的にカメラの使い方を習おうとする。しかしそれも夫に知れ、借りたカメラをたたき壊されてしまう。
▼祖母に母は「お前は頭のよい子だから手に職をつけて立派に自立するのよ」と諭す。賢い長女(母)はうなずいてその通りに生きて来た。その点、長男の弟は幼すぎて母の話はあまり理解できなかった。そしてある日祖母は銀行口座をすべて解約し、よその町で行きていこうとする。ところがそれが夫の耳に入ってしまう。荷物を持って旅立とうとしたとき夫に捕まり激しく折檻される。姉弟の記憶はそれでストップしていた。しかし今思うと父はその後泥だらけになって帰宅した。それが示すものは何か、いま大人になって父のしたことがようや分かる。母は心に秘めてきた想いをオドレイに話すことでようやく長い間のわだかまりが解けるのだった。
▼今週読んで良かったブログ「気づくこと」「信ずること

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October 28, 2010

NHKHVで「戸井10月ユーラシア大陸を走る」(最終回)を見る

▼寒い朝、家族はダウンジャケットを着て出勤していった。室内にいるわたしは相変わらず短パンである。ブログを書き上げたら温かい格好をして外を出歩き、大雨の降る前に仕事を片付ける予定だ。今朝の天声人語を読んでいたら、冒頭に「海外で求めた記念のタグ・ホイヤー」という表記があった。しかし「海外で買い求めた時計」くらいで止めておけば良いのに何故商品名が出ているか不明だ。いやわたしもスキューバ・ダイビングをしていたとき、この時計を買った事がある。しかし故障が多くて、そのたびに生産国であるドイツに送り返され、修理が直ってくるまでひと月以上待たされる事が多かった。もう、とてもつきあっていられないと思って売り払ってしまい、いまは国産の時計しか使わない。▼それに普段は携帯があれば時計も必要ない。腕時計は旅行するときだけ、国産の安いものを使って入る。腕時計がなくても約束の時間に遅れることはない。やたら海外の高級時計をもっている人に限って時間を守れない人がいる。
▼◇「戸井十月ユーラシア大陸を走る/最終回」ポルトガルのロカ岬からウラジオストックまで4ヶ月かけてオートバイで走り抜けた戸井。4回目は中国を出国してモンゴルからシベリアを走る。国境警備が今まで一番厳しく、モンゴルから出国する手続きに10時間も待たされる。それでもたまにオートバイで走っている外国人がいる。たまたま会ったのはオーストラリア生まれでイギリスで生活している若い男女だった。戸井は禁句である「A your lover?」と聞いてしまう。この言葉は2ヶ月ほど前に英語教師の言葉をご紹介したが、二人の性的関係を問う言葉で決して使ってはならない。でも二人は気分を悪くしないで「yes just marriage.go to the honymoon」と言っていた。見ていると戸井の英語はわたしと余り変わらない。それでも世界中を旅してしまうのだから、心強く思った。とにかく「はい」と「いいえ」だけ現地の言葉を知っていれば何とかなりそうだ。
▼ロシアを旅している戸井は、自分の父親は10年前に亡くなって、ロシア10月革命から自分の名前を付けたと言う。それで若い頃シベリア鉄道でモスクワまで旅しているので傍らを走るシベリア鉄道を感慨深く見ている。とにかく未知の土地でホテルがなく、夜遅くようやく空いている部屋を交渉してクルー一同4人一緒に雑魚寝をする。しかも日本から持参したカップ麺を啜っている。戸井は10月(昨年の事である)になって雪が舞うロシアで61歳の誕生日を迎える。
▼ハバロフスクまでの道は凍結して、アイスバーンになっている。250kgもある大型オートバイは何度も転倒する。50km位走るが危険だとして、今来た道を半日かけて戻る。そして1200kmの道をオートバイをトラックに乗せて運んで貰えないかという。その交渉は画帳にトラックにオートバイを乗せている図を書いているのはおかしかった。でも交渉の結果、元戦車兵だったという男の日本製の中古バンに乗せてもらい、1200kmを2泊3日で走って貰う。元戦車兵はつるつるでスリップさせながら元来た道を走って帰路に着くのを戸井らはずっと心配そうに見送る。
▼ナホトカで日本に向かう船で海を見つめながら戸井は言う。まったく嫌な事がなかった訳ではない。しかしどこにでも明日に希望をもって生きている人たちがいるのを見て、この世界もまったく捨てたものではない、という確信を持った、と静かに語るのだった。

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October 27, 2010

文化功労賞受賞者の分からない選考基準

Kitte
(修好記念切手、写真はポルト歴史地区)
▼昨日発表になった文化功労賞の受賞者のなかに「この人が何故」と思う人が一人いる。新聞報道によると「夢千代日記」に出演したとあるが、これはかなり昔の話だ。最近出演している映画は「まぼろしの邪馬台国」はじめみんなこけている。テレビに登場する姿といえば、JR大人の休日クラブ、シャープなどCMだけ。たしかに原爆被害にあった子ども達の詩の朗読活動はしている。しかし政府はそういう活動をしている人たちに今まで一切このような功労賞を授与したことはない。しかも受賞者の中で一番若いのに、どうして受賞者になったのかどう考えても分からない。結局のところ政府の人気取りだったのだろうか?
▼昨晩NHKHVでポルトガルを旅して小説を書くという旅をしていた。ポルトガルといえば先週郵便局で「日本・ポルトガル修好150周年」記念の切手が発売された。シートでもばら売りでも販売しているようなので、興味のある方は買っておいた方が良い。江國はスペインから列車でリスボンに入った。そして車でアレンテージョ地方に向かう。アレンテージョとはテージョ川の向こうという意味である。テージョ川にかかる橋はとても長く12kmもある。アレンテージョはポルトガルのパンといわれる穀倉地帯で農民の作った素朴な料理がたくさんあった。江國の好きな菓子は鶏卵素麺を使ったものだ。元もとこの鶏卵素麺とはポルトガルから来た菓子なのだ。
▼この旅行ではあのリスボンで食べたエッグタルトは出て来なかった。とにかく鶏卵を沢山使うからわたしなど食べられない。そして黄身だけを使う。なぜなら白身は修道院の洗濯物の糊として接着剤等として使われるから、一切食べる事はない。エスカルゴも姿はそのままで、日本のタニシを食べるように突いてほじくり出して食べる。それは千葉の九十九里海岸で獲れるながらみと同じようだ。江國と同行した年輩の女性通訳も気味がわるがって口にしなかった。この地方のパンも焼いてから4、5日寝かせてから食べると言っていたが、見ると日本でドイツパンとして販売しているものと姿形は似ていた。
▼さらに凄いのは素焼きの壺を円形状にして庭に並べ、それぞれ野菜や豚肉を入れて焚き火で外側から4時間ほどの時間をかけてゆっくり煮込む。しかる後に皿に盛って取り分ける。江國はビール好きとして知られるが、ワインを飲みながら半日もかけた昼食を摂っていたい。
▼そののち北上し北テージョ地方に行く。そこはモンセラーシュというスペイン国境の町でホテルが2軒で民宿が5軒ほどしかなかった。とにかく寂しい町だ。江國は外国旅行したとき、外で食事を一人で摂ることができないという。しかし旅行者の男性が一人で食事をする姿にとても憧れるという。夜になると一軒しかないレストランに国境警備兵(女性兵士だった)等の村人とともに集まって酒宴が始まる。もはやEUになって国境もなくなり、大昔と違いスペインとの国境紛争もない彼女たちにとって兵士の任務とは、警察官と同等なのだろうと思った。
検察審査会事務局に乗り込んだという人のブログ。このくらいやらなければ…。

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October 26, 2010

権力と時代に迎合する池上彰の発言

▼日曜日にはフリースの上着を引っ張り出し、昨日の午前中はそれを着て歩いた。1週間前は半ズボンも大丈夫の日もあったのに…。だが家の中ではいまでも短パンにTシャツだ。わたしは着る物はなるべく薄手の物を着ないと、肩がこって仕方ない。
▼池上彰の猛烈なファンというのは、わりと進歩的と思われる考え方をしている人の中にもいらっしゃる。誰とは言わないがブログで「なるほど納得」などと書いている。わたしは彼がNHKにいた時代「週刊こどもニュース」もインチキくさい事を言っていたので、それ以降彼の書いたものや、出る番組は見ない事にしている。
▼池上を批判するその1が「世に倦む日々」で「池上彰の反中プロパガンダ」として書いている。その2は「たかしズム」「池上彰の功罪」である。マスメディアに出続けるという事は、権力に迎合する発言をつづけなければならない。特に後者のブログで指摘されている、中国が沖縄を占領するという池上の発言には腰を抜かすほど驚いた。
▼その池上との共著もあり、ときどきスタジオで共演している麻木久仁子というタレントがいる。彼女が「婦人公論」の11月7日号で尖閣列島をめぐる座談会で司会をしている。発言を見ると「政府の対応はあまりにお粗末にすぎるというのが、大方の国民の実感だと思う」とか「ちょっと違和感を覚えるのは、こういうことが起こるから日米同盟の強化が重要で、普天間も……というようなストーリーを、少なくない政治家が語っている」。(154ページ)そして麻木の結論は「領土問題や外交交渉は、一日にしてならず。きちんと現実を見極め、将来にわたるビジョンを築きたいものです」となっており、不勉強で、意味不明な発言が目立つ。
▼池上も麻木もマスメディアに露出度の高い人の発言は、マユにツバをつけて聞いた方が良い。

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October 25, 2010

我が家に貴金属は一つもないけど…。

Yubiwa
(これ撃墜した米軍機の残骸で作ったジュラルミン製指輪。数字は撃墜された機数)
▼パソコンに向かったとたん、「いらなくなった貴金属の買い取り」という電話が掛かってきた。まだ墓地の売り込みというのは殆どないが、保険の売り込みはとても激しく電話が掛かってくる。最初の「貴金属」に対しては「うちには貴金属はありませんから、他を当たって下さい」というと、売り込みの女性は苦笑して電話を切った。わたしは貴金属はひとつも持っていない。身体や首にいろいろ巻き付けるのは嫌いだからだ。昨今野球選手などが首に何重にもスポーツネックレスというか、磁気ネックレスのような物を着用している。
▼夏に実際首にかけている普通の人にお目に掛かった。あれで果たして体調がよくなるのだろうか?もしかしたらと思っていたらあの「ピップ」でも出した。ネットの相談コーナーであれは効くのか?という質問をしていた人がいたが、その答えは「単に気分の問題」だという答えだった。そういえばソフトバンクの某内野手は3本も4本も首に掛けていたが、今年の成績を見るといざここ一番という時に全く打てなかった。という事は効き目が期待できないという事だ。
▼貴金属ではないが、わたしの宝物と言えばベトナム戦争の時アメリカの戦闘機や爆撃機が北ベトナムで撃墜された。その戦闘機の本体の構造物であるジュラルミンを使った指輪が何個かある。これは北ベトナムや南の解放戦線が、義援金を集めるために指輪に加工したものだ。金銭的な価値はまったくないが、今やお金をいくら積んでも手に入らない宝物と言える。
▼金曜日友人から貴重なものを預かった。彼のものとわたしの物を一緒に書き留め郵便にしてあるところに送らなければならない。銀座テアトルシネマで映画を見てから警察PRセンターの裏にある京橋通郵便局に行ったら、土日は閉局しているので、京橋郵便局まで来るようにと書いてある。目が悪いせいか「京橋通郵便局」と「京橋郵便局」の区別がつかない。一体どこにあるのだろうと目を凝らすと、歌舞伎座の近くである。面倒なので東京駅の前にある中央郵便局まで歩いた。ところが、である。1年ほど前にも行ったが中央郵便局は工事中で近隣の郵便局まで来いと書いてあるではないか。一番近いのでも日本橋高島屋の近くである。揃いもそろってみんな土日は休みだという。これにはいささか呆れてしまった。一つくらい最寄りの局を土日、夜間も開けて欲しいぞ。
▼そんな訳でもう歩き回る気力もなくなって、錦糸町で下車して、いつも急ぎの荷物も持ちこむ本所急便局まで持って行って問題を無事解決したのである。
▼今朝NHKラジオを聴いていたら、COP10で発展途上国の一部は生物資源を持ち去った先進国は大航海時代まで遡ってその補償をすべきだ、という論議が出ているという。新聞を読んだ限り具体的にどういう事なのか論旨は分からない。しかしまさにハーバード白熱授業でサンデル教授は「JUSTICE(正義)」の授業で、「オバマはヒロシマに原爆の投下を投下した事に謝罪すべきか」というテーマがあった。まさにそれが問われるテーマだと思って聴いていた。一体いつまで遡ったら良いのか大航海時代まで出てくると、日本もイギリスが運び出した美術品の返還を要求できるかも知れない。
▼朝から何度もアクセスして下さった読者には申しわけありません。更新通知をご希望の方にはメールアドレスを登録してお教えいただければ、自動的に更新をお知らせするシステムがあります。

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October 24, 2010

綿100%の椅子座布団をついに発見。

Huton
(近くの布団屋さん手作り綿100%椅子座布団600円也)
▼今朝はかなり寒い。家の中では半袖だが、外出時は考えなければならない。金曜日少々深酒をしてしまい。土曜日は立ち直るのに時間が掛かってしまった。京橋でカトリーヌ・ドヌーブの「隠された日記~母たち、娘たち~」の初日初回を見に行こうと思っていたが、初回には間に合わず2回目になってしまった。映画の後に遅い昼食を食べていたら、お誘いいただいていた渋谷の映画会には間に合わなくなってしまった。各位には申しわけないことをしてしまった。昔は朝から一日に映画を3本も立て続けに見た事があったが、今はそんな気力も残っていない。映画は別の機会に書くのでお待ちいただきたい。
▼山手線に乗り換えると車両のつり革広告は全部接見の「LUX」の広告でキャサリン・ゼタジョーンズが出ていた。最近は時々このように車両を買い切った広告車両が存在するが、わたしはこういう車両に乗ると息苦しさを憶える。もう北朝鮮のマスゲームと同じ拷問である。NHKHV戸井十月の「ユーラシア大陸横断の旅」は先週の録画放送で3回目に入った。旅はいよいよキルギスなど、シルクロードとして栄えた交易路を辿って天山山脈を越えて中国に入る。キルギスから中国に入るには一日で190kmを走らなければならない。しかも道路はアイスバーンの様になっている。国境緩衝地帯では携帯やメールは封鎖されて一切使えない。しかも中国国内は自由に走ることができないから、伴走してもらうため中国側の旅行社と契約して国境まで迎えに来て貰う形式を取る。
▼ちょうど国慶節のパレードをテレビで見ていると戦車やロケットが轟々と行進していく。戸井はこれを見て、国が大きくなるという事は軍備を増強するしかないのだろうか?と疑問を呟いている。そして南米ボリビアを旅したビデオが流れる。それは数百人の集落で村の祭りは人々が民族衣装で着飾って提灯やロウソクを灯して、村の歴史をふり返って喜び合うという素朴な集まりでる。戸井はこっちの方が親近感を持つよな、と語る。そして中国を3週間くらいで駈けぬけるのだが、中国の旅行社の2人とささやかな別れの宴を設ける。中国側旅行社の社長は「むかし好きだった日本の女性が歌ってくれた」として芹洋子の「四季の歌」を歌い、もう一人の通訳は、たしか「北国の春」を歌い、戸井は何か難しい聞いた事のない歌を歌っていた。しかしそのささやかな集まりには、揺るぎない友情に満ちあふれていた。
▼わたしが言いたかったのはLUXではないが国家が言論統制しようとしても、国民レベルの交流を深めていけばそれは国家の思い通りにはならないという事だ。戸井は出発に先立ち、ポルトガルでフランコ・カッサーノの「南の思想」を手にしていた。わたしもいまこの本を借りて読みつつある。
▼わたしは自分の椅子に綿100%の椅子専用の椅子座布団をずっと使って来た。しかし5年も過ぎるとぺしゃんこになって使いづらい。かなり煎餅状態になっていて、代わりを探していたが適当なものがなかった。化繊のものは汗を吸い取らず、夏はべたっとなり、冬は冷たい。いわゆる大きな座布団では椅子からはみ出してしまう。この1年はかなり真剣に探していたが見つからなかった。ところが昨日家の近くの裏通りを散歩していたら、蒲団屋さんがあって展示してある椅子座蒲団が見えたので入って見た。すると昭和一桁生まれとおっしゃる奥さんは端布を使って手作りで椅子座蒲団を作っていた。トラックの運転手さんは化繊はダメだと仲間の分までまとめて買っていくという。何やら千葉からこの家にミシンを持って嫁入りしたが、姑さんが「うちの蒲団は手縫いでなければダメだ」と手縫いをさせられ、数年前に姑さんを看取ってからようやくミシンが使えるようになったとおっしゃっていた。店の表には蒲団からかい巻き、様々な蒲団が展示してあり、奥で綿入れをするとの事で、自転車で配達して回るという元気さで、スカイツリーが高くなっていくのが楽しみで、ツリー友だちもできたと言っていた。

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October 23, 2010

映画「ルートヴィッヒ」の舞台になった城

▼きょうはHPトップページ下にご案内した映画会に誘われている。3本上映され1本目が終わるのは5時過ぎだ。本当に見たいのは3本目だ。しかし最近は夜出歩くのがかなりおっくうになっているので、最初の回だけみて失礼しようと思っている。
▼今朝の10ch系「旅サラダ」を見ていたら知花くくらが、ドイツの旅3回目でロマンチック街道の終点にあるノイシュヴァンシュタイン城を見学していた。と言っても城はイベントがあって入る事はできず、外観も霧がかかってほんの一瞬しか見る事ができなかった。このノイシュヴァンシュタイン城とは、ヴィスコンティがドイツ3部作の最高傑作と言われた映画である「ルートヴィッヒ」の舞台になっている城でもある。主人公はルートヴィッヒ2世は夢想家であった。ワーグナーと知り合い、彼が楽劇をつくるためのスポンサーとなる。そしてこのノイシュヴァンシュタイン城始め3つの城を作るが大金を使い果たしてしまう。ルートヴィッヒ2世は城が完成してからは、首都のミュンヘンには戻らず、この城で生活をするようになる。
▼首相ルッツや大臣たちは、国家財政の破綻をきたしたルートヴィッヒを許さなかった。そしてルートヴィヒ2世を形式上の精神病鑑定にかけ、統治不能者としてベルク城に軟禁してしまう。しかしその翌日、王は主治医とシュタルンベルク湖畔を散歩中に謎の死を遂げる。この経緯は映画は4時間の長編として「ルートヴィッヒ」に描かれており、狂気の王をヘルムート・バーガーが演じている。この映画を最初みたとき、ドイツは気に入らない王は大臣が罷免できるのだ、と感心した覚えがある。
▼知花くららの案内では、そんなこの城を巡る話には一言も触れられてはいなかった。

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October 22, 2010

佐久の人は誰でも小鮒を食べる訳ではない。

▼きょうは色々な人から聞かれるであろう事を先に書いてしまう。昨晩の「ヒミツのケンミンshow」で最初に出てきた「ヒミツの習慣」の事だ。「佐久の人は小鮒を甘露煮にして食べる」というのでゲストの皆さんは驚いていた。わたしの生まれ育った佐久地方ではああいう小鮒を食べる習慣はない。佐久は北佐久と南佐久に別れ、厳密に言えば水源も異なる。少なくとも実家の田んぼの近くでは田んぼの雑草をとるために小鮒を飼っている農家は一軒もいない。小鮒や合鴨を田んぼの除草に使って入るのは南佐久の農家に多い。
▼わたしがまだ小学生の頃は一族の田んぼごとに小さな用水池があった。秋になって稲の脱穀が終わる頃になると、その小さな池替えが行われた。池の水をすべて出して中にいる生物を取り出す。鯉や小エビに小鮒などが掬い上げられた。母は小エビは天ぷらにし、鯉や小鮒は腹を割いて天日に干していた。それらは正月のおせち料理として食べた記憶がある。だから昨晩のように、佐久の人が一律に小鮒を甘露煮にして食べている訳ではないことを書いておく。しかしTVというのもいい加減で、1年ほど前は佐久の人はイナゴの佃煮を食べるから長生きだと言い、次は鮒を食べるから長生きだと言い、今回は長生きとは直接関係ないが小鮒である。
▼TVに出てくる長生きの象徴は佐久市野沢町にもう一つあって、「ぴんころ地蔵」という平成15年に創建された神社である。そこに参拝するとピンピン生きて、コロリと死ねる、という事をウリにしている。この神社の守り神は地蔵で、新幹線の佐久平駅でも、その分身は発売されている。
▼先日取材に出掛けたときこんな話をした。最近本人の意思とは関係なく、親族の了解で「臓器移植」がされてしまう。臓器移植されたくなければ、身につけているものに「臓器移植はしません」と明記しておいた方が良い。もっとも我々の様な高齢者はその臓器の機能はすでに落ちているから、提供すると言っても拒否されるだろう、と。すると「献体」という死後に役立つ方法があるのではないかという話になる。某所の某氏は自分の死後に「献体」することを希望され、関係機関に相談した。しかしそこで「いまはもう十分間に合っていますから」と言われた。しかし某氏は「それでもと無理矢理献体したらしい。しかし献体して既に4、5年たつがご遺体は返還されない。とすると今もなお医学部の解剖室の隣にあるホルマリンの池にプカプカ浮いているのだろうか。
▼いま某氏の妻がそろそろあの世にいく順番が来ているという。妻がもし死んでしまったら遺族の家族、つまりお子さんたちは「もうご遺体は返して貰わなくていいから適当に処分してくれ」と言う可能性も出てくる。そうなるとご遺体は永遠にプカプカである。
▼「R25」に掲載された「闘えば給料アップも勝ち取れる」

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October 21, 2010

反日デモの本質「敵は本能寺」あるいは「指桑罵槐」

Kurimuki
(栗の皮をむくハサミ)
▼昨日は取材に出掛けた。茨城県境の水郷にある閘門だった。都内は雨が降り出したばかりだった。念のためゴアテックスのレインスーツを着ていったが、現地に着くと絶え間なく雨が降っていてとても寒かった。
▼今朝のニュースは羽田空港に国際線のターミナルができたという事が繰り返し報道されている。昨日も電車に乗るとビジネスマンが羽田を深夜に発って、朝6時半にパリに到着するというCMが掲載されていた。ラウンジで夕食を摂りながら打合せをして、チェックインなしで保安検査に行くことができる。そして寝ている間にパリ、と良いことずくめだ。しかしその椅子とはファーストクラスだった。今朝ネットで調べるとツアーが15万円からあるのに対して、ファーストクラスの往復料金は93万円だった。普通の会社員の場合は乗る事はできないし、経営者でも必要経費としては認められない。乗る事ができるのは外務省の職員くらいだろう。
▼中国の反日デモが大陸の内部で起きていることが不思議でならなかった。今朝「リベラル21」のブログを見ていたら、「敵は本能寺」あるいは「指桑罵槐」(あてこすり)」と書かれていて、昨日MINさんがおっしゃっていた事と、基本的に同じ話だった。
▼この時期栗ご飯が美味しい。栗を買って来て外側の鬼皮と渋皮をむくのはわたしの役目である。昨晩は今年2回目の作業を行った。今回はネットで調べて水に半日ほど浸しておいてからまず鬼皮をむいた。栗の鬼皮をむくハサミはあるから、半分に割るのは簡単だ。しかしそのあとはナイフを使って渋皮をむく。作業は2時間ほどかかったが、最後は左の親指と人差し指の爪と指の部分がかなり痛んできた。どなたかすんなりと渋皮までむける方法をご存知だったら教えていただきたい。

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October 20, 2010

閉鎖された某ブログの事

▼2週間前に受診した健康診断の結果を聞きに出掛けた。2週間もかかったのは、オプションの眼科検診も受診したからだ。長いこと血圧が高いのを放っておいたので、その後遺症は心臓に出ている。心電図をとるとたちまちそれは分かる。4年前にERに緊急入院したときも、看護師さんがわたしの心音を聞いてなぜなのか、不思議がっていたのでわたしが説明すると納得してくれた。検査が午前11時半だったので朝食を食べて受診したので、コレステロールは少々高かった。心配したのは猛暑が続いた8、9月と毎日のようにアルコールを飲み続けたので肝臓に何異常値がでているかと思ったが、何も変化はなかった。飲むといっても毎日コップに1、2cmくらいのアルコールを炭酸で割ったものなので、大丈夫だった。
▼今週あるブログが閉鎖された。某夕刊紙を題材にして毎日つづけていたブログで結構人気があったようだった。しかし新聞社から、「当社の記事と写真を使っていて、再三にわたる警告を無視しているので、これ以上つづけると法的措置を取る」と警告されたという。ご本人は「再三」はなかったと言っているが、そのメッセージとともにブログは、本人の意思で削除されていまは存在しない。「引用」というのも一応ガイドラインはある。新聞や雑誌の読書欄のように何がかいてあるか「要旨」ならば著作権法に違反ではないと、ある弁護士は指摘している。また「引用」については、ほとんどが本の要約で論評や感想部分がわずかしかなければ「引用」とは認められないと、上記弁護士は言う。
▼しかし今朝の政治ブログの25位にあるブログは、とにかく文章の3分の1から4分の3は引用ばかりで、自分の意見は殆どない。それでもブログランキングの上位に来るのはいったいどういう意味があるのか分からない。
▼本日はメルマガの原稿締め切り日です。書いたものはためずに、毎号定期的にお送り下さい。

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October 19, 2010

◇「ルイーサ」を見る

Sabre
(5泊7日でフランスを旅した人に頂いた、モンサンミシェルのサブレ)
▼昨日はブログを書き始めた午前7時代に仕事のメールが入った。その対応をしていたので30分くらい思考が途絶えてしまった。さらに昨日久しぶりにメルマガの購読希望者があった。メルマガはHPのトップから申しこんでいただける。考えてみると今まで「紹介者」という欄があってこれがハードルが高くなっていたように思う。ブログのアクセス解析をしていると、わたしの友人、知人がいない県からの定期的なアクセスして下さっている。そういうみなさんのご希望にお応えすべく、今後は「紹介者」は絶対条件とはしません。
▼昨日は仕事でもかなり移動したが、その他のある書類を揃える必要があってかなり動き回った。これも本日中に全部そろう予定だ。昨日ラテンアメリカの政治経済ブログというのを読んでいたら、チリのサンホセ鉱山の落盤事故で一番最後に救出されたルイス・ウルスアさんについて書かれていたのでご覧頂きたい。チリクーデターに関する映画は1964年の「愛の奴隷」と1982年の「ミッシング」などがあるのでご覧頂きたい。残念な事に前者「愛の奴隷」はもうどこでも手に入らないと思う。
◇「ルイーサ」わたしの友人に愛猫が死んで悲しみ、埋葬するのつらくて2年間冷凍庫にしまっておいた人が現実にいらっしゃる。この映画の主人公ルイーサも同じ様な事をする。主人公ルイーサはアルゼンチンの首都ブエノスアイレスに夫と娘に先立たれ猫のティノとアパートでひっそり暮らしている。彼女は退職まであと1年を残しているが、毎日猫に起こされて餌を与えてから墓地の管理事務所に出勤する。その前に自分の一族と家族の墓を詣でる墓石をきれいにするのを忘れない。ある日社長から墓地事務所を近代化するから辞めてくれと言われる。未払いの給料と退職金は銀行振込にするという。もう一つ金持ちの歌手の清掃の仕事もしているが、彼女も田舎に引きこむから家は売りに出す。とルイーサは二つの仕事を失って途方にくれる。
▼落ち込んでいるある日ティノも死んでしまう。ペットの葬儀会社に電話すると、引き取って火葬まで200ペソだという。ちなみに今朝のレートで2050円だ。ルイーサはそんな金はもったいないと自宅の冷蔵庫にティノの死体をくるんでおしこむ。銀行から一枚の通知が来ているがそれは残金がないので閉鎖するか、手数料を支払って口座を維持するかという内容だった。残金はどうしたと電話するが、墓地の社長は居留守を使って出ない。食っていくためにはどうするか?今までは毎日バスに乗っていたが、なけなしのカネでカードを買って地下鉄に乗るが、ゲートが開かない。そうだカードは自分で抜かないと通れない。ちなみにこの映画は地下鉄会社が募集したシナリオで最優秀賞になった作品だ。
▼地下鉄に乗ると乗客にカードを配って「自分の6人の家族はHIVで困っているから1ペソ寄付してくれ」と訴えている男性がいる。これを真似しようとやってみるが、「中国の幸せを呼ぶ」というカードは一枚も売れない。次は地下鉄構内で「足が悪いから恵んでくれ」という老人は結構稼いでいるのに目をつける。松葉杖を買い込んで隣に座ると「俺の邪魔をするな」と怒鳴られる。次は同じではまずいと盲人の真似をして稼ぐ。しかし家賃は滞納して電気を止められてしまう。困るのは冷凍庫の猫の死骸である。アパートの管理人をしている階下の若い夫婦に「パタゴニア(アルゼンチンの南極に近い地域)の鹿肉」とだまして預ける。
▼若い管理人はルイーサが配電盤の故障というのは家賃が払えないからだ、と気づいてその月の家賃は立て替えて払ってやる。とすると家で預かっている「パタゴニアの鹿肉」の正体は一体なになのだろう。包みを開いて若い男性は驚愕する。そして「何の恨みがあって俺の家の冷凍庫を利用するのだ」とルイーサを問いただす。今年になってアルゼンチン映画は「タンゴ/マエストロ」、「瞳の奥の秘密」とこれで3本みたが、これは一番傑作だった。渋谷ユーロスペースで上映中。

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October 18, 2010

◇「ブロンド少女は過激に美しく」を見る

Goods
(今年のホークス応援グッズ、その2。昨日はまったく打てないんだもんな)
▼午前中渋谷に出掛けるため最寄りの駅まで歩いていると、かなり人出が多く感じた。手に手に駅で配られる地図を持っている。もしかしたら前日12ch系で放映されたスカイツリーウォークでドン小西と益子直美がこの周辺を歩いていた影響ではないかと思われる。スカイツリーの全体像を撮影するには、最早押上周辺では近すぎる。一つ手前の駅から歩いて行くのが適当な大きさになっている。
▼渋谷に行ったらハチ公前で「中国に対して弱腰過ぎる」という演説をやっていた。中国国内で起きている「反日デモ」も日本のレベルで云えば明治時代に起きたような事件だ。大体一般国民が自由なデモをすることができない国で、デモが起きてそれが暴徒化するなどは、政府のある意図がなければできない。ハチ公前の演説も主催者だけが張り切っていたが、立ち止まって聴いている聴衆は1人もいなかった。
◇「ブロンド少女は過激に美しく」ある青年が列車の中で隣に座った年配の女性に何やら悩みを打ち明けようとしている。「遠慮なさらずおっしゃいな」というので、青年は曰く付きの話を始める。リスボンの下町で洋服の生地屋で会計士をしている青年、彼は窓からとなりの家の窓を見るのが息抜きだった。ところが仕事の合間に窓を見ると、ブロンドの美少女がこちらを見ているではないか。彼女は手に中国風の団扇を持っている。いや東洋人のわたしが見るとそれほど珍しくも高い物ではない。本当の竹の団扇の上に飾りがあって柄の下に紐が付いているだけのことだ。
▼その団扇が彼女の魅力を倍増させている。彼はさっそく隣の家に出掛けて、彼女の母親と挨拶をする。そして友人を介してデートの申込みをする。そして婚約も「OKよ」という事になる。そのときのボーズが笑えるのだが、下半身で少女が右の片足だけを上げる場面がアップされる。彼女はOKしたが、彼の店をと知りきっている叔父は「絶対許さない。どしても結婚したければこの家をすぐに出ていけ」と怒鳴られる。
▼着の身着のままでボロアパートを借りるが、今後もずっと家賃を払えるかどうか分からない。要するに食っていけるかどうか分からない。こんな事では結婚もままならない。友人に相談するとあるところに数年行って働くと良いカネになる、といわれる。二つ返事で出掛けて稼いで帰って来る。友人は「事業資金が足りないから貸してくれ」というので貸すと貸し倒れになっています。途方に暮れていると別の友人は「出稼ぎに行けばまた一儲けできる」と囁く。しかし出稼ぎに数年も行ったらいつになったら結婚できるか分からない。
▼その窮状を知った叔父が「もういいから帰ってこい」と前の職場の会計士の仕事をやらせてくれる。勇躍ブロンド少女と結婚指輪を買いに行くのだが、決定的な事件が起きて、彼の夢は水泡の如く消え去ってしまうのだった。シャンテシネ。

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October 17, 2010

「ER15」新シリーズの事など。

Flag
(16日福岡ヤフードーム球場で配布された応援旗。なぜこんな物が我が家にあるのかは、昨日のブログの最後の部分を読んでいただきたい。おそらくこのブログの読者は千葉マリンズのファンが多いと思うので申しわけない)
▼毎朝8時台からアクセスして下さっているみなさんには申しわけないが、ブログをかくためにはそれなりの努力が必要だ。まず新聞を数紙サッと読んで、次にブログリーダーで200ほどのサイトをチェックする。次にでている現象の共通点を探していくつかのくくりにする。と、ここまでが大変な訳です。
▼昨日はシャンテシネに「ブロンド少女は過激に美しく」を見に行った。詳しくは後日書くが今100歳の監督はリスボンを舞台にした映画を撮った。場所はリスボンの下町で朝晩サン・ジョルジュ城(今年1月10日に行った。25日のブログ参照)が見える位置にある。しかし映画の作風はあくまでもフィンランドの監督カウリスマキ風で、大いに笑える。
▼ネットを見ていたらわたしの生まれ故郷では毎月、「テレビを消す日」というのがある事が分かった。おそらくテレビを消して家族の会話を増やそう。とでも言うのだろう。わたしはとうていこういう場所には住むことができない。そういう自治体のお節介は隣の区にもある。先日JR駅のプラットホームに立っていたら、区の広報車らしきものがやってきた。そして「歩き煙草は火がこどもの目にはいる可能性があるので危険です。○○区では歩き煙草は一切禁止になりました」と言っていて驚いた。危険なのは歩道を走る自転車である可能性が高い。わたしは朝から夕方まで歩道を歩くとき、自転車にぶつけられないかと、一瞬たりと気を抜くことができない。歩道で歩行者をどかせようとリンリンベルを鳴らせる、2人乗りに3人乗り、無灯火、イヤフォン着用運転、とくに「PTAのパトロール」というラミネートの看板を着けた自転車に無謀運転が多いので、これを早く何として欲しい。
▼テレビと言えば昨晩からフォックスクライムの「CSIマイアミ」の新しい8シリーズが始まった。前回爆発が起き、デルコが車で逃走する場面で終わっており、マニアの間ではデルコが生きているか死んでいるかが、話題となっていたようである。同じように「ER14」も前回救急車の爆発場面で終わってしまった。だからアビーが死んでしまったと思っている方も多かったと思う。しかし「ER15」の初回で死亡したのは、今までシリーズの中心的な役割を担ってきたブラッドである。「もう回復の見込みがない」として蘇生措置を途中で打ち切ったため、救命士をしている彼の弟が激しく抗議をする。さらにグレゴリーは「臓器提供カード」を持っていた。臓器を提供する意思がなければ、免許証などに「臓器は提供しません」とシールを貼り付けておかないと、残された家族が半ば脅迫されて、臓器を抜かれてしまうので気をつけた方が良い。
▼「ER15」の2回目では新しいER部長としてキャサリン・バフィールドが赴任して職場の部下にハッパをかける。この部長の日本語吹き替えをしているのが元ミス千葉大の萩尾みどりである。現実の萩尾はNHKテレビに出演していたが、かなり体重が増えて顔も変わってしまい、「元ミス千葉大」の面影はまったく残っていなかった。声優に方向転換するのならそれも良いけど、女優なのだから節制して体型を保って欲しいものだ。
▼今朝はもたもたしていて更新が大幅に遅れました。

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October 16, 2010

「通販生活」に見る櫻井よしこの安保是認論の危うさ

▼午後から友人2人に会った。1人は親友のA君でいつも家電類が壊れてしまうとわたしが泣きついて助けてもらう人である。彼は修理すべき部品がないときはメーカーに電話して取り寄せるとか、秋葉原の小売店に行って同等の部品を探してくれる。それでもないときは自分で作ってしまうこともある。今回友人から借りたCDの音源をSDカードに入れてくれという依頼だった。これでようやく長年お世話になってきたお返しができることとなった。A君はアナログ人間なのでパソコンを持っていない。それでわたしがお役に立てるのだ。どうもわたしは人に見つめられたり、待っていられると仕事ができない。メインのパソコンの機嫌が悪く再起動を繰り返してもなかなかCDドライブを認識してくれない。自転車を30分ほど漕いでやってきてくれたA君には申しわけなかったが、彼が帰ってからデータ移行が完了し、完成したSDカードを郵便で送った。
▼「通販生活」最新号が届いた。この雑誌の中程に「通販生活の国民投票第44回」という連載企画がある。今回は「普天間基地はアメリカが引き取ってください、となどうして日本政府は言えないのだろう?」というテーマだ。そして日米安保は必要か必要でないかという意見をいわゆる「有名人」に求めている。必要とする代表的な考えに漫画家の弘兼憲史の「憲法九条の改正して集団自衛権の行使を認め、日本の平和を守る」論。櫻井よしこの「中国の脅威に対抗するためにも自分の国は自分で守るという「普通の国」としての覚悟が必要とする。大きく言えば安保が必要とするのはこの2人である。
▼とくに櫻井の論理は東南アジアの軍事関係者(櫻井はそれが誰なのか具体的に名前は明らかにしていない)が中国脅威論を言っているので、日本がその中心になるべきだ。日本の潜水艦技術は世界一なので(それはどうかな?ドイツ、イギリス、アメリカだろうな)その技術や、アメリカに次いで100機も保有している(実際には1機130億円で買わされている)P3C哨戒機などを駆使して米軍を助ける働きをすればよい、とする。彼女は沖縄にある米軍基地がどれほど沖縄の人々の命と暮らしを脅かしているか一言も触れていない。
▼今朝の納得いくブログの一つ。「まるこ姫の独り言
▼土日はブログをお休みする事があります。体調が悪いためではありません。更新がなくても心配なさらないで下さい。
▼ホークスファンの家族は、福岡まで弾丸ツアーの日帰り往復でクライマックスシリーズの応援に出掛けた。

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October 15, 2010

チリ大統領が救出劇にかけた遠謀

▼我が家の近くで夜中にガス管埋設の事後工事が始まった。工事は夜中に行われるが、昨晩は午後11時頃から午前1時頃まで騒音で眠れなかった。きょうはちょっと苦情を申し立てようと思う。こんな調子で30日まで深夜の工事が行われたら、睡眠不足になって仕事ができなくなってしまう。
▼NHKHV戸井十月のオートバイによるユーラシア大陸横断2回目はトルコのカッパドキアから始まった。それからイランに入るが国境の警備は厳しくなる。イランは誰か知り合いがいないと公道を走ることはできないらしい。それでかつて日本に数年滞在してこともある知人に案内してもらって走ることになる。イランのガソリンはリッター約50円でレギュラーとハイオクの差は10円程度だった。産地直送だと言えばそれまでだが、うらやましい限りである。ここまでポルトガルを出発して約1ヶ月かかっている。どこの国の人もひとなつっこい。
▼問題は次のトルクメニスタンだ。戸井らはパスポートを預け国境から首都のある場所までビザを取るまで待たされる。急いでいるといってもダメで、結局、国境非干渉地帯(ノーマンズランド)で3日待たされ野宿を余儀なくされる。次のウズベキスタンとの国境はもっと大変で地雷があるので、解除になった瞬間を狙ってコンボイを組んで国境を渡るから命がけである。いよいよ次はカザフスタンから天山山脈を越えて中国に入る。
▼チリ鉱山の救出は無事終了してよかった。昨日は午前中CNNでライブを見る事ができた。しかしあの現場に大統領夫妻に閣僚が何日もテレビカメラの前に並んでいるなど、チリはそれほどヒマな国なのだろうか、と思ってしまう。最後のリーダーが救出されたとき、すぐ救護所に向かわせず、次々とハグを繰り返し、挙げ句の果ては「国家斉唱」があったのは大いに驚いた。いくら日本でもこういう場合「君が代」などは歌わせないだろう。炭坑節か?冗談はともかく、もうこうなると救出劇は、大統領再選のための最大の宣伝の場となってしまった。
▼ふとこのような場面は前に見た事があると思った。それは今は殺人罪で訴追されて刑務所に繋がれているペール-のフジモリである。1996年暮リマにある日本公使館がMRTAのゲリラに急襲されて籠城されたとき、フジモリは特殊部隊を突入させてゲリラ全員を射殺した。フジモリは突入時から自分が強い大統領をイメージを作るためH&KMP5のサブマシンガンを持った写真を多数の新聞に掲載させた。ペルーもチリも結局「強いリーダー」のイメージが必要なのだろう。「救出劇」で世界中にアピールして一番得をしたのは大統領なのだ。リーダールイス・ウルスアさんが救出された瞬間、「もう二度とこういう事故を起こして欲しくない」と語った言葉の意味が重い。

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October 14, 2010

ガセネタ2件に振り回された一日

▼昨日は夜間でかなり蒸し暑かった。気温と湿度が下がればアルコールは完全に断てる。だが取材のイライラがあったりして、また酒瓶を買ってしまった。朝から某市まで取材に出掛けた。某駅の手前で乗り換えるとき、到着時間を先方に連絡して迎えに来てもらった。話は一言で言うと談合の内部告発である。自分が20年間作っていた自信作が、ある機会に全部取り替えられる事になった。自分の作った製品は頑丈で20年たっても殆ど故障はない。あっても部品を交換するだけなのでごく少額の負担ですむ。部品交換が難しい場合はユニットを宅配で送って交換してもらっている。だが新しい製品はペナペナで現場からも不評で、未だに自分が作った製品を使い続けてもらっている。
▼頑丈な自社製品が他社に代わったのは、その会社に幹部が天下りしたり、裏金をつくっているに違いない、という話だった。わたしは話を聞く前に念を押した。聞いた話を書くにしても、具体的な書類などの裏づけが必要になる。もし記事になった場合特殊な製品なので、あなたがたちまちのうちに特定され、その場所には出入り禁止になって仕事を失う可能性が大きいがそれでも大丈夫か?会った人はわたしより一回り年上の人だが、議会や国会で取り上げてくれる人はいないだろうか?ともおっしゃる。取り上げるには物証が必要で証言するあなたが顔を出して貰わなければならない。談合とは裏金作りの最たるものは防衛省と三菱重工で、それだって戦後も一貫して行われているが、だれも阻止することはできない。
▼取材が始まる前にそう前置きして話を聞いたが、結局その男性のどうやって起業し、仕事を増やして来て、いまこの年齢までつづけることができたか。という一代記に終わってしまった。わたしはそれを聞きながら無念な胸のうちを誰かに聞いて欲しかったのだろうと理解した。たしかに仕事の話をする態度と、誠実対応は出任せの話でないことは十分分かった。しかし残念ながら、この情報だけでは記事にすることはできませんとお別れした。
▼もう一つのがっかり話は、スカイツリーのテスト照明である。13日午後6時半からテスト照明するという話は各メディアで報道されていた。近くの橋にカメラを持ってでかけたら、同様にカメラを持った人たちが鈴なりになって、今か今かと待ち構えていた。3回も出掛けたが結局テスト点灯を見る事はできなかった。今朝の新聞には2種類のテスト照明の写真が掲載されているが、どうやらわたしの住んでいる方向からはライトアップされなかったようだ。
▼各メディアは競い合ってチリの鉱山の救出の様子を報道している。日本でその姿を見て涙を流している人の映像もあった。だが待て!安全対策をしっかりやっていれば、落盤事故は起こらなかった筈である。銅山で手抜きの掘削工事をしていたから事故が起きたのだ。CNNでも終始実況中継をしていたが、一番得をしたのはこの救出劇を演出して、自分の人気を高めるために利用したチリ大統領ただ一人であると思う。

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October 13, 2010

◇「冬の小鳥」を見る

▼今朝は取材で多少早めに出掛けるのだが、予報と違って雨が降っているので憂鬱だ。昨晩アクセス数がいつもと違った形で増えてきた。検索用語をたどっていくと、あるツイッターでわたしが1週間ほど前に書いたことが利用されていることが分かった。原本に当たってと再三書いているにもかかわらず、ほんとうに「他人の○○○○で相撲をとる事がすき」な方々である。今朝は利用されないようにタイトルだけ変更した。
▼夕張炭鉱は「幸せの黄色いハンカチ」以降、いくつかの映画で利用されたり、夕張映画祭が行われたりしてきている。しかし地底には見殺しにされた昨日書いた人々の怨念がこもっている土地である。
◇「冬の小鳥」1975年の韓国が舞台である。9歳の少女ジニは父の自転車に乗って、買い物に出掛ける。明日どこか遠くに旅行に行くので洋服を買って貰えるので、心は浮き浮きと弾んでいる。そして帰りに居酒屋に寄った父に「マッコリを飲んでも良い?」と聞くと、父はうなずくのでこっそり口をつけてみる。そして再び父の背中のにおいをかぎながら帰宅する。何と父の背中は良い匂いがするのだろう。翌朝はバスに乗って父と「旅行」に出掛ける。途中プレゼントが必要だと大きなケーキをもってある場所に行く。そこは基督教徒が運営する児童擁護施設だった。
▼父は必ず迎えに来ると信じているジニは施設に中々溶け込めない。父に買ってもらった一張羅をいつまでも着ている。そして脱走して家に帰ろうとするが道も分からないのでそれはできない。だが施設にシスターたちは気長に辛抱強くジニの心か変わって行くのをじっと待つ。出された給食も受け付けず、机から払いのける。2歳くらい年上の女の子に「いつまでも甘えるんじゃない」と叱責される。しかしジニは施設長に「住所を知っているから父に連絡を取って欲しい」と頼み込む。
▼しかしその結果は引っ越してしまって近所の人も移転先を知らないという返事だった。ジニは母亡きあと後妻が生んだ幼児をあやしているとき、安全ピンが幼児の足に刺さったとして施設に預けられてのだった。同じ部屋の友だちは就寝前に花札(日本のそれとそっくり)を使って占いをするのが楽しみである。「願いが叶う」、「会いたい人に会える」などたわいない願い事が叶う事を祈って就寝につく。だがジニはそれにも加われない。
▼あるとき怪我をして飛べない小鳥を育てようとする。残飯を与えるがやがて小鳥は死んでしまい、庭の片隅に埋葬する。ジニは日曜礼拝のおり、「具合が悪い」と言って一人居残る。そして自分一人が入る穴を掘って自分を埋めてみる。一度埋葬した小鳥を発掘してみるが、自分の存在を否定しようとしたのではないかと思う。それ以後自分の存在を否定するよりも、もっと前向きに生きようと決意する。施設には外国人が里親を育てようと面接にやってくる。友人がひとりまたひとりと去っていく。その別れの歌は故郷の杏の花が咲く場面が唄われていて思わず涙がでてくるほどだ。
▼そしてジニにもその順番が回って来る。彼女はフランスに養女に貰われて行くことになる。見知らぬフランス人夫妻が隣の座席に座っている。子ども達には両親の惜しみない愛情が注がれているのが分かる。そしてフランスの空港に到着する。そろそろと慎重にあるいていくとゲートの前に新しい両親となるフランス人が待ちかねている。監督ウニー・ルコントの自伝でもあるようだ。

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October 12, 2010

かつて日本の炭鉱で落盤事故が多発していた。

▼チリの炭鉱落盤事故で地底に閉じ込められた炭坑夫の人々は数日中にも、救出活動がはじまるようだ。当初予定されたよりも1ヶ月ほど早く救出ができて良かった。日本のマスメディアの諸手をあげて「良かった、良かった」と報道している。しかしかつてエネルギーを石炭に頼っていた日本の落盤事故はもの凄い数の犠牲者を出している。1981年10月16日北炭夕張新炭鉱(北海道)でガス突出・爆発事故が起きた。この時会社側は坑内に58名の安否不明者が取り残されたまま、坑道に注水作業を開始した。会社は人間の救出よりも、炭鉱の保全に努めたのだ。そのため最終的に生き埋めのまま水で殺されたため死者は93人にもなった。チリは全員が助かって本当に良かったが、日本の炭鉱では約30年前までこのような合法的な殺人が行われていたのだ。
▼昨日このブログに沖縄の方が「琉球処分/解説」という検索用語で入って来られた。本は楽をしないでご自分で図書館に行って読んでいただきたい。普通の人でも1週間もあれば読めると思う。そして次は「若泉敬/家族」という言葉があった。若泉敬の著書「他策ナカリシヲ信ゼムト欲ス」を読めば分かる。分厚い難解な本だが1,2週間もあれれば読めるのでこちらを読んでいただきたい。何度も言うが検索はネットではなく、大きな図書館や日本の図書館を縦断する検索があるので、そちらを利用して原典を当たっていただきたい。
▼もう一つ多いのは「KSCM4」である。これはKSCのHPや、今発売されている銃器雑誌に詳細がでているのでそちらをご覧になっていただいた方が良い。この会社は通販しかしていないので、発売日などは直接会社に電話していただきたい。
▼10日ほど前にSと名乗る人物から留守番電話に男声で「Sです」というメッセージが入っていた。わたしはいま個人的にSという人物との接触はもっていない。それから3日くらい後の夜10時過ぎに「Sです」と電話が掛かってきた。「どちらのSさんですか?」と聞くと元○○町に住んでいたアマチュア無線仲間のSという。うーむ彼だったか。彼とはかれこれ18,9年間も接触が途絶えていた。それほど親しくなかったし、なぜ夜中に電話をくれたのか理由が分からない。第一どうしてわたしの自宅の電話を知ったのか不思議である。その後メールを何回かやり取りしたが、わたしの引っ越し通知のハガキを持っているという事だった。だが未だになぜ急に連絡を下さったのか分からない。こういう場合はまず電話よりもハガキを下さってから、次に電話を下さった方が不審な気持ちはいだかなくてよい、と思う。

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October 11, 2010

対ライオンズ戦でロッテ西岡剛のファインプレー

▼昨日の千葉ロッテとライオンズ戦で3回裏だったかな、西岡剛はショートに飛んだ飛球をまるで往年の長島のようなファインプレーでキャッチした。この瞬間ロッテは勝てるような気がした。連日の雨なので、でかけるのは止めた。同じ新聞社なのにAERA最新号のトップ見出しは「『小沢逮捕』はできる」というも見出しで、今朝の週刊朝日は「小沢起訴は無効である」となっている。一体この新聞社はどうなってしまっているのだ。この小沢氏の検察審査会の強制起訴に関してはあの宮崎学が「小沢一郎へのアドバイス」というコメントを2回に渡って書いているので、ご覧いただきたい。
▼昨日言い足りなかった事は以下に続く。中国は阿片戦争という外国侵略の歴史から教えているので、その続きは日本軍による中国侵略に続いている。このブログをお読みの方は日本軍が中国でどんな残虐行為をしてきたかご存知の筈である。だが中国はその戦争中の補償を放棄した。おそらくそれは周恩来の隣国を大切にするという意向がかなり強く影響していると思われる。だから東南アジアにおける戦犯を処刑したように、日本人をたやすく処刑をすることに周恩来は同意していなかった。
▼だが家族を日本軍に殺害された民衆の怒りは、上層部の命令だけでは納まらなかった。愛川欣也が30年ほど前に天安門でロケをするために行った。ところがロケに使った車の中の物が凍ってしまうほど寒かった。彼は「招待されてロケに来たのだから、車の運転手に何とかしてくれ」と通訳に頼んだ。すると通訳は「運転手の方が党の位は序列が上なのでとてもそんな事は頼めない」と言った。また買い物をしても店員は日本人だと分かると買った物を投げつけたという。
▼とにかく経済的に日本に追いつけ、追い越せで彼らは言いたいこともずっと我慢してきた。今や元の力も経済力も日本を圧倒してきたので、外交なども対等よりも自分たちの方が上なのだという考え方が行動にもでてきている。そこを理解しておかないとまずいという話だった。

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October 10, 2010

中国の歴史教科書は阿片戦争以降から教える。

Skytree108
(10月8日夜のスカイツリー、13日はライトアップのテストが行われるのでご期待いただきたい)
▼都内は連日朝から雨である。佐倉の秋祭りもきょうが本番だと思われるが、この雨ではちょっと見物にいくのも辛い。昨日は岩波ホールに韓国とフランスの合作映画「冬の小鳥」の初日初回に行った。上映開始時間の45分前に着いたがすでに階段まで行列ができていた。上映直前に岩波ホールの責任者の挨拶があったが、そのときには既に満席だった。内容は後日書く事にする。
▼「週刊金曜日」最新号に安来市の山間部を走っている、かつての一畑鉄道のバス路線を引き継いでいるコミュティーバスの事を書いているルポがあったが、とても良かった。有料で発行している雑誌のダイジェストは書かないので、各自買ってお読みいただきたい。それでなくても「週刊金曜日」は部数が伸びずに、佐高社長が交代したばかりだ。
▼昨日の「愛川欣也パックイン・ジャーナル」では、最初に検察審査会問題があった。
弁護士の升味佐江子氏は、強制起訴と云っても検察が起訴できなかったものが、素人集団の審査会がどんな証拠を持って「起訴」できるのいささか疑問である。それにその書類の量とは三畳間いっぱいもある。それを誰がどうやって読むのかと語った。AERAシニアライターの山田厚史は「強制起訴」じたい数年前にできたもので、小沢氏を起訴した審査会自体朝日で書かれていたように30代の一定の意識を持った人々で占められていた、これが乱発されると別の政治的な問題に利用されかねない、と話していた。
▼尖閣列島問題は以下の通り。中国との関係で菅首相と温首相が立ち話でもできたことは喜ばしい。首相はこういう場合英語の通訳ではなく、中国語の通訳も必ず連れて行った方が良い。中国は尖閣列島は日清戦争で中国から奪ったと云っているが、下関条約にはそんな事は一言も触れられていない。実は胡錦濤と温家宝のコンビはあと数年で次世代にバトンタッチすることが決まっており、その後をどうするか日本の菅・小沢対決よりもドロドロした権力争いが水面下で行われている。だから双方とも相手に弱みを見せる訳にはいかないので、対日姿勢も「強い所を見せなければ」相手に突っ込まれる。
▼そもそも歴史的に隣国は、意見の不一致や領土争いがあることは様々な戦争が起きていることでも知られている。だから今日はその無益な争いを防ぐために、様々な経済協力などが行われている。その一番良い例が、EUである。これはフランスが主導し、ドイツが協力的な役割を果たす事で実現した。アジアにおいても同様な体制ができなければならない。しかし民主党の松下政経塾に所属していた議員は対中関係では、強硬な態度を貫く事で一致しており、これは極めて危険な徴候である。
▼中国の歴史教育は阿片戦争以降を教えている。tまり外国による中国侵略の歴史を重視している。ところが日本は縄紋、弥生時代から教えており、時間的な制約もあり明治の前で終わってしまう。それにもし教えると親から「様々な異議」が出てよっぽどしっかりしている教師でないと、親の抗議にオタオタしてしまって、わざと明治以前で終わってしまう傾向がある、という様な内容でありました。

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October 09, 2010

定期検診で眼底検査に行く。

▼昨日某大学に所用で出掛けた。仕事を始める前に生協の店舗を覗いてみた。すると就活グッズが沢山並んでいた。履歴書を書くためのペンから色々就活の履歴などを記入するノートまであった。ノートは特別の仕様があるのかと思って開いて見たが、特に目新しくはなく、方眼のマス目が引いてあるだけだ。
▼そもそも大学も校門を入ったところから就活セミナー、在学起業など「就職」一色である。大学は勉強の場というよりも、就職率をどうアップする事にしか、その目的がなくなってしまったようだった。
▼先日健康診断を受けた事は書いた通りだ。オプションで眼科検診も受けられるので、町内にある近くの眼科医に行った。昨年も同じ眼科医なのだが、眼底撮影は昔に比べてかなり楽になった。というのはかつては瞳孔を開く薬を飲まされて、目玉を極力開いてバッシと強力なストロボを発光された。するともう半日くらいは目がチカチカして仕事にならなかった。その点いまのはまぶしさは3分の1以下に減っているように感じる。医者に来ている時に限って電話がかかってくる。1年前の眼科検診からは仕事に関して重要な問い合わせが入っていた。着歴からそのオフィスに電話したが、掛けてきた相手は特定できず、特定するまでにかなり時間がかかってしまった。そして昨日は三連休なので「校正」が2日早く送られて来たが、それを見るまでに時間がかかってしまった。白内障は殆どないが診察結果は中の下くらいかな。
▼検索用語で「ER15」というのが多かった。わたしはドラマをリアルタイムで見るほどヒマではないので録画してから見る。従ってブログに書くのは数日後になる。「ドラマ」の名前で検索して来られる方は、見なかったかもしくは自分が見たがどう理解して良いか分からない方だろう。昨日も北海道に赴任している方に「悪人」(メルマガに書いたものと同じ内容)の感想をお送りしたら、最後に妻夫木が深津の首を絞めた場面が理解できない、というメールを頂いた。わたしの返事は以下の通り。
▼馬込(深津絵里)が次第に自分に感情を移入し始めていることに妻夫木は懸念したのだと思います。つまり一度は自首しようと思ったのを長崎警察署の前で引き留められますね。しかしいつかは自首して罪をあがわなければならない。そのためには馬込を突き放さなければならない。自らを「悪人」と宣言するおとで馬込の気持ちを吹っ切ろうとしたのではないでしょうか。そのため馬込が紳士服販売店に戻ったときしきりに「悪人なんだ」と自らを言い聞かせる場面と繋がるのではないかと思うのです。
▼さてこのブログをお読みになっている方はどのように感じただろうか?わたしはテーマをてんこ盛りにしすぎてそれほど良い映画だとは思っていないけど。

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October 08, 2010

NHKHV,戸井十月「ユーラシア大陸を横断の旅」(1)を見る

▼作家の戸井十月は60歳にして、世界5大陸をオートバイで制覇した作家である。この水曜日から昨年達成した最後の「ユーラシア大陸編」をNHKHVで放映していた。戸井を知ったのは1昨年放映された南米編で、彼がボリビア、サンタクルス州、カミリ地方バジェグランデ村。を訪ねた場面はかなり衝撃的だった。ボリビアといえば今はチチカカ湖だけが有名だ。しかしこの村は43年前の10月8日ゲバラが政府軍と最後のたかかいをして、捕まって射殺された村でもある。南米に行く事があったら、ぜひこの村を訪ねたいと思っていたが、ツアーも何もないから自力でいかなければならない。
▼NHKの番組は戸井が1年前の7月末にポルトガルのロカ岬にたってユーラシア大陸を横断する旅に出発する場面から始まる。戸井はオートバイに乗り、伴走車は故障した場合に備えて部品などを積んだ車とサポート車で旅行するのは戸井も含めて4名だった。全4回のシリーズでこの、わたしも今年1月7日に立った、あのロカ岬の「地果て海始まる」の碑の前に彼は立っていた。売店を後にしてスペイン、イタリア、フランスと地中海側を走ってクロアチアなど旧ユーゴからアルバニアからギリシアを抜けてトルコに入り、ボスポラス海峡が見える安いホテルを交渉して泊まるところまでだった。そこで数泊してアンカラに向かう道を聞くところで来週に続く。こうして見ると最初のロカ岬とボスポラス海峡は行ったところばかりなのでとても懐かい。
▼それにどうせ言葉が通じない地域ばかりなので、なまじ英語の文法をつかって真面目に話をしようと苦心するよりも、誰でも通じる単語を身振り手振りで必死に伝えようと努力すれば通じるのだ、ということも実感できた。
◇「ヌードの夜/愛は惜しみなく奪う」主人公は前作同様、なんても屋の紅次郎で彼を演じるのは怪優竹中直人である。うらぶれたバーで母親(大竹しのぶ)と娘2人(井上春美と佐藤寛子)で細々と店を経営している。夢はビルを建てることである。たまたま酔客が次女のに手を出そうとしたので、よってたかって殺害してしまう。足がつかないように死んだ客を解体する場面はもうガイ・リッチーそっくりの世界だ。伊豆の山奥に解体した死体を捨てに行くが、客が腕にはめいたロレックスも一緒に捨ててしまう。長女は時計から足がつくから次女のれんに「何としても探して来い」と命じる。佐藤寛子とはあの佐藤栄作の妻の筈がない。グラビアアイドルの佐藤である。れんは必死に崖で探そうとするが発見できないので、何でも屋の紅に依頼する。
▼苦難の末紅はロレックスを発見するが、何か不審な事があって知り合いの女性刑事に付着物の分析を依頼すると「富士山付近の土と人肉が付着している」と分析結果がでるので、話は思わぬ方向へ進展していく。石井隆監督が17年前に作った「ヌードの夜」の続編となっている。かなり面白いので、わたしは前作をレンタルビデオで借りて比較してみた。おもしろさは余貴美子の演技がこの作品によって一斉を風靡しただけあって、前作の方が優れているように思った。
▼「花よ綺麗とおだてられ…」昨晩の梶芽衣子「うらみ節」は良かったですなー。同時代の女優ではわたしは江波杏子が好きでした。最近では食堂かたつむりでいまは一人でそっと暮らしている「元おめかけさん」を演じていましたが、それはそれは美しかったです。

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October 07, 2010

家族崩壊の原因はどこにあるのだろうか?

▼今月第一土曜日の夜10時に放映された朝日ニュースター金子勝「ニュースにだまされるな!」は録画に失敗してしまい、昨晩の再放送でようやく見る事ができた。いつもは金子の専門である経済問題が多いのだが、この日は「児童虐待、不明老人、家族は崩壊しているのか」というテーマだった。実はこのテーマと若干関連があると思ったのはそれに先立ち、午後7時にNHKHVで放映された「クールJAPAN」の「家」というテーマとも若干関連がある。まず虐待が起こる一つの原因として貧困化が考えられる。例えば貧困の連鎖という問題も生じているのだが、親が教師などをしていた場合、25万円前後の年金が支給されるらしい。
▼子どもが失業したり仕事がなくて生活保護を受けた場合、4、5万円になる。そうすると子どもは必然的に親の年金に頼った生活をするようになる。また親の介護をするために仕事を辞めた場合なども、親の収入に頼る。必然的にそうならざるを得ない。親の介護疲れで自殺や他殺があった事件を見ると介護する側に負担が大きくのしかかる。またそれが身体の動かなくなった親に八つ当たりして虐待になっていく。
▼介護保険はできたものの、結局は日本もドイツも「在宅」が推進されていく。これが福祉先進国のノルウェイなど、介護は家を中心とした個人に押しつけられるものではないという思想教育が一貫して行われている。だから社会のあり方としてある程度の年齢になるとできるだけ、一人で生きる努力をするが同時にそれができなくなったら施設に入る。親が死んで年金の不正受給しているケースが次々明らかになっているが、金子はひと月前に「これは日本とイタリアに共通する傾向だ」と指摘していた。
▼子どもの虐待も親が子どもに食料を与えなかったなど痛ましい事件が次々発覚している。これもその面で見ると親が悪いケースが圧倒的に多い。しかし多くは女性の働く場所がない、賃金が極めて低く劣悪であることが原因となっている。それに貧困の連鎖といえるのは、親が貧困だと子にまともな教育を受けさせられない。その結果として働く場が狭められてしまう、という連鎖が生まれる。昨日現実問題として聞いた例でこんな話があった。娘が駆け落ち同然で家出をして、子どもが産まれたが相手が認知してくれないので実家に舞い戻った。その家は今は70台の母親一人で住んでいる。娘はまたそこで相手を探し、5歳になった子どもを親に預けたままで家をでてゆくえ不明だというのだ。これだった一歩間違えば育児遺棄で親が仕方なく置き去りにした子どもの面倒をみているから死なないというだけの話である。
▼ここで「クールJAPAN」に戻る。この番組はご存知の方が多いかも知れないが、日本の文化を滞在している各国8人の外国人が話を聞いたり、取材するものだ。その一つに大阪の「ひまわり」というグループホームを紹介していた。聞くとそこの入居者10名程度はかつて大阪のバス会社で33歳バスガイド定年制に反対して戦った仲間であるという。彼女たちがその戦いに勝利して、現実の60歳の定年を迎え、どうするかという事でかつての同士が老後もお互いに助け合おうと、このホームを立ち上げた。当然死んだら権利をどうするかという遺言も全員が書いてある。このホームがうまく行っているのは、かつての同士であるからだと、わたしは思った。しかし見学に行ったイタリア人は「親の老後の面倒は自分が見る。イタリアはヨーロッパではなく、地中海文明の国だから家族の絆は強い」とまで云っていた。彼の意見に同意したのは韓国の人だけだった。
▼これらの番組を見て家族の問題は家族で解決すべきというのは、核家族化していない、言わば先進資本主義国ではない国に見られると思った。一方、経済格差と貧困を個人の責任とする国々は、税金の再配分の考え型を根本的に考え直さないと、国自体が崩壊してしまうのではと思えてくる。

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October 06, 2010

「スクープドキュメント “核”を求めた日本」を見る

▼官僚に操られている菅首相は、自分の活躍をアピールするのに一生懸命だ。ブリュッセルに行って中国の温家宝首相と27分間も立ち話をしたという事まで自慢する。しかし27分と行っても通訳が半分使うので一人は13分くらいでそのうち半分は、一人がしゃべる時間だ。という事は実際には6分話しただけのことだ。先日アメリカのオバマと対談している様子もTVで流れたが、情けない事に会話をするとき、後ろに座っている女性通訳の方を見てしゃべっており、オバマに向かって喋っていなかった。自信のなさがそのまま画面から伝わってきた。
▼NHK3日夜「スクープドキュメント “核”を求めた日本」をご覧になっただろうか?佐藤栄作が首相だったとき、中国が核実験をした。日本の役人はそれが脅威と受け取ったようだ。村田良平元外務省事務次官肺ガンで死亡する1ヶ月前にNHKのインタビューに応じていた。日本は独自に核を保有する事が可能かどうか、独自に研究をしていた。そのとき戦後は日本と同じような立場におかれていた、ドイツと一緒に研究できないか、と政府は真剣に考えていた。外務省は箱根で内調と一緒にドイツの政府高官と話合いをした。村田とともに暗躍したのは志垣民郎元内閣府調査官(当時、調査室主幹)である。
▼ドイツのバールはNHKのインタビューを一度は音声だけの取材に応じる。ところが外務省の村田が、ビデオの遺言メッセージを残していたのを聞き、ビデオ取材に応じる。その内容とは世界で初めて、2発もの原爆を浴びた日本という国が、20年経たないうちに、西ドイツのバールに対して「近々日本は核武装する予定だから、その時は協力して欲しい」などと語ったという。西独のエゴン・バール元首相府副長官は、秘密会談で日本の話を聞いてとんでもないところに来てしまったと驚く。
▼つまり「協力しろ」とは「ドイツも昔の防共協定と同じように一緒に核武装をしよう」という意味だ。バールと一緒にいた西ドイツの出席者からは「ドイツは今、国土が東西に分割されてアメリカに庇護の下にあるので、核武装など考える余地もない」と答えたという。ドイツは腰を引けてしまうが、日本は防衛庁や自衛隊の関係者も含めて着々と研究をすすめる。そして東海村の原子炉は年間100kgのプルトニウムを凝縮する技術があるので、10発の核兵器は作る可能性がある。研究会が核弾頭、ロケットの製造、運用など誘導技術等をまとめられた報告書は、楠田實主席首相秘書官に提出された。
▼NHKは当時東海村の原発の所長をしていた人に、研究会が作ったタイプ印刷の秘密文書を見せる。すると現場には何も知らされていなかったと驚く。結局核を開発するには様々な困難があるとして中止になる。その最大の要因は日本の非核運動の高まりであった。さらに先行して核を開発した国々はNPTを作って、後発国の核製造や保有を許可しない方向に進んでいく。
▼佐藤栄作はアメリカのジョンソン大統領会談して「中国が核兵器を持つのであれば、日本も核兵器を持つべきだと考える」と伝えた。しかしアメリカ側は、思いとどまるように伝えた。佐藤はさらに「日本に対する核攻撃に対しても必ず守ると約束してほしい」というとジョンソンは、「私が大統領であるうちは約束する。」と云ったとされる。この2ヵ月後、佐藤栄作は総理として「非核三原則」を宣言し、これがその後ずっと国是となってきた。
▼その総仕上げが佐藤栄作のノーベル平和賞の受賞を演出することだった。オスロでの授賞式のスピーチを核武装を検討した佐藤のブレーン(京大の梅棹の名前もあった)の原稿には当初「世界各国は日本にならって核廃絶を目指すためである。」という一文が含まれていた。しかし最終稿決定の前に佐藤はキッシンジャー会うが、彼はオスロのスピーチでアメリカの核政策を縛る内容が含まれていため、強い不快感を伝えたという。原稿からはその部分が突如削除されたものがスピーチになった。「緊急事態」になると戦争や核保有するという武力にこだわる、懲りない日本の外交姿勢は未だに変化がないように見える。

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October 05, 2010

◇「メッセージ、そして、愛が残る」を見る。

▼夕べからNHK、朝日新聞はじめ各マスメディアは「検察審査会が小沢氏の起訴を決めた」と大々的に報道している。さらにこれに対して自民党から共産党まで、自分の気に入らない相手を潰すためなら悪魔とでも手を組む、という姿勢が見え隠れする。一体検察が起訴できなかったものを、弁護士がどうやって起訴するのか?わたしは小沢氏とは昵懇の間柄ではないし、何の恨みも持っていない。しかしこのような手法で検察審査会が機能し始めたら、「憎い相手はとにかく審査会で」という事になってしまう。しかも審査会のメンバーは誰にも分からない仕組みだ。この問題でもうこれ以上ウダウダ書きたくないので、以下のブログを参照していただきたい。
▼今朝の朝日に精神科医の野田正彰が「龍馬にしがみつくのは成熟拒否の表れ」と書いているがその通りである。大体龍馬は30代で死んでいる。もし長生きしていれば岩崎弥太郎のように老醜をさらしていたかも知れない。さらに野田は「軍国主義に利用された過去もあるので、勝手な使い方はもうやめよう」と云っている。わたしはNHKの大河ドラマは一貫して嫌いなので一度も見た事がないが「土佐、江戸、京、長崎となんであんなに行く先々で美人の女性にモテさせるんだろう、と思います。番組の人気づくりのためですかね」ともいう。記者が「高知県出身で龍馬に否定的な事を云って大丈夫ですか?」と聞くと、龍馬本人を否定的には思っていない。ただ勝手な使い方はいい加減にしてくれ」ということなのだという。まぁ長野県人に木曽義仲を批判したらえらいことになってしまうのと同じかもしれない。
◇「メッセージ、そして愛が残る」夏のバカンスで高原の池で遊ぶ少年ネイサンと少女。沼の足場が割れて少女が湖にはまりそうになる。少年が助けようとすると、「お母さんを呼んできて」と云われ、少年は別荘地に必死に走る。しかし別荘の直前で走って来た車に跳ねられてしまう。運転していた女性は救急車も呼ばずにオロオロするだけ。そして大きな会社の会議室ネイサンは弁護士として辣腕を振るっている。もめ事は全部俺に任せておけ、といった調子である。少年期からこの場面への転換が早すぎてとても理解できない。実はネイサンは死んだのだと見ていた私は思った。しかし何らかの理由で生き返ったのだ。
▼弁護士のネイサンはもめ事を解決するため、ケイという医者と会う事になる。ケイは死を予見できるという。それは死ぬと思われる人の周りは突然明るいリングに包まれるのだ。ネイサンは幼い男の子を亡くしている。妻のクレアは息子の葬儀の事も考えない会社人間だったネイサンを嫌って娘と二人砂漠のある地方に住んで別居している。ネイサンはケイが不思議な死の予見ができることを知って、ふと妻や娘、もしくは自分が死んでしまいのではという不安に襲われる。
▼久しぶりに娘に会いたいので、飛行機で都会に来るように言うネイサン。娘はしかし稲妻が怖くて飛行機に乗ることはできないという。やむを得ずネイサンはケイを伴ってネバダかどこか砂漠の近くで、フォトグラファーとして生計を立てている妻の元を訪ねる。飛行機は危ないと考え車で、現地まで出掛ける。追い抜いた赤い車が光の輪に包まれて不思議だと思っていると、その先で交通事故を起こして車は大破して乗員は死亡しているのを見てしまう。すると妻も娘も突然光の輪に包まれるので驚愕する。もう死ぬのは時間の問題だと動けなくなる。そしてケイに助けを求める。砂漠で一晩明かしながらサボテンの開花を撮ろうとしている妻の元に駆けつけるネイサン。そこでようやく妻から心のわだかまりを告白される。死を予感する光の輪とはあくまでも自分の幻想で、いまこの時を家族としっかり生きなければと決意する。シネシャンテ。フランスのベストセラーを映画化したものだが、かなり難解である。小説を無理に映画にすることはなかったのでは、と思う。
▼本日メルマガ締めきり日です。お忘れなく。

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October 04, 2010

検察のリークと報道機関の使命

▼日曜日朝9時半ころパソコン相談の電話をいただいた。掛けて来る方は困って電話を下さる。しかしわたしの頭が休日モードになっている。まったくパソコンの事を考えていないのに現実問題に引き戻されるのはかなり苦痛である。急に意識を集中しなければならないので血圧も上がる。大体パソコンのトラブルは電話では解決できない事がおおい。それは相手のパソコンの知識及び理解度がわたしと違うからだ。前日まではメールもできたとおっしゃるので考えられる事を全部お話した。夕方には「解決した」という電話がかかってきた。何回かここで書いているがパソコンがトラブルを起こしたからと云って、いきなり携帯電話を下さるのはとても困る。指定した日時に予約をして、しかる後にご相談させていただくことになるので、ご了承いただきた。
▼大阪地検特捜部の検事が逮捕された事件で、自供した内容がボロボロ漏れてくる。NHKの報道では「検察への取材によれば」と云っているが、取り調べている検事は国家公務員だから守秘義務があるはずだ。そして面会に行った弁護士(どうせヤメ検だろう)に「検察と徹底抗戦する」と云っているという。普通の人が逮捕されて、こんなに自分の都合の良いメッセージは決して発信できない。これは要するに検察が自分の都合の良い落としどころを探している証拠に他ならない。今の世論は検事総長は辞任すべきだ、特捜の解体まで及んでいる。
▼しかし彼らにとって組織は何が何でも守り通さなければならないから、状況をマスメディアにリークして逆の方向へ持って行こうとする。「愛川欣也パックイン・ジャーナル」でTV朝日のコメンテーターをしている川村晃司さんは「検察の情報は取りにくいから幹部に取り入って自宅に押しかけたりする。しかしあるとき某紙某記者が、検察官の逆鱗に触れて出入り禁止にされてしまった。困った記者は検事の自宅で獅子舞をして、赦しを乞うた事があった」と発言していた。つまり検察はマスメディアを利用しようとしてマスメディアを自分の都合の良いように動かそうとしている。それは別に検察だけでなく、最近のNHK等でこの数年増えている「○○○への取材によれば」と、いかにも公平な取材をしたかに装って、一貫して権力機関のバイアスの掛かった報道をながしていることに賢著に見られる。
▼図書館でバーンスタインの「トリスタンとイゾルデ」を借りて来た。先日NHKHVの「名曲探偵」で取り上げられたので再び聴いてみようと思ったからだ。CD4枚組で約3時間。しかしディスク3枚目、第2場「聞いて下さい、恋人」が音飛びして聞く事ができなかった。名盤といわれるいるものがだ、裏返してみるとディスクに傷が付いていた。残念!

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October 03, 2010

福澤諭吉に対する認識の違い

▼昨晩は「氷雪の門」の部分をかなり丹念に読んでいった人がいた。こんなブログよりも近くの図書館に行って調べれば良いような事を見ている。自分が足を使って努力しなければ、ネットでへ決して良い情報は手に入らない。
▼先日のネットでS高信が「週刊K曜日」の社長を辞任したと出ていた。直接のきっかけとなったのは8月27日号に前に掲載された、Y川J之輔という名G屋大学の名誉教授にインタビューした福澤諭吉の記事を巡って起きたことがきっかけだ。Y川氏には同誌のN沢宗M男氏がインタビューを担当している。安川氏がしゃべっている事は福澤諭吉が、朝鮮人を蔑視していかに民族抑圧に手を貸したかという問題だ。ところが次号でS高は福澤はそればかりではなかったと反論する。朝鮮の留学生に資金を与えて育てたとか色々な例を引き合に出して反論している。しかしこれなどNHKのETVなどの見ているだけで分かる事だ。
▼つまり学生とは当時の朝鮮で事実上クーデータに失敗した人たちだ。福澤は個人で複数の学生の生活費の面倒までみる事ができず筈はなく、財界から多額の資金提供してもらっていた。そして彼らが捲土重来を期して再び朝鮮で復活することを目論んでいたのだ。こんな事はちょっと本を読めば分かることだがその後、S高はY川の書いた記事に反論をつづけていた。原因は外部のものには計り知れないが、その他部数が低迷していることもあり、辞任となったのだろう。
▼「週刊K曜日」最新号を見たら最後の「編集長K記」でK村H編集長も退任の挨拶を書いていた。あの雑誌には佐藤Yなど嫌いな執筆者も多い。佐藤はたしかにかなり勉強はしている。しかしろの論理はかなり怪しい。こういう執筆者がいても、どこまで我慢できるか。面白いのは政党と違って様々な視点でものを見ている事だろう。それでわたしは創刊号からずっと有料購読をつづけている。
▼先日電車に乗って移動していたら隣に座っていた男がノートパソコンを開いてなにやらやっている。しかしキーボードを頻繁に打つわけではない。左手でパソコンを押さえ、右手をとどき動かすだけで、スケジュールやメールを確認しているだけのようだった。つまり仕事やっているフリをしているだけ。時間もカネももったいない。高いノートを買ってそれに比例して仕事の効率がアップすれば良いが、必ずしもそれは正比例しない。日本だけだよ、パソコンを春、夏、秋、冬モデルなんて云って家電なみの売り方をするのは。ウインドウズ7だってそれほど評判良い訳ではない。だからわたしは2台ともずっとXPを使って入る。XPの発売は10月末で終わってしまうから、買うならいまのうちだ。「7はどうも評判が悪いらしい」からの次のOSまで我慢して「XP」を使い続けるという人もいるほどだ。
▼別の日に総武線下りに乗っていたら「ポメラ」を使って一生懸命キーボードを打っている女性がいた。文章入力だけだったら、電池の残量を気にしないでも良く、重さ340gの「ポメラ」で十分である。しかも価格も2万円以下で買える。

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October 02, 2010

亀戸事件のこと(昨日の補足)

▼昨日締めきりの仕事が二つ重なってしまってウンウンうなっていた。一つは3日前にいただいた仕事で、納品は金曜日と云ってしまった。これはとても難儀して午後3時半頃に送信を終え、ブツは近くの郵便局まで駆け足で行き、4時過ぎレターパック350で送った。これは初めて使ったが、厚ささえクリアできれば350円で送れる。もう一つは原稿の締め切りで、朝一番に編集長から催促の電話があった。わたしは通常締めきり日の2日前には送信しているが、そういう事情で執筆するのが遅れていた。もう2週間ほど前に取材した内容なので記憶は定かではないが、約1時間半で書き終え、チェックを済ませてから送信した。この間様々な連絡が入ってそれも処理しなければならない。昼休みもしなかったのでかなり疲れてしまい、TVを見る気力も残っていなかったので10時頃には寝てしまったと思う。
▼昨日の「弁護士布施辰治」に関してお二人からメッセージを頂いた。お一人はあのドキュメンタリーに出演している関係者からだった。決して面白くはないが、タメになる映画だと思う。あの中に亀戸事件という記述が出てくる。これは関東大震災の時、朝鮮人が井戸に毒を入れているというデマ情報を参謀本部が意図的にながしたと云われる。そして各地で自警団が組織され、検問をして怪しい人物に対して「5円55銭」と言わせた。つまり朝鮮人ならば濁音の発音が違うので上手に発音できない。こういう、見分けるという発想自体が軍部でないとできない。
▼当時東京東部地区には労働運動や、左翼政治運動などが活発であった。軍部はこの混乱に乗じて、運動の中心になっている人物を拘束して亀戸警察に連行した。警察の所在地は昔の地図で見ると、いまの「いなきや」当たりだと思われる。鎮圧に動員されたのはあの秋山好古が創設した習志野にあった騎兵第13連隊である。亀戸警察に連行されたのは川合義虎や平沢計七ら9名であった。最初は銃殺にしたが発砲する音で住民が騒ぐとまずいということになり、銃剣で刺殺する方法が取られた。この時の死体がバラバラにされている写真が公表されている。
▼逮捕連行された家族が警察に抗議に訪れているが、最初はシラを切っていたが9月10日なって処刑したと発表されたが、死体は返還されなかったようである。そして事件に関わった関係者も「戒厳令下では必要な処置」として責任は不問にされた。これが事件の概要である。

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October 01, 2010

◇「弁護士布施辰治」を見る

▼♪「緑の中を走り抜けていく深紅なポルシェ…」うーむ、「プレイバックパート2」はやっぱりいいな。NHK1ch29日深夜の「SONGS」は山口百恵特集の1だったな。わたしの携帯メールの着メロはずっとこの「playback part2」になっている。いやきょうはそれがテーマではない。それより5分前にNHK教育TVで放送された「一週間de 資本論」だ。この日は3回目で「恐慌」だった。ゲストは浜矩子さんで浜の専門は国際経済のマクロ分析だ。今は同志社大学大学院ビジネス研究科教授で、「ニュースにだまされるな」で時々出演している。象牙の塔に籠もってデモに行く勇気や実行力もなく、ただ理屈だけこねている学者と違ってかつて三菱総合研究所ロンドン駐在員事務所所長兼駐在エコノミストをやっていた時に「資本論」を読んだという。だから政党人のように教条的にマルクスを解釈していない。
▼この日面白かった話はイギリスで資本が過剰になったとき、資金は鉄道建設が多大な利益をもたらすとして投入された。しかしそのうちイギリス国内で鉄道は殆ど敷設されつくされる。しかも機械化によって国内の人々は仕事がなくなり、物を購買する力がなくなり製品は海外に向かって行く。という話だった。昨日は「グローバル化と資本論」でゲストは田中直毅だった。彼はひととき「軍縮の不経済学」の著書で注目したが、今は大した仕事をしていない。しかしグローバル化が進んで海外にもの作りが行くと、やがて100年か1000年かかるか分からないが、マルクスが云ったような南北格差はなくなり、実態としてみんな賃金が低く統一される事で同一化されていくのではないかと指摘していた。夕べで全部終わってしまったけど、ご覧になっていたら感想を送って欲しいものだ。
◇「弁護士布施辰治」布施は1880年宮城県石巻市で生まれた。18歳のとき立身出世よりも哲学を勉強しようと、今の明治大学に入学する。一度は検事となって宇都宮地裁に赴任する。しかしここで扱った事例が「親子心中で自首した母親を殺人未遂罪で起訴する事だった。布施はこのような司法制度と法律では本当に困っている、貧しい人を救う事はできないとして弁護士に転じる。そのとき新聞に発表されたのが「桂冠の辞」で「虎狼の為なる我が職を」である。
▼それ以後彼はトルストイの影響(いま日比谷のシャンテシネで「終着駅 トルストイ最後の旅」上映している。本多秋五の「戦争と平和論」を読む機会のない人は映画だけでも見ていただきたい)。布施はトルストイの影響を受けたため人道主義の立場を貫いた生き方をする。1911年に東京市電値上げ反対騒擾事件、1918年の米騒動、釜石鉱山・足尾銅山・八幡製鉄所のストライキなどの争議事件などを一手に引き受けて弁護活動をする。
▼関東大震災の時に起きた亀戸事件(亀戸警察の庭で行われた習志野騎兵隊による社会主義者の虐殺事件)、明治天皇の暗殺計画をしたと言われる大逆事件等で弁護や救出活動を行う。また関東大震災の時、政府が焼け出された人がその焼け跡に自分の家が建てられないとしたとき、布施は焼け出された住民はバラックを建てる権利があると、不当性を訴える。労働争議が起きると手弁当で出掛けて彼らの権利を守るために奮闘する。しかしいくら弁護士でも手弁当ばかりでは食っていけない。妻は嫌がる布施を説き伏せて金持ちの民事事件を扱わせて法律事務所の経営を成り立たせる。さらに朝鮮共産党事件や台湾農民組合騒擾事件など各地の小作争議、労働争議の弁護をするようになる。
▼布施はやがて日本の支配下にある朝鮮の民衆が劣悪な状態におかれている事を知る。彼の事務所には朝鮮からも相談にやってくる人が後を絶たなかった。それで彼は朝鮮に行き各地で権利をめぐる講演活動をする。布施は労働問題や政治問題のほか、社会活動として普通選挙運動や人権擁護にも取り組む。布施は3・15や4・16事件で弾圧された日本共産党員の救出や弁護を行ったため1932年に弁護士資格を剥奪される。しかし1945年12月に日本の敗戦で弁護士資格は回復される。その後も三鷹事件、松川事件、メーデー事件などで弁護活動に力を注いだ。布施は進歩的な考え型を持った弁護士集団である自由法曹団の創設者でもあった。その後1953年73歳で権力との戦いの生涯を閉じた。100分の映画はそれなりによかった。しかし布施の孫といわれる石川某氏が登場して時々語るのだが、滑舌で内容が3分の1くらいしか理解できない。彼の発言には字幕をつけて欲しいと切に願う。都内の自主有料上映会にて鑑賞。

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