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October 06, 2010

「スクープドキュメント “核”を求めた日本」を見る

▼官僚に操られている菅首相は、自分の活躍をアピールするのに一生懸命だ。ブリュッセルに行って中国の温家宝首相と27分間も立ち話をしたという事まで自慢する。しかし27分と行っても通訳が半分使うので一人は13分くらいでそのうち半分は、一人がしゃべる時間だ。という事は実際には6分話しただけのことだ。先日アメリカのオバマと対談している様子もTVで流れたが、情けない事に会話をするとき、後ろに座っている女性通訳の方を見てしゃべっており、オバマに向かって喋っていなかった。自信のなさがそのまま画面から伝わってきた。
▼NHK3日夜「スクープドキュメント “核”を求めた日本」をご覧になっただろうか?佐藤栄作が首相だったとき、中国が核実験をした。日本の役人はそれが脅威と受け取ったようだ。村田良平元外務省事務次官肺ガンで死亡する1ヶ月前にNHKのインタビューに応じていた。日本は独自に核を保有する事が可能かどうか、独自に研究をしていた。そのとき戦後は日本と同じような立場におかれていた、ドイツと一緒に研究できないか、と政府は真剣に考えていた。外務省は箱根で内調と一緒にドイツの政府高官と話合いをした。村田とともに暗躍したのは志垣民郎元内閣府調査官(当時、調査室主幹)である。
▼ドイツのバールはNHKのインタビューを一度は音声だけの取材に応じる。ところが外務省の村田が、ビデオの遺言メッセージを残していたのを聞き、ビデオ取材に応じる。その内容とは世界で初めて、2発もの原爆を浴びた日本という国が、20年経たないうちに、西ドイツのバールに対して「近々日本は核武装する予定だから、その時は協力して欲しい」などと語ったという。西独のエゴン・バール元首相府副長官は、秘密会談で日本の話を聞いてとんでもないところに来てしまったと驚く。
▼つまり「協力しろ」とは「ドイツも昔の防共協定と同じように一緒に核武装をしよう」という意味だ。バールと一緒にいた西ドイツの出席者からは「ドイツは今、国土が東西に分割されてアメリカに庇護の下にあるので、核武装など考える余地もない」と答えたという。ドイツは腰を引けてしまうが、日本は防衛庁や自衛隊の関係者も含めて着々と研究をすすめる。そして東海村の原子炉は年間100kgのプルトニウムを凝縮する技術があるので、10発の核兵器は作る可能性がある。研究会が核弾頭、ロケットの製造、運用など誘導技術等をまとめられた報告書は、楠田實主席首相秘書官に提出された。
▼NHKは当時東海村の原発の所長をしていた人に、研究会が作ったタイプ印刷の秘密文書を見せる。すると現場には何も知らされていなかったと驚く。結局核を開発するには様々な困難があるとして中止になる。その最大の要因は日本の非核運動の高まりであった。さらに先行して核を開発した国々はNPTを作って、後発国の核製造や保有を許可しない方向に進んでいく。
▼佐藤栄作はアメリカのジョンソン大統領会談して「中国が核兵器を持つのであれば、日本も核兵器を持つべきだと考える」と伝えた。しかしアメリカ側は、思いとどまるように伝えた。佐藤はさらに「日本に対する核攻撃に対しても必ず守ると約束してほしい」というとジョンソンは、「私が大統領であるうちは約束する。」と云ったとされる。この2ヵ月後、佐藤栄作は総理として「非核三原則」を宣言し、これがその後ずっと国是となってきた。
▼その総仕上げが佐藤栄作のノーベル平和賞の受賞を演出することだった。オスロでの授賞式のスピーチを核武装を検討した佐藤のブレーン(京大の梅棹の名前もあった)の原稿には当初「世界各国は日本にならって核廃絶を目指すためである。」という一文が含まれていた。しかし最終稿決定の前に佐藤はキッシンジャー会うが、彼はオスロのスピーチでアメリカの核政策を縛る内容が含まれていため、強い不快感を伝えたという。原稿からはその部分が突如削除されたものがスピーチになった。「緊急事態」になると戦争や核保有するという武力にこだわる、懲りない日本の外交姿勢は未だに変化がないように見える。

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