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October 13, 2010

◇「冬の小鳥」を見る

▼今朝は取材で多少早めに出掛けるのだが、予報と違って雨が降っているので憂鬱だ。昨晩アクセス数がいつもと違った形で増えてきた。検索用語をたどっていくと、あるツイッターでわたしが1週間ほど前に書いたことが利用されていることが分かった。原本に当たってと再三書いているにもかかわらず、ほんとうに「他人の○○○○で相撲をとる事がすき」な方々である。今朝は利用されないようにタイトルだけ変更した。
▼夕張炭鉱は「幸せの黄色いハンカチ」以降、いくつかの映画で利用されたり、夕張映画祭が行われたりしてきている。しかし地底には見殺しにされた昨日書いた人々の怨念がこもっている土地である。
◇「冬の小鳥」1975年の韓国が舞台である。9歳の少女ジニは父の自転車に乗って、買い物に出掛ける。明日どこか遠くに旅行に行くので洋服を買って貰えるので、心は浮き浮きと弾んでいる。そして帰りに居酒屋に寄った父に「マッコリを飲んでも良い?」と聞くと、父はうなずくのでこっそり口をつけてみる。そして再び父の背中のにおいをかぎながら帰宅する。何と父の背中は良い匂いがするのだろう。翌朝はバスに乗って父と「旅行」に出掛ける。途中プレゼントが必要だと大きなケーキをもってある場所に行く。そこは基督教徒が運営する児童擁護施設だった。
▼父は必ず迎えに来ると信じているジニは施設に中々溶け込めない。父に買ってもらった一張羅をいつまでも着ている。そして脱走して家に帰ろうとするが道も分からないのでそれはできない。だが施設にシスターたちは気長に辛抱強くジニの心か変わって行くのをじっと待つ。出された給食も受け付けず、机から払いのける。2歳くらい年上の女の子に「いつまでも甘えるんじゃない」と叱責される。しかしジニは施設長に「住所を知っているから父に連絡を取って欲しい」と頼み込む。
▼しかしその結果は引っ越してしまって近所の人も移転先を知らないという返事だった。ジニは母亡きあと後妻が生んだ幼児をあやしているとき、安全ピンが幼児の足に刺さったとして施設に預けられてのだった。同じ部屋の友だちは就寝前に花札(日本のそれとそっくり)を使って占いをするのが楽しみである。「願いが叶う」、「会いたい人に会える」などたわいない願い事が叶う事を祈って就寝につく。だがジニはそれにも加われない。
▼あるとき怪我をして飛べない小鳥を育てようとする。残飯を与えるがやがて小鳥は死んでしまい、庭の片隅に埋葬する。ジニは日曜礼拝のおり、「具合が悪い」と言って一人居残る。そして自分一人が入る穴を掘って自分を埋めてみる。一度埋葬した小鳥を発掘してみるが、自分の存在を否定しようとしたのではないかと思う。それ以後自分の存在を否定するよりも、もっと前向きに生きようと決意する。施設には外国人が里親を育てようと面接にやってくる。友人がひとりまたひとりと去っていく。その別れの歌は故郷の杏の花が咲く場面が唄われていて思わず涙がでてくるほどだ。
▼そしてジニにもその順番が回って来る。彼女はフランスに養女に貰われて行くことになる。見知らぬフランス人夫妻が隣の座席に座っている。子ども達には両親の惜しみない愛情が注がれているのが分かる。そしてフランスの空港に到着する。そろそろと慎重にあるいていくとゲートの前に新しい両親となるフランス人が待ちかねている。監督ウニー・ルコントの自伝でもあるようだ。

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