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October 01, 2010

◇「弁護士布施辰治」を見る

▼♪「緑の中を走り抜けていく深紅なポルシェ…」うーむ、「プレイバックパート2」はやっぱりいいな。NHK1ch29日深夜の「SONGS」は山口百恵特集の1だったな。わたしの携帯メールの着メロはずっとこの「playback part2」になっている。いやきょうはそれがテーマではない。それより5分前にNHK教育TVで放送された「一週間de 資本論」だ。この日は3回目で「恐慌」だった。ゲストは浜矩子さんで浜の専門は国際経済のマクロ分析だ。今は同志社大学大学院ビジネス研究科教授で、「ニュースにだまされるな」で時々出演している。象牙の塔に籠もってデモに行く勇気や実行力もなく、ただ理屈だけこねている学者と違ってかつて三菱総合研究所ロンドン駐在員事務所所長兼駐在エコノミストをやっていた時に「資本論」を読んだという。だから政党人のように教条的にマルクスを解釈していない。
▼この日面白かった話はイギリスで資本が過剰になったとき、資金は鉄道建設が多大な利益をもたらすとして投入された。しかしそのうちイギリス国内で鉄道は殆ど敷設されつくされる。しかも機械化によって国内の人々は仕事がなくなり、物を購買する力がなくなり製品は海外に向かって行く。という話だった。昨日は「グローバル化と資本論」でゲストは田中直毅だった。彼はひととき「軍縮の不経済学」の著書で注目したが、今は大した仕事をしていない。しかしグローバル化が進んで海外にもの作りが行くと、やがて100年か1000年かかるか分からないが、マルクスが云ったような南北格差はなくなり、実態としてみんな賃金が低く統一される事で同一化されていくのではないかと指摘していた。夕べで全部終わってしまったけど、ご覧になっていたら感想を送って欲しいものだ。
◇「弁護士布施辰治」布施は1880年宮城県石巻市で生まれた。18歳のとき立身出世よりも哲学を勉強しようと、今の明治大学に入学する。一度は検事となって宇都宮地裁に赴任する。しかしここで扱った事例が「親子心中で自首した母親を殺人未遂罪で起訴する事だった。布施はこのような司法制度と法律では本当に困っている、貧しい人を救う事はできないとして弁護士に転じる。そのとき新聞に発表されたのが「桂冠の辞」で「虎狼の為なる我が職を」である。
▼それ以後彼はトルストイの影響(いま日比谷のシャンテシネで「終着駅 トルストイ最後の旅」上映している。本多秋五の「戦争と平和論」を読む機会のない人は映画だけでも見ていただきたい)。布施はトルストイの影響を受けたため人道主義の立場を貫いた生き方をする。1911年に東京市電値上げ反対騒擾事件、1918年の米騒動、釜石鉱山・足尾銅山・八幡製鉄所のストライキなどの争議事件などを一手に引き受けて弁護活動をする。
▼関東大震災の時に起きた亀戸事件(亀戸警察の庭で行われた習志野騎兵隊による社会主義者の虐殺事件)、明治天皇の暗殺計画をしたと言われる大逆事件等で弁護や救出活動を行う。また関東大震災の時、政府が焼け出された人がその焼け跡に自分の家が建てられないとしたとき、布施は焼け出された住民はバラックを建てる権利があると、不当性を訴える。労働争議が起きると手弁当で出掛けて彼らの権利を守るために奮闘する。しかしいくら弁護士でも手弁当ばかりでは食っていけない。妻は嫌がる布施を説き伏せて金持ちの民事事件を扱わせて法律事務所の経営を成り立たせる。さらに朝鮮共産党事件や台湾農民組合騒擾事件など各地の小作争議、労働争議の弁護をするようになる。
▼布施はやがて日本の支配下にある朝鮮の民衆が劣悪な状態におかれている事を知る。彼の事務所には朝鮮からも相談にやってくる人が後を絶たなかった。それで彼は朝鮮に行き各地で権利をめぐる講演活動をする。布施は労働問題や政治問題のほか、社会活動として普通選挙運動や人権擁護にも取り組む。布施は3・15や4・16事件で弾圧された日本共産党員の救出や弁護を行ったため1932年に弁護士資格を剥奪される。しかし1945年12月に日本の敗戦で弁護士資格は回復される。その後も三鷹事件、松川事件、メーデー事件などで弁護活動に力を注いだ。布施は進歩的な考え型を持った弁護士集団である自由法曹団の創設者でもあった。その後1953年73歳で権力との戦いの生涯を閉じた。100分の映画はそれなりによかった。しかし布施の孫といわれる石川某氏が登場して時々語るのだが、滑舌で内容が3分の1くらいしか理解できない。彼の発言には字幕をつけて欲しいと切に願う。都内の自主有料上映会にて鑑賞。

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