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November 15, 2010

「レシピエント/脳死移植医と患者の540日」を見る。

▼昨日は「戸井十月」という検索用語でかなりアクセスが増えた。しかしその内容を解析すると「戸井がしていた時計」だとか「一緒に行ったスタッフの名前」だとかで、戸井さんが言いたいことや、わたしが問題提起をした事とはまったく異なっている。ついでに言うと試射会から4ヶ月もたって今更「KSCm4」で来られても困る。これは2chに同名のスレッドが立って購入した人たちの感想やら裏話がでているので、そちらを参考にしていただきたい。
▼NTV系の日曜深夜の臓器移植はその翌週第2弾が放映された。タイトルは「レシピエント/脳死移植医と患者の540日」という内容でわたしは録画を忘れて14日午前11時のBSNTVの再放送でようやく見る事ができた。この日は臓器移植をアメリカで勉強してその中心になって活躍している愛知県の藤田保健衛生大学の杉谷篤教授にスポットが当てられていた。もう一人は腎臓移植を必要としていた女性が登場した。
▼結論から言えば番組の作り方は、女性アナウンサーの声からして、あの家のリフォーム番組の「ビフォーアフター」ののりである。つまり手術前の患者とアナウンサーの声は暗く、手術後の患者もアナも明るく弾んだ声だ。病院には昼夜を問わず臓器移植の連絡が飛び込んでくる。移植医療は時間との闘いで杉谷医師は臓器を集めるために24時間体制で飛行機を使って全国を飛びまわる。法案が国会を通過した時議長は河野、厚労大臣は桝添である。法案が衆議院を通過した瞬間、桝添はにっこりとして深々と頭を下げる場面が出てくる。番組では匿名のある女性患者の手術前は毎日インスリン注射器が手放せない状態を放映して、今まで法律が改正される前までは、自分が生きている間に臓器が提供されるかどうか、まったく見通した立たなかったと話す。
▼さて番組の作り方は「困っている人がいる」ことを先に訴える。こうなると倫理観が入る余地はなくなってしまう。NHK第一で木、金の深夜あの「ハーバード白熱授業」の一部が再放映された。木曜日は第一話で、金曜日は東大での講義の模様だった。後者はすでにご紹介しているので、前者の事を書きたい。サンデル教授のこの日のテーマは「殺人に正義はあるか」/「命に値段をつけられるか」だった。まずサンデルはあなたが電車の運転手でスピードが緩められない。右のレールを行くと5人ひき殺してしまう。左にいくと一人死ぬ。あなたはどっちにハンドルを切るか?という質問を出す。
▼次はもっと難しくなって、重篤な患者が一人いて心臓、腎臓、肝臓、胃、それに膵臓の移植をすれば助かる。その隣の部屋に5人のそれぞれの内臓が健康状態にある人がいるが、それらから移植する事は倫理的に可能かどうか?という問題である。次はもっと難しくなってイギリスで18世紀に実際起きた事件だ。船が遭難して4人が生き残った。ところが小さな小型ボートに乗り移ったものの、食料は瞬く間に欠乏して行った。そして4人のうち一人がもっとも衰弱している。衰弱した一人を殺して食べれば残った3人は生き残る事ができる。現実に起こったことは殺害して肉と血を啜って3人は生き延びた。ところがイギリスに帰国してから裁判になった。法律論は別にして、衰弱している本人が「オレを殺して食べても良い」と言えば許されるか?それとも「多数決で決めれば」食べて良いのか?という問題提起がされて論議が進んでゆくのだ。
▼以上はハーバード大学で行われた講義の一幕である。東大の講義は抽選で一般公開されたようだ。そこに参加していた看護師さんは「医療の現場で果たしてこれで良いのだろうか?」と考えさせられる場面があるので参加した、と答えていた。日本の臓器移植法もこの論議がまったくないまま、法律だけが先行してしまっている杉谷医師は臓器を摘出手術をスル前には全員で黙祷して、迷いを吹っ切るといっていたが、先進医療の現場ではそうでもしない限り「摘出手術」を合理化する口実は見つからないのではないかと思った。

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