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December 06, 2010

◇「白いリボン」を見る。

▼わたしは交響曲は聴かない。コレクションの中に一枚もそれらはない。いやレコード時代はかなり持っていた。しかし1時間も向かい合っているといささか疲れるので、聴かなくなってしまった。昨日久しぶりに図書館に年末になると猫も杓子もこぞって聴く一曲をリクエストした。だれも注文していなかったので、CDはすぐ届いた。指揮はわたしの好きなゲオルグ・ショルティだ。わたしの持っているバッハのマタイや、ワーグナーは全部彼の指揮によるものだ。借りて来た1枚をコンポのCDトレイに乗せたがウンともスンとも言わない。裏返してみると傷だらけでどうしようもない。パソコンなら取り込むことができるかと試してみたが、結局どうにもならなかった。図書館の所有物は本もCDも大勢の人が見聞きするものだから、大切に扱って欲しいものだ。さてどうしても聴きたいわたしはどうしたら良いか?
◇「白いリボン」第一次大戦の直前、北ドイツにある農村。小さな村は大地主の男爵とプロテスタントの牧師が中心になって動かされている。村はこの2人の権力者によって子どもの躾まで厳しく規律が保たれている。その秩序ある村で不思議な事件が相次ぐ。最初は、村人の診察をしている医者が樹木と樹木の間に貼られたワイヤーに馬が躓き、医師が落馬し大けがを負う。次は地主の家の納屋の床が抜けて小作人の妻が転落死する。次は村中が収穫祭で浮かれている夜半、男爵家の小さな息子が逆さ釣りになっているのが見つかる。それに追い打ちをかけるように男爵の家の納屋が火事になり、翌朝首をつった小作人が発見される。
▼ある日牧師が学校に行くと生徒たちが騒いでいるので、牧師の娘が大声を出して彼らを鎮めようと必死になっているが、彼は娘を許さず、罰として「白いリボン」をつけさせる。牧師が子ども達に「白いリボン」を着けさせるのは「純粋無垢」な心を忘れさせないようにするのが目的である。しかしこれが子ども達が大きくなってからも続くので生き詰まる。
ある日牧師の机の上で、彼の「教育」に反抗するかの様に小鳥がハサミを使って磔にされているのが発見される。
▼やがてこの奇怪な事件は、男爵や牧師に悪意をもっている者の仕業に違いないと感じられる。権力を持った村のトップとも言える2人の男たちは村人の悪意の標的にされる。つまり2人は表面的には「秩序」とか「倫理」を説いている。しかし実際には男爵は離婚してイタリア人と結婚したがっている妻を縛り付け、自分勝手な生き方をしている。それは牧師も同じで自分の判断だけが唯一正しと決めつけ、自分の醜さに気がつかないだけの話なのだ。そんな大人たちを子ども達は冷静に見つめている。子どもたちと2人の権力者の関係をじっと見ている時、この映画を作ったミヒャエル・ハネケの言葉が思い浮かぶ。「人がイデオロギーにしたがうのは何故だろう。厳格な教育の中が、人間の意思を放棄させてしまうだろう」。映画はオーストリアの皇太子がサラエボで暗殺され第一次世界大戦に突き進む画像へと転換していく。映画の副題は「あるドイツの子どもの物語」である。

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