« 南米世界半周の旅(1) | Main | 南米世界半周の旅(3) »

January 15, 2011

南米世界半周の旅(2)

Hustonk
(ヒューストン空港待合室)
▼話は前後するが成田で出国するとき、わたしは練り歯磨きを捨てさせられた。というのは前日近くのスーパーで小型の歯磨きが88円という安価で売っていたので買って手荷物に入れた。それはトランジットのときに、空港で歯を磨けると思ったからだ。ところが50gの歯磨きはダメだという。ならば量を絞り出して少なくすれば良いか、と聞いたらそれでもダメだという。つまりホテルなどに泊まったときに、歯ブラシに付いて来るごく少量でないとダメなのだという。
▼ヒューストンで待ち時間は8時間近くもあった。なすこともなく椅子に座って時間を待つ。通過だから空港の外に出ることもできない。見ていると空港の中にはサムソンのマークが付いた充電所が二ヶ所もあってパソコンや携帯を自由に充電できる無料サービスをやっていた。利用者はipadやキンドル、それに見た事もない薄型のノートパソコン、子ども達はゲーム器を充電していた。
▼帰国してドコモに電話して何故わたしの携帯がアメリカとアルゼンチンで使えないのか聞いてみた。今までチュニジア、トルコ、ポルトガルでは問題なく使えていた。しかしトルコに同行した人は契約しているのに使えないと愚痴っていた。昨年末インドに行った人も使えないとこぼしていた。聞いてその原因が分かったつまり「GMS」という一番新しい国際規格になっていないと、今回わたしの立ち寄った国では使えないのだった。昨年の2月に替えたのにこういう事だ。オートバイで世界を二周した浦野さんがなぜ携帯を2台持ち歩いているのか分かった。簡単に言えば国内連絡と海外に行った時の連絡用なのだ。日本のおサイフ携帯、音楽を聴けるとか新しい技術の様な事を言っているが、実は日本国内でしか通じない技術だ。一歩日本を出たらまさにガラパゴス状態なのだ。わたしは次の旅行まで1年あるので海外携帯を別に一台もつかどうか考慮中である。一番安いネットで販売している6千円前後の海外携帯は通話はできるが、メールなどは一切できないからブログの更新はできない。
▼さて8時間待つと言っても昔に比べると格段の進歩なのだ。わたしの友人は20年前にアルゼンチンに行ったとき5回乗り換えたと言っていた。さらに石川達三を有名にした「蒼茫」という昭和28年の小説がある。それによれば1930年に神戸から船便でリオデジャネイロまで45日かかっている。船は香港、マニラ、サイゴン、デリーからケープタウンを経由して、リオで一部の人を下船させ、さらにサンパウロまで行くのである。「神戸港は雨である。細々とけぶる雨である。海は灰色に霞み、街も夕暮れどきのように暗い」という書き出しで船旅に先立ち、このように移民たちの不安な気持ちを書き表す。
Kinaishoku2
(南米方面の機内食)
▼ヒューストンから先は同じコンチネンタルだが、機内食は期待できそうにないらしい。とにかく片道丸2日はやることがないので出てきた食事は全部カメラに収めた。13時間ほどたつと飛行機は機首を下げ始める。とにかくヒューストンまでは機内案内も日本語も出てくる。しかしこちらに乗り換えるとポルトガル語が主で、英語がサブ音声になる。周りに日本語をしゃべる人はいなくなる。右側座席が眺めが良さそうなのでCA(キャビン・アテンダー)さんを見ると座席を移動しても良いと合図してくれた。旅行案内書でしか見た事のない景色が眼下に広がって来た。
▼通関手続きは簡単だったが、バゲッジを回転させるマシンが故障してしまい、手作業で荷物を出すのでかなり待たされる。出口に行くとわたしを先頭に3人の名前を漢字で書いた紙を持った女性が待っていてくれた。Fさんという女性で、リオで手広く不動産業を手が手がけているという日系3世と自己紹介をしてくれた。マイクロバスで市内のホテルまで移動する。そのとき日本にいたときの疑問を投げかけてみる。まずスラム街で警官隊と衝突して50人死亡したという事件だ。すると彼女は「あれは全くのウソ。一人も死んでいません。とにかく目立ちたがりたくで大げさにリオの事を書くジャーナリストがいて困っている。全くのデタラメで、「地球の歩き方」でも旅行者がしっかりと確かめないで書いたり投稿している人が多くて迷惑している。同行のHさんは混乱に巻き込まれて死ぬかもしれないので、遺書を書いて旅行に参加しようかと思案されていたほどだ。
Riokuusatu
(リオ空港上空で着陸態勢機内から)
▼次は水道橋の上を走る木製の130年前の路面電車に乗ってみたいという。あそこは危険な地域に近く、かなり危険な地域である。頼むから(と両手を合わせ)行かないくれと懇願される。そして危険なのはリオだけではなく、南米全てが危険地域であると認識してもらいたいと念をおされる。ホテルに案内され、すぐ近くにあるレストランの使い方を教わる。出歩く時、ウェスト・ポーチは狙われるので持って歩かない。パスポートは金庫に入れ、ポケットには少額現金とカードだけにして、道を歩くときも浮浪者がたむろする側は避けて歩く様に指示される。そしてレストランは量り売りである。入り口で細長い緑色の紙を貰う。食べる物を選んで皿に載せる。それから計量皿のある場所に行って数字を書き入れて貰う。出るときはその数字に料金を掛けて値段が出る。そこでは現金でなくカードで払うようになっていた。他の二人はカードを持ってはいるが暗証番号が設定していないまま持ち出したので、認証に手間取る。昼食にはFさんの奢りでビールがワンドリンク付いていた。

|

« 南米世界半周の旅(1) | Main | 南米世界半周の旅(3) »