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January 17, 2011

南米世界半周の旅(4)

Chunisia
(町のあちこちに大統領の写真が貼られていた4年前のチュニス)
▼チュニジアの政変に前原外相が「驚いた」と発言している。彼は12月に行っているのだからそうなのだろう。しかしわたしが驚いたのは、チュニジアをずっと一貫して持ち上げてきた某政党の事だ。「現代のチュニジアにも、新しい条件のもとで、その重要性は引き継がれている。」と某幹部は連載の最後で語っていた。わたしがチュニジアを訪れたのは4年前の事だ。わたしは町の様子やとくに、軍隊の装備とか訓練、配置状況でその国を別の面から判断する。例えば海に面した丘の上にある大統領公邸の周りには、双眼鏡を持った兵士が散在知る歩哨所に配置されており、カメラを向けてはならないとガイドから言われた。また内務省の周りにはこれまた完全武装の兵士が、オーストリアのAUGライフルを水平に構えて、すぐに撃てる体制で警備していた。一度書いたが「写真を一枚撮らせて」と言ったら、もの凄い勢いで怒られた。しかも途中で見た陸軍の施設はかなり貧弱で、大統領は自分の身辺を守るのに秘密警察の力を注いでいる様に感じた。さらに北部のチェニスには路面電車が走っているにも関わらず、南部では洞穴で生活している人がいるなど、その格差も目立った。果たしてこれが「北アフリカの星」と言える国なのか大いに疑問を持っていた。
Samba2
▼ブラジルは合計3日間だけ滞在したのだが、入国の事前手続きはかなり面倒だった。ビザを貰うには本人名義の預金残高が25万円以上がある銀行の証明書(コピーではない、約1000円もする銀行の証明だ)、住民票、本人自筆のブラジルからまっすぐ外国に出国するという誓約書、それに普通とは違う規定の顔写真。おそらく日本に出稼ぎに来ているブラジルの人々にも日本政府は同様の事を求めているのだろう。
▼サンバショーはブラジルにいた先住民の歴史から始まる。各国の先住民の事はわたしが2009年10月2号のメルマガで一度ご紹介した「銃・病原菌・鉄/―1万3000年にわたる人類史の謎 」上下巻ジャレド ダイアモンド (著)に詳しい。ブラジルの先住民はポルトガル人が持ちこんだ病原菌によって絶滅に近く減少して、現在は人口の1%でしかない。そして鉱山採掘や農作業で多くの奴隷を必要としたポルトガル人はアフリカから原住民である黒人を連れて来て酷使する。黒人たちは抵抗する手段を持たなかったため、「カポエイラ、カポエィラ (capoeira)」という舞踊の様な武術を編み出す。殆ど素手で足を使った回し蹴りが中心となって相手を一瞬のうちに倒す。また家畜をコントロールする笞の先に木製のボールをつけた武器を目にも止まらぬ早業でグルグルと回す。言ってみれば中国武道のヌンチャクを長くした様な武器である。さらに贅肉がまったくない男性たちによる組み体操のような舞踊もある。町で見かけるブラジル人は一般的にかなり肥満型の体型が多い。しかしこの体操に出演する人たちの身のこなしは素晴らしい。これらを見ているだけでお茶漬け日本は、肉を食べているブラジルにサッカーではとうてい勝てそうにないと思えてくる。
Samba3
▼ショーは一旦中断し会話が巧な司会者と観客との交流が始まる。会場には3ざっと見たところ30ヶ国以上の人々が来ていた。わたしの席の前にはドミニカの男女ペアが座っていた。一番多かったのはロシアのように思えた。最初に司会者は「ハポン」呼びかけ客を舞台に呼び上げる。わたしたちとは別の日本人グループが5人ほどいて、舞台に登って「テンプラ」ソング、「上を向いて歩こう」の合唱になる。ベトナムに行った時もそうだった。各国の客が呼び上げられるたびのその国のもっとも知られている歌の大合唱となる。
▼さてサンバである。サンバとは現在のサルバドールで発祥したと言われている。当時この地はバイーアと呼ばれ、奴隷貿易でアフリカから連れて来られた黒人が上陸した。その後リオに、バイーアから移住したアフリカ系黒人の奴隷労働者たちが持ち込んだ、バトゥカーダ(打楽器のみの構成によるサンバで日本のチンドン屋さんの音を激しくしたものと考えれば良い)などの音楽をもとに、ショーロやルンドゥーなどの要素がとりこまれ、ブラジルを代表する音楽ジャンルとなった。
Samba4
▼舞台上には宝塚の様なド派手な羽根をつけた女性が乱舞して踊りまくる。そして時折生命力に溢れたシーン(直接的な表現をすればエロチックな)が出てくる。帰り道のガイドさんの説明によれば、あの粘っこい独特の腰の動きは白人と黒人のハーフにしかできない表現方法だということだった。そんな素晴らしい踊りが舞台狭しと3時間ほど繰り広げられた。同行のお二人は長旅の疲れから、時々うとうととされていてた。そして最後はあの名曲「ブラジル」である。速報では書けなかったが、テリー・ギリアムの名作「未来世紀ブラジル」の挿入曲としてこれは世界に知られるようになったと思う。

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