« ◇「再生の朝にーある裁判官の選択」を見る。 | Main | 世界ではトイレットペーパーが使えない人が多い »

March 18, 2011

「飢渇のなかの聖なる顔」辺見庸の指摘

▼昨日と今朝の計画停電の範囲から除外されたようだ。現実にわたしの住まいは第一グループで昨日は2回、今朝は朝6時半から予定されていたが、除外になっているようだ。昨日の新聞にグループ分けと時間帯がアルファベットで表記されていたが、見慣れた人でないと自分がどこに入るのかも判らない。今朝は5時起き(わたしは常にそうだ)で食事の準備などを分担してやった。
▼昨晩は海江田氏が「不測の大停電が起きる可能性がある」と言っていたので、食事も早めにして早寝をしてしまった。海江田氏が言う内容ではないかも知れないが、もっと具体的にやるべき事を指示した方が良いと思う。たとえば暖房は20度にして一家で一台にする。風呂はシャワーにしてなるべく一度に入浴する、等だ。わたしは必要な仕事が終わったらPCは切る。そしてミニコンポも電力を食うのでウォークマンにする。ケーブルTVはチューナーが電力を食うように思えるので使わない。さらに映画館は今日までは完全に営業を停止しており、明日以降の上映予定はまったく判らない。
▼この数日外で会う約束はキャンセルしたり、何度も変更を余儀なくされた。ある人のブログを読んでいたら、娘さんが「フィンランドに出国するから、お父さんも一緒に行かないか」と言われたという。娘さんの連れ合いは外資系企業に勤めていて、本社の指示でフィンランドに行けということになったらしい。書いているI氏はわたしより3歳くらい年下の筈である。彼はもうこの歳で怖いものはない。仕事もあるし自分だけ助かろうとも思わない、と書いているがまさにその通りだ。
▼それにしてもこの円高騒ぎはハゲタカ投資会社の本質を現しているとしか思えない。日本が復興したとき、保険会社が多額の現金を必要とするという事を見越しているのだという。ハゲタカか、ハイエナとしか言えない外資会社や多国籍企業は何らかの規制が必要であろう。
▼数日前に読んだ辺見庸の「言葉と死」には深く考えさせられた。彼が取材でアフリカのソマリアとウガンダを訪れてやせ細って、もう何も口に入れる気力を失い死ぬのをじっと待っている若い人を見る。辺見は帰国して夜中に彼女たちの顔をふと思い浮かべる。普段は深く体のなかに沈み込んでいる。でも、たとえば、こんな時…テレビで大食い競争の番組を見たり、街のレストランで同じ趣向の番組にでくわした時だ。
▼飽食の顔は決して美しくはない。頬のたるみに精神の弛緩と傲慢が見え隠れする。その顔に、旅を終えてモノに溢れる東京に舞い戻った私の顔が少しずつ近づきつつある。
▼わたしたちはカネさえあれば何でも手に入ると思って地球中から、札びらで頬をひっぱたいてエネルギーや食料を買い集めていた。しかし地震が起きて気づいた事は、カネによって繋がっていたと勘違いしていた地球上の連鎖が切れてしまった現実である。辺見の例を引用するまでもなく、地球上の資源は等しく分配されなくてはならない。被災地の方々は、今そのことを切実に感じているに違いない。アフリカでは毎日5万人の人たちが餓死しており、日本では毎日3000万人分の食料が賞味期限として捨てられて来た。これは日本だけではなく、先進国全体に突きつけられた問題でもある。今まで貧富の格差を「南北問題」などと冷ややかに言っていたが、地震以来もうその国境な何もなくなってしまった。

|

« ◇「再生の朝にーある裁判官の選択」を見る。 | Main | 世界ではトイレットペーパーが使えない人が多い »