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March 19, 2011

世界ではトイレットペーパーが使えない人が多い

▼昨日でかける前に見ていたらママチャリに乗った人たちが、トイレット・ペーパーやティッシュペーパーを抱えていた。店がオープンすると同時に買い溜めに走るから、不通の勤め人の手にははいらない。しかも2つ買っても500円前後で「安心料」が手に入るから手頃である。友人に聞いたら、近くのスーパーに行ったら、ドリップ式のコーヒーペーパーから豆腐、あぶらげまでなくなっていたという。スーパーに行った目的の紙がなかったから、腹いせで紙を買ったとしか思えない。このペーパーはトイレットの紙の代用にもならない。まして豆腐やあぶらげは日持ちがしない。それに東京にもし「退避命令」が出たらこの紙はまた無駄になるに違いない。
▼だいたい世界では、トイレット・ペーパーを使う事ができる国の方が圧倒的に少ないのだ。まだ朝食前の方がいたらすみません。1月に行ったリオにしてもトイレとビデが別にあった。つまり用を足したらそれを流して、隣のビデに行って自分の手でお尻を洗う仕組みだ。その後水道で手を石けんで洗えば良い。こんな事はわたしが行く旅先では当たり前の事で、ペーパーがなくても何も驚かない。もういっその事、一人1ロール、1ボックスで販売したらどうかと思う。
▼原発関係で、NHKなどは当初登場させていた、東大大学院の御用原発専門家が出なくなってきた。それはそれで好ましいことだ。しかしだからと言っていままでわたしがこのブログでご紹介したサイトは正しい事は言っているかもしれない。しかしそこに登場する福島原発容器の設計者の方々は、わたしの指摘した通りに進行している。さらなる誘発は避けられないとおっしゃる。たしかそうかも知れないが、見ていてやりきれない暗ーい気持ちになってしまう。いまそんな事を言っても仕方ない。むしろ今朝の朝日に出ていたように原子炉の危険区域に留まって必死に作業を続けている人たちがいる。彼らは「フクシマ50」と外電で伝える無名の作業員の皆さんだ。海外では知られているようだが、日本では余り知られていない。
▼さらに「東京に原発を」の著者、広瀬某氏はノストラダムスの予言者の様に一部メディアに登場して発言している。たしかにあなたのおっしゃる様に原発は破壊されつつある。しかし我々はそれを放置して諦めて死ぬわけにはいかない。朝刊で見る一部週刊誌も同じで、一様に恐怖感だけ煽っている。昨日のブログでは池田香世子さんの書いている事が良かった。
・政府・東電・マスメディアに感情的な批判はしない。ましてや市民同士においてを や。
・情報を感情にまかせて流さない。ツイッターやメーリングリストに気持ちを発信しない。
・過去にさかのぼって「そらみたことか」と言わない。
詳しくは以下に
▼外資が東北関東大震災後を見越して円を買っていることは昨日書いた。逆に言えば彼らは日本が再生すると堅く信じているからそうしているのだ。まさかハイチやソマリアがこういう状態になったとき、再生できると彼らは判断しまい。わたしはどんな条件におかれても「あの人が頑張っているのだから、自分はもっと頑張れる筈だ」と歯を食いしばって復興作業を続けている全ての人々にエールを送りたい。

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