« 世界ではトイレットペーパーが使えない人が多い | Main | 臆面もなく原発を推進する俳優のCM »

March 20, 2011

大震災と原発事故(6)

▼本日はメルマガの発行日です。すでに常連のみなさんの投稿は頂いていますので、午後3時頃には送信しようと考えています。
▼この1週間の「検索用語」の解析をしてみますと、間違って「メトルダウン」という言葉が800件ほどありました。正しくは「メルトダウン」なのですが、どうも興味本位でご覧になっている方の方が多いような気がします。今現実に「メルトダウン」しないように現地では自衛隊、消防庁の皆さんが奮闘されています。わたしは興味本位で書いているつもりはないので、過去5日のタイトルを「大震災と原発事故」に変更しました。
▼昨日親戚一同の集まりがあった。甥は大学院を卒業して就職が決まっていた。しかしその配属先が「岩手支社」という事だけ決まっていた。しかしこの大地震で自宅待機になっているらしい。本人は「もしかしたら、もう一度就活をしなければならないかも」と語っていた。
▼昨日の「愛川欣也パックイン・ジャーナル」は殆どの時間を原発事故について専門家の話だった。専門家とはいちどこのブログでもご紹介した、元東芝の圧力容器設計者の後藤さんである。最初に愛川はフランス人と結婚して息子が生まれ、その後離婚したが息子はフランス国籍だった。しかし「帰国勧告」があって息子はフランスへ出国した、と語っていた。国民が一番不安に思うのは「ここで食い止められる」、「これ以上被害は広がらない」と言って次々それが、ボロがほころびるように後退して行く事だ。ここに不安を持っている。
▼続いて愛川は日刊スポーツに載った記事として07年に福島県議会で共産党が「大地震が起きたとき福島原発は取水口が壊れて危険だから、すぐ停止すべきだ」と議会と国会でも追及したが、蔑ろにされた事実を紹介ていした。とにかく今は原子炉の破壊が広がらないように頑張ってもらうしかないが、一段落したらこの責任の所在を追及していかねばならないと語っていた。そしてマスメディアや東電の関係者は「未曾有」とか「想定外」という言葉を頻繁に言う。だがそれを想定してやるのが原発設計者の責任であり、それを回避するような発言はして欲しくないとも言っていた。
▼続いて設計者や技術者からは「原発は大丈夫か」という声は作っている時に出なかったのかと疑問が出された。これに対して後藤氏は、「自分は200度(わたしは、はっきり覚えていない)になったときでも爆発しないように設計すべきだ」と主張したが、他の人たちからはバカにされ、相手にされなかったと語る。さらに原子炉の中はどうなっているかも判らない。後藤氏は炉の回りの配線をエポキシ樹脂で保護してあるが、それも138度で熔解してしまう、という。つまり原子炉はシステムなので、配管、水をくみ上げる装置などそれぞれ別の部署でやっているから、どこがこわれたのかは、中々判断しにくいということだった。
▼後藤氏はスリーマイルの事故は何か判らないが、メルトダウンが起きて何らかの理由で地表でそれが停まった。とにかくプルトニウムがある3号炉メルトダウンにならないように、出来る事はすべてやってもらうしかない。今後は1週間単位で一定の方向が出てくるのではないかと語っていた。

|

« 世界ではトイレットペーパーが使えない人が多い | Main | 臆面もなく原発を推進する俳優のCM »