浜岡原発が「絶対安全」というなら条件を出そう。
(29日銀座で見かけた風鈴屋さん)
▼連休第一日目はいかがお過ごしであっただろうか?毎日もっとマシな事を書こうと思っている。映画も2本たまってしまったが、見た記憶が薄れないうちに書かなければならない。しかし、腹立たしい事が多すぎる。中部電力は7月に浜岡原発の再開したいと言っている。その言いぐさが「再開には絶対の自信を持っている」というのが昨日の新聞だ。福島第一原発では「想定外」と言い逃れをする。それほど絶対の自信があるのなら、電力会社の課長以上の職員は原発施設内に家族と居住を共にしていただきたい。ついでに職員も10km以内に居住を義務づける。事故が起きても退避は認めずに、施設のコンクリートの床に段ボールを敷いていて雑魚寝をさせ、冷たいコンビニ弁当で生活してもらう。これは現在協力会社と称する下請け、孫請けの人達に強制している姿の再現だ。
▼さらに昨日の新聞には地元サラ金業者に今貸している金の他に「10万円無条件で貸し付ける」ことを許可したとある。こんなの銀行がやるべき事だ。それをなぜわざわざ金利が最大17%と高いサラ金業者にさせるのだ。監督官庁も財務省もやるべき事を銀行に指導して欲しいものだ。
▼かと思うと30日朝日朝刊23面に外国人でありながら、「退避勧告」がありながら敢えて危険な場所に残っている人もいる。宮城県七ヶ浜国際村にいるアメリカ人のマーティ・ミックエルリースさん(23歳)もその一人だ。「都合の良いときだけお世話になります、なんて意味じゃない」彼女もまた不眠不休で援助活動に参加し、自宅に戻ったのは震災から25日目だった。やっと母国と繋がった電話で弱音をはくと、父親は「いま君が後ろ向きな事を言って、何になる。復興には数年かかるかもしれない、でも日本はさらに強い国になる」と励まされた。「ここで米国に帰り、暖かいシャワーのある暮らしを選んだら、私は口先だけの人間になってしまう」と残る決意を固めたという。例え地球の裏側に逃げても放射能汚染はグルッと地球を一周している。狭い日本はもう逃げようがないから、わたしたちに残された道は、ここで電力会社と政府に要求を出して対決するしかない。
▼最近家電量販店に行くと、S社のリーダーがいつでも手に入る。ちょっと前までは「入荷の見込みなし」などと張り紙が出ていた。視力が落ちてきたので、一時期気持ちは揺れた。しかし数日前にS社は、アップルと同じような新しい情報端末を発表した。S社の狙いはここにあったのだ。JR秋葉原のエスカレーターを降りてゆくと、アスキーのこういう広告がある。「景気回復を祈るより、新製品を買いなさい」随分押しつけがましい広告だと思う。しかし現実に戦後日本は常に新型の製品への買い換え喚起して、ここまで経済成長してきた事はご承知の通りだ。いつも言っている事だが、経済成長がいつまでも右肩上がりというのはあり得ないことだ。地デジ移行というのも家電業界の不振なのを政府とグルになって電波の方式を変えて、今までのTVを使えなくしてしまった。7月で一応地上波は消えてしまう、という事になっているが、今回の大震災でとても計画通りに進むとは思えない。
▼朝5時からパソコンのシステムを入れ替えていたのでアップが遅れました。
▼『鍵盤乱麻』HP1面トップに亀戸天神の藤棚とスカイツリーの写真をアップしました。写真はクリックすると拡大します。4月30日夕方撮影。
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