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April 15, 2011

◇「悲しみのミルク」を見る。

Kitanomaru
(北の丸公園1)
▼明日の取材の段取りで今朝は、これから出かけなくてはならなくなった、インタビューする人の著書を事前に読んでおかねばならないのだ。その本を借りるために出かける。幸い取材対象者の職場はわたしの住んでいる場所からバス一本で行けるので助かる。
▼福島第一原発の事で、NHKはなぜ30kmも離れた地上からぼけた映像を流し続けるのだろう。このブログでもご紹介したが、日本民間企業が飛ばし撮影用の無人飛行機やのグローバル・アース、もしくは米軍の撮影下鮮明な画像はいくらでもあるのに、NHKは出し渋る。おそらく上空から撮影した鮮明な画像では、福島第一原発が壊滅しているのがわかり、国民がショックを起こすので出さないのだろう。それなのに訳の分からない言葉を繰り出して国民を愚弄する。トレンチ=これは塹壕という言葉だ。トレンチ・コートというのがあるがあれは元もと兵士が塹壕で雨よけに着るためのコートだ。「トレンチというトンネル」(今朝のNHKニュースによる)などと東電の言葉を使わないで欲しい。
▼作家の井上ひさしは「むずかしいことをより分かりやすく」と言っていたではないか?「週刊金曜日」の前編集長である、北村肇氏は元毎日新聞の記者だった。そのとき若い記者に「デモの取材に行ってきてくれ」と指示したら、「デモって違法なんでしょう?」とその記者に聞かれて驚いたという話を数ヶ月前に書いていた。義務教育では日本国憲法と国民の義務や権利を教えなくなってきているのだろうか?
◇「悲しみのミルク」一人の母親てテロと内乱時代に目の前で夫を殺され兵士たちから辱めを受けた事を歌う。それが終わると息が絶える。その娘ファウスタは母親を埋葬するにもお金がない。見かねた叔父は庭に穴を掘って埋めようとする。しかしそれでは母親は浮かばれず、天国にも行けない。ファウスタは自分は母親の様な辱めを受けたくないとして、身体の中にジャガイモを詰める。(この事は映画という架空の世界である)叔父はファウスタの具合が悪いと医者につれて行くと、診察するとこの子は性的な経験はなかったかと問いただす。叔父はノーといい家に連れ帰る。
▼ペルーの田舎町に仕事などないがファウスタは人づてに、町の金持ちの家でメイドを募集しているという話を聞いて採用される。巨大な豪邸で女主人は年に一回ピアノコンサートを開くのを目標としている。しかし今年は良い曲がひらめかない。たまたまファウスタが口ずさんでいる曲を耳にして気に入る。「その曲をもう一度歌って」と娘に頼むが「即興だから思い出せない」と断る。女主人は一回歌ったら、わたしのこわれたネックレスの真珠を一粒ずつあげると約束する。
▼ファウスタは仕方なく歌い続けて真珠を全部貰える事になる。ところがコンサートが成功して帰る途中、ファウスタは女主人に「きょうは大成功でしたね」と喜びの表情を見せると、急に怒ってファウスタを車から降ろしてしまう。ファウスタが一番怖いのは一人で歩く事である。それは自分もまたいつか母の様に襲われないかと懸念しているからだ。彼女は母親の痛みと恐怖の乳で育った「恐乳病」のせいで人とうまく交わることができないのだ。
▼この物語はペルーの話であり、母親が生きた時代は「言葉を持てなかった」ごく一般的な女性の生き方と共通性を持っている。だから「恐乳病」は架空の病気だが虐げられた女性たちの苦しみを伝える「言葉」なのだと感じさせる。彼女は音楽家の家で働く庭師の力によってわだかまりを少しずつ回復してゆく。そして安い棺だが母親をようやく墓地に葬る事ができる。そして彼女の身体の中のジャガイモという異物を取り出し、それを預かった庭師はそれを咲かせた鉢が届けられる。それには真っ白な花がつけられていた。渋谷ユーロスペースで。
▼映画を見てから図書館で世界の民族音楽のCDを借りにいった。貸し出し中の国のものもあって、キューバ、ボリビア、ペルーの3枚を借りて、ジーンとなったのはペルーの曲だった。

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