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May 12, 2011

「二酸化炭素」は悪者か?

▼読売ジャアンツはついに同率で最下位に転落した。という訳ではないだろうが、日曜日からY社の勧誘員が執拗にやってくる。初日は家族が対応して、「夫が読まない」と追い返してくれた。再度月曜日にやってきて、インターフォンを通して、「余ったからポスティングしていきます。読んで下さい」と言う。わたしは「正力もジャイアンツも嫌いだから、読まないから入れていかないでくれ」と追い返した。後で家族から「勧誘員から嫌がらせをされるとイヤだから、そういう断り方はしないでくれ」と言わる。わたしは常に家にいるわけでもないので、それもそうだと思う。
▼「愛川欣也パックイン・ジャーナル」で電話出演した、京都大学の小出氏は「二酸化炭素が悪者にされて、だからクリーンな原発だという論理があるが、これは決定的に間違っている」と指摘した。広辞苑で見ても「生物の呼吸により体外に放出され、同化作用により植物体内に取り入れられる。」つまり二酸化炭素がないと生物は地球上で生きていく事ができない、という訳だ。
▼なぜ、イージス艦の乗務員2人は「無罪」になってしまうのだろう?地元千葉勝浦の漁民たちは一斉に怒りを露わにしている。専門家は「広い海で2隻の船がぶつかったら両方に過失ありと考えるのが当然」であると指摘する。横浜地裁の判決では被告側の監視の不十分さも指摘しているため「刑事上は無罪となったが2人に過失がないとは言えない。海自は海難審判の裁決を重視し、再発防止策を続けてほしい」と語っている。日本の裁判にには「公平な判断」というのはなくなってしまったのだろうか?小さな漁船がイージス艦に体当たりするなど、戦前の特攻攻撃でもない限り、起こる筈はない。
◇「ノーマンズ・ランド」戦争というのは大なり小なり、大体が領土争いから出発する。今起こっているカンボジアとタイの国境にある小さな寺院を巡る、小競り合いも同じだと思う。この映画は公開当時にご紹介したが、一昨日NHKBSプレミアムで放映されたのでもう一度。ボスニアとセルビアの、いわゆるヘルツェゴビナで戦争が行われていた頃の話。ボスニア側の分隊は霧が深いので、ノーマンズランド(非武装地帯)に紛れ込んだ途端、セルビアの狙撃兵に撃たれてかろうじて2にだけ生き残る。セルビア側は射撃の効果を確かめるために斥候を派遣するが、ここで生き残ったのは銃の撃ち方も知らない新兵たった一人だけだ。塹壕の中でボスニアの戦死したはずの兵士の死体の下にジャンプ式地雷を仕掛ける。
▼ところがその「死体」は生きていた事がわかり、取り除かなければならなくなる。しかし除去技術は誰も持っていない。NATO軍から選別されているUN軍のドイツ兵も呼び寄せるが、「新式で手が出ない」と「死体」は放置されることになる。そしてそれに絡む役に立たないUN軍と指揮官、決定的な「絵」だけ撮影する事を狙う、アメリカのTV局の思惑が絡んでいく。つまり戦争とは同じ民族も敵味方に分け、それに介入した国連軍も何の役にも立たなかった事を浮き彫りにしている映画と言えよう。もう一言言えば、一般兵士は憎しみを強要され、「敵」を殺害しようとする。しかしその両軍の上官や、国連軍の指揮官、TV局のディレクターは安全なところから「絵になる画像」を求めて指示する。いずれも出世が眼の前にぶら下がっているから、やるだけ。
▼昨日の「徒然草」は岩波文庫で言いますと、155段、268ページから引用しています。興味のある方は原文をご覧下さい。

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