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June 01, 2011

◇「ムッソリーニを愛した女」(2)

▼6月になったが、寒くて震えている。数週間前に12ch系の「アド街ック天国」でわたしの住んでいるところが紹介された。その一つにカレー屋さんがあったので出かけた。スパイスカフェというところで、徒歩10分くらいで行ける距離だ。ところが行ったら「予約が必要」といわれ、そうでなければ30分待ちだというので、この日は食べるのは諦めて、別の食堂に入った。そこには読売新聞があったで、メニューで頼んだ食事が出てでてくるまで「社説」を読んでいたら、「君が代起立命令 最高裁の「合憲」判断は当然だ」と書いてあって、さすが読売という社説だった。何せ判事が原発企業東芝に天下る時代だから、何があっても驚かない。公正な判決など求めるべくもない。
▼その一方朝日の投稿欄には「福島の高校生の絶望聞いて」という次のような高校教師からの投稿があった。
▼その読売の投稿欄に「東電は尾瀬を売らないで」というのがあった。尾瀬は国立公園だが、東電はその豊かな水を水力発電に使うために保有している。甚大な補償をしなければならないので、売却も検討されているらしい。得てしてこういう投書はネットなどで「東電社員」が意識的に行っていると報告されている。まず東電がしなければならないのは、持てる資産を使って可能な限り原発の爆発で発生した人的、財産の損失を補償しなければならない。しかる後余裕がもしあったら尾瀬を保有したらいい。しかし尾瀬を手放したくらいではとうてい追いつきそうもない。尾瀬沼などはナショナルトラスト方式で保全すればいのだ。昨日もクエで書いたが、人間の命を何だと思っているのだろう。
▼ついでに書くと昨日東電の社員2人が、規定値以上の放射能で汚染されている事が分かったと報道された。夕方その2人はマスクを付けないで作業をしていた事とが原因と考えられると報道された。この記事を書いた記者もどうかしている。マスクで防げるのは塵芥だけであって、放射能は放射能を防ぐ作業着を着用して、作業時間を短くするしかない。東電の責任ではなく、作業員個人の責任であるという言い方が、いかにも東電的である。
◇「ムッソリーニを愛した女」(2)ムッソリーニの実際の演説も出てきて中々聞かせる。同様の映画では1977年の「特別な一日」という映画があって、元東大総長の蓮見重彦などは激賞している。ムッソリーニの実際の演説は、イタリアは地中海の覇者でなければならない。地中海を制するものはヨーロッパの覇者となる。しかしそうならなければ破滅が待っているとハッパをかける。そして「再びカルタゴの復活を許してはならない」と、イタリア国民のナショナリズムに訴える。この演説を聞いてわたしはムッソリーニの狙いが分かった。無理して北アフリカを制圧しようとして、チュニジアに出兵するが動きが取れなくなってしまい、ヒトラーに応援を要請する。最初はロンメルが活躍したが、彼もまた本国の召還されヒトラーに自殺を強要される。結果としてそれが枢機国の瓦解につながるのだ。
▼イーダは精神病院に閉じ込められる。ムッソリーニの側近は彼女が住んでいた家を家宅捜索するが何も見つからない。つまり彼らは教会の「結婚証明書」を探していたのだ。ムッソリーニはイーダの家財を売った金で機関紙の発行をして支持者を増やして現在の地位を築いた。しかし今はイーダが邪魔の存在になってしまう。息子はといえば、大学に行くが学友から「ムッソリーニの真似をして見せろ」と囃し立てられる。真似はそっくりだがそこには「狂気」のかけらが散見できる。家宅捜索では書類の断片も発見できないので、イーダは永遠に精神病院に幽閉され、最後は脳出血で死ぬ。そして息子も精神を病んでなくなる。独裁者ムッソリーニはパルチザンによって銃殺される。自分が正しいとあくまで主張する影にはそのようなイーダと息子の犠牲があった。

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