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June 21, 2011

NHK19日夜「昔 父は日本人を殺した」を見る。

▼都知事が核武装・徴兵制をとハッパをかけると、息子の伸晃は「脱原発デモのバックには革マル、中核、原水協がいる」と発言している、さらに彼の秘書だった杉並区の大和田議員は「迷惑だからデモを規制せよ」と言いだす。伸晃氏は「反原発は集団ヒステリー」と語った。この師匠にしてこの弟子ありという感じだ。わたしは芝公園のデモに参加しているが、彼が指摘している、いずれの組織にも所属していない。『鍵盤乱麻』1面トップの写真を昨晩入れ替えたが、そういう風貌の人は誰も写っていない。石原一族は誰も、東電原発事故の深刻さと向き合わず、「反原発」、「脱原発」発言をする人を目の仇にしているだけだ。
▼昨夕友人からメールがあって、毎年茶葉を大量に買っている。しかしフランスで放射能検査をやった挙げ句陸揚げを拒否されたニュースを聞いて、全部処分したという。もうこうなると安全なのは麦茶かウーロン茶、南米のコーヒーか、マテ茶しかなくなってしまう。
▼さらに驚くことはさいきん三重県漁連が魚を買いつけて、三重県産として販売しているという話が出回っている。築地市場の関係者に聞いた人の話では、最近あきらかに、三重県産の魚の取り扱いがかなり増えているという。今までも獲れた魚を近くの港に陸揚げするよりも、漁業無線で情報を交換して、より高値で引き取る漁港へ水揚げされることは慣行として行われていた。やっている人はそれと同じ感覚でやっているのだろう。だが日本のどこのものとわからない魚が、三重の魚として販売されている事は基準よりも汚染された茶葉を販売するのと同様、やってはならない事だ。
▼今朝もニュースで東電福島第一原発で「想定以上の汚染水」で処理できるメドが立っていないと言い訳をしていた。企業の利益優先という発想は、被災地だけではなく消費者が放射能被害を避けようとする事までも騙し、かつ妨害する。
▼NHK19日夜9時「昔 父は日本人を殺した~ピュリツァー賞作家が見た沖縄戦~ 」を見た。デール・マハリッジはビューツアー賞作家だ。彼の父は沖縄戦に海兵隊員として参加していた。沖縄で激烈な地上戦を生き残り復員するが、常に悪夢に悩まされていた。デールは大きなリュックを背負って、父の戦友たちを訪ね歩く。そこで生き残った人々は政府が言っているような「英雄」でも何でもなかった感じる。
▼読谷から北部に転戦して、さらに首里城まで南下し、ガマや摩文仁の断崖まで「敵」を追いつめる。父はあるとき少年兵と遭遇するが目があった瞬間少年を射殺してしまう。そのことが永年苦しみ続ける原因となる。息子のデールは沖縄までやってくる。それは父などが持っていた遺品の持ち主を捜すためにだ。名前は分かっているが当時14歳の少年は鉄血勤王隊に所属していたらしいことが学校の調査でわかる。彼が持っていた写真入りの歩兵操典のような物は学校を通じて配布された。だが物資に不足していた当時は先輩が後輩に書籍を譲ることが当たり前だったので、それに該当するのではという。
▼デールはガマに入りスタッフに頼んで照明の電気などをもらって当時をしのぶ。それにしても父達のL中隊はなぜ少年や婦女子を殺さなければならなかったのか?鉄血勤王隊で生き残りの沖縄の老人は言う。当時の教育は「生きて捕虜になってはいけない、という教育だった。だから死ぬのは怖くなかった。だがなぜ我々が殺されなければならなかったのか、という恨みは今も持っている。日本は戦後60年戦争をしていない。しかしアメリカは朝鮮、ベトナムと数え切れないほどの戦争をしてきた。戦争をすれば相手が憎くなくても殺し合うのは当たり前になってしまう。このことを知って欲しい」。
▼老人の言葉に遙々沖縄までやってきたデールは、「なぜ人は殺し合うのか?」というそのヒントを掴んだようだった。

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