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July 19, 2011

『新聞と戦争』から何を学ぶか?

▼土曜日に録音した「久米宏のラジオなんですけど」を月曜日の夜に聞いた。久米は「先週、中村吉右衛門が人間国宝になった」事を大いに驚いていた。「同期(早稲田)が人間国宝になるなんて。人間国宝なんてもう死ぬ間際の人がもらうものばかりだと思っていたという。それは二人と同年のわたしも同じ事を考えた。続けて久米はなでしこジャパンはアナウンサーとして現役時代から知っていてつき合いがあった。として土曜の段階でこれはPK戦になると予想していた。もう体力がないので、深夜サッカーは録画して翌朝見る。朝ご飯を食べながら、見終えるまでは携帯もPCのスイッチも入れない。彼の家には携帯が2台だけで固定電話はないとも言っていた。
▼人間国宝となると品行方正でなければならないのだろうか?家にいるときもちゃんとスーツを着ていなければならないのだろうか?久米は普段からスーツ姿を連想されるが、家にいるときはよれよれの短パンと、首回りの糸がほつれたTシャツだというので、わたしと余り変わらないという事が分かった。ただわたしは国威発揚に利用されるスポーツ番組は興味がないので、今回のサッカーは一切見ていない。
▼昨日ご紹介した「新聞と戦争」は、メルマガでも書いたが2年ほど前に朝日の連載が一冊の本になった。新聞がなぜ戦争に巻き込まれて行ったかが焦点となる。明治時代陸軍参謀本部は萬朝報らの日露戦争に批判的な新聞を徹底して弾圧した。ところが参謀本部はその後研究をして、硬軟使い分ける事が必要だと考える。とくに新聞に対しては懐柔が有効だとする結論を出す。これは元毎日新聞記者だった作家千田夏光の研究が詳しい。
▼朝日の「新聞と戦争」では戦争中「信濃毎日新聞」(略称「信毎」)が主筆の桐生悠々が防空演習を揶揄した「関東防空大演習を嗤う」を書いた事から、在郷軍人会が新聞の不買運動を始めた事から圧力に屈して桐生を解雇する。桐生はその後一市民として「他山の石」という個人新聞を作って読者に郵送する方法で普及を図る。桐生の生き方は岩波新書にあるのでご覧頂きたい。
▼さて朝日新聞はと言えば戦争報道を積極的に加担することで部数を伸ばした。従軍記者と言っても今とは違って陸軍の、思惑で現地に派遣され軍部の思うような記事を書かされる。しかし読者はその血湧き肉躍る記事に惹かれていく。「新聞と戦争」は膨大な分量があるが、今はアマゾンで古書として千円以下で手に入るのでご覧頂きたい。
7月13日の朝日は「反原発」に舵を切ったと多くの方が指摘している。おそらく「戦争と新聞」の執筆に関わった方々等が長い論議を経てこのような方針を取ったのだろうと推測している。このまま政府と東電の言いなりの事を書いていたら本当に小松左京の「日本沈没」になってしまうのだから。
▼我が家でも食料品は、いわゆる「共同購入」をしている。昨晩その組織で発行している雑誌を読んでいたら、原発に対するスタンスが書かれており、読んでいたらもう「出す声」を失ってしまった。曰く「乳幼児にはミネラル・ウォーターを与えるべきですか?」という質問に「今は東京では検出せずとなって不要です」。「放射性物質が体内に入らない対策は?」には「大気中の放射線量が高い地域ではマスクをした方が安全です」。「東北・北関東の野菜が心配」に「不安なまま食べては『心労』も身体にはよくない。心配な方は『ほうれんそう』などの葉物は避けた方が良いかも知れません。福島第一原発が爆発した直後にNHKに登場した御用学者の発言と何も変わっていないではないか。今朝のNHKラジオ「ビジネス展望」で内橋克人が「協同組合」を高く評価していたけど、これでもそう言い切れるのだろうか?

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