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July 21, 2011

NHKBSで「911テロに立ち向かった日本人」を見る。

▼昨日ご紹介した原田芳雄の「火の魚」はNHKBSプレミアムで21日の午後10時から1時間05分に渡って放送されるので、ぜひご覧頂きたい。NHKBSプレミアムでは19日と20日午後7時からロスに住んでいる渡辺謙のレポートで「911テロに立ち向かった日本人」というテーマで前後2回シリーズの放送があった。これは簡単に言うと911同時多発テロが起きたとき、当時のアメリカの運輸長官はノーマン・ミネタという日系人だった。
▼同時多発テロが起きたとき、アメリカ全土ではイスラム系の人を排除して飛行機に乗せるな、アメリカから出て行け、アメリカに来るなという動きが広がりつつあった。ミネタは事件が起きた当時、空中を飛んでいた数百機の航空機をカナダなど近隣の国も含めて無事着陸させた。その後このイスラム系排斥運動に疑問を投げかける。つまり肌の色による人種プロファイリングなどで排斥するのは間違っているというのだ。
▼ミネタの祖先は日本からアメリカに移民する。ところが真珠湾攻撃で第二次大戦が始まると、カリフォルニアの荒涼たる砂漠の様な土地のマンザナールに、12万人ほどの日系人は財産も取り上げられて強制連行・強制移住させられる。作物も何も取れないような場所で彼らは辛酸をなめ尽くす。
▼さらに変なのはドイツ系やイタリア系住民には、そのような隔離政策は一切採られなかった。ミネタが911事件の直後から、多くの反イスラムの右派や強硬派と対決したのは、自分たちが戦前受けた人種差別を二度とくり返してはならないという考えに基づいていた。
▼そもそもミネタが政治家になった経緯は、議会に日系人がいないと意見がまったく反映されないということからだった。彼は過去をふり返ると、この肌の色による人種差別が一番ネックになっていると考える。そこで442号という差別をさせない法律(HR442、このサイトで442の事は多少理解できる。)を立法化を目指す。
▼番組では後半高校教師をしているマサオカさんが、教育実践を通じて差別をどうやってなくすか取り組んでいる様子が紹介されていた。また殆どの人が強制収容所から戦後再びアメリカ各地に散っていったが、一人だけのこって生活している田中はやこさんも取材する。渡辺はわざわざ厳寒の気温マイナス33度の現地を訪ねる。体感温度はさらに5度くらい低いのだが、道路を歩いているとき身体がアイスバーンになってしまうと言うほどだった。
▼ミネタは逆境にあった日本人は、この過酷な収容所の状態を「受け入れざるを得ない」いまは「シカタガナイ」だが頑張ろうという気持ちで耐えてきたという。ミネタらの粘り強い運動は結実し、レーガンの時代に彼は正式に謝罪し、補償金を支払う署名をする。この辺など日本は隣の朝鮮や台湾、中国、アジアから奪うだけで何も補償していないのだから大違いである。そしてアメリカ運輸省ににたミネタは、今となっては賛否両論があるがあのTSAという巨大なシステムを作り上げ、肌の色で入国が拒否されない事を実現する。
▼最後に渡辺とNHKスタッフをアメリカ運輸省の一室に招き入れる。そうすると歴代に長官の写真が掲げられており、ミネタのそれにはミネタ自身の大きな似顔、それにアメリカに来た両親と彼の3人の写真が添えられていた。さらにそのバックには槍ヶ岳に似た収容所の象徴ともなった、ウイリアムソン山がくっきりと描かれていた。自分の原点はここにあるのだとでも言いたげな様子で…。

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