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August 31, 2011

NHK「山田風太郎が見た日本/未公開日記が語る戦後60年」を見る。

▼フェイスブックに入ったら、「友人と思われる人」という一覧が出て来た。それが5年前、10年前に知り合って消息不明になっている人もいる。一体この解析方法というかアルゴリズムはどうなっているのか、と思うとやはり気味が悪い。
▼NHKBSアーカイブス29日放送HV特集「山田風太郎が見た日本/未公開日記が語る戦後60年」を見た。これは6年前に放送されたものだ。山田風太郎の「戦中日記」は良く知られている。彼は医者の息子として誕生する。しかし当時の東京医大に以降とすると、父は死に、続いて母親も死んでしまう。結局叔父から仕送りをして貰って医大を卒業する。彼は几帳面で一日大学ノート一冊くらいの日記を書き続ける。このシリーズは俳優がその家を訪ねて、本人になりきってその生涯を演じる。公開、公刊されているもの以外にも日記が実家に保管されており、俳優の三国連太郎が山田を演じきる。
▼誰でもそうだがそれほど順調に歩み始めた訳ではない。山田はなによりも家族を欲しており、地方出身の女性に出会って、彼女に自分にないものを発見して結婚を決意する。長女が誕生して「悠子」という名前を役所に届けに行くが、役所では「この文字は名前には使えない」と言われ、その場で思いついた名前で届け出しようとする。しかし係員に「じっくり考えた方が良い」と言われ数日して別の名前を届け出る。次いで長男も授かる。ある日妻と二人で池袋に映画を見に行って帰る。すると街角で二人の子どもがニコニコしてい待っているのに出会い、何とも云えないうれしさを感じる。
▼やがて「忍法シリーズ」が大ヒットして食うには困らなくなる。しかしこのままで良いのだろうか?と悩んで2年間に一生懸命「戦記物」を読む。それはいまも書庫に残っており1133冊にのぼる。2年間執筆をしなくても本を読んでいるだけでよかった。かといって山田は戦記物を書こうとした訳ではなく、克明な読書ノートを作って戦争に関わった人達の相関関係を明らかにする。そして自分なら何をできるかと考えた末、戦中に書いた日記を刊行することだった。
▼東京大空襲の翌日には「鬼となって米英を6年かかって復讐を果たす」と書かれている。彼は「書いたものは書いて忘れるのが当たり前」という持論を持っている。山田は兵隊検査の日病気をしていて不合格になっているので、余計その思いが強かったと思われる。終戦から戦後一貫して、「この日本はどうなってしまうのだろう」と心配を隠せない。60年安保の場面では、全学連の国会突入事件を、「その行為は許されないかも知れないが、原因は話合いのルールを一方的に破った岸首相側にその責任はある」と書く。三島切腹事件では「作品が描けなくなったことより三島は自分が老いていくことの恐怖に勝てなかった」と指摘する。長い2時間番組で日記帳は40冊もあるので、このスペースでは紹介できない。解説は高橋源一郎だった。「思想を貫くというよりも、いま自分が置かれているスタンスを忘れずに、まだ生きているという考えで家族へのさりげない愛情と眼差しから幸せを感じて書き続けた」と評価していた。
▼今朝の新聞は新首相の誕生一色だ。出身地の船橋あたりでは提灯行列でも始まるのではないだろうか?1週間ほど前民放の夕方の番組で、友人と居酒屋から帰る菅元首相の妻に「首相とはどんな仕事ですか?」とインタビューしていた。彼女は「一人親方の土方みたいな者よ」と言っていた。権力のトップとはそんなものだろうな。あの太平洋戦争の時の東条首相をして「戦争」する事を決定した夜、自宅に帰って来て大広間で大声を出して一人で泣いていたという、妻の記録が残っている。今朝のある新聞のトップに「翼賛体制」という文字が躍っていたが、読者はそんな古い言葉を理解できるのだろうか?
▼そして昨日あたりから米の収穫とともに、玄米などの放射能調査が始まった。今朝のニュースでは茨城と栃木の米から「国の基準を超えた放射能は掲出されなかった」と報道されている。しかし国民は福島原発がメルトスルーしているのに「大丈夫」と言い続けた国を最早信頼していない。それに「大丈夫」という数値が一切発表されない。今週初め霞ヶ浦のワカサギからも「国の基準を超える放射能が検出されなかったから大丈夫」と言って食べて見せる。数値も言わないし、我々国民はワカサギだけを食べている訳ではない。米から肉、魚、野菜、果物にはみんな放射能が含まれている訳で、体内に入るのはその合計なのだ。厚労省や国はもしも単品で低数値の放射能であっても足し算をすれば高くなることを知らない筈はないだろう。

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August 30, 2011

「96歳のジャーナリストむのたけじ」(4)最終回

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▼午前中様々な電話が錯綜してその対応で終わって外出はできなかった。その一つに「スカイツリーの写真を撮って送って欲しい」というものがあった。毎日それほど気合いを入れてツリーの写真を撮っている訳ではない。「1時間待って」と言って写真を撮って2枚セレクトして送った。(上の写真はその一枚)
▼日曜日ETV(旧NHK教育テレビ)で午後10時から「ネットワークで作る放射能汚染地図3」が放送された。この日は二本松市の対応が中心だった。二本松はホットスポットが散在する。地域での放射線測定すると2.57マイクロSvもある。土壌分析、予想外に深刻な汚染判明する。市長は本当は国がやるべきだとしながら市内をメッシュにして全域調査を実施する。二人の市民は稲毛の放医研にも来るが、ボディカウンターで計測した結果をこの役所はきちんと本人に伝えない。簡易型ホールボディカウンターを市内に持ちこんで子どもや大人を体内被曝をチェックする。
▼二本松の汚染マップづくりを続けているのは獨協医科大学準教授の木村真三さんと元理化学研究所の岡野愼さんだ。とくに木村さんはすごい学者だと思った。町を歩いていると若い女性から「あと何年したら髪の毛が抜けてしまうんでしょう」と聞かれる。木村は「そうならないようにどうしたらいいか調査をしている」と答える。ある一軒の農家は屋内でもか2マイクロSv以上とかなり高い。外を計測して屋根と裏の築山が影響をしていると考えて、市役所の職員と一緒に屋根の登って除洗作業をする。山口さんのとび職の様な格好があまりにも板に付いているので、NHKのカメラマンが冷やかすと、「昔食えなかったときペンキ作業員をしていた」と受け答えする。ほぼ一日屋根に登ったり雨樋の詰まっている汚物を取り除いたり。庭の表土を5cm削る懸命の作業をした結果、測定値は除洗する前の半分に下がった。だが除洗した土はそのお宅の休耕田にブルーシートをかけて保存するだけ。でも学者もこうやって身体を張って研究、作業に従事するからみんなに信頼されるのだと思った。
▼腹が立つ事と言えば、民主党の代表選などではない。NHKのニュースで安愚楽牧場の詐欺事件を報道する前振りで必ず「福島原発の事故の風評被害で牛が売れなくなって倒産した安愚楽牧場」と言うことだ。安愚楽は、牛肉の専門家の間では1年ほど前から「危ない」と言われて来た。それに高額な配当金をちらつかせた詐欺の確信犯なのだ。どうした悪辣な5000億円もの被害者がいる詐欺会社の肩をもつのかNHKのスタンスに大いに疑問を持つ。
▼「96歳のジャーナリストむのたけじ」(4)そのまま出勤せず朝日を退職してふる里の横手に帰って農協の組合長と「ここで働くつもり」だと土手で話をする。そして「減反などクソ食らえ」という気持ちになる。今は視力は衰えているが、長男が代わって読んでくれるので世の中の動きは分かっている。「たいまつ」は30年間で780号発行した。3年間は闇の中を手探りで進んでいた。だから無収入で妻はいつも質屋通いをしていた。アメリカの占領政策に反対して2・1ゼネストをしようとしたことがあったが、労組の指導者はマッカーサーの指令で中止せざるをえなくなった。このストの直前の日本は真っ暗だったので、この黒い闇を照らすという意味で新聞に「たいまつ」という名前を付けた。京都に王朝があったときから東北地方は日本の植民地であった。これを何とかしたいという気持ちはあった。
▼そこで小さな新聞で地方から発信しようと思った。ジャーナリズムは地域から出発しなければならない。自分を大切にしなければ他人を大切に出来ないとも考える。人間は愚かだから必死に生きようとしない。ひたむきに自分の生活に自分で責任を負う姿勢が大事だ。戦後失った大切なものは何か?中教審では人間を機械のように考えて、人物資源の開発などと言っているのは間違いである。これが人間の命を大切にしない世の中にしてしまった。その後減反政策を進め、小麦を買い入れる様な国にしてしまった。日本を貿易立国にしてしまったので、カネ優先で真面目に働くのがバカらしい国にしてしまった。それはとりもなおさず、使い捨ては美徳だという思想である。
▼今地元で大切にしているのは、若者と向き合う時間を大切にしている。若者と話していると、むのさんはお説教ではなく、対等に接してくれると言われる。いま94歳の自分の先は長くない。しかし若い青年に希望を託している。人間にとって最も大切なのは敬う心だと思う。世の中に見えるのは、みんなの喜びをみんなで作ることだ。希望は経験の中にこそある。自分も今まで色々試行錯誤をしてやってきたことがすべてうまくいったわけではない。だが、「やったこと」としては残る。
▼戦争はなくならないのか?という有働アナの問いに、核をもっていてももし使ったら地球が滅びてしまうから現実には使えない。核をもっている方が怯えているのが現在である。本当は核を保管するのがかなり大変で面倒だから、保有している国は無力化したいのだろうが出来ないのが現実だ。いままでは核を保有している国だけが仲良くして来たが、日本のようにいつか持ちたいという国が増えてきているので、保有国はそれらの国とも仲良くして行かなければならくなった。言いたい事を言い、発言に責任を持つような世の中にして行きたい。人間が人間として普通な感覚を持って物を考える。2050年までに国境のない、病気がない、貧乏がない、そして戦争のない世界にしたい。
▼いつまでもこのテーマだけ書いている訳にはいかないので、今日で終わりにする。夕べ友人(男性)からのお誘いメールを頂いたので、CIAの手先とか散々文句を言ってきたフェイスブックを始めました。興味のある方はご連絡下さい。わたしの本名をご存知の方はそれで検索していただければ見つかる筈です。ただしわたしはフェイスブックをあまり夢中にやるつもりはありません。つき合い程度です。

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August 29, 2011

「96歳のジャーナリストむのたけじ」(3)

▼昨日ブログを書き上げた後からパソコンの動きが悪くなった。症状はウィンドウズは立ち上がるが、それ以降の作業がまったくできない。2時間ほどあれこれ考えたがどうも分からない。疲れた時にパソコンのメインテナンスをすると決まって、HDDのフォーマットをしたりするミスを過去にやっている。そこで月曜日(今朝)午前中納品の仕事があるので、それを完成させようと考えた。急ぎの仕事を納品してしまえば、あとは秋葉原のメーカーに修理に持ちこめばいい。データは常に外付けのHDDにバックアップしてあるから心配はない。そんなことをしているうちに、無線マウスの電池切れが原因であることが分かった。テスターで計ると1・5Vしかなかった。貧乏なのだからこんな時にパソコンを買い替えなければならないなんて困る。よしよし。
▼と思っていたら日曜日に校正をしている新聞の編集長からSOSが発せられた。詳細は言えないが、助けて欲しいという主旨だった。わたしは1時間待ってくれれば、何とかするからと答えて原稿を書き上げ、添付すべき写真を3枚送った。そして夜になって本番の校正が送られて来た。そんな訳で一日中パソkンの前から離れることはできなかった。
▼NHK「96歳のジャーナリストむのたけじ」(3)平和な世の中をつくろうと思うなら、戦争をやらせないことである。軍隊というところはそもそも命令で人を動かすところである。その命令と復唱を一般社会のなかまでやらせる。それが家庭のなかまで延長するから家族の関係もギクシャクしてしまう。戦争になると前の戦争のときに隣組制度というものがあり、相互扶助のための制度がお互いの監視装置になってしまった。それによって人と人の関係が失われ、ホンネの話が少なくなる。
▼自分は3月10日の東京大空襲の後を見て回ったが、民間人が大勢焼け死んでいるという、余りにも酷い様子を見て茫然自失状態になってしまった。それなのに参謀本部は「被害は軽度である」とにせの情報を流し続けていた。なぜ放送局がそうなってしまうかというと、憲兵が放送局に乗り込んで来て命令するのではない。放送局側が「こんな放送をしてはまずい」と自主規制してしまうことが一番問題である。2人ならば会話でホンネを話しても決して外部に漏れることはない。しかし3人になると外に漏れる可能性が増えるので建前だけの話になり、ホンネの会話がなくなってしまう。ポツダム宣言で連合国側から「無条件敗北勧告」をされたときも、12日から14日にかけて、その場合天皇の地位はどうなるのかで御前会議や政府内部で「どう対応するか」と論議していたため、いたずらに被害者を増やす結果になってしまった。そして結局「ケジメをつけるには辞めるしかない」ということになった。そして最後まで民衆に本当のことが伝えられないまま戦争は終わった。
▼むのは当時浦和に住んでいたが、戦争終わる事がはっきりした段階の14日から、自分は再び戦争に協力して筆を持ちたくないとして、朝日新聞社には出社しない覚悟を決めた。自分のこれからの役目は「書いて伝える」ことに命をかけようと思った。当時3歳の娘がいたが、疫痢になったが貧しくて助けることができず死なせてしまった。そのときペニシリンさえあれば娘の命を助けることができたのだが、それが手に入らなかった。娘のゆかりは「茶色の液体」を口から吐きながら「おててつないで」の童謡を口ずさみながら死んでいった。(以下明日に続く)
▼一昨日のチャップリンの出演した映画は湧々さんから正しいタイトルをご指摘いただきました。昨日のポランスキーが「淫行容疑」で留置されているのはスイスであると、てんぐささんからご指摘いただき訂正しました。おかげさまで昨夕に一日平均アクセス数は100を突破しました。これも全国、遠方では南米からも毎日アクセスして下さるみなさんのおかげだと深く感謝しております。今後ともブログのご愛読をよろしくお願い致します。

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August 28, 2011

隅田川の花火大会の夜

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(夕べは隅田川の花火大会。例年よりも1ヶ月遅れだった。)
▼土日も仕事で出勤する家族もいるが、休みの時は朝5時にわたしのベッドに起床を促しに来る猫にエサと水をやって再び1時間ほど寝てしまう。そうしないと体力がもたない。昨日は書状を近くまで届ける必要があって隣のK駅まで歩いた。これが2500歩。映画は有楽町に行く。「ゴーストライター」というボリティカル・ミステリーなのだが、わたし好みでとてもおもしろい。後日書くがイギリス首相が実はCIAの手先だったという話だ。監督は「戦場のピアニスト」のロマン・ポランスキー。前作では映画評論家のおすぎはいくらカネを貰ったか知らないが、「自分の生涯で見た最高の映画だ」とホザいて騙されて見に行った人も身の回りにいたが、あれは駄作だった。
▼この監督は30年以上前の「淫行」容疑で、今はスイスで拘束され監獄に入れられている。それで最終編集はスタッフが面会に行っては、細かく指示を受けて完成させたとか言っていた。映画館には20分前に着いたが長蛇の列で、残り8人の枠に入る事ができ最前列で見た。これを見てポランスキー監督の息もつかせぬ手法はやはり天才だと思った。
▼帰宅して6000千歩で一日の目標に4千歩ほど足りない。わたしが近くのジムに通い始めたのは、ごく最近である。「自分も近くにあれば出来る」とまだ大口を叩く人がいる。しかしこれは間違っている。自分決めたら強い意思を継続してその目標に近づけるのだ。自分ができないのをジムや他人のせいにして欲しくはない。歩数計見て一日の目標に足りなかったら夕飯を食べて歩くのだ。酒を飲んで良い気分になってしまってはダメ。目標の歩数に達しなければ、それを達成してそれまでベッドには入らないくらいの決意が必要だ。病気になって痛い思いをして検査や手術に大金を医者に払うより、予防に使った方が絶対安いはずだ。いま、わたしは来月の仕事のため短期目標でハンドグリップを左右一日100回を付け加えている。
▼「愛川欣也パックイン・ジャーナル」は久しぶりに結構盛り上がった。一つは「生きるに値する社会を」の田中優さんがゲストで来たことだ。自分が売れるようになったのもネットの力である。最近新潟の市民団体に呼ばれて講演に行く事になっていたが、後援した自治体から「あなたは偏っている」とキャンセルされた。しかし住民団体がふたたび「それはおかしい」と逆圧力をかけて講演会を開くことができた。最近政府が4月段階のセシウム被曝料を遅ればせながら発表したが、おそるべき濃度である。これは浜岡原発の作業に従事していた人が白血病になって9年間に浴びた料と同じだ。この人は労災認定を勝ち取ったがこの福島はどうなってしまうのか?今の日本はダチョウが困った時に砂に顔を突っ込んでいるのと同じだ。つまりダチョウは猛獣などからおそわれそうになって怖いときそれを見ないように頭を砂に突っ込んで見まいとする。
▼リビア問題では特別ゲストに重信メイさんが出席した。基本的にわたしがここに書いている事と同じだ。だがむさ苦しい男が言うのと違って、美人で学者のタマゴがしゃべるとみんな納得するだろう。あの国はカダフィによって比較的上手く統治されてきた。だからチュニジアやエジプトと根本的に違うところだ。しかし利益の配分がカダフィの出身地である西に厚く、東に薄いことから部族の反発を招いた。それにリビアの石油はアフリカでもっともピュアである。今は石油は国有化されており、イギリスのBPなどはそれから買っているので利益配分が少ない。それがカダフィが倒されれば、NATO側にとってうまみのある話だ。愛川欣也はその後すぐのTBSラジオ『久米宏のラジオなんですけど」にも生出演していたが、若い時苦労した話は面白かった。
▼昨日は隅田川の花火大会ということもあったので不足した歩数を補うべくスカイツリーの眞下まで歩いた。そこらの町内会の人達は車道ござを敷いて宴会を開いていた。さらに町内会館からベンチャーズの音が響いてくるではないか。わたしと同じ世代の人たちが「パイプライン」を弾いていた。これぞ下町の夏祭なのだ。おお瞬く間に字数がオーバーしている。むのたけじの(3)は明日を待たれよ。昨日はトップページの『鍵盤乱麻』HPがスタートして12年目になりました。ブログはまだ2004年6月からですが、10月末には20万アクセスになりそうです。一日平均数は今月中に100になると思われます。おかげさまで…。

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August 27, 2011

NHK「96歳のジャーナリストむのたけじ」(2)

▼有象無象の乱立で、民主党も遂にタマ切れかと思っていたが、岩手のドンの一言であの東京一区の叔父さんに決まりそうだ。涙を流して見せと思ったら笑って忙しいことだ。しかしNHKはアメリカの軍事利権に直結している前原のことが大好きらしい。こういう世論操作をするのは、NHK元ワシントン支局長をしていた日高や手島であろう。
▼昨日午後の東京地方の雷雨はもの凄かった。火曜と金曜日はジムに行くことにしている。それが終わって猫の汚されたスニーカーも「ズックリン」(商品名)で洗って天日で乾かしていた。ところが雨が降り出したのでレインシューズに防水スプレーを吹き付けて準備したが、とても間に合わない。Tシャツ、短パンも上下のレインスーツに着替えた。しかし一歩家を出たら、地面から吹き上げるような雨と、落雷の轟音で足がすくんでしまった。
▼夜は会議があったので、「」小降りになったら出かけるとメールを送る。2時間遅れて時間調整で停まってばかりいる電車に乗って現地に着く。すると、「みんな体調が悪いので会議は終わってすぐ解散した」というではないか。もうガックリして疲れが一気に吹き出した。夜は疲れるので出かけたくないのだが、無理して行ったらこの有り様。もうこれからしばらくの間は、編集会議だけでで、後はまっすく帰宅しようと思う。
▼お陰で往復の電車の中で届いたばかりの「週刊金曜日」を読み終えた。この中で話題の「フクシマ論」の著者開沼博氏が次の様に言っている。「脱原発と自然エネルギー導入で問題全て解決」ぐらいの論調がある。AがダメならBという二者択一方式。脱ダム派も反風力派もいる。用地をどうするか低周波の問題とか。今は、彼らの存在を忘却したかのように何も言えなくなりつつある。上からの設計主義的に原発を置き、「安全」と言ってきた結果がこの惨状を招いたのに、この設計主義的に進めていったら、必ず別の型式の問題が出てくる」。この考え方は先日取材であった反原発運動をしている牧師さんも同じ意見だった。
▼NHK「96歳のジャーナリストむのたけじ」(2)昨日のブログの文末に書いたら、被災地の近くにお住まいの愛読者から「続きを書いて」という励ましのメールを頂いた。メモは10枚以上あるが手短にご紹介する。かつて新聞は「この新聞の社説が好き」ということで購読していたが、1970年代以降はどの新聞を読んでも代わり映えがしない。従軍記者になって見た物は、戦争はもう人の世の中ではなかった。自分が生き残るためには理由はなくても敵を殺さなければならない。現実の社会で殺人は罪である。しかし戦争になると大勢人を殺すほど褒められて勲章すら貰う。戦争は一体なにを目的としているのか分からなくなった。
▼1970年代中国から招待されて行った。そこで感じたのは民衆の冷たい目だった。戦前は昭和15年に中国に従軍記者として行った。そこで見たのは中国の民衆は子どもまでが覚悟して日本と戦っている事実だった。民衆の人達は決して日本を許さないという態度だった。記者をしていながら書いても記事にならないという書けない悲しみがあった。それは誰から命令されるものではなく、自主規制してしまうのだ。
▼学童疎開にしても子どもたちは、一体何の必要があって疎開しているのか分からない。しかし中国の民衆はそれと違った。この戦争は日本の軍部が始めた戦争だから、その不当な戦争とは断固として戦うという姿勢が見られた。そのことを昭和20年にもっと反省すべきだった。ただ戦争になると日本兵だけではなく、アメリカ、イギリス、オーストリアなどすべての兵士が占領地の女性を強姦をしているのを目撃した。戦争になると人間は狂気になるのでそうなるのだろう。チャップリンの映画「殺人狂時代」を見るまでもなく一人は殺人罪で、戦争で大勢を殺害すれば勲章を授与されるというのは狂っている。
▼かつて東京のある生協で「従軍記者が見た戦争について話してくれ」というので行ったことがある。集まったのは40代から50歳代の主婦だった。戦争で犠牲になって女性たちを目にしたという話をすると、途中で「もう話を止めてくれ」と言われた。しかし平和な世の中を望むのなら戦争をやらせないことに今こそ力を注がなければならない。(メモはあと7枚あるので続く。)

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August 26, 2011

NHK「96歳のジャーナリストむのたけじ」(1)

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(近くの公園で咲いていたひまわり)
▼昨日のアクセス用語で「たいまつ.むのたけじ」が約100件ほどあった。これはNHKが過去に放送したことのコメントをわたしが書いたものだ。ところが昨日はNHKプレミアムで有働由美子アナウンサーとの直接対話番組があった。(8月12日の再放送)それで番組中から夜中までこの検索用語が続いた。わたしの研究テーマはメディアと戦争なので、当然興味があるが、昼間の放送は仕事をしているので見る時間がない。アクセスして下さったみなさんには申しわけないが、Google検索のトップに過去に書いたブログがトップに来たのでアクセスが急増した。内容が最新でなくてお気の毒なことをしてしまった。
▼わたしはNHKが8月の終戦特集で放送した「日本人の戦争/700人の記録」上下6時間をようやく見終わったところだ。これは過去に「兵士達の戦争」を編集してまとめたものだった。いくつか印象に残ったが、ニューギニア戦線の話もその一つだった。それは日本軍としては珍しい集団投降をする部隊があった。指揮していたのは大隊長の竹永中佐だった。当時の日本軍は「生きて虜囚の辱めを受けず」という島崎藤村がその文案の添削に加わった「戦陣訓」が日本軍兵士の思想を支配していた。だから投降することなどは当時の軍隊の常識では考えられない。しかし竹永はオーストラリア軍の投降勧告を受け入れる。そして部下に「この戦争は軍閥と軍人のためのものである。そのために命を落とすべきでない」と部下を説得する。
▼NHKの記録では生き残って復員した兵士がいまもなお、顔を見せず下半身と声だけ出演して「いまだに後ろめたい気持ちで戦友会に出席できない」と発言していた。これを見てわたしは最近読み終わった「『フクシマ』論原子力村はなぜ生まれたのか」とまったく同じだと思った。この書評はメルマガ次号でご紹介する。
▼25日放送された「96歳のジャーナリストむのたけじ」(再)との対話はまだ3分の1しか見ていない。その部分だけ書くと次の様になる。むのたけじは東京外語大スペイン語学科を卒業して外務省に入ろうとする。それは日本が国際連盟を脱退しようとしていた頃で、自分も何か平和のために役立ちたいと考えていたからだ。だが受験資格は19歳からで彼は年齢が1歳不足していた。それで外交官になることを諦め新聞社、最初は報知次は朝日新聞に入社する。戦争中は従軍記者となって各地を取材する。しかし戦争に負けて自分自身が戦争に協力してきたので、新聞社に留まるべきではないと思って退職する。そしてふる里の秋田の横手に戻って、世界を明るくしようという考えで「たいまつ」新聞社をおこす。
▼NHKの有働は自分もジャーナリストとしてむのさんの話をお聞きしたい。実は911の時ニューヨークに特派員として行っていた。それに対してむのは年齢差からすると孫みたいな年齢差だ。自分としては色々な人にあって話を聞くのが仕事で相手が自由に話をできる様な雰囲気を作る事に大切にしている。まず911に関して言えばあの事件直後からアメリカはあれはアルカイダの仕業だと発表した。しかし世界中にジャーナリストは沢山いるはずだがアルカイダに「あなたやりましたか?」と聞きに行ったり、オサマビンラディンと直接インタビューした記者はただの一人もいなかった。そのうちビンラディンはアメリカによって殺され、首謀者は誰だったのかは永遠の謎になり、最早解き明かす術はなくなってしまった。このように取材の基本で間違っている。原因があるから結果があるわけで、今は取材によって原因が解明されることはなくなってしまった。
▼有働が「ご自分が元いた会社に対してどう思いますか?」という質問に「あれはもう広告代理店と同じです」と言い切る。とにかく広告主や国の指導者におもねることばかりで、将来の見通しができない。国民にむかってこれはダメだと国民にむかって言ってきた新聞な存在しない。とにかく1960年安保以降、問題がおきるとすべて他人のせいにすることばかりする新聞になっている。本当のことが言えないのは情けないことだ。(これで最初10分の要約です。全部で1時間半もあります。多忙なので、来週以降に時間があったら書く予定。ご希望が多数寄せられればその限りではない)

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August 25, 2011

「一枚のハガキ」を見る(2)

▼NHKラジオを聴いていると投稿する人達は本当に幸せなのねと、つい思ってしまう。今朝もエアコンを止めたらどれだけ電力を使っているのかが分かったという人がいた。エアコンを止めるよりもTVを消した方が消費電力は減る、と何度も書いてきた。昨日の朝日にはある建設会社で、髪の毛の省エネカットを奨励すると出ていた。ヘルメットを被っている人が脱いだ後も髪の毛がぺたっとならないようなカットだとして男女の使用例が出ている。もうこうなると、国民服にもんぺでパーマは止めろと叫んでいた戦時中と変わらない。
▼「一枚のハガキ」(その2)戦争は激しさを増して、最初の夫六平の骨箱が戻って来る。しかしその軽い箱の中には「英霊」と書かれた紙きれしか入っていない。ある夜義父と義母が「折り入って頼みがある」という。二人はもう身体が動かないので、大竹に実家にでも帰られたら死んでしまう。田んぼ一枚しかないがどうか残って欲しいと懇願される。大竹は「この家に嫁入りしたのだから夫がなくなっても帰るつもりはない」と言って義父たちを安心させる。ついてはこの村のしきたりがあって、長男が死んだら次男と結婚することになっている。町の製材所にいる次男と結婚してくれと頼まれ、大竹はそれを承知する。家族だけの淋しい祝言。それが終わってから煎餅蒲団で初夜を迎える大竹。やがて夫にも赤紙(召集令状)が届く。最初の夫と同じように村人の太鼓の音に誘われて出征するが、また白木の箱で戻って来る。義父は死亡し、義母も行く先に絶望し首つり自殺をしてしまう。
▼戦争終わって復員して実家に帰る豊川。帰ってみると妻は自分の父親と駆け落ちしてしまった。家には「ごめん」と父の文字が書かれた紙が一枚置かれている。家を処分してふと戦友から預かった一枚のハガキがあることを思い出す。山間の家を訪ねると大竹が一人で住んでおり、ハガキを手渡す。「なぜあんただけ生き残ったのだ」となじられる。豊川は「これもすべて上官の引いた籤によって決まった運命だ」と話をする。話をしてすぐ帰ろうとすると、「せっかくハガキを届けてくれた人をすぐ帰す訳にはいかない」、ロクなものはないがと粗餐と五右衛門風呂で接待する。その様子を怪しんで忍んでくる村の区長である大杉漣とのやり取りはユーモラスでもある。豊川は大竹の家が貧しいのを見て取り、家を処分してブラジルに行こうとしていた20万円の半分をわたして、これで生きていってくれと話をする。だが大竹は突っ返すので全額を渡そうとするが、それも突き返される。そして自分もブラジルに一緒につれて行ってくれという。翌朝線香をあげて家を出ようとすると、その火が家に回って全焼してしまう。
▼24日NHKハイビジョンで100年インタビュー「映画監督・脚本家 新藤兼人」渡辺あゆみと新藤兼人の2時間にわたる対談の再放送があったので録画して見た。新藤はこの映画は自分の人生最後の作品として作った。何故かと言えばそれが上官の籤に当たらず生き残った6人のうちの一人の役割だからだと語る。そしてこの映画は天皇陛下(新藤の言葉)も見て下さって「最後の場面に救われた」とおっしゃっていただいたということだった。最後の場面はあえて書かないが映画館でご覧いただきたい。
▼先日NHKで再放送された「さかのぼり日本史」はゲストが東大の加藤陽子でとても良かった。この日は「分岐点 熱河侵攻裁可」だった軍部は政府の承認を得ずに中国の作戦を次々拡大して行く。その背景には515とか226で軍部の独走を許した背景があった。つまり軍部に反対するものは命を奪われる。政府も現地日本軍の越境は認めないが、予算は認めるという方針になってしまう。1932年天皇は一度は熱河侵攻を裁可する。しかしそれは国際連盟の規約違反になると斉藤實首相も気づき、天皇の裁可を取り消そうとした。戦争になるのを嫌った天皇が、側近に「裁可を取り消したい」と興奮された、と侍従の日記に書かれている。しかし軍部に反発されると何が起こるか分からないので、天皇の「裁可取り消し」は伝えられることがなかった。
▼つまり絶対主義天皇制とはわたしがかねてから主張しているように、軍閥、軍事産業が密接に結びつき、それに天皇の権威を利用したものだったのだ。

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August 24, 2011

日本のメディアは政府御用達なのか?

▼NHKの今朝2番目のニュースが「島田紳助の暴力団との交際が発覚して芸能界引退」というのにはあきれる。NHKが東電の株を大量に所有している方がニュースの価値は高いと思う。昨日来NHKでは震災で減った中国からの観光客を増やそうとしているという。しかし現実に中国の航空母艦建設やら尖閣列島の漁船など、日本国内では反中国の報道があいも変わらず続いている。それに昨年福岡に来た中国の観光客が乗った観光バスを、右翼の街宣車が数時間に亘って包囲し動けなくさせた、という事件も中央紙では殆ど報道されていない。わたしは中国は決して好きな国でもないし、行きたくもない。しかし観光客を呼びたいならば、それ以前に反中国キャンペーンを止めることだ。そしてそれらも含めて日本は安全な国であることをアピールしなければならない。
▼同様に今朝5時台のニュースでは釜石港で大量の魚が水揚げされて活気が戻った、とNHKのアナウンサーが嬉々として喋っていた。しかし福島原発の高レベルの放射能汚染水があのとき大量に海に放出され付近の海産物に多大な影響を与えている。2002年六ヶ所村から1万枚のハガキを流してどのように海流が流れるかという漂着実験結果も、「週刊金曜日」などの地図入りで紹介されている。函館は1枚だったが、南は銚子から千葉の外房千倉町まで流れて来ている。(詳しくは「週刊金曜日」07年8月24日号に掲載)放射能で汚染された魚を食べて、甲状腺異常などの症状が出たら誰が保障してくれるのだろう。現実に今年の茨城県の海岸の海水浴客は激減した。調査して「安全だ」という数字は海岸で掲示されていたが、具合が悪くなっても罹災証明などは発行してくれないだろう。
▼「福島メルトダウンの背後にある衝撃的事実 (武山祐三の日記)
▼昨晩も深夜にNHKで「ヒロシマ少女たちの日記帳」の再々放送があったので放送が始まった段階と終わった午前2時過ぎから急にアクセスが増えた。
▼昨日の朝日夕刊1面題字下のコラム「素粒子」で「指導者でなく女性たちが自由な服を着られる国に」と書いている。イスラム系の女性にブルカの着用を禁止しているのはフランスのサルコジである。問題化されるべきはリビア国内のそれではなく、フランス国内のそれである。外国人がその国内で何を着ようと自由であり、日本人が和服を着てあるいたら、「身体を締め付けて良くないから着用禁止にすべきだ」という様なこじつけの論理になってしまう。この「素粒子」の筆者はイスラムについてもっと勉強した方が良い。
▼そして今朝の11面ではパリ政治学院のルイス・マルティネズ教授が「リビア軍事介入国民の大多数支持」と発言している。まったく欲の皮の突っ張った連中は、自分を正当化することに事欠かない。
▼今朝の朝日15面で天野祐吉が「CM天気図」で「いい加減にしなさい」と題するコラムで、新聞社などの広告が記事に影響を与える可能性について触れている。その中で「原発の存続」など国民の世論を二分する様な重要な問題では、掲載された最初の広告と同じスペースで無料で提供して反論権を認めつべきだと言っている。カネを持っている企業や政府の言いなりにならないためにも、これは正しい主張である。リビアより自分の国のことをもっと心配した方がいい。
▼月曜日は朝から雨降りだったので、待ち時間は少ないと思って定期検診に出かけた。待合室には5人くらだったが、その他に区の健康診断を受診する人が見えないところにいた。それに時間がかかって1時間半かかった。わたしの番になって「頭痛はないか?」、「耳鳴りはしないか?」などいつもより詳しく聞かれた。帰宅後ネットを見ると俳優の竹脇無我が小脳出血で意識不明で病院に担ぎ込まれたという一報があった。わたしは6年前に同じ症状が出た。竹脇は夕方には死亡が確認されたが、わたしと同じ年齢である。テレビドラマ「大岡越前」で伊織という御殿医役をしていた。大岡を演じた加藤剛が「医者の君が早く逝くなんて」というハガキがネットに掲載されていた。
▼腹が立って書くことが多いので「一枚のハガキ」(その2)は明日に掲載する予定です。

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August 23, 2011

◇「一枚のハガキ」を見る(1)

▼昨日朝のNHKラジオニュースで、リビアの反政府勢力はカダフィ少佐の「牙城」に迫っている、と報道していた。「牙城」を辞書で引いてみると「城の本丸。広く、敵対する相手の根拠地。大きな組織・勢力などの中心。本拠。」とある。今朝の右から左までの朝刊をチェックすると「カダフィ=悪」という図式が並んでいる。わたしは、みんなが一丸となると逆に見たくなる。2月末にキューバ共産党機関紙グランマで、フィデル・カストロがリビアについて書いている事をご紹介した。それと同じようなことが今朝の朝日2面に塩尻宏元リビア大使が書いていた。
▼それによれば確かにリビアは、カダフィの独裁国家であった。しかし経済的に困って国民が食うに困っている状態ではなかった。経済的には豊かでアジア各国から出稼ぎに来ていた。NATOが空爆などで積極的に反政府勢力を応援するのは、ポストカダフィの石油利権を狙っている、というものだった。チュニジアやエジプトと違うのはそこである。チュニジアで政変が起きたのはある青年がフェイスブックに、その事実を掲載したことから全国に抗議する声が広がった。それに対してチュニジア政府はネットを遮断する。それに対して国際的なハッカー集団と言われているアノニマスが「座視できない」と政府機関をハッカー攻撃する。それでチュニジア政府はネットの遮断をやめざるを得なくなる。果たして単なるハッカー集団にそのような政府機関に圧力をかける技術があるのか、わたしにも分からない。
▼アノニマスの実態は秘密のベールに包まれている。だからフェイスブックとCIAとの繋がりを噂されることとなる。現実にチュニジアの青年は新政府の通信関係の要職に迎えられるが、新政府がどうなるかはまったく混沌としている。エジプトも同様である。アメリカにとって反米政権を倒してしまえば後はどうなっても構わないのだから…。ただヨーロッパにとってリビア最大の魅力は石油なのだ。
▼先日ココ・シャネルが第二次世界大戦中ナチスドイツのスパイを働いていたということが、アメリカで出版された本の中で明らかにされた。彼女はすでにナチス高官の愛人であったことは知られている。経済的に豊かになると、確保した権益を守るために何でもやってのけるという証明のようなお話だ。
◇「一枚のハガキ」1944年頃精鋭部隊は前線に配置されている。国内に残っているのは中年の男たちである。だが軍部は彼らもまた根こそぎで動員する。100人の中年のおっさんたちが連れて来られたのは使わなくなった天理教のお堂だ。特攻に行く兵士たちが最後を過ごすために清掃をせよというのが命令である。ひと月かかって清掃を終えると上官は清酒一合とスルメを与えて彼らに「くつろげ」と命令する。それぞれはホッとしてグチを言いあう。すると上官は一人の兵に「何かやれ」と命令する。命令された兵士(六平直政)は、「ハイッ何かやります」と別のギターを演奏する兵士の伴奏で「幻の影を慕いて雨に日に 月もやるせぬ 我が想い つつめば燃ゆる 胸の火に  身は焦がれつつ 忍び泣く」と歌い出す。それが終わると上官のくじ引きで次の配属先が決められる。六平は船に乗せられて南方の戦地に派遣されることになる。その夜二段ベッドの上から「下に行って良いか?」と尋ね、豊川悦司のベッドにやって来る。六平は「もう生きて帰れないかも知れない、妻からハガキを貰っているが検閲で返事も書けない。ついてはお前が生き残ったら、妻を訪ねてこのハガキを渡して欲しい」と頼まれる。
▼そのハガキには「きょうはお祭りですが、あなたがいらっしゃらないので、何の風情もありません」と妻のたどたどしい文字が書かれていた。(明日に続く)
▼「週刊金曜日」の速報ニュースが一日平均1本流れることになりました。ただわたしのような有料購読者がいるので、「雑誌」よりも1週間ほど遅れます。
▼先日NHKで「ヒロシマ少女達の日記帳」が2年ぶりに再放送されたことは既に書いた。これは現実にあったことをドラマ化した。ただ主演の女性を演じた女優さんが可愛かったためか誤解している人たちが「○○プロフィール」などとアクセスしていらっしゃる。現実の女性がもし生きていればもう80歳を過ぎている。しかも国は戦死した兵士には軍人恩給を支給しているが、原爆で亡くなった人には一切支払っていない。このギャップをどうお考えになるか?現実とドラマを混同しないで、戦争責任とは何か考えて見よう。松下政経塾出身の首相候補の一人が「A級戦犯は犯罪人ではない」などとシャアシャアと言う時代なのだから。中学と高校でどういう教育を受けて来たのだろう。彼の住んでいた千葉県船橋市は決して悪い教育はしていなかったはずだ。

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August 22, 2011

今頃に福島の子どもの甲状腺被曝調査発表

▼今朝は震え上がるような涼しさです。昨日はNHKの戦争特番の録画した分を延々と5時間ほど見ていました。そのためうなされるような夢を見てしまいました。「愛川欣也パックイン・ジャーナル」では、まず選挙をしたとしても、反原発勢力が国政レベルでは当選しない仕組みになってしまっている。例えば東京一区では民主・海江田と元自民・与謝野が出る。議席は一つだからどちらかが、一度は落ちる、しかし比例で上がってくるので二人とも入ってしまう。たしかに選挙になれば二人とも「反原発」を口にするかも知れないが、それは単に千代田区に原発を持って来ない、というだけの話だ。
▼そして福島の子ども、半数近くが甲状腺被曝と政府調査で判明した話。これなどなぜ今頃になって調査から4ヶ月もたって発表したのか?出席者は一様に「こんな隠蔽は犯罪だ」と一様に怒りを露わにしていた。どこでどのように調査したのかも分からない。もしかして詳しく全員を調べれば100%ということだってありうる。この日電話で参加した被曝から子どもを守る会(メモしていないが、そういう名称の団体で代表をしている八王子の医師。甲状腺だけでなく、チェルノブイリでは被曝によって免疫力の低下も出ている。子どもたちが発症したときこれらをどうやって証明するのか?それで福島の農業を応援すると称して、子どもたちに福島の農産物を学校給食で検査をしないで食べさせている例もある。
▼ブログの筆者はこれも明らかな犯罪であると思う。TVのCMを見ているとTOKIOが「食べて応援」と野菜や牛乳を食べたり飲んだりしている物がある。彼らの農場「鉄腕DASH村」は浪江町山中にあった。それでTVを動員して彼らの飼っていた、ヤギなどの小動物だけはいち早く避難させることをやってのけた。さらに甲状腺ガンでは牛乳が一番危ないことがチェルノブイリで証明されている。このCMで牛乳を飲んで見せているタレントはそういう事実を知っているのだろうか?彼らもまた東電の事故隠し、厚労省の放射能汚染隠しの片棒を担いでいるのだ。
▼出席していたジャーナリストの前田一は口に入るものは全品検査をする。そして汚染レベルの状況に応じて年齢別に許可を与える。当然年配者は汚染度の高い物を食べるようにする。そうしなければ将来に大きな禍根を残す事になる、という意見で一致していた。子どもの甲状腺ガンに関しては以下の金子勝のブログでチェルノブイリに関して詳しいのでご覧いただきたい。
▼今朝のNHKラジオでは、電力消費のピークは先週の暑さも納まって峠を越した。しかしいつ暑さが復活するかも知れないので、引きつづき電力を抑えた生活が必要だとアナウンスしていた。まったく良く言うよという感じだ。つまり18日のピークで、東電公称の91%で済んでいた。なぜNHKがそういうことを言うか?、以下の5)の部分をご覧いただきたい。NHKは東電の株を大量に保有しているのだ。土曜日のTBS「久米宏のラジオなんですけど」を聴いていたら、「東電はこれから冬の方がもっと大変だ」というキャンペーンをするらしいと言っていた。東電とは懲りない面々の集まりである。天竜川の観光船転覆はあれだけの事故で2日後に警察の家宅捜査が入り、東電はあれだけの大事故で未だに警察に強制捜査も入っていない。

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August 21, 2011

「人生の目的はよい人にであうことにある」

▼20日からの涼しさは、地軸の傾斜が確実に気温の変化に影響を与えていることを証明する。昨日は朝9時45分からの映画を観るために、飯田橋へ向かった。ギンレイホールでは、「ジュリエットからの手紙」と「英国王のスピーチ」の2本立てが21日朝から始まったのだ。わたしは後者はすでに見ているが、「ジュリエット…」は見逃していた。いや有楽町に行けば午後6時からの上映はあった。しかしわたしは、疲れるので余程のことがないと午後6時以降に出歩くことはしていない。夜や日曜日の取材や仕事は全部お断りしている。
▼映画館には9時半頃に着いたが座席は前の方に少ししか空いていなかった。1本だけ見て座席を立って帰って来たが、そのときは立ち見も出来ないとアナウンスしていた。みなさんは「英国王」をご覧になりたかったのだろう。吃音の国王の話だからこの映画の英語はかなり聞き取りやすかった。
▼「ジュリエット…」はマリサ・トメイの「オンリー・ユー」と同じようなイタリア観光が一つの目玉になっている、言ってみればたわいのない話だ。だが織田雄二が外交官を演じるイタリア観光映画よりは遥かにマシであると思う。わたしは暗い、「生と死」がテーマ話の映画が多いので、そればかり見ているとかなり疲れる。それにジュリエットは主演がバネッサ・レッドグレーブである。いま74歳の彼女はとても美しく輝いている。彼女を最初に見たのは「ジュリア」である。フンボルト大学で学生運動をしているが、右派の学生に階上から落とされて重症を負う。親友のジェーン・フォンダがドイツの抵抗組織が資金を必要としているので、運搬係を頼まれて引き受ける。任務がおわってジュリアに合わせてくれるというので、指定されたレストランに行く。するとタバコの煙が淀んでいる店の奥でバネッサが手を振ってにこやかに微笑んでいる。わたしはこの場面を見たとき涙が止まらなかった。つまりわたしはバネッサが好きなのでこの映画を見に行ったのです。
▼「ジュリエット…」の内容は後日ご紹介する。きょうはNHKで戦争関連番組が深夜まであちこちのチャンネルと使って、延べ10時間ほどある。当然リアルタイムで見るほどのヒマはないから録画する。しかし録画している最中は、過去に録画した番組を再生できないという矛盾が生じる。
▼昨日友人から、なくなった学者の「全活動」という本が送られて来た。目録の書籍とデータはDVDに収められているという膨大なものだ。その方は「人生の目的はよい人に出会うことである」と書いているが含蓄のある言葉である。
▼メルマガを発行すると同時に分厚い2冊の本が図書館から来た。東京はあいにくの雨空でキバナコスモスを撮影に行こうと思っていたが、止めて校正にとりかかる。

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August 20, 2011

「デイヴィッドを追え!~個人情報が危ない~」を見る。

▼昨日の地震は都内でも結構揺れた。ひと月前に水戸に行っていたが、そのときは地下鉄が下を走っている様な音がして驚いた。水戸には地下鉄などないが、そういう音なのだ。わたしはふる里の「松代地震で慣れている筈だったが、このゴォーっとする音は背筋が寒くなった。昨日は雨も凄かった、映画は座席指定のチケットをようやく手に入れたのでどんなことがあっても出かけなければならない。一日前とは打って変わり、雨が地面から吹き上げるような天気なので、短パンTシャツから一転してレインスーツ上下に、レインシューズに履き替えた。しかし映画館に着いたら靴下はびしょ濡れだった。濡れたままでは風邪をひいてしまうので、しかたなく素足になって映画鑑賞をした。
▼この間沢山の戦争記録番組を見た。しかしその分量が多くて書ききれない。一つは「引き裂かれた歳月 ~証言記録 シベリア抑留~」「留用」された日本人―私たちは中国建国を支えた 。さらに「陸軍軍医の戦場」全部で6時間くらいになると思う。興味のある方は「留用」については書籍にもなっているので、そちらを読んでいただきたい。総合して考えると、とくにソ連と中国に抑留や留用されていた人達は、帰国後の様々な「進歩」的な政治運動に影響を与えていることがわかる。先週NHKで竹下景子~戦争が父を変えた そして庶民派弁護士に~」をドラマ仕立てて紹介していた。父親は数年前に亡くなっているが、長崎の田舎(現在のハウステンボスあたり)から、貧乏だったが、成績優秀で名古屋の大学に入る。司法試験に受かって当時の満州に渡って官僚になる。
▼現地の人々に対しては親切だった。しかし敗戦で帰国する船の中で日本人から恨みを買い「中国の手先」とリンチを受ける。就職したいけれども過去が災いして仕事が得られない。そして税金の徴収をする仕事をするが、人々に「人でなし」と罵られる。すぐにその仕事は辞めて弁護士登録をして、今までの仕事とは逆に、敗訴しても敗訴しても余分に収めた税金を取り戻す訴訟に取り組むという話だった。つまり学んだ学問を誰のために役立てるかということだ。たんに出世だけが目的であれば、一流大学を出て官僚になり、若い時はそれなりに苦労はするが、上司の媒酌で政略結婚をし、出世コースに乗る。今年のNHKのこのシリーズは2本見ているが、あえて苦難の道を選んだ人の歩みを追っていることに共感を覚える。
▼さらにNHKのBSで先日深夜に放送された、「デイヴィッドを追え!~個人情報が危ない~」という番組は面白かった。イギリスは監視王国で監視カメラが500万台溢れている。イギリスに住むデイヴィッドというディレクターのもとに「娘さんの個人情報を紛失した」という行政からの手紙が届く。彼はこれをきっかけに、自分の「個人情報がどれほど企業や政府に把握されているのか」と疑問を持つ。そして自ら行方をくらまし、探偵社に依頼して自分を捜索させる。探偵事務所は彼の自宅のゴミ箱を漁り、レシートやメモの詳細な分析を始める。まず電話やカードの使用記録からブリュッセルを移動していいる事を突き止める。彼は意図的にYouTubeやツイッターで情報を発信して姿を露出させる。この中で重要な話が一つあった。それはフェイスブックがCIAが作ったものだ、という噂が流れているからとして使わなかったことだ。わたしがフェイスブックをやらない理由もまさにそこにある。あれでCIAに探られたら友人関係まで一発で分かってしまう。だからミクシーも全面的に信用はしていないそ、友人はネットでも一つに集中させてはいないし、公開もしない。
▼なぜ登録段階であれほど細かい個人情報を登録しなければならないのか。たしかチュニジアの政権が崩壊するとき多用された。エジプトでもそうであったが、両方とも政権が崩壊させることはアメリカにとって極めて有利に働いている。リビアにしてもシリアにしてもそれぞれの国が今のまま推移することはアメリカにとって望ましくない。だから爆撃よりも情報攪乱を狙った方が安くて確実である。さらにアメリカ国務省では、有名なハッカーを意図的に取り込もうとしている。デイヴィッドは結局7週間少々で、病院で出産した妻を見舞った場面で捕まってしまう。ネットで検索され、特定され、行動がどのように把握されていくのかを記録しようと試みる。そして探偵事務所を最後に訪れ、自分の情報がうずたかく積まれた書類の山を見て驚愕するというドキュメンタリーだった。
▼本日メルマガ締めきり日、昨日の納涼会は濃密な情報交換が出来て楽しかった。「一枚のハガキ」の感想は数日お待ち下さい。これから映画館に向かう。では、では。

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August 19, 2011

◇「未来を生きる君たちへ」を見る。

▼昨日の日本は猛烈に暑かった。しかし日本の反対側にお住まいの特派員の方からは、「雪が舞っている」というメールを頂き、その落差に驚いた。朝早く出かける必要があり、ブログをそれほど推敲せずに出かける。帰りに有楽町のヒューマックスシネマに立ち寄る。シネマの原稿締め切りなのだが、是非とも「一枚のハガキ」を入れようと思っていた。しかし昨日も3回目でないと入れない。つまりこの炎暑のなかで4時間半も待てないので19日朝一番の予約をしてチケットを買って帰る。この映画は窓口に行くと、その日から3日以内の空いている時間のチケットを買う事ができる。
◇「未来を生きる君たちへ」デンマークで暮らす少年エリアスは学校でいじめられる日々が続く。一方父親は医師としてアフリカの難民キャンプ(ロケ地はケニア)に赴任している。父親のアントンは自らの女性問題で離婚しており、アフリカに赴任している時は祖母の家に預けられている。アントンにとって一番頼りになるのは父親だけだった。そんなある日彼が通う中学校に母親の葬儀を終えたばかりの転校生クリスチャンがやってくる。エリアス同級生から「鼠の歯男」といじめられている。所がクリスチャンは、いじめている同級生をやっつけてエリアスを救ってやったことで、2人は次第に親しくなっていく。
▼一方、アフリカにいるアントンは自身の離婚問題や、キャンプに運び込まれるひん死の患者たちの存在に苦悩している。患者の中には盗賊たちに大けがをさせられた住民や子どもたちや、さらに賭博の対象として妊婦の子宮を切りひらかれた女性も多数いた。少ない資材や医薬品、それに水さえもないテントの医療キャンプに医師であるアントンの力を頼りに人々はやってくる。
▼デンマークの中学校では上級生のイジメが続くのでクリスチャンは、刃物を持って虐待する生徒に立ち向かう。そして最初に毅然とした態度を取ることが大事だとも言う。だが刃物を持っていた事が警察に知られ大きな問題になる。両親が学校や警察に呼ばれるが嘘をついて「刃物は持っていなかった」と否認したことから、それは立ち消えになる。しかしアントンがちょっとした諍いで、自動車修理工場の男に殴られる。クリスチャンは「立ち向かわないのは弱虫だ」となじる。だが父親は暴力に暴力で立ち向かうのは大人のする事ではない、と気に止めない。
▼クリスチャンは車のロゴからネットで修理工場の場所を突き止め経営者のラースに「何故自分を殴ったのか」と聞きただす。そして一応顔を出すが帰って来るアントン。そのことにクリスチャンは収まりがつかない。そしてエリアスの倉庫に遊びに行ったとき、祖父が残してあった花火を見つけ、これで爆弾を作って修理工場の車を爆破しようと計画する。エリアスは乗り気ではなかったが、「意気地なしならば、上げたあのナイフを返してくれ」とせっつかれ、二人は爆弾を作り上げ、少量の火薬でテストで爆破させる。
▼一方アントンは銃を持った盗賊の一団が押し寄せボスの足を治せと脅す。その足は既にウジ虫がわいて切断するしか救いようがない。しかし彼らは足を切ったら許さないと命令する。アントンの助手たちは「盗賊の手当てをするなど正気の沙汰ではない」と協力を拒否する。しかし救いを求めて来た物は断れないアントン。だが治療が終わって療養しているボスは言ってはならないジョークで女性をバカにする。怒ったアントンは出ていけとベッドを追い出すと治療に来ていた人々は長年ギャングに恨みを持っていたため、袋だたきにして殺害してしまう。これで良かったのだと思うアントン。
▼疲れ切ってキャンプから診療所に戻るアントン。スカイプで息子のエリアスは大事な相談があるという。しかし修羅場を抜けてきて疲れ切っているアントンは、ネットの状態も悪いので「明日にしてくれ」とパソコンから離れる。相談とは父親の仕返しをするために修理工場の車を爆破してもいいのか、という内容だったのだ。
▼爆弾を仕掛けて犠牲者はでないのか?エリアスの心配はそれだけだった。クリスチャンは自分の尊厳を守るためなら何をしても構わないという考えが正しいと信念を曲げない。早朝に爆弾の点火線にマッチで火を付けて物陰に隠れる二人。しかしそんな早朝に娘と母親の二人はジョギングで爆弾を仕掛けた場所に近づいて来る。日比谷シャンテシネで上映中。今年のアカデミー外国映画賞に輝いた作品でもある。
▼今NHKBSプレミアムでは午後9時から「人間の条件」を放送している。わたしは一昨日の第二部はリアルタイムで田舎の映画館で中学3年の春休みに見た。昨晩は4部で戦車戦のシーンだった。これは当時の自衛隊も協力して北海道で撮影された。主演の仲代達也がそのシーンを回想していた。有名な宮島義勇カメラマンはタコツボの一番下に潜ル。その上に仲代と川津祐介が飛び込む。自衛隊で一番戦車の操縦が上手い人が操縦するかから大丈夫だと言われていた。しかし1週間前から怖くて仕方なかった。しかしいざ撮影になると戦車が近づくぎりぎりまで粘ったので、監督から「早くタコツボに入れ」とハッパをかけられた。そのためリアルなシーンが撮影できた。
▼昨日はNHKで「ヒロシマ少女達の日記帳」が2年ぶりに再放送されたのでアクセスは350件ほどになった。おかげさまできょう午前中にアクセスカウンターは19万アクセスを突破する。本日は納涼会です。まだ申しこんでいない方もぜひどうぞ。

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August 18, 2011

NHK「日本はなぜ無謀な戦争をしたのか?」の続き。

Yosou18
(17日だされたNHKの18日の電力予想。今夏一番暑いと予想される18日は89%だ。)
▼図書館でブラームスの交響曲全集を借りてきた。今までも手許にあったのだが、ウォークマンでデータを引き継ぐ時に消えてしまった。こういうことは時々ある。とくに好きなのは1番なのだが、寝るまでに3回くり返して聴いた。
▼昨日STAを作ったことは大きな過ちであると書いた。それはミネタ氏がインタビューに答えて「FBIよりも大きな組織を作ることは雇用の面でも有効である」と語っていることだ。まずアメリカは治安や軍隊に雇用を求めるべきではない。製造業だ。STAに雇用された人物が清廉潔白な人ばかりならば良いがそうではない。現実にハワイでは観光客のバッグが彼らによって、勝手に空けられ現金を抜き取られる事件が発生している。
▼全身スキャンも、体型や着用している下着まで分かるので、係員によって興味本位で覗かれていることも発覚している。男は構わないが、女性の皆さんはイヤだろうと思う。通過するたびに思うのだが、入出国でなぜ同じ左右すべての指紋を取る必要があるのだろう。それに蓄積されたデータはどうなっているのだろう。もしテロリストがいたとしても、頭脳の中まではスキャンできないのだから、単なる抑止力としてのSTAでしかない、とわたしは思う。そして儲かるのはそれらの機器をかんりするメーカーとバッグメーカー(STAの鍵がついたバッグを持っていないとアメリカを通過できない)だけである。
▼一昨日の「日本はなぜ無謀な戦争をしたのか?」の続き。陸軍と海軍の対決は決定的になってしまった。海軍は戦争拡大で陸軍は今まで確保した地域をどうやって守っていくかだけで汲汲としていた。さらに両者を交えた会議でも東条は態度を曖昧にしたままだったので、「両論を併記」するだけで終わってしまった。
▼しかし占領地域をどうするかという問題も残っていた。陸軍が考えた方式とは、どの地域ではどの会社に政策を実行させるか、というプランを示したことだ。五味川純平の「戦争と人間」では五代財閥という会社がメインとなって歴史が動いていくが、このモデルとなったのは日産だと言われている。現実の世界でもプランが示され、その開発に向いている業者が軍部から指名される。TVではそのメーカーの一覧表が出ていた。同時に大きな会社だけではなく、小さな会社もそれに入ろうとするので、軍部に対する接待が始まる。行って見れば今の防衛省対軍事産業の癒着と似ている。さらに小さなメーカーまで入り交じっての受注合戦が繰り広げられた。
▼つまり戦争をどうやって終息させるかという方針がないまま、陸海軍が対立したまま、「大東亜共栄圏」という名目で戦争拡大が進められる。そして占領地の利権をビジネスチャンスという餌を見せて、経済界・産業界の協力と協力を取りつける。さらに驚くべきことに「自分のすることに正義感をもってやる場合には搾取ということにならない」と政府は乱暴な主張をする。当然企業は海外のその濡れ手で粟の利権に群がる。そしてさらなる利権を獲得しようとして産業は軍部を支援し、持ちつ持たれの関係で戦線を拡大して行く。海外に眼が向いたために、船が足りなくなる。その結果として日本国内の物資が不足してしまう。つまるところあの戦争とは軍部と産業のあくなき利権を拡大するために、多くの人々の命が奪われたのだ。だから戦争を「聖戦」とか亡くなった人に対して「英霊」などというのは間違った考え方なのだ。はっきり言えば「利権の犠牲」だったわけだ。

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August 17, 2011

中国の航空母艦は脅威になりうるか?

Tatiaoi
(近所の路上に咲く「たちあおい」の花)
▼3月当初の電力予想ではお盆と高校野球のピーク時が一番危ないと言っていた。しかし東京電力管内の予報がNHKの夕方に放送されるが、70~80%前後で推移している。いかに今までニセ情報の惑わされてきたか。そして騙されて猛暑も我慢して熱中症で倒れるお年寄りが多いことか。最新の「愛川欣也パックイン・ジャーナル」では保阪世田谷区長がゲストで登場した。彼が区長に就任してから一貫して主張しているのは、東電に「世田谷区内の電力消費量をリアルタイムで知らせて欲しい」というものだったが、未だに実現していない。東電は「23区全体の前日の使用料なら分かる」という返事だった。保阪の主張では正確な使用料が把握できれば、無駄な発電をしなくても済むし区としても節電に協力できる、という内容だ。
▼「愛川欣也パックイン・ジャーナル」ではAERAシニアライターの田岡がゲストだったので、日本のマスメディアで騒がれている中国の航空母艦の完成で、中国脅威論が盛り上がっていることに関連したコメントだった。あの航空母艦は旧ソ連が造ろうとしていたが、財政難もあって途中で挫折したものを、中国が30億円で買い取り、タグボートで中国まで曳航した。しかし手が付けられず16年間放置されたままになっていた。だから腐食も激しく、改装にカネがかかり新しく建造しなおした方が良いくらいになった。肝腎な積載できる飛行機は22機程度である。ちなみにアメリカのそれは2~300機である。さらに蒸気を使った飛行機発射装置のカタパルトはアメリカが持っている技術で、中国のそれには付いていない。甲板をみるとカーブしており、その落差を利用して勢いを付けて飛び立てるようにしている。さらに実際に戦闘をするにはアメリカのように早期警戒機を先に飛び立たせて、周囲の状況を把握しなければならないが、それを積む余裕などない。それに燃料を積むと船の喫水は下がるので、搭載できる戦闘機の数はさらに減るので実用からはかなりかけ離れた航空母艦である。だが日本やアメリカのマスメディアは相変わらずこれを「中国脅威論」に利用して「軍備を増強」しようとしている。
▼この日はイギリスの暴動についても時間を割いた。かつてイギリスは福祉国家と言われていたが、サッチャーからブレアと社会保障は切り下げられる一方になり、若年層や学生の失業率は7%とかなり高い。それにEUは出来たが、国単位で言えばうまくいっているのはドイツだけ。ドイツにしてみれば、自分が稼いだカネをなぜ他の国の経済危機を救うのに使わなければならないのだ、という気持ちはある。それに各国とも移民を自由に受け入れるなど「多様化」につとめて来た。不満層の一部はこの多様化が自分たちの雇用不安に繋がっていると考えている。その標的が「イスラム圏」の人々になっている。
▼そもそもイギリスというのは身分差別が激しく。ミュージカル「マイ・フェアレディ」を見れば分かる様に富裕層と貧困層では英語という言語そのものが違っている。それに読む新聞すら金持ちは「ガーディアン」で貧困層は大衆紙「サン」などだ。社会的には、日本の江戸時代の身分差別が解消されないまま、現代に続いている状態だ。だから貧困層に生まれたら間違っても金持ちになれるチャンスは絶対にあり得ない。これらが仕事がないという学生層に不満となって略奪、放火などの事件を引き起こしている。だがこれはイギリス独特の問題と考えるのではなく、小泉・竹中路線以降、日本も若年層の雇用をしっかりしていかないと、遠からず同様の問題が起きる可能性は充分ある。
▼昨日も「911テロに立ち上がった日系人」のアクセス数が多く、300件を突破した。これは既にひと月ほど前にわたしはBSを見て書いている。だがわたしは彼が取り入れたTSAというシステムは大きなあやまちであると思う。今はそれは段々悪い方向にエスカレートして、今や全身スキャナーに発展している。これなどはクリントン国務長官をして「不愉快だ」と言わしめている。わたしも1月12日にヒューストン空港でこれにスキャンされた。そのときは3人で仲良く指紋を取られ、何故かわたしだけ別のゲートに連れて行かれ、スキャンだった。帰国して友人にそのことを話すと、「あなたは狙われる風貌をしている」、といわれた。

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August 16, 2011

「敗戦記念日」で戦争を考える番組が目白押し

▼昨日も猛暑だったが有楽町ヒューマントラストに出かけたら、またまた超満員で午後の3回目の上映でないので入れないという。仕方なくMGの地下であさのやのパンを買って帰宅する。本当は靖国神社に行けば、15日はコスプレを見る事ができる。しかし猛暑には勝てない。今朝のガン雑誌社のブログを見ていたら、靖国周辺はデモ規制がされて、混雑していたという。行かなくて正解だった。
▼土曜日あたりから戦争に関する特集番組が目白押しで全部は録画もできないし、見切れない。昨晩は夜9時代にNHKBSで「日本に到着しなかったUボート」。10時に1chでは「日本はなぜ無謀な戦争をしたのか?」WOWOWでは「映画人たちの8月15日」さらに「愛川欣也パックイン・ジャーナル」の再放送があった。この番組は1時間だけ録画してあったが、後半はなぜか録画できていなかった。Uボートと「無謀」は見たがWOWOWは見る事ができなかった。
▼「Uボート」は1944年にナチスドイツは秘密の部品を日本に運ぼうとしてU864ボートを出航させた。しかしイギリスはエグニマによる暗号をすべて解読していて、それがジェットエンジンであることを把握していた。ジェットエンジンは日本の起死回生策になるはずだった。しかしイギリスの潜水艦に補足され、艦長の経験と腕、そして作戦能力はドイツに勝っていた。魚雷は4本でドイツの半分しかなかった。しかし魚雷を発射したらどう逃げるだろうと予測し、4発目で撃沈してしまう。その瞬間、潜水艦に乗っていて英軍の水兵たちは快哉を叫んだ。しかし潜水艦が海中で撃たれるということはマッチ箱を握りつぶす感覚に似ている。それを想像したら、明日はわが身かも知れないと思って、みんな黙りこくってしまった。ノルウェイ沖で沈んだUボートには大量の水銀が積載されており、今でも水銀は流れ続けており、漁は禁止されている。
▼「無謀…」は日本は戦争で何を獲得するか目標を立てずに開戦した。そのためどこで戦争を終わらせるかはっきりしていなかった。政府と軍部が合同で会議を開いたとき一回だけそのチャンスはあった。そのとき陸軍は外地から物資や燃料を日本国内に持って来ることができるからこれで良いと主張する。しかし海軍は戦争のさらなる拡大を主張し、東条はそれを抑えることができなかった。山本五十六などは、驚くべきことにオーストラリアからハワイまで支配権に入れると主張していた。しかし陸軍は補給線が延びすぎて守れないと抵抗する。ミッドウェイ海戦で主要な戦艦4隻が撃沈され、日本国民には知らされなかったが、東条には知らされた。だが彼は「海軍との約束で面子を保たせる」ために口外はしなかった。(以下明日に続く)
▼最近の海外情報を3つご紹介する。
1)軍政に「盗まれた赤ちゃん」、105人目が確定 アルゼンチン。想像を絶するとても酷い話です。
2)森達也の巻頭コラム、ノルウェイでは死刑がない。「巻頭コラム」から→「138」をクリックして下さい。
3)宮崎学「ロシアから見た福島原発事故
▼納涼会はどうやら昨年並みの参加者のメドがつきました。メルマガ読者のみなさんどうか振るってご参加下さい。女性は来ないけど…。昨日も300件近いアクセスがありました。ありがとうございます。

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August 15, 2011

「差別」する思想が戦争を引き起こす。

Skytree8
(14日夕方スカイツリー下で撮影、カーブミラーを貸してくれる人がいる)
▼昨日は「たいまつ新聞」という検索用語で100件ほどのアクセスがあった。お陰で一日の平均アクセス数の99は軽く突破した。あと1、2ヶ月で目標の100は突破できると思う。
▼日本にお住まいの方はご存知のように「京都の送り火」とは以下にご紹介する話である。きょうは新聞休刊日だが、昨晩のNHKニュースでは千葉の成田山新勝寺が、それを引き取って真言密教の加持祈祷げとして使ってくれることになったという。千葉は外房の旭市あたりでは現実に地震の被害がおきており、新勝寺でもそのことを多分に配慮していると思う。
▼最初の事例では「汚染した薪を燃やすとその灰が琵琶湖を汚染する」という意見が「市民」から寄せられたのだという。計測して見ればわかるが、日本中の河川は量の違いはあってもすでにセシウムで汚染されている。「死者を供養する」という本質が抗議した方々には分かっていないと思う。
▼話は急転換してしまうが、「戦争はなぜ起きるか?」ということが良く言われる。それはわたしに言わせれば、他人より自分の方が優れているという、他人に対する差別から出発する。福澤諭吉は「天は人の上に人を作らず」という言葉を「発明」したとして評価されている。しかし彼の思想の根本にあるのは、東洋のとくに朝鮮、中国の人々を差別したことだ。彼の書いた「脱亜論」の全文がここにある。相手が劣っているから侵略しても当然だという思想が日本の主流の論調になっていく。
▼日本の戦争映画など見ていると、戦争に行った兵士のこと、武器をとって「敵」を殺す場面、戦車がでてくる場面、そしてサイパンや沖縄の陸上戦、最後は広島・長崎。もう「武器が登場」したときは遅く、抵抗勢力は手のうちようがない。どうするか?映画で言えば、ドイツの「さよなら子どもたち」、「コルチャック先生」。日本映画で言えばどこかで探して1965年の「清作の妻」などをご覧頂きたい。つまりそれらの映画で「多数に所属すること」が自分の身を守る人物が登場する。だから今の日本で行われている「節電運動」も悪いとは言わないが、年齢が高い層ほどわが身の健康を考えず夢中になって取り組んでいる。限度を超えたそれは、見方を変えれば簡単に「挙国一致」思想に繋がってしまう。
▼自分と意見は違うが、この際とりあえず「多数」、あるいはその時点で保身のために強い勢力に所属する。これが戦争に道を開く思想に繋がっていく。きょうは時間がないから後日にするが、昨日夜NHKスペシャルで「円の戦争」という番組が放送された。これは戦費調達のために日本は現地通貨を大量に印刷した。最後は日本の国家予算の60倍もの金額になった。記者は最後に銀行関係者に(国家破綻する事が明確なのに)「なぜこんなことになったのですか?」。「反対する勇気がなかったのですね」と銀行関係者は力なく答える場面で終わっていた。
泊3号・地元町長などにファックスを!

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August 14, 2011

運勢の「素晴らしい出会い」などはなかったが…。

▼猛暑の一日だったが、わたしは有楽町のヒューマックスに出かけた。新藤兼人の「一枚のハガキ」を見るためなのだが、30分前に着いたらチケットは完売だった。実はこの映画は先週に新宿で公開された。わたしは新宿で「モールス」を見てしまった。近くで上映されているのは知っていたが、1日に2本も見るもう元気はない。最近は月に4本かくべき映画を見れば、あえてその後は行かない。しかし問題なのは、月によって自分が納得できる映画にめぐり会えないことがある。そのときは、1週間に何本でも見続ける。
▼少々逆説的になるが、新藤兼人の映画を見に来る層は岩波ホールと似通っている。この前の「陸に上がった軍艦」は初日に渋谷ユーロスペースで見て、監督も孫娘とともに舞台挨拶に来ていた。見終わった年配の女性は「若い人も見に来ればいいのにね」と連れと呟いていた。前作も良い映画だとは思うが、決して若い人は行かないだろう、と思う。
▼概していうと革新政党の総選挙などによる得票数はこの10年来減り続けている。革新政党を支持しているのは年配層で政党新聞を見ていると、毎日79、80、90歳の訃報ばかりが載っている。この調子でいくとそのうち、アガサ・クリスティの「そして誰もいなくなった」になることは目に見えている。つまり新藤の映画を見に来る年配の人達は「自分は新藤と同じ側にいる」ということで満足感を味わって終わりなのだ。少なくとも映画は宮崎駿のタッチで作らないと、若者層には足を運んで貰えないだろう。
▼昨日朝の「旅サラダ」が始まるの前の運勢によれば水瓶座のわたしは「絶好調で素晴らしい出会いがあり、良縁に恵まれる」と書かれていた。しかし全ての運勢予測がそうであるように、その様なことは何一つなかった。「旅サラダ」では3月の放送で石川梨華がアルゼンチンを旅していることを書いた。ところが2週目の11日の朝放送されてから、午後には大震災が起きて番組は中止されてしまった。あの最初の場面で石川は真っ昼間からワインをガバガバ呑んでいたが、その後撮影した番組はどうしたのだろうと思っていた。8月13日には今まで放送されなかった、パタゴニアの氷河や、エビータの眠るレコレータ墓地それにイグアスをアルゼンチン側から、たった5分の駆け足で紹介して終わった。
▼わたしはせっかく銀座まで来たのだからもったいないと思って、シャンテシネに行って「未来を生きる君たちへIN A BETTER WORLD」を見た。デンマークの映画で、タイトルは別の名前が付けられていた。しかしドイツ語っぽいその言葉はスペル理解できなかった。
▼夜NHKBSプレミアムで「ハイビジョンカメラによるエベレスト登頂」が放送されていたので、ついつい見てしまった。さらに続けて放送されたドラマ「青い目の少年兵」を最後まで見てしまった。中国戦線に派遣された一個分隊(12名)の兵士たちの実話である。行った場所は中国の雲南で戦線は異状に延びてしまっていた。彼らは来る日も来る日も塹壕堀をしている。ある日行進中に道路に捨てられている米軍のトラックを拾う。休憩したあと動かそうとすると、「一人多いぞ」と誰かがいう。そこに乗っていたのは16歳前後の中国人の少年だった。日本兵は少年の姿に日本に残して来た弟のことを想い出して一緒に連れて行軍する。そして少年もなついて塹壕を作る作業に協力したりする。しかし日本兵は一人また一人と赤痢やマラリア、そして空腹で命を落としていく。(以下ご希望があれば続編は書く、なければこれで終わる)
▼8月12日の朝日9面の「異議あり」で高崎経済大学の國分功一郎准教授が登場していた。ここで國分はトマス・ホッブスとジョン・ロック、ジャン・ジャック・ルソーの「社会契約論」について触れていた。ヒュームは「人間はエゴイストだという社会契約の前提を覆す。だが共感だけでは社会はうまくいかないし、共感は時に社会全体にとって害すらある。そこで制度によってこの共感を拡張しようと考える。たとえばこれから再生可能なエネルギーの普及が必要だと一人ひとりが思っても、その結果を束ねて結果を出すには膨大な労力が必要になる。そうした気持ちをうまく後押しする制度が作られれば、社会全体で結果を出していける。今の民主主義の形は絶対的なものではない。いまこそ哲学者がこれまでに考えてきた様々な政治体制の可能性を検討してみるべきだ。
▼みなさんはどうお考えですか?わたしも「今の民主主義の形は絶対のものではない」という考えには同感である。
人間は放射線を浴びてはいけない生き物なのです崎山比佐子さんのお話。
▼本当は16日に行われる「京都の送り火」について書こうを思ったがが、話が飛んでしまった。また明日ね!

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August 13, 2011

◇「モールス」を見る。

▼「きょうから一応盆休みにする」と書いた。午前中にプールかジムに行こうと思っていたが、しかしコインロッカーや使用料の小銭がないなと躊躇していた。するとバーチャルオフィスには、9月の仕事の連絡や見積もり書の提出要請など、次々と連絡が入ってきた。ま、結局の所休みにはならなかった。動いていないと夕食もたべられないので、午後5時の多少涼しくなってからいつものコースを速歩してかろうじて6千歩になった。
◇「モールス」アメリカ南部のある病院に顔が酸で焼けただれた一人の男が運び込まれる。取り調べに当たった警察官は「お前は悪魔崇拝者なのか?それともカルト集団なのか?仲間の名前をここに書けば許してやる」とメモとペンを渡す。そのとき受付から警官に一本の電話がかかってくる。「入院している人に面会したいという少女が来ています」と。警官は受付にいくと、少女はいない。それどころか病室に戻ると、看護師が絶叫する声が聞こえる。入院していた男は窓から身を投げて死亡しているのだ。
▼入院していた男が交通事故を起こして警察に発見される場面から、時間はそれから2週間ほど逆回しになる。とあるアパートで母親と二人で暮らす主人公の少年オーウェンだ。趣味と言えば天体望遠鏡から近隣の窓を覗くことが趣味だ。ある本で読んでいたら、外国では窓にカーテンをすることが少ないということが書いてあった。そうするとヒッチコックの「裏窓」や「仕立て人の恋」などという映画が存在するのか分かってくる。少年が偶然覗いたのは引っ越して来たばかりの父親と二人で暮らす少女アビーの家だった。
▼オーエンは母親から「遠くにいっちゃダメよ」と念を押されているので遠くには遊びに行けない。雪が積もったアパートの庭のジャングルジムの前でルービック・キューブをいじっていると、アビーがやってきて「何をしているの?」と聞く。オーウェンは「こうやって遊ぶのだよ」と教えてやる。すると少女はロクの教えもしないので見事やりとげて完成させてしまう。だがアピーは「あんたとは友だちにならないよ」と心を素っ気ない。
▼オーウェンは学校で同級生から「女の子」みたいだイジメに遭っているが、どうしたらいいか分からないままだ。そのことを初めてアビーに相談すると、必死に抵抗すれば相手は二度と虐めることはしない、という。でもそれでも虐められたらどうするの?と聞くと。そのときはあたしが力になってあげると告げる。「じゃあ約束だよ」とオーウェンは指をナイフで自分の指を切って傷口と傷口を合わせて「誓いをしよう」、という。
▼するとアビーの目はメラメラと燃え上がって、バンパイアに姿を変えようとする。オーウェンは慌てて「僕と君は友だちじゃないか、変身しちゃダメだ」と叫ぶのでアビーはバンパイアになろうとする気持ちをようやく抑える。今までアビーが心を開こうと思った相手は一人もいなかった。だがオーウェンだけは違って優しくしてくれた。友だちに恵まれず心を開かずにいたアビーはいままでずっと「邪悪」と忌み嫌われてきた。だがオーウェンだけは違っていた。正義と邪悪。そして性差別が混在するオドロオドロとしたバンパイアの話から、最後は朝日が登る出口の見える夜行列車にのような話のラストへと向かって行く。

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August 12, 2011

NHK「原爆投下/活かされなかった極秘情報」(3)

▼まず業務連絡です。19日に予定している、納涼会での件です。欠席通知はきていますが、「参加通知」は来ていません。最終判断は17日に行います。あまり参加者が少ない場合は年末の忘年会に変更します。参加して下さる方は至急ご一報下さい。
▼昨晩偶然ケーブルTVでNHKで制作された「クライマーズ・ハイ」が放送されていた。映画は堤真一が主演していたが、少々甘ったるい作品だった。しかしNHKはギャラは安くてもよくこれだけの俳優を集めることができたという力作だ。それに主演の佐藤浩一は、親友を失ったという悲しみと、日航機事故で残された遺族のことがうまくオーバーラップしていた。それに営業本部長を演じた綿引勝彦の演技は鬼気迫るほどだ。あの日航機ジャンボ事故が起きたとき、わたしは盆休みをすごすために実家に行っていた。そして翌日朝早く中央高速回りで帰宅したが、自衛隊の「災害派遣」と書かれた沢山のジープにすれ違ったことが昨日の出来事のように甦る。
▼NHK「原爆投下/活かされなかった極秘情報」(3)広島に原爆が投下された翌日陸軍幹部はアメリカが「原爆を投下」したという事実を隠し、被害をひじょうに小さく見せようとしていた。一方情報部に勤務していた太田新生産(93歳)はB29がテニアンを離陸した直後、とても大きな危険をはらんでいると感じた。目黒にある自衛隊戦史部に井上中佐の備忘録があることがわかった。参謀本部は5時間前にV675が離陸したこと察知していがが、何も手を打たなかった。本田實さんは紫電改(「改」とはプロトタイプを改良したという意味)に乗って広島上空を飛行していた。B29に体当たりししようとしたが、手前で紫電改で錐もみをして500mも落下して、「もうダメか」と思ったとき、操縦桿を建て直した。その次の瞬間目の前にきのこ雲がグッと上がって来た。次の瞬間目の前から広島が亡くなっているのが見えて驚く。
▼8月9日も午前9時にB29が長崎に接近しているのが分かる。偵察機ボックスカーは最初小倉に向かったが視界が悪かったので長崎に期首を向ける。先の本田實さんは、戦後になって司令部から自分たちに「B29を撃墜せよ」と命令がなかった。それは情報を掴んでいなかったのか不信感を持つ。
▼8月9日ソ連が参戦を決める。梅津陸軍大将(一般には終戦で何もしなかったので「無言の将軍」と揶揄されている)は広島の原爆惨禍は想像以上である。だがこれ以上原爆を落とすことはないだろうと言うバカな発言している。11時02分に長崎に原爆が投下されたがここでは「空襲警報」すら発せられなかった。太田新生さんは自分たちが身を粉にして収集した情報が使われた形跡がないので悔しいと語っている。
▼8月13日に特殊情報部隊に、「すべての情報を燃やせ、そして灰となったものは踏みつぶせ」という命令が来る。参謀本部では、情報を分析して手をうつのではなく、ポツダム宣言を受け入れたら天皇の身分はどうなるか?それよりも参謀である自分たちの身分や戦争責任をどう取らせられるかという論議に終始していたようで、国民の命を守るという観点はまったくなかった。従って特殊情報部の存在すらあってはならず、その痕跡を消すのにやっきとなっていた。この自分の身だけが可愛いというのは、原発事故を巡る保安院や官僚の体質がまったく変わっていない事をうかがわせる。
▼わたしも一応きょうから盆休みです。検索用語を解析していると訳の分からない物がある。一部をご紹介すると、「検見川 蓮廃止 本当?」この本当はかどうかは自分で判断するしかない。「種籾放射能汚染」これは自分で2,3万円を払ってしかるべき研究機関に持ちこめばやってくれる。本来は農水省の仕事だけどね。さらに映画「モールス」の最後のモールス信号は?というのがある。わたしは映画のネタはらしは書かない。ご自分でお金を払って映画を観ていただきたい。

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August 11, 2011

NHK「原爆投下/活かされなかった極秘情報」(2)

Goya811
(今朝収穫した2本目のゴーヤ)
▼昨日の東京は猛暑だったが、わたしは仕事でY駅の近くにある会議室まで出かけた。これは8月のメインイベントで、後はひと息つけそうだ。会議が終わって携帯の着歴を見ると見たことのない番号があった。088なので最初は携帯かと思ったが、よくみる080とは違う。これは9月の仕事の打合せだ。準備する会議室の手順などを打合せする。ご親切に「前泊は必要ないか」とも言われたが、こちらの予定もあったのでお断りする。
▼一昨日の放射能汚染調査は本来、国や自治体が行うべき緊急な課題である。しかしこれはプロジェクトにサンプルを持ちこんだ人達の自己負担でおこなっている筈だ。それも一サンプル1万5千円から、2万円くらいする。それに首都圏でこれほど汚染が検出されており、記者会見までしているのにマスメディアは一切黙殺している。そしてNHKから朝日、政党新聞まで自治体が発表したデータを、嬉々として掲載している。この国はどうかなってしまっている。こういう人達は長生きするよ、まったく。
▼我が家では健康とアレルゲンの理由によってもう10年以上の玄米を食べ続けてきた。しかしここ数日の情報によれば秋に収穫される玄米は汚染が高いと予想されるという。むしろ放射能は白米にしたほうが減少するらしい。家族の一人に「どうするか?」と相談すると、どちらでも構わないという。我が家で購入しているのは生協の東北地方で収穫された玄米だ。鹿児島あたりで収穫したと証明された玄米が手に入ればいいが、それはあまり期待できない。
▼昨日の続き。福島で勤労動員された少年たちは昭和19年当時、ウラン採掘で苦労して現在はまた原発被曝で苦労させられている。余りにも仕事が辛いので、あるとき配属将校がやってきた演説をした。「ここで採掘された石で爆弾を作れば、マッチ箱一つでニューヨークを滅ぼすことができる」と。そして昭和20年になり採掘は中止された。中止の理由とは「自分たちがこれだけやってもウランを採掘できない。ということはアメリカだってウランなど取り出せないだろう」というのが、軍部の屁理屈だった。だがしかし現実にはアメリカは昭和20年7月16日に核爆発の実験に成功していた。
▼桂三郎の日記によれば「アメリカで大型の爆弾の開発に成功した」と書かれている。木越によればその事実を参謀本部が知らない筈はないと言い切る。そして日本の情報部隊は8月6日午前3時に、テニアンからV600のB29エノラゲイが飛び立ったのを傍受している。堀榮三少佐によればそれはワシントン向けの報告電報だったという。
▼搭乗員のガッケンバック少尉はそのB29に原爆投下の「効果」を確かめるべく写真班員として乗っていた。広島司令部に勤務していた岡ヨシエさん(83歳)は頑強な地下壕に入って、B29が豊後水道から西宮、宇部、今治を通過しているのを知っていた。だが最初の一機は気象偵察機であり、それが広島から去ると「空襲警報」は解除されてしまう。だがしばらくして本隊のN675(エノラゲイ)がやってきて、ガッケンバックが乗っていた。そして8時15分に原爆は投下される。岡さんは防空壕で退避していたが、警報が解除されると一般市民や近くにいた女子学生たちは、地上に出た。その瞬間原爆が投下され殆どの女子学生は死亡してしまう。岡さんは救護活動をした時を思い出しながら、「もし情報が正確に伝えられていれば、たった700m離れた場所にいた女子学生は死ななくても済んだのに」と悔しがる。
▼きょうは2枚のメモでこれだけ書いた。メモはまだ6枚残っている。明日に続く。

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August 10, 2011

NHK「原爆投下/活かされなかった極秘情報」を見る。

▼先日某市役所の昼食をご紹介した。ご覧になった方が「自分の役所より、美味しそうだ」とメールを送って下さいました。一言申し上げるとこれは別の日に食べた2つの市役所の昼食です。読者のみなさんが召し上がった社食、弁当などの写真を携帯メールで送って下されば、匿名にてこのブログでご紹介させていただきます。昨晩のNHK「サラリーマンNEO」の名刺交換の場面は傑作でしたね。
▼「いまだに危険な状況下に置かれた福島の子どもたちを救おう!/DVD「子どもたちを放射能から守れ 福島のたたかい」のご購入を!」・予告編(3分52秒)をユーチューブでご覧いただけます。
・価格:1本2000円(税込、上映権付)+送料200円(振込用紙を品物に同封します。郵便局窓口で振り込み手数料120円がかかります。)
▼潮、婦人公論、文藝春秋、ダイヤモンド、新潮、ウェッジ…原発広告漬けのダメ雑誌ランキングこれらの雑誌に反原発の記事が掲載されることは決してありません。宗教系の「潮」がトップに来ている事は意味深です。
▼遅まきながらNHKで再放送された「原爆投下/活かされなかった極秘情報」を見た。先の大戦中日本陸軍には秘密の情報部隊があって、アメリカ軍の無線の解読をしていた。そこでは100日間、24時間体制で米軍のB29が発信するモールス信号を解析していた。本文は解読できなかったが、あるときV400番台、V500番台、V700番台という、コールサインが無線の頭に付けられていることに気づく。それは順番にサイパン、テニアン、グアムに所属しているB29だということが分かる。ある時突然V600番台がでてきた。通常のB29爆撃機は100機200機、単位で移動しているが、このV600は10機ほどしかいなかった。
▼これはノースフィールド空軍基地に所属する第509混成軍団だということが分かる。そこに所属していたパイロット達は行く先は知らされずピンポイント攻撃の訓練だけさせられていた。当時奈良の五条にいた堀榮三少佐が所属していた部隊は「V600番は最早12、3機のしかいない」と参謀本部に報告したがどうなったかわからなかった。昭和18年になって陸軍大臣の東条英機は日本の原爆を造る必要があると航空本部を中心にプロジェクトが作られる。必要なのはウランで当時福島の山間にあるところでウラン採掘を行う。といっても労働力は不足しているので、勤労動員された学生たちが中心になってやるだけだった。しかしアメリカの原爆開発は、科学者を総動員した国家プロジェクトであったのに、こちらは人海戦術で、研究者も400人ほど(これは筆者が知る別の資料による)だった。参謀本部はまだかまだかとハッパをかけるが、見通しはまったくなかった。(本日多忙のため明日に続く)

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August 09, 2011

首都圏の放射能汚染調査結果発表される。

▼明日の会議で講演するためのパワーポイント作りに追われていた。それも約束の正午には送る事ができてホッとひと息ついていた。ところがHPの個別批評もやって欲しいということになった。これは最初順番を付けてくれということだった。ところが問題があって先日出張したおり、夜に参加者と飲んだ時「高いカネを払ってHPを作ってもらっているのに順番など付けられたら、立場がない」という意見が出た。そのことを主催者に伝えると、順番はつけなくてもいいから個別批評にということで落ち着いた。しかし見なければならないHPは約30ほどある。ご存知のようにHPというのは階層になっているからトップページだけ見れば良い訳ではない。その作業をすべく、夢中でディスプレイを夢中になって見つめていたら、いつの間にか夜になっていた。
▼放射能防御プロジェクトの木下黄太さんが中心になって関東地方の放射能汚染状況を、大勢の人の協力を得て、サンプルを採取し専門機関(株)同位体研究所(検査機関))で分析した結果が昨日ご自身のブログで発表された。
放射能防御プロジェクトはこちら。
上記調査結果によると、埼玉県三郷市は計画的避難区域レベルの汚染という非常に深刻な結果がでている。福島県白河地域でさえ、文科省モニタリングでは「100,000~300,000Bq/m2」区域です。三郷市はほぼこの3倍の汚染ということになる。わたしは放射能の専門家ではない。しかし放射能汚染に詳しい人は「土壌がその3倍汚染されている三郷市の住民は地元産の食物を決して口にすべきではありません。全住民を避難させることが困難だとしても、子ども・若い女性は直ちに三郷市から避難すべきだと考えます」と言っている。
▼一方政府は福島の一部の避難準備区域の解除すると言いだした。その理由というのが「福島原発は計画通りに収束しつつある」というものだ。もう水素爆発はしない。(ということは今までに水素爆発はしたのだ)メルトスルーした原発はどうやったら収束するのか、溶けた燃料棒を取り出す技術は世界に存在しないし、そのメドすら立っていない。考えられる事は政府は避難している人に払うカネを出し惜しんでいる。放射能は危険でないからと、罹災者を家に帰してしまえば国は責任は負わなくて済む。そんな困った人間を見すてようとする政府や官僚どもの意図が見え隠れする。

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August 08, 2011

見通し不明のアメリカ国債とA牧場

▼前の日の隣の駅ビルに入っているYカメラで買った、浄水器のフィルター部品が合わなかったので交換に行った。店員さんがいうには「この部品はメーカーに直接申しこんでいただくしかない。」と言って活性炭だけ売ってくれ「これを交換すればいい」という。帰宅してカートリッジを見たが、活性炭を交換できるようなネジがない。それで日曜日に活性炭を持って交換に行く。今回はパンフレットを持参して「これだ」と図示する。
▼すぐ帰宅しようと思っていたらにわか雨が降ってきて、仕方なく駅ビルでフルーツパフェを食べて雨宿りをする。何から西武池袋線では停電してしまって、電車は6時間ほど停まってしまったらしい。西武ロッテとソフトバンク戦を西武球場に見に行って人は帰宅できなかったに違いない。今朝はもうTシャツ短パンで出勤だろう。
▼「愛川欣也パックイン・ジャーナル」ではアメリカ国債の格付けについても触れていた。経済評論家の荻原博子によれば、日本は両親からカネを借りて子どもが生活をしている。ところがアメリカやヨーロッパはサラ金からカネを借りて急場をしのいでいる状態だ、と語っていた。しかし日本の国債は国内で95%が購入されているから、まだマシなのだ、とも。別のある新聞によれば「欧米経済の先行きが不透明なために行き場を失った投機マネーが、円をつり上げている。「がらくた市」でましな品物を物色している現象と同じたとえだ」と書いていたが、その通りだろう。
▼今朝もNHKラジオ「経済展望」で浜矩子がアナウンサーに「何か変わりそうですか?」と質問したのに対して「何も変わりません」と答えていたのはまったく正しい。浜矩子に関してはメルマガ最新号でご紹介した。なんら経済活動を伴わない投機マネーが世界中を駆け巡っている状態では、見通しはかなり暗い。投資ファンドを解体するくらいのことをしないと世界経済は下落する一方だろう。
▼ついてにA牧場のこと。国内にお住まいの方ならばすぐピンとくるだろう。A牧場に関する質問がある質問コーナーにあった。長期プライムレートが2・5%なのに、素人集団のA牧場が3%から4%の配当金を支払える筈がないのだ。更に昨日のあるブログでは「死んだふりかA牧場」と書いている人もいた。栃木県にあるA牧場は、栃木を母体とする「Mの党」という政治家集団の資金源になってたのではないかと指摘している。
▼さらに専門家が指摘している事実は、黒毛和牛は最早「高級でも何でもない」という指摘もある。
▼土曜日に放送された月一度の金子勝の「ニュースにだまされるな!」は医学の専門家が登場して、つっこんた討議があった。一言で言えば被災地の乳幼児はできるだけ早く遠隔地に移動させること。内部被爆は時間がたつと取り返しがつかなくなる。検査をする機械は200~300万円するが、できるだけ多く設置して、全ての食品を検査する。そして低濃度の汚染は大人が食べ、汚染がすくないものは子どもが食べるようにすべきだと話していた。中でも児玉龍彦さんの、「放射能汚染 なぜ拡大したのか」という指摘には聞いているだけで、「早くそうしなければ」という気持ちにさせられる。

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August 07, 2011

日本人にとって「平和」を求める原点はどこにあるのか?

▼休日にも関わらず朝早くからアクセスしてくださってありがとうございます。土日はなるべくおそい時間にアクセスして下さるとブログをアップできている筈です。昨日は午前10時に新聞の映画一覧の部分(朝日で言うと5段抜き)カッターナイフで切り取り、昨日届いた「週刊金曜日」を持って電車に乗った。秋葉原までにどちらに行くか決定しなければならない。大体金曜日の夕刊の映画評で決める時もあるが、金曜日の夕刊にはめぼしい作品は出ていなかった。
▼銀座シネパトスで梶芽衣子の特集をやっている。5日まで「曽根崎心中」を上映していたが残念なことに見逃してしまった。あれはテレビでしか観ていないが、一度スクリーンで見たいと思っていた。
▼さて秋葉原までで決定したのは「週刊金曜日」の批評にもでていた、「モールス」であった。一言で言えばバンパイア映画なのだが、そう言い切れない面もある。何と原題は「Let Me in」で、言わば「わたしを中に入れて」がなぜ日本語のタイトルが「モールス」になってしまうのか不思議だ。しかもモールスは映画の最後の1分間にでてくるだけ。わたしはモールス信号を知っているから最後に少年がどういう合図を送ったか分かる。しかし翻訳には一切でないので、知らない人は分からないまま終わってしまう。
▼映画館はシネマスクエア東急という歌舞伎町の先にある。この映画館には2年ほど前、押井守の「攻殻機動隊」のデジタルリマスターが上映されたときに来ただけだ。映画の内容は後日ご紹介する。映画が終わってから道を間違えて歌舞伎町の真ん中を突っ切ってしまった。そうすると、真っ昼間なのに客引きがかなり大勢声をかけてきて参ってしまった。
▼昨日の朝日別刷り「be」に「ぜひ訪れたい戦争遺跡」という読者が選んだベスト10がでていた。1)ひめゆりの塔、2)広島原爆遺跡、3)長崎原爆遺跡、4)鹿児島の特攻基地群、5)摩文仁の丘周辺(沖縄糸満)、6)広島江田島旧海軍兵学校、7)松代大本営、8)広島呉軍港跡、9)沖縄陸軍病院南風原壕、10)市ヶ谷記念館(陸軍士官学校跡)となっている。わたしはこのうち8ヶ所訪れている。行っていないのは広島の海軍関係だけだ。なぜ呉が記念すべき場所になるのか訳が分からない。多分に投票した人が戦争を懐かしんでいるのではないかという風に感じられる。そしていずれも加害者としての史跡ではなく、日本人が被害者となった場所ばかりである。加害の歴史があるから被害者になる訳で、この辺を正しく歴史を勉強してほしいものだ。
▼メルマガでご紹介した加藤陽子の「満州事変から日中戦争へ」の最初の部分でこう言っている。文学者・吉田健一が「ヨオロッパの人間」のなか言葉である。「戦争とは近親者と別れて戦争に赴くとか、原爆で人間が一時的、暫時死ぬとかということではない。『それは宣戦布告が行われれば、いつ敵が自分の門前に現れるということを当然のこととして覚悟しなければならない。同じく当然のこととして自分の文明が滅びることも当然覚悟のなかに含まれることになる。』(中略)多くの日本人にとって戦争とは、あくまでも故国から遠く離れ場場所で起こる事件になっている」。8月に「平和」をさけぶ多くの日本人はこのことを忘れ去っていると、わたしは思う。

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August 06, 2011

賞味期限が切れたタバコとA牧場のこと。

▼昨日お送りしたメルマガでご案内した、暑気払いの場所です。あのままでは繋がりません。恐れ入りますが「html」までの部分で切り取って、ウェブに張り付けて下さい。
▼2日前の事件だが東京江東区の77歳の煙草屋さんの事件が報道された。それによれば大震災以降たばこの入荷が大幅に遅れてしまった。それで自宅に保管したあった賞味期限切れのたばこを修正ペンで日時を直して、自販機に入れて再び売ったというのだ。そもそもたばこは嗜好品で、賞味期限が切れても腹痛を起こすわけではない。しかもその「手口」というのが、かなり手工業的で、例えば数字の「3」を修正ペンで「8」に直すと言ったもので、一目でわかる。食品や医薬品の産地偽造や日付偽造にくらべると遥かに罪は軽いと思う。微笑ましいくらいの事件だが、そのためかTVや新聞に実名は書かれていなかった。テレビで流されたのは「犯行に使用された」とする1本の100円ホワイト修正ペンだった。タバコの箱も写ったが、指が震えているのか、たどたどしい数字をなぞった跡だった。これならとぼけて修正しないまま自販機に入れてしまえば分からなかったに違いない。滑稽というか、もうこんな事件をわざわざ報道するメディアがバカバカしくなる。
▼数日前からTVで派手にCMを流していた「A牧場」が倒産するらしいという報道がある。わたしはTVのCMを見ていていつも和牛肉さんのCMかと思っていた。しかしこの報道で分かったことは仔牛に投資する会社だったのだ。それに出資させてカネを払うという方式だ。しかしこの数ヶ月出資者に「配当金」が支払われなくなった。それも福島原発の風評被害を口実にしている、という。
▼ある専門家のブログによれば、日本の黒毛和牛はすでに過剰状態なのだそうだ。それなのにそれほど儲かる筈はない。もし倒産すれば業界で最大負債が生じるという。そしていま会社で飼育している牛は一体どうなってしまうのだろう、ブログでは書いていた。銀行利率がマイナスなので、ついうまい話に乗ってしまうのだろう。しかし一種のネズミ講とも言える、いやウシ講か、そんなウマイ話がある筈がない。新聞報道によれば一人で老後のために貯めた1億円を投資した人もいるという。タバコの日付書きかえよりも、こちらよりも「A牧場」の方が遥かに罪は重い。
▼月曜日のテレビ東京で「大人気海外リゾートで月10万円!」という番組があった。お金さえあればリタイアした夫婦がリゾートに滞在するのは楽しいかも知れない。元警察官という夫妻はスペインのリゾートに滞在していた。だが日本の出来事が心配だとしてネットで日本の情報を収集していた。それにどこに登場する人たちも、ろくに現地の言葉をしゃべれない。まるでお客様だ。現地の人にとってみればお金さえ払ってくれれば、上客だという感じがした。
▼その中でニュージーランドの3700mの山の麓にあるホテルで働く、若いご夫婦がいた。夫はネイチャーガイドをやっていて今はホテルで働く。奥さんはここに旅して出会い結婚にこぎ着けた。カメラが行くと夫の散髪をしており、「散髪をしてくれる街まで車で200kmある」という。娘さんは2歳で、すぐ近くに子どもはいない。一番近い家もモンゴル人夫妻で車でいく。もう一人もNY人で車で行く距離だった。日本のおばあちゃんとはスカイプで会話しており、まだトイレがダメだと言っていた。夫妻にとって一番心配は現在の場所で娘を日本人として誇りを高く持ち続けて教育・成長させることができるか考えている最中だと言っていた。たしかに大自然に囲まれた環境は素晴らしいが、人間が成長するためには、現地の人ともコミュニケーションができなければ、誰も生きていく事はできないと思った。

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August 05, 2011

池澤夏樹のコラム「終わりと始まり」の夜明けのように。

▼2日連続でわたしが食べた昼食をご紹介しました。2日に掲載したメニュー天津丼を食べていた時は、その市長さんも来られて、蕎麦かなにかを召し上がっていました。そう、そのまえに湧々さんに偶然お会いして立ち話をしました。あの311地震が発生してから3日間職場に泊まり込んで不測の事態に備えたとおっしゃっていました。湧々さんも福島第一原発爆発にはかなりショックだったようです。今にして見れば菅首相が東日本は全部ダメだと言ったのはあの時点で、彼はかなり正確な情報を掴んでいたからに違いありません。
▼わたしも同様で中学生時代に「文藝春秋」に抄訳が掲載されていた「渚にて」(現在はハヤカワ文庫にある筈)の人類が死に絶える場面が何度も頭をよぎり、暗い気持ちになりました。湧々さんは公共広告機構のCM音楽が流れると気分が悪くなるとのことでした。わたしは福島第一原発の棟屋のデザインが、佐川急便の運搬車と酷似しているのであの車は見ないようにしていました。
▼昨日正午に偶然朝日ニュースターのスイッチを入れたら、被災地のペットなどを写したビデオジャーナリストの神保哲生さんが出演していました。彼に言わせるとこれから問題になるのは、市販されている放射能測定器では検出不可能な「核種」であると指摘していました。CNN解説+福島原発プルトニウム粒子等北米も飛散!ガイガー計測不能。
▼フェアーウィンズのアーニー・ガンダーセン氏の会見です。 福島原発事故:黒い雨で家畜が被曝! 80km圏外へ全員退避すべき!7/19
▼8月2日の朝日に池澤夏樹が「終わりと始まり」という長いコラムを書いていた。彼もまた羽田からモノレールに乗って都心に向かうとき、車窓から一瞬津波で建物が水浸しになったり倒壊している幻想に襲われると書いている。そして今の恐怖はセシウムで、これが体内に入るとカリウムと置換して筋肉に蓄積される。排出されるまで数ヶ月の間放射能を出し続ける、半減期およそ30年だ。
▼関東大震災の時のいちばん深刻な結果を生んだのは朝鮮人が襲ってくるという噂で、吉野作造の調査によれば2663名の人達が殺された。そして今の国家犯罪は原発は安くて安全だと言い続けて来た国家である。池澤は国立近代美術館で開かれていた「パウル・クレー おわらないアトリエ」展に行って、「花ひらく来」という絵を見て「闇の中に咲く木?」と思う。この作品を観て「夜明けの少し前の海のように見えた。やがて日はのぼるだろう」と締めくくっている。一日も早くそうなるために、及ばずながら自分の力を出したいと思う。

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August 04, 2011

◇「おじいさんと草原の小学校」(2)

Teishoku2
(3日別の某市役所の食堂で食べた「定食」名称不明)
▼前日の天気予報では昼間は雨が降らないと言っていたが、移動中3度も降られてかなり濡れてしまった。夏だからいいようなもの、冬だったら風邪を引いていたかも知れない。
▼今朝の朝日1面に「軍律保持に宗教動員」という記事が出ている。2日連続して書いた「白熱授業イン広島」ではないが、戦争をする側は自国の兵士に「自分がやっていることは、常に正義である」と信じ込ませないと、敵は殺せない。紹介されているのは米空軍の将校用テキストだ。アメリカの行う戦争は宗教的にも、核使用も正当化されることを軍人に印象づけようとしている。つまり「社会的正義の倫理観」だけでは、アメリカの行う戦争を正当化できないので、宗教まで持ち出していたという恐ろしい話だ。
▼もうかれこれ30年ほど前にテレビで観た「まぼろしの第四帝国」というモノクロ映画があったた。ネットで探しても見つからないが、アメリカが独裁国家になってしまう。情報部にいる主人公が、それに抵抗を試みるが仲間は次々殺害される。最後は情報部にいる女性と恋人同士をよそおって反撃しようとするが上手くいかない。最後にジーン・ハックマン演じる牧師が銃を持って立ち上がる、という話だった。ハックマンの経歴を見てもlこの映画は出て来ないが、とても良い映画だった。独裁国家にたいして正義に目覚める宗教者もいれば、上記のテキストに協力する従軍牧師も存在する。昨日取材でお目にかかったのは宗教者として反原発運動のたつルーテル教会の牧師さんだった。
さて◇「おじいさんと草原の小学校」の続きだ。マルケは若い頃マウマウ団に入って抵抗運動をしていたことは書いた通りである。団を抜けろ、仲間の名前を吐けとイギリス軍は彼らを逮捕して強制収容所で逆さ釣りにして殴る蹴る。刃物で背中を傷をつけるなど、もう小林多喜二の小説の世界と同じだ。CNNで放送されたころから、小さな村の小学校には世界中の特派員が押し寄せる。
▼また政府も自立したケニアをアピールする好機だととらえて、役人たちが大勢視察にやってくる。その随員の一人が校長に「記者にカネを貰っているのだろう。分け前を寄こせ」と脅す。さらに校長は夫が中央政府に単身赴任しているので「夜は一人だろう」と彼女の携帯に脅しのメッセージを送る。さらに首都にいる夫には「妻は夜な夜な遊び歩いて、浮気をしている」と卑劣なデマを吹き込む。村人もまたそのデマに扇動され、「カネを貰っている」と学校に押し寄せる。ついに教育委員会は校長を遠隔地に転勤させる辞令を出す。そしてマルケには成人学校に行くように勧告されるが、学校は有料で教える内容はさっぱり理解できない。
▼子どもたちに別れを告げ200kmも離れた場所に転任していく。新しい女性教師がやってくるが、彼女は古い三菱コルトに乗っていた。しかし新任教師が学校に近づくと、生徒達は学校にあった道具や食器を投げつけてる。その抵抗が余りにも激しいので逃げ去っていく。そして再び元校長は生徒の歓呼の声に迎えられて帰って来る。マルケは校長の助手ということで授業を受けることが認められる。ある日「難しくて読めない文書」がマルケの自宅に届き、校長に読んで欲しいと持参する。そこにはマルケが過去に独立運動に参加していたため、強制収容所に入っていた事実を認め、それを謝罪する。さらに政府が賠償金を払う」と書かれていた。こうしてマルケの長年の労苦は認められることになる。
▼しかしなぜアフリカで英語を学ばなければならないのだ、という疑問は「週刊金曜日」の映画評にも出ていた。良く考えてみるとケニアは多数の民族が住んでおり、どの言語をを採用するにしても、再び諍いが起きてしまう。そこで英語を共通語にするのが一番公平だと考えられたのだろう。岩波ホールで公開中。

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August 03, 2011

NHK教育TV「白熱授業/広島」(後編)を見る。

Teisindon
(2日某市役所で食べたB定食、天津丼)
▼今朝の朝日で評論家の森永卓郎が「断捨離などするな」とインタビューで答えている。猥雑な方が豊かな発想が生まれる。断捨離がいいというのはこのデフレが進む中で経営者が「すぐ首を斬りたい環境をつくろう」としていると指摘する。わたしは使いもしないももの沢山持っていても仕方ない、と書いているだけだ。何をどうコレクションしようと本人の勝手である。ただ当人が死亡した場合それは家族にとって邪魔なゴミになる。それを高いカネを足して引き取って貰うより、事前に処分した方がいいというだけのことだ。
▼昨日久しぶりにメールを下さった方が、「どこかの映画館でわたしを見かけた人がいる」だが映画が終わったらもう姿がなかったので、余程急いでいるのだろう。健康そうで良かったという意味のことを書いていた。わたしは映画は常に1人で観に行っているので、見かけたら声をかけてほしいものだ。コーヒーや場合によっては食事をする時間くらいはある。わたしが行く映画館は小さい映画館が多いので、それはおそらく土曜日の岩波ホールではなかっただろうか?この映画館の椅子は硬くて小さく、映画鑑賞の環境としてはかなり悪い。
▼昨日の歩数は1万6千歩だった。それもちんたら歩いた訳ではなく、全部速歩だったから極めて調子がいい。今朝のネットではあの評論家の櫻井よしこが「原発を止めたら核兵器を作る技術がなくなってしまう」と発言していたとあった。爆発事故でも収集がつなかいのに、核兵器を持っている事を口実に攻撃されたら人間はもう生存不可能になる。この人は一体何を考えているのだろう。
▼「白熱授業イン広島②」日曜日の同番組をご覧になっただろうか?2人の詩人が紹介されたが、その一人栗原貞子さんは「一人の死を無視するものが、数の多さをたてに告発することが許されるのか」と言う。そして平和とは一人ひとりの死を掘り起こすことが大切であると会場の被爆者も訴える。川本教授は石原さんの詩を引き合いに出し、苦しみや困難をひとまとめにしてはならないという。
▼ここからが大切で誤解を恐れずに言うならば、唯一の被爆国というくくり方は間違っている。被爆者には様々な国籍の人がいたがそれが見えていない。①一人ひとりの個人とつながりから告発する。②語りながら調べる。③部分的な合意をもって探り積み上げる。
▼今までの原水爆禁止運動は原子力を平和利用すれば許されるという考え方があった。これはわたしがはっきり言うと一つの運動では「反原発」を言い続けて来た。しかしもう一方は、容認して今年初めて「反原発」と言いだした。つまり二つの目標を併存させて来た誤りを指摘しなければならない、と川本教授は言う。今までの平和運動では「こちらの言う事が正しいからついて来い」というのがあったがこれは学問ではなく、政治家の発言と同じだ。
▼最後に元祖「白熱授業」のマイケル・サンデル教授がビデオレターで登場した。率直に言えば今の世界は民主主義は苦悩している。とにかく経済優先で正義とは何かが論議されて来なかった。日本の皆さんに期待したいことは今こそ、日本に起きている困難を解決する道筋が、世界の民主主義を作る手本になるかも知れないということだ。これは3分ほどの音声ファイルがあります。ご希望の方にはトップページメルマガ申込みフォーマットにご記入の上申しこんでいただければ、添付ファイルでお送りします。サンデル教授の強烈なメッセージを聞けば、きっと元気になるでしょう。

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August 02, 2011

◇「おじいさんと草原の小学校」を見る(1)

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▼来週後半大事な仕事を控えている。その準備に時間を割かなければならないのだが、そんな時に限って別の仕事が次々押し寄せて来る。今朝の仕事は2週間前に決まっていた。ところが明日の取材は急に飛び込んで来た。取材対象は牧師さんで、「12日か、3日ならば都合が良いが、12日は絶対ではない。あと今月中は時間が取れない」、とおっしゃる。そうなると無理してでも3日にお願いするしかない。
▼日曜日の朝日に掲載された「小学校で習った漢字」という本のCMがあった。一例をご紹介すると「正しく読めますか?」には「水馬、音呼、飛白、小半、木通、徒花」というのがあった。簡単に解けますか?には□に共通して入る漢字は?で①□情・□化・□車。②□利、□場、□金、だ。一番難しかったのは□に漢字一字入れると二時熟語ができる、というのだった。上記写真がそれだが、下のを解くのに2日もかかってしまった。本当に小学生はこんな漢字を習っているのだろうか?
◇「おじいさんと草原の小学校」ケニアは長い間イギリスに支配されていた。その後独立を果たすが、民族が多かったために諍いがたえなかった。抵抗運動をしていたのは主人公の老人マルゲの参加していたマウマウ団である。彼らはイギリスに自分の土地を取り上げられ、土地の返還を求めて抵抗する。そのマウマウ団に入る時、「仲間を決して裏切らない」という誓いを建てるのだ。ところがイギリスの支配者は「誓い」を破れと男たちに迫る。マルゲには愛妻と生まれて間もない子どもがいたが、それを拒否すると目の前で2人を拳銃で射殺してしまう。
▼ケニア人による統治が始まり、「教育を受けたい国民は誰でも無償で受けられる」と政府の公示がだされる。ある村には教師2人による小学校が開かれ、制服を着用し、鉛筆とノートさえ持ってくれば子どもたちは誰でも勉強することができる。ところが先の老人はもう84歳になっているのに、抵抗運動に参加していたため読み書きができないまま80歳を過ぎてしまった。そこで小学校にやってきて授業を受けたいと訴える。女性校長は一度は「将来を担う子どもたちを教育する事を優先するからダメだ」と断る。
▼ところがマルゲは制服を着て鉛筆とノートを持って学校の外にやって来るので校長は授業を受けることを認める。文字を覚えることはこんなに楽しかったのかと思う。しかしマルゲの授業を受けることは、村の人達に嫉妬を呼ぶことになる。つまり村の母親たちは自分の子どもの教育に力を割いて欲しいのに、校長はマルゲだけに肩入れするというのだ。さらにマスメディアに取り上げられたり、海外メディアで中継されたりするので、マルゲや校長はカネを貰っているのではないか、という疑惑を呼ぶ。(以下忙しいので明日に続く)

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August 01, 2011

やがて食器も家具も2脚で間に合う生活に

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(8月1日朝収穫)
▼ご覧のようにゴーヤは色づいてきたので17cmで収穫した。昨日のニュースでは四国の松山市屋島で栃木の鹿沼の腐葉土を買ったが、そこから大量のセシウムが検出されたという。市では、独自のセシウムの安全基準がないから待って欲しいと言っているらしい。同じ鹿沼の腐葉土を買ったMさんはどうするのだろうか?
▼女優の高峰秀子が約20年ほど前の朝日新聞にエッセイを書いていた。もう夫婦ふたりきりで人も来ないので生活を縮小しよう。食器も家具の椅子もすべて2つにして捨ててしまったという。そして最後は世界文学全集を背負って船から飛び降りる、と締めくくっていた。わたしはその切りぬきをしばらく持っていたが、今は行方不明である。彼女のエッセイをネタにした話は作家の出久根達郎が書いた『本のお口よごしですが』の中で紹介されている。ただ彼は新聞の切りぬきが手許になかったのか引用を間違っていた。わたしは出久根の本を読んだとき、それを指摘すべく手紙を出したが返事もなくその後訂正もでなかった。おそらくそのエッセイは「高峰秀子の捨てられない荷物」文春文庫:斎藤明美著の中にはいっている筈だ。
▼わたしもまたモノを整理する時期に入っている。新しいモノは買わない。同じ物が2つ以上ある場合は1つに絞る。読まない本やCDは売り払う、等である。最近ふと余計なクレジットカードがあることに気づいた。カード会社に電話すると2枚は期限が更新されていないので、すでに無効になっていた。1枚は簡単に解約出来たのでハサミで切り捨てた。
▼いつか使うと思っているものは結局使わないまま場所を占領してるだけだ。先の震災でもみなさん大切にしているのは思い出が詰まっている写真類のようだ。しかしいざとなったらアルバムなど持って逃げられない。NHKの番組を見ていたら、あの震災以降小さなアルミの防水バッグが売れているという。番組に登場したある人物のバッグの中には印鑑と通帳、それに写真を焼いて入れたと思われるDVDが一枚入っていた。
▼だが実際の震災が起きたとき、金庫すら持ち運べなかった。実際現地の警察では流された企業の大型金庫が多数預けられている。いざとなったら身体一つで逃げるしかない。モノにこだわるとモノで命を落とすことになる。棺の中には火葬場の指示で雑誌一冊すら入れてもらえない。せいぜい写真が数枚である。みなさんもこの辺でモノにこだわる生活から切り替えてみてはいかがでしょうか?例えば本を沢山持っている。CDを沢山持っているということは、一瞬凄いと思う。しかしその人の日常の行動を見ていると、「ああこの人は、モノをたくさん持っているだけで何も理解していないな」ということは、会話をすれば5分くらいですぐ分かるのだから。
▼昨日の朝日トップ記事「原発攻撃極秘に予測」というスクープは凄い内容だった。外務省はアメリカのデータを日本に当てはめて1984年に「テロリストから原発が攻撃を受けた最悪の場合」というシュミレーションだ。それにば緊急避難をしなければ、平均3600人。最大1万8千人の死者がでると予測していた。しかし政府は反対運動を恐れてそれを公表しなかった。

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