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August 01, 2011

やがて食器も家具も2脚で間に合う生活に

Goya02
(8月1日朝収穫)
▼ご覧のようにゴーヤは色づいてきたので17cmで収穫した。昨日のニュースでは四国の松山市屋島で栃木の鹿沼の腐葉土を買ったが、そこから大量のセシウムが検出されたという。市では、独自のセシウムの安全基準がないから待って欲しいと言っているらしい。同じ鹿沼の腐葉土を買ったMさんはどうするのだろうか?
▼女優の高峰秀子が約20年ほど前の朝日新聞にエッセイを書いていた。もう夫婦ふたりきりで人も来ないので生活を縮小しよう。食器も家具の椅子もすべて2つにして捨ててしまったという。そして最後は世界文学全集を背負って船から飛び降りる、と締めくくっていた。わたしはその切りぬきをしばらく持っていたが、今は行方不明である。彼女のエッセイをネタにした話は作家の出久根達郎が書いた『本のお口よごしですが』の中で紹介されている。ただ彼は新聞の切りぬきが手許になかったのか引用を間違っていた。わたしは出久根の本を読んだとき、それを指摘すべく手紙を出したが返事もなくその後訂正もでなかった。おそらくそのエッセイは「高峰秀子の捨てられない荷物」文春文庫:斎藤明美著の中にはいっている筈だ。
▼わたしもまたモノを整理する時期に入っている。新しいモノは買わない。同じ物が2つ以上ある場合は1つに絞る。読まない本やCDは売り払う、等である。最近ふと余計なクレジットカードがあることに気づいた。カード会社に電話すると2枚は期限が更新されていないので、すでに無効になっていた。1枚は簡単に解約出来たのでハサミで切り捨てた。
▼いつか使うと思っているものは結局使わないまま場所を占領してるだけだ。先の震災でもみなさん大切にしているのは思い出が詰まっている写真類のようだ。しかしいざとなったらアルバムなど持って逃げられない。NHKの番組を見ていたら、あの震災以降小さなアルミの防水バッグが売れているという。番組に登場したある人物のバッグの中には印鑑と通帳、それに写真を焼いて入れたと思われるDVDが一枚入っていた。
▼だが実際の震災が起きたとき、金庫すら持ち運べなかった。実際現地の警察では流された企業の大型金庫が多数預けられている。いざとなったら身体一つで逃げるしかない。モノにこだわるとモノで命を落とすことになる。棺の中には火葬場の指示で雑誌一冊すら入れてもらえない。せいぜい写真が数枚である。みなさんもこの辺でモノにこだわる生活から切り替えてみてはいかがでしょうか?例えば本を沢山持っている。CDを沢山持っているということは、一瞬凄いと思う。しかしその人の日常の行動を見ていると、「ああこの人は、モノをたくさん持っているだけで何も理解していないな」ということは、会話をすれば5分くらいですぐ分かるのだから。
▼昨日の朝日トップ記事「原発攻撃極秘に予測」というスクープは凄い内容だった。外務省はアメリカのデータを日本に当てはめて1984年に「テロリストから原発が攻撃を受けた最悪の場合」というシュミレーションだ。それにば緊急避難をしなければ、平均3600人。最大1万8千人の死者がでると予測していた。しかし政府は反対運動を恐れてそれを公表しなかった。

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