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August 29, 2011

「96歳のジャーナリストむのたけじ」(3)

▼昨日ブログを書き上げた後からパソコンの動きが悪くなった。症状はウィンドウズは立ち上がるが、それ以降の作業がまったくできない。2時間ほどあれこれ考えたがどうも分からない。疲れた時にパソコンのメインテナンスをすると決まって、HDDのフォーマットをしたりするミスを過去にやっている。そこで月曜日(今朝)午前中納品の仕事があるので、それを完成させようと考えた。急ぎの仕事を納品してしまえば、あとは秋葉原のメーカーに修理に持ちこめばいい。データは常に外付けのHDDにバックアップしてあるから心配はない。そんなことをしているうちに、無線マウスの電池切れが原因であることが分かった。テスターで計ると1・5Vしかなかった。貧乏なのだからこんな時にパソコンを買い替えなければならないなんて困る。よしよし。
▼と思っていたら日曜日に校正をしている新聞の編集長からSOSが発せられた。詳細は言えないが、助けて欲しいという主旨だった。わたしは1時間待ってくれれば、何とかするからと答えて原稿を書き上げ、添付すべき写真を3枚送った。そして夜になって本番の校正が送られて来た。そんな訳で一日中パソkンの前から離れることはできなかった。
▼NHK「96歳のジャーナリストむのたけじ」(3)平和な世の中をつくろうと思うなら、戦争をやらせないことである。軍隊というところはそもそも命令で人を動かすところである。その命令と復唱を一般社会のなかまでやらせる。それが家庭のなかまで延長するから家族の関係もギクシャクしてしまう。戦争になると前の戦争のときに隣組制度というものがあり、相互扶助のための制度がお互いの監視装置になってしまった。それによって人と人の関係が失われ、ホンネの話が少なくなる。
▼自分は3月10日の東京大空襲の後を見て回ったが、民間人が大勢焼け死んでいるという、余りにも酷い様子を見て茫然自失状態になってしまった。それなのに参謀本部は「被害は軽度である」とにせの情報を流し続けていた。なぜ放送局がそうなってしまうかというと、憲兵が放送局に乗り込んで来て命令するのではない。放送局側が「こんな放送をしてはまずい」と自主規制してしまうことが一番問題である。2人ならば会話でホンネを話しても決して外部に漏れることはない。しかし3人になると外に漏れる可能性が増えるので建前だけの話になり、ホンネの会話がなくなってしまう。ポツダム宣言で連合国側から「無条件敗北勧告」をされたときも、12日から14日にかけて、その場合天皇の地位はどうなるのかで御前会議や政府内部で「どう対応するか」と論議していたため、いたずらに被害者を増やす結果になってしまった。そして結局「ケジメをつけるには辞めるしかない」ということになった。そして最後まで民衆に本当のことが伝えられないまま戦争は終わった。
▼むのは当時浦和に住んでいたが、戦争終わる事がはっきりした段階の14日から、自分は再び戦争に協力して筆を持ちたくないとして、朝日新聞社には出社しない覚悟を決めた。自分のこれからの役目は「書いて伝える」ことに命をかけようと思った。当時3歳の娘がいたが、疫痢になったが貧しくて助けることができず死なせてしまった。そのときペニシリンさえあれば娘の命を助けることができたのだが、それが手に入らなかった。娘のゆかりは「茶色の液体」を口から吐きながら「おててつないで」の童謡を口ずさみながら死んでいった。(以下明日に続く)
▼一昨日のチャップリンの出演した映画は湧々さんから正しいタイトルをご指摘いただきました。昨日のポランスキーが「淫行容疑」で留置されているのはスイスであると、てんぐささんからご指摘いただき訂正しました。おかげさまで昨夕に一日平均アクセス数は100を突破しました。これも全国、遠方では南米からも毎日アクセスして下さるみなさんのおかげだと深く感謝しております。今後ともブログのご愛読をよろしくお願い致します。

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