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August 11, 2011

NHK「原爆投下/活かされなかった極秘情報」(2)

Goya811
(今朝収穫した2本目のゴーヤ)
▼昨日の東京は猛暑だったが、わたしは仕事でY駅の近くにある会議室まで出かけた。これは8月のメインイベントで、後はひと息つけそうだ。会議が終わって携帯の着歴を見ると見たことのない番号があった。088なので最初は携帯かと思ったが、よくみる080とは違う。これは9月の仕事の打合せだ。準備する会議室の手順などを打合せする。ご親切に「前泊は必要ないか」とも言われたが、こちらの予定もあったのでお断りする。
▼一昨日の放射能汚染調査は本来、国や自治体が行うべき緊急な課題である。しかしこれはプロジェクトにサンプルを持ちこんだ人達の自己負担でおこなっている筈だ。それも一サンプル1万5千円から、2万円くらいする。それに首都圏でこれほど汚染が検出されており、記者会見までしているのにマスメディアは一切黙殺している。そしてNHKから朝日、政党新聞まで自治体が発表したデータを、嬉々として掲載している。この国はどうかなってしまっている。こういう人達は長生きするよ、まったく。
▼我が家では健康とアレルゲンの理由によってもう10年以上の玄米を食べ続けてきた。しかしここ数日の情報によれば秋に収穫される玄米は汚染が高いと予想されるという。むしろ放射能は白米にしたほうが減少するらしい。家族の一人に「どうするか?」と相談すると、どちらでも構わないという。我が家で購入しているのは生協の東北地方で収穫された玄米だ。鹿児島あたりで収穫したと証明された玄米が手に入ればいいが、それはあまり期待できない。
▼昨日の続き。福島で勤労動員された少年たちは昭和19年当時、ウラン採掘で苦労して現在はまた原発被曝で苦労させられている。余りにも仕事が辛いので、あるとき配属将校がやってきた演説をした。「ここで採掘された石で爆弾を作れば、マッチ箱一つでニューヨークを滅ぼすことができる」と。そして昭和20年になり採掘は中止された。中止の理由とは「自分たちがこれだけやってもウランを採掘できない。ということはアメリカだってウランなど取り出せないだろう」というのが、軍部の屁理屈だった。だがしかし現実にはアメリカは昭和20年7月16日に核爆発の実験に成功していた。
▼桂三郎の日記によれば「アメリカで大型の爆弾の開発に成功した」と書かれている。木越によればその事実を参謀本部が知らない筈はないと言い切る。そして日本の情報部隊は8月6日午前3時に、テニアンからV600のB29エノラゲイが飛び立ったのを傍受している。堀榮三少佐によればそれはワシントン向けの報告電報だったという。
▼搭乗員のガッケンバック少尉はそのB29に原爆投下の「効果」を確かめるべく写真班員として乗っていた。広島司令部に勤務していた岡ヨシエさん(83歳)は頑強な地下壕に入って、B29が豊後水道から西宮、宇部、今治を通過しているのを知っていた。だが最初の一機は気象偵察機であり、それが広島から去ると「空襲警報」は解除されてしまう。だがしばらくして本隊のN675(エノラゲイ)がやってきて、ガッケンバックが乗っていた。そして8時15分に原爆は投下される。岡さんは防空壕で退避していたが、警報が解除されると一般市民や近くにいた女子学生たちは、地上に出た。その瞬間原爆が投下され殆どの女子学生は死亡してしまう。岡さんは救護活動をした時を思い出しながら、「もし情報が正確に伝えられていれば、たった700m離れた場所にいた女子学生は死ななくても済んだのに」と悔しがる。
▼きょうは2枚のメモでこれだけ書いた。メモはまだ6枚残っている。明日に続く。

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