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August 30, 2011

「96歳のジャーナリストむのたけじ」(4)最終回

Tree829
▼午前中様々な電話が錯綜してその対応で終わって外出はできなかった。その一つに「スカイツリーの写真を撮って送って欲しい」というものがあった。毎日それほど気合いを入れてツリーの写真を撮っている訳ではない。「1時間待って」と言って写真を撮って2枚セレクトして送った。(上の写真はその一枚)
▼日曜日ETV(旧NHK教育テレビ)で午後10時から「ネットワークで作る放射能汚染地図3」が放送された。この日は二本松市の対応が中心だった。二本松はホットスポットが散在する。地域での放射線測定すると2.57マイクロSvもある。土壌分析、予想外に深刻な汚染判明する。市長は本当は国がやるべきだとしながら市内をメッシュにして全域調査を実施する。二人の市民は稲毛の放医研にも来るが、ボディカウンターで計測した結果をこの役所はきちんと本人に伝えない。簡易型ホールボディカウンターを市内に持ちこんで子どもや大人を体内被曝をチェックする。
▼二本松の汚染マップづくりを続けているのは獨協医科大学準教授の木村真三さんと元理化学研究所の岡野愼さんだ。とくに木村さんはすごい学者だと思った。町を歩いていると若い女性から「あと何年したら髪の毛が抜けてしまうんでしょう」と聞かれる。木村は「そうならないようにどうしたらいいか調査をしている」と答える。ある一軒の農家は屋内でもか2マイクロSv以上とかなり高い。外を計測して屋根と裏の築山が影響をしていると考えて、市役所の職員と一緒に屋根の登って除洗作業をする。山口さんのとび職の様な格好があまりにも板に付いているので、NHKのカメラマンが冷やかすと、「昔食えなかったときペンキ作業員をしていた」と受け答えする。ほぼ一日屋根に登ったり雨樋の詰まっている汚物を取り除いたり。庭の表土を5cm削る懸命の作業をした結果、測定値は除洗する前の半分に下がった。だが除洗した土はそのお宅の休耕田にブルーシートをかけて保存するだけ。でも学者もこうやって身体を張って研究、作業に従事するからみんなに信頼されるのだと思った。
▼腹が立つ事と言えば、民主党の代表選などではない。NHKのニュースで安愚楽牧場の詐欺事件を報道する前振りで必ず「福島原発の事故の風評被害で牛が売れなくなって倒産した安愚楽牧場」と言うことだ。安愚楽は、牛肉の専門家の間では1年ほど前から「危ない」と言われて来た。それに高額な配当金をちらつかせた詐欺の確信犯なのだ。どうした悪辣な5000億円もの被害者がいる詐欺会社の肩をもつのかNHKのスタンスに大いに疑問を持つ。
▼「96歳のジャーナリストむのたけじ」(4)そのまま出勤せず朝日を退職してふる里の横手に帰って農協の組合長と「ここで働くつもり」だと土手で話をする。そして「減反などクソ食らえ」という気持ちになる。今は視力は衰えているが、長男が代わって読んでくれるので世の中の動きは分かっている。「たいまつ」は30年間で780号発行した。3年間は闇の中を手探りで進んでいた。だから無収入で妻はいつも質屋通いをしていた。アメリカの占領政策に反対して2・1ゼネストをしようとしたことがあったが、労組の指導者はマッカーサーの指令で中止せざるをえなくなった。このストの直前の日本は真っ暗だったので、この黒い闇を照らすという意味で新聞に「たいまつ」という名前を付けた。京都に王朝があったときから東北地方は日本の植民地であった。これを何とかしたいという気持ちはあった。
▼そこで小さな新聞で地方から発信しようと思った。ジャーナリズムは地域から出発しなければならない。自分を大切にしなければ他人を大切に出来ないとも考える。人間は愚かだから必死に生きようとしない。ひたむきに自分の生活に自分で責任を負う姿勢が大事だ。戦後失った大切なものは何か?中教審では人間を機械のように考えて、人物資源の開発などと言っているのは間違いである。これが人間の命を大切にしない世の中にしてしまった。その後減反政策を進め、小麦を買い入れる様な国にしてしまった。日本を貿易立国にしてしまったので、カネ優先で真面目に働くのがバカらしい国にしてしまった。それはとりもなおさず、使い捨ては美徳だという思想である。
▼今地元で大切にしているのは、若者と向き合う時間を大切にしている。若者と話していると、むのさんはお説教ではなく、対等に接してくれると言われる。いま94歳の自分の先は長くない。しかし若い青年に希望を託している。人間にとって最も大切なのは敬う心だと思う。世の中に見えるのは、みんなの喜びをみんなで作ることだ。希望は経験の中にこそある。自分も今まで色々試行錯誤をしてやってきたことがすべてうまくいったわけではない。だが、「やったこと」としては残る。
▼戦争はなくならないのか?という有働アナの問いに、核をもっていてももし使ったら地球が滅びてしまうから現実には使えない。核をもっている方が怯えているのが現在である。本当は核を保管するのがかなり大変で面倒だから、保有している国は無力化したいのだろうが出来ないのが現実だ。いままでは核を保有している国だけが仲良くして来たが、日本のようにいつか持ちたいという国が増えてきているので、保有国はそれらの国とも仲良くして行かなければならくなった。言いたい事を言い、発言に責任を持つような世の中にして行きたい。人間が人間として普通な感覚を持って物を考える。2050年までに国境のない、病気がない、貧乏がない、そして戦争のない世界にしたい。
▼いつまでもこのテーマだけ書いている訳にはいかないので、今日で終わりにする。夕べ友人(男性)からのお誘いメールを頂いたので、CIAの手先とか散々文句を言ってきたフェイスブックを始めました。興味のある方はご連絡下さい。わたしの本名をご存知の方はそれで検索していただければ見つかる筈です。ただしわたしはフェイスブックをあまり夢中にやるつもりはありません。つき合い程度です。

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