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September 09, 2011

ドイツZDFで放送された福島の野菜生産農家の告発

▼昨日は友人がお茶の水で陶芸作品の展示会を開いているので、出かけた。知り合ってからかれこれ30年くらいになるだろうか?いまは年賀状の交換だけだ。学年はわたしと同じで50歳の時に自分らしい生き方を模索して生きて来た。わたしの場合は49歳で自分の生き方をこうしようとして生きて来たつもりだ。定年になって「時間ができたから、さあ」と言っても誰も見向きもしてくれない。40代から助走していないと…。小一時間話をしたがやはり健康のことが中心になる。彼の友人も30年間米を炊くのにもミネラルウォーターを使うなど人一倍注意して来たが、コロッと死んでしまったという。生きているうちに好きな物を飲みくいしておいた方がいい、ということになった。彼は一日1時間半歩いている。
▼朝日の朝刊によれば原発事故後の6月と7月に首都圏から東海、関西方面に移住した人が4千人いるという。赤ちゃんなど小さなお子さんがいる家庭では、政府や文科省の数値などを信用していない。毎夕NHKTVで発表される数字は相も変わらず、数値の低い場所だけを選んで発表する。画面を見ている限り何の数値なのかまったく分からない。
▼今朝のある新聞のコラムにでていた、ドイツのZDF放送局の番組とはこちらである。
▼今朝の朝日29面で立命館名誉教授の安斎育郎さんは「食品汚染どう向き合う」で、自分のような放射線関係の仕事をしている人は日本に数千人いる筈である。病院の放射線科、大学の放射性関係の研究室、専門機関などがもっている機器や人材の一部を提供できるはずだ。こうした人々が社会のために尽力する必要がある。ここ1年、特に季節が一巡する来年の春くらいまで測定を続ければ、汚染の傾向がつかめる」と主張している。
日本では放送できない 報道できない 震災の裏側。かなりショッキングな静止画像もありますので、ご注意ください。
▼8日夜10時からNHKで「家族は放射能の向こうに」というドキュメンタリーを見た。大熊町に住む井上さん一家の話だ。木村さんは事故後1ヶ月たっても家族の安否が確認できなかった。行方不明になったのは妻、次女、それに父親の3人だ。しかし遺体を探したくても放射能レベルが高くて立ち入りは禁止されていた。
Tirasi
「行方不明の家族を捜す井上さんのチラシ」
▼まず飼い犬のベルが倒壊した家の前でずぶぬれだったのを発見した。妻が、会社の同僚に「犬の鎖をはずしに行く」と言い残していたという。木村さんは「だれかが鎖をはずしたってことじゃないですか?」と妻が犬を助けにいって津波に巻き込まれたことを示唆する。一ヶ月半後自衛隊によってようやく遺体を含めての調査が開始された。そこでは妻が持っていたルイビトンのポーチが発見される。さらに写真なども発見されるが、放射能汚染レベルが高くて持ち出せない。何度も水洗してようやく数枚だけ持ち出す。
▼そして父親の遺体が発見されるが、身元は携帯電話とストラップでしか判断できない。しばらくかかってDNA検査をしてようやく父親の身元が判定される。木村さんはワンボックスカーを駆って妻の実家に帰る。「この車は妻の嫁入りの持参金で買ったので、遺産のようなもので、思い出が詰まっているので、もう廃車にすることもできないですよね」しみじみと語る。
▼いまだに次女の遺体は発見できないままだ。井上さんは「原子力なんてなくたって、家族に会えればそれで十分だ」という。そして長女は「お嫁さんになっても原発のあるところには行かないよ」とつぶらな目で母親の家族と話す。昨日のブログに関連写真を入れました。

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