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September 15, 2011

足摺岬を目指して中村からバスに乗る。

Asizuri2
(足摺岬公園の入り口、大きな写真はトップページにあり)
▼中央公民館で幸徳秋水の死刑から100周年の事業とし10日から特別展示が行われてていた。出かける前に展示を見学する。小さい頃から神童と言われた彼は早熟で、幼い頃から漢詩を作り始めたという。彼の焦眉の活躍はやはり萬朝報を辞職してから、日露戦争に対する論陣を張ったことだろう。たまたま「爆弾の作り方を誰かに聞いた」いう話がでっち上げ事件として「大逆事件」となる。おそらく権力者は彼の「反戦」の動きが国民を間に広がる事を恐れて、国民を萎縮させる為に大量の死刑を行ったと推測できる。展示をっみて遅まきながら中江兆民や板垣退助も、高知出身だと知った。
▼中村駅前から足摺岬行きのバスは出ていた。足摺にいくにはこのバスに2時間乗っていくしかない。始発から終点まで乗ったのは3人だけだった。バスが少し動き出してから、停留所にぽつんと座っている老人に運手手さんは声をかける。話は土佐清水の病院にいくためにこの昔のバス停で待っているという。運転手さんは念を押して、清水に行くバスはこれしかない。そっちで待っていると2時間後なるからと乗せて出発する。途中乗り降りするのは病院に通院するお年寄りばかりである。運転手さんはみなさんと顔見知りであるらしく、「今日はどこの病院か」とか「墓参りか」とか会話をしながら運転していく。さらに海が美しく見える場所ではわざわざバスを停めて「写真を撮ったら」と勧めて下さった。バスにはトイレも付いているが、途中ご自分の弁当を買うために大きなスーパーの前では5分のトイレ休憩をしてくれた。
Unomisaki
(「鵜の岬」の絶景、運転手さんが撮影のためにわざわざバスを停めてくれた)
▼目的地の足摺岬についてはメルマガの2ヵ月前の号でご紹介したように、事前学習をした。なぜ主人公は死ぬために足摺岬にやってきたのかと思った。戦前のここは有人の灯台施設だった。しかし戦争末期に米軍に攻撃破壊されてしまう。今は無人灯台で隣にロランらしいアンテナが立っている。展望台から太平洋を見ると真っ青で所々黒潮のような浅黒い海水も見えた。年配の女性二人が来ていて、カメラを忘れて様子で「この景色を芽に焼き付けていきましょう」と話し合っていた。旅先の風景は目に焼き付けるのが一番だ。
▼全体として太平洋の東尋坊という感じがする。夏は自殺しようという気持ちはしないが、おそらく冬になるとそんな人が出てくるのかもしれない。海岸線までは降りる場所はないので、見物する場所はそれほど多くはない。2時間滞在して、再び2時間バスに乗って中村に戻る。バスはトイレのない中型バスで、こちらも通院帰りの人たちが乗り降りする。足摺にはバスでしか行く方法はない。とにかくわたした乗った時間帯は空気を運んでいる様な状態である。もしバスがなくなってしまったら、お年よりは生きていけない。しかしバスに乗る旅行jも体力勝負である。
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(幸徳秋水の墓石)
▼中村に戻ってから四万十川を見に行く。帰りに幸徳秋水の墓地がホテルの裏にあることがわかったので参拝してきた。これから高知市に移動するので以上。

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